第161話 独り言のような祈り
「私ね、
看護師という仕事を、
一生懸命やってきた。
苦しんでいる患者さんが、
少しでも楽になれるように、
心を砕いてきたつもり。
必死だった。
この仕事に誇りを持っているし、
満足感もある。
看護師になってよかったと、
心から思っているの。
でも、
メンタルの会を始めてから、
少し別の思いも持つようになったんだよ」
私は黙ったまま、
看護師さんが何を言おうとしているのか、
その言葉に集中した。
「病気やけがが治って、
うれしそうに帰っていく患者さんの顔を見ると、
心からやりがいを感じた。
本当にうれしかった。
でもね……。
悔しいけれど、
どんな治療も、
一時的なものなんだと気づいたの」
看護師さんは、
少し間を置いた。
「また病気になるとか、
再発するとか、
そういうことを言っているんじゃないよ。
もっと単純なこと。
どれほど元気になっても、
すべての人は、
いつか死んでしまうということ……」
私は何も言えなかった。
「メンタルの会では、
『死』というものが、
避けて通れないテーマになっているの。
そんな時に、
私はあなたたちと出会った。
偶然とは思えなかった。
ここで眠っている彼女が、
病院の屋上から飛び降りようとした時、
もうこのテーマから逃げることはできない。
そう強く感じたんだよ」
看護師さんは、
眠っている彼女へ目を向けた。
「老人の手紙を通して、
あなたと出会えたことも、
偶然とは思えない。
私と出会った頃の二人は、
どこにでもいる普通の女の子だった。
私から見れば、
少し頼りないくらい、
弱さを抱えた女の子たちだった」
看護師さんは、
優しく笑った。
「でも、その二人が、
私の目の前で、
ほんのわずかな間に、
神様の子どもになっていった。
あなたたちは気づいていないようだけど、
すっかり変わったよ。
神様を信じるという一線を、
二人とも越えた。
確かに、
あなたたちの中の何かが変わった。
私にも、
はっきり分かったんだよ」
*
「『神の子どもたちの力を見せてもらう』
私がそう言ったの、
覚えてる?」
「はい。
はっきり覚えています」
「実はね、
あの言葉、
あなたたちに言ったんじゃないの」
「えっ?」
「まだ信じてもいない神様に向かって、
思わず言ってしまったんだよ」
看護師さんは、
自分でも不思議そうな顔をした。
「そして、
その次の瞬間だった。
娘の居場所は、
きっと見つかる。
そう直感したの。
あなたたちの背後に、
目には見えない導きがあるように感じた。
どうしてそう思ったのかは、
自分でも分からない。
ただ、
そう感じたとしか言えないんだよ」
私は何も答えられなかった。
*
眠り込んでいる彼女の顔を見る。
確かに、
彼女も私も、
綿密に話し合って計画を立て、
必死に探し回って、
娘さんの居場所を突き止めたわけではない。
行動はした。
けれど、
自分たちの力だけで見つけたとは思えなかった。
導かれた。
ほかに、
説明のしようがない。
看護師さんの言う通りだった。
看護師さんは、
自分のお腹をさすりながら言った。
「ふう……。
こんな酔っ払いでも、
神様の子どもにしてもらえるかなあ」
「今の言葉、
誰に言ったんですか?」
看護師さんは少し考えた。
「分からない。
独り言かもしれない」
そう言って、
幸せそうに笑った。
私は、
ますますこの人が好きになっていた。
カールは、
やはり食べすぎたのだろう。
大きく膨らんだお腹を横たえ、
気持ちよさそうに眠っている。
私は窓を開けた。
夜の空気と一緒に、
海の匂いが入ってくる。
「ああ、気持ちいい」
偶然だった。
私と看護師さんの声が、
ぴたりと重なった。
顔を見合わせ、
同時に吹き出した。




