第160話 気持ちのいい夜
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お店が見えるところまで戻ると、
女将さんが外へ出て迎えてくれた。
個室へ戻る。
彼女は仰向けになり、
枕を当ててもらい、
毛布まで掛けられていた。
もう本格的に眠っている。
ももは、
彼女のお腹の上で丸くなっていた。
その姿を見て、
看護師さんと二人で笑ってしまう。
ももは、
彼女を守っているつもりなのだろうか。
若い店員さんが、
少し心配そうに話しかけてきた。
「実はさっき、
グラスを下げようと思って部屋へ来たら、
ももちゃんがグラスの水を少しなめていたんです。
氷が溶けて、
ほとんど水になっていたと思うんですけど……
少し焼酎が残っていたかもしれません。
体が小さいので、
ほんの少しでも心配で……」
看護師さんはすぐ、
ももの顔をのぞき込んだ。
「もも。
もも」
声をかけると、
ももは眠そうに目を開けた。
看護師さんは抱き上げ、
目や呼吸の様子を確かめた。
「今のところは大丈夫そう。
でも、念のため今夜はよく見ておくね。
様子がおかしかったら、
すぐ動物病院へ連絡するから」
そう言ってから、
店員さんに微笑んだ。
「気づいてくれてありがとう。
心配をかけてごめんなさいね」
女将さんが言った。
「車で送ってあげるよ。
お連れさん、
あれじゃ歩けないでしょう。
野菜とささみも少し持って帰ってね。
お金はいらないよ。
今日の余りものだから」
「いつもありがとうね」
「こちらこそ。
あっ、それから娘さんのこと。
私も力になるから。
分かった?
隠し事はなしだよ」
看護師さんは、
少し目を伏せてから答えた。
「分かった……。
ありがとう」
さっぱりした女将さんだ。
若い店員さんは、
カールの頭をなでながら言った。
「カール。
今日は少し食べすぎたから、
明日のご飯は半分かもしれないよ」
カールが、
すぐ看護師さんの顔を見る。
看護師さんがうなずくと、
カールは明日のご飯を思い、
少し悲しそうな顔になったように見えた。
やっぱり、
言葉が分かるんだ。
そう思った。
「じゃあ、帰ろうか」
看護師さんが言った。
私は彼女の頬を、
軽くたたいてみた。
まったく起きる気配がない。
若い店員さんと私で両側から支え、
外に止めてある車まで運んだ。
力の抜けきった人の体は、
思っていた以上に重く、
支えにくかった。
ももも、
自分では歩こうとしなかった。
看護師さんに抱かれている。
カールは最後に、
ゆっくりとついてきた。
女将さんの運転で、
病院までは五分ほどだった。
部屋へ着くと、
看護師さんと二人で彼女を支え、
ベッドまで運んだ。
みんなの距離が、
また一段縮まったような気がした。
彼女を横向きに寝かせ、
毛布を掛けた。
焼酎一杯で、
こんなふうになってしまうことに、
改めて驚かされた。
彼女の寝顔を見ながら、
今日一日を振り返った。
彼女がいなければ、
何も変わっていなかっただろう。
突然、
看護師さんが壁にもたれるように、
どすんと座った。
少し酔っているようだった。
「ああ……
気持ちのいい夜だ」
そう言って、
背中と後頭部を壁へ預ける。
足を少し開き、
前へ投げ出した。
あごを上げ、
天井を見ている。
「ふう……。
今日は本当に気分がいい。
お酒を飲んでいるからじゃないよ」
看護師さんの目には、
うっすらと涙が浮かんでいた。
私の方を見て言う。
「今日、
すごいことに気づいたんだよ。
あなたたちが帰ってくる前、
聖書の神様について調べていたの。
すごいと思った。
聞きたい?」
「聞きたい。
聞きたい!」
私は自然に、
体を乗り出していた。
看護師さんは、
少し間を置いてから言った。
「神様を愛のある方だと教えるだけじゃない。
『神は愛です』と、
神様そのものを愛だと言い切っている。
聖書には、
そんな言葉があるんだよ。
それが、
すごいと思ったの」
そしてまた、
「ああ……
気持ちがいい」
と言った。
優しい笑顔で、
カールとももを手招きする。
看護師さんが少し開いて投げ出した足に、
何とも言えない解放感が漂っていた。
カールとももは、
飼い主の心の状態を、
敏感に感じ取っているのだろう。
看護師さんのそばへ近づくと、
幸せそうに抱きしめられ、
じっとしていた。
しばらく、
動こうとはしなかった。
本当の子どものようだった。




