第144話 二人だけの祈り
マンションの正面入口のすぐ前に、
小さな喫茶店があった。
そこで昼食をとることにした。
二人ともカレーを注文する。
食べながら、
彼女が言った。
「無理して食べなくていいよ。
食べられる分だけにした方がいい」
「ありがとう。
そうする。
全部は無理でも、
半分以上は食べられそうなの。
お腹が空く感じが戻ってきてる」
「すごい。
回復してきてるんだね」
「うん。
そうみたい」
彼女は嬉しそうに笑った。
「適応障害も時間の問題だよ。
必ず良くなる。
見てたら分かる」
「うん。
私もそんな気がしてる」
彼女が少し考えてから言った。
「ちょっと不思議な感じがするの」
「不思議?」
「神様がそばで見守ってくださっているような……
そんな感じがするの。
だから、
思い浮かんだことは、
何でもやってみようと思ってる。
つまり……
直感かな。
私は、
直感も神様から与えられるものだと思うの。
私だけじゃない。
あなたにもあると思う。
だから、
感じたことは、
お互いそのまま話そう」
「分かった」
私も同じだった。
神様が味方でいてくださる。
そんな気がしていた。
*
カレーを食べ終えた。
飲み物は頼まない。
昼食代が高くなるのは避けたかった。
水をおかわりして、
私たちはもう一度話し始めた。
彼女が、
コップを見つめながらつぶやく。
「あの言葉……
気になる」
『関わりたくない』
あの一言……
「暴力の匂いがした」
私は黙って聞く。
「あなたには分かりにくいかもしれない。
暴力を受け続けると、
自分が悪いからだと思うようになるの。
体だけじゃない。
判断する力まで壊されていくの」
私の知らない領域だった。
判断する力まで……
彼女は水を一口飲み、
静かにコップを置いた。
「聞いたでしょ。
『かわいそうで見ていられなかった』
あの言葉」
私は頷く。
「娘さんは、
もう抵抗することさえできなくなっていたのかもしれない」
私も、
そう思えてきた。
私は聞いた。
「これからどうする?」
彼女は少し考えて答えた。
「まず冷静になること。
直感だけじゃない。
神様は理性も与えてくださっている。
だから、
常識的に考えることも大事」
私は少し驚いた。
彼女は続ける。
「もし、他の人からも、
もっと詳しい話が聞けて、
事件性があると判断できる材料が集まれば、
警察に捜索願いを出せる可能性がある。
認められれば、
警察も動いてくれる」
私はまた驚かされた。
こんなことまで知っているなんて。
きっと、
彼女自身が歩んできた人生の中で、
身につけた知識なのだろう。
私は、
彼女のことを、
まだほんの一部しか知らない。
そう思った。
彼女が言う。
「でも、
今はその話じゃない。
今できることを、
神様を信じてやるだけ。
そうでしょ」
「うん」
私は自然と、
彼女について行こうと思っていた。
そして私は言った。
「ここで一緒に祈ってみよう。
私たちは神様の子どもなんだから。
私が祈る。
心を合わせてくれるだけでいい」
彼女は微笑んだ。
「分かった。
心を合わせる」
私は、
信仰を持ったばかりの子どものように祈った。
「神様。
助けてください。
アーメン」
彼女も静かに言った。
「アーメン」
真剣な祈りだった。
でも、
二人とも、
なぜか笑ってしまった。




