第189話 神様の微笑み
「神は愛です。
私、
この言葉を信じて、
生きていくことにしたの」
看護師さんは、
はっきりそう言った。
こんなに早く、
看護師さんの口から、
「信じる」
という言葉を聞くことになるとは、
思っていなかった。
私は、
素直に嬉しかった。
でも、
彼女は、
私とは喜び方が違う。
いきなり、
看護師さんの真正面から、
抱きついた。
まるで、
ずっと会いたかった人に、
やっと会えたみたいだった。
抱きついたまま、
彼女が言った。
「娘さんのこと、
これからも神様にお祈りさせてもらいますね」
そして、
私の方を見た。
「ねえ!」
「うん」
私は、
大きくうなずいた。
看護師さんは、
自分の身に起きたことだけを見て、
神様を信じようと思ったわけではない。
私たちのことも、
ずっと見てくれていたのだと思う。
私たちが、
苦しい時に祈ったこと。
分からないままでも、
神様を信じようとしてきたこと。
そんな姿も、
見てくれていたのかもしれない。
私は、
勝手にそう思った。
それが、
なんだかとても嬉しかった。
久しぶりに、
心の中まで晴れたような気がした。
彼女と看護師さんの声を聞きながら、
私は、
これまでの自分を思い返していた。
適応障害になってからのこと。
仕事の忙しさ。
人から投げつけられた言葉。
冷たい視線。
私は、
少しずつ自分を見失っていった。
苦しくなって、
それまでの自分では、
いられなくなった。
あの頃の私に必要だったのは、
まず、
そこから離れて、
休むことだったのだと思う。
でも、
今になって思う。
私には、
それだけではなかった。
もう一つ、
必要だったものがあった。
喜び。
自分が、
誰かの役に立てたかもしれない。
そんなふうに思える喜びだった。
私は、
特別なことをしたわけではない。
ただ、
彼女について行って、
娘さんを探した。
それだけと言えば、
それだけだ。
でも、
あの時、
私は確かに、
誰かのために動いていた。
そのことが、
嬉しくて仕方なかった。
そして今、
看護師さんが、
私たちの信じている神様を、
自分も信じて生きてみると言った。
こんな日が来るなんて、
少し前の私は、
想像もしていなかった。
ふと、
景色が、
いつもより鮮やかに見えた。
色が戻ってきたような、
そんな感じだった。
その時、
一つの言葉が、
心に浮かんだ。
「光は闇の中に輝いている。
闇はこれに打ち勝たなかった」
私を傷つけた言葉が、
私にとっての闇だったのなら。
誰かのために動けたという喜びは、
きっと、
小さな光だったのだと思う。
彼女が、
看護師さんに言った。
「クリスチャンはね、
神様のことを、
天のお父さんって呼ぶんですよ」
看護師さんが、
少し不思議そうな顔をした。
「天のお父さん……」
「はい。
聖書には、
神様を信じる人は、
神の子どもとされるって書いてあるんです」
看護師さんは、
しばらく黙っていた。
「神の子ども……。
私が?」
彼女が、
うなずいた。
看護師さんは、
私たち二人を交互に見た。
「ありがとう……」
少し声が震えていた。
「あなたたち二人に出会えたこと、
私には、
奇跡みたいに思えるよ……」
その時だった。
近くにいた小学生くらいの女の子たちが、
突然、
大きな声を上げた。
「虹だ!」
「虹が出てる!」
私たちも、
つられて空を見上げた。
大きな虹が、
空にかかっていた。
看護師さんが、
思わず声を上げた。
「うわあ……。
こんなにきれいな虹、
見たことないよ」
三人で、
しばらく空を見上げた。
私も、
こんなに大きくて、
色のはっきりした虹を見たのは、
初めてだった。
彼女も、
目を丸くしている。
「すごい……。
こんなの初めて見た」
さっきの女の子たちは、
ぴょんぴょん跳ねながら、
空を指さしていた。
私は、
虹を見上げた。
ただの偶然なのかもしれない。
それでも、
その時の私には、
大きな虹が、
神様の微笑みのように見えた。




