↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
155/254

第152話 窓を開いて

横では、彼女がまだ祈っていた。


もしかすると、何かを考えていただけなのかもしれない。


ただ目を閉じて、黙って座っている。


ももとカールが、彼女の前に行儀よく並んでいた。


二匹とも、不思議そうに彼女の顔を見つめている。


彼女は何も気づいていない。


なんだか、変なお見合いみたいだった。


押し殺していた私の笑い声が、思わず漏れた。


彼女が目を開ける。


すぐ目の前に、ももとカールがいた。


「うわっ!」


驚いて大きな声を上げた。


その声に、ももとカールも驚いた。


二匹の体が同時に、


びくっと動く。


「ああ、びっくりした」


彼女は両手を胸に当てた。


「あっ!」


そこで初めて看護師さんに気づき、向き直る。


「さっき戻りました」


そう報告した彼女の目が、ほんの少し泳いだ。


看護師さんは、彼女の顔をじっと見た。


「……動きがあったんだね。


顔に書いてある」


そう言うと、窓の外へ目を向けた。


しばらく、そのまま海を見ていた。


*


「先に晩ご飯にしよう」


看護師さんの表情が、少し明るくなった。


「今日はお給料日だから、私がおごる。


お給料の日は、ももとカールも、いつもより少しだけごちそうなの」


いつもの笑顔を見せてくれる。


「そのあと、また一緒にお風呂屋さんへ行こう。


それから……


ビールでも飲みながら、ゆっくり聞かせてもらうね」


何かを察しているようだった。


「私も、心の準備をしたいから……」


看護師さんはそう言って、窓を大きく開けた。


海からの風が、部屋の中へ流れ込んできた。


*


隠し事はできない。


そう思った。


私たちは、それほど分かりやすいのだろうか。


「さあ、何が食べたい?


何でもおごるよ」


明るい声の奥に、看護師さんの覚悟のようなものが見え隠れしていた。


きっと、よい知らせだけではないことが伝わってしまったのだ。


娘さんの居場所が分かった。


それは、うれしい知らせだった。


けれど、それ以外はつらい話になる。


うれしいことだけなら、顔を合わせた瞬間に話していたはずだ。


私たちの沈黙が、何もかも物語っていた。


「心の準備をしたいから……」


そう言われた時、私たちは黙り込んでしまった。


重たい空気をつくってしまったと思う。


でも、最初からすべて話すつもりだった。


隠さずに、全部。


突然、彼女が言った。


「すき焼きが食べたいです。


それに、お風呂上がりにビールも」


「分かった。


すき焼きを食べに行こう。


いいお店を知ってるから。


あなたもそれでいいでしょ?」


「あっ、はい」


彼女の言葉に、私は少し呆気に取られていた。


「ペットと一緒に入れるお店があるの。


すぐ近くだから。


お風呂の準備もして行きましょう」


彼女も、看護師さんも強い。


私とは、生きてきた時間が違う。


その時、看護師さんは窓だけでなく、ドアも大きく開けた。


ストッパーをかける。


海からの風が勢いよく部屋を吹き抜け、


三人の髪がふわりと浮き上がった。


それぞれの心の準備が、


静かに始まったようだった。


ももの白い毛は風に押されてぺたんこになり、


体の大きさが半分ほどに見えた。


こんなに小さかったんだ。


吹き抜ける海風。


覚悟の重さと、風の爽やかさが重なって、


私たちは、また一つになったような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。