第178話 私には私の道がある
私は、
冷蔵庫から冷たい水を出して、
コップに注いだ。
「水、
いる?」
「うん」
私も一口飲んだ。
冷たい水が、
おいしかった。
少しずつ、
いろんなことが、
いい方向へ動き始めているような気がした。
私の心の中にも、
春一番が吹き始めたようだった。
看護師さんの娘さんの居場所が分かり、
この病院へ転院する話も進んでいる。
彼女は、
カフェのアルバイトを見つけて、
看護師さんの手伝いもしたいと言っている。
私も、
少しずつ、
適応障害から回復しているような感覚がある。
摂食障害も、
いちばんひどかった頃に比べれば、
ずいぶん良くなった。
少し前まで、
私たちは、
死のすぐそばまで行っていたのに……。
あの頃と比べたら、
今のこの安らぎが、
信じられないくらいだった。
これからのことも、
神様に祈りながら、
一歩ずつ歩いていきたい。
もともと私は、
ゆっくり進む方だ。
彼女とは、
生きる速さが違う。
それでいい。
私には、
私の道がある。
そう信じている。
神様を信じている。
それでいい。
私は、
彼女に言った。
「あなたが、
カフェでアルバイトして、
看護師さんのメンタルの会を手伝うこと、
神様も祝福してくださると思う。
私、
心からそう思ってる」
彼女が、
私を見た。
「あなたは、
これからどうするの?
何か考えてる?」
「私は、
焦らないよ。
この適応障害と、
摂食障害が、
ゆっくり回復していくのを待つつもり。
今は、
それ以上のことは、
あまり考えないようにしてる」
「私も、
それがいいと思う。
何も焦る必要ないよ」
彼女の勘の鋭さや、
判断の早さには、
いつも感心していた。
そんな彼女から、
あらためてそう言われたことが、
少し嬉しかった。
不思議だった。
彼女には、
何でも話せるような気がしていた。
「私ね。
ずっと気になってることがあるの」
「何?」
「母親のこと」
「お母さん?」
「そう。
メニエールって知ってる?」
「ごめん。
知らない」
「ひどいめまいがしたり、
気分が悪くなったりする病気でね。
今、
入院してるの」
「そうなの?
入院してるの?」
「うん。
私が適応障害になって、
ご飯も食べられなくなって、
会社を辞めて……。
母は心配性だから、
電話でそのことを知らせたあと、
体調を崩して、
入院することになったの」
「そうだったんだ……」
「今は、
父が病院で、
母のことを見てくれてる」
私は、
少し息を吐いた。
「私ね。
早く良くなって、
元気になったって、
母に報告したいって、
ずっと思ってた。
だから、
心のどこかで、
ずっと焦ってたんだと思う」
彼女は、
何も言わずに聞いていた。
「母が体調を崩したのも、
私のことで心配をかけたせいじゃないかって、
どうしても思ってしまう。
自分を責めたいわけじゃないんだけど……。
早く新しい仕事を見つけて、
元気にやってる姿を、
母に見せたい。
それに、
経済的にも、
父に助けてもらってるし……」
私は、
今まで彼女に話していなかったことを、
次々と話していた。
話すたびに、
胸の中にたまっていたものが、
少しずつ外へ出ていくようだった。
私の内側が、
なんだか軽くなって、
風通しが良くなっていた。




