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第160話 気持ちのいい夜

*


お店が見えるところまで戻ると、


女将さんが外へ出て迎えてくれた。


個室へ戻る。


彼女は仰向けになり、


枕を当ててもらい、


毛布まで掛けられていた。


もう本格的に眠っている。


ももは、


彼女のお腹の上で丸くなっていた。


その姿を見て、


看護師さんと二人で笑ってしまう。


ももは、


彼女を守っているつもりなのだろうか。


若い店員さんが、


少し心配そうに話しかけてきた。


「実はさっき、


グラスを下げようと思って部屋へ来たら、


ももちゃんがグラスの水を少しなめていたんです。


氷が溶けて、


ほとんど水になっていたと思うんですけど……


少し焼酎が残っていたかもしれません。


体が小さいので、


ほんの少しでも心配で……」


看護師さんはすぐ、


ももの顔をのぞき込んだ。


「もも。


もも」


声をかけると、


ももは眠そうに目を開けた。


看護師さんは抱き上げ、


目や呼吸の様子を確かめた。


「今のところは大丈夫そう。


でも、念のため今夜はよく見ておくね。


様子がおかしかったら、


すぐ動物病院へ連絡するから」


そう言ってから、


店員さんに微笑んだ。


「気づいてくれてありがとう。


心配をかけてごめんなさいね」


女将さんが言った。


「車で送ってあげるよ。


お連れさん、


あれじゃ歩けないでしょう。


野菜とささみも少し持って帰ってね。


お金はいらないよ。


今日の余りものだから」


「いつもありがとうね」


「こちらこそ。


あっ、それから娘さんのこと。


私も力になるから。


分かった?


隠し事はなしだよ」


看護師さんは、


少し目を伏せてから答えた。


「分かった……。


ありがとう」


さっぱりした女将さんだ。


若い店員さんは、


カールの頭をなでながら言った。


「カール。


今日は少し食べすぎたから、


明日のご飯は半分かもしれないよ」


カールが、


すぐ看護師さんの顔を見る。


看護師さんがうなずくと、


カールは明日のご飯を思い、


少し悲しそうな顔になったように見えた。


やっぱり、


言葉が分かるんだ。


そう思った。


「じゃあ、帰ろうか」


看護師さんが言った。


私は彼女の頬を、


軽くたたいてみた。


まったく起きる気配がない。


若い店員さんと私で両側から支え、


外に止めてある車まで運んだ。


力の抜けきった人の体は、


思っていた以上に重く、


支えにくかった。


ももも、


自分では歩こうとしなかった。


看護師さんに抱かれている。


カールは最後に、


ゆっくりとついてきた。


女将さんの運転で、


病院までは五分ほどだった。


部屋へ着くと、


看護師さんと二人で彼女を支え、


ベッドまで運んだ。


みんなの距離が、


また一段縮まったような気がした。


彼女を横向きに寝かせ、


毛布を掛けた。


焼酎一杯で、


こんなふうになってしまうことに、


改めて驚かされた。


彼女の寝顔を見ながら、


今日一日を振り返った。


彼女がいなければ、


何も変わっていなかっただろう。


突然、


看護師さんが壁にもたれるように、


どすんと座った。


少し酔っているようだった。


「ああ……


気持ちのいい夜だ」


そう言って、


背中と後頭部を壁へ預ける。


足を少し開き、


前へ投げ出した。


あごを上げ、


天井を見ている。


「ふう……。


今日は本当に気分がいい。


お酒を飲んでいるからじゃないよ」


看護師さんの目には、


うっすらと涙が浮かんでいた。


私の方を見て言う。


「今日、


すごいことに気づいたんだよ。


あなたたちが帰ってくる前、


聖書の神様について調べていたの。


すごいと思った。


聞きたい?」


「聞きたい。


聞きたい!」


私は自然に、


体を乗り出していた。


看護師さんは、


少し間を置いてから言った。


「神様を愛のある方だと教えるだけじゃない。


『神は愛です』と、


神様そのものを愛だと言い切っている。


聖書には、


そんな言葉があるんだよ。


それが、


すごいと思ったの」


そしてまた、


「ああ……


気持ちがいい」


と言った。


優しい笑顔で、


カールとももを手招きする。


看護師さんが少し開いて投げ出した足に、


何とも言えない解放感が漂っていた。


カールとももは、


飼い主の心の状態を、


敏感に感じ取っているのだろう。


看護師さんのそばへ近づくと、


幸せそうに抱きしめられ、


じっとしていた。


しばらく、


動こうとはしなかった。


本当の子どものようだった。

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