第138話 初めての祈り
看護師さんは、
「ちょっと屋上にいるね。
一人でいろいろ考えたいの」
そう言って、寂しそうに部屋を出て行った。
あんな表情を見せたのは初めてだった。
私は彼女と顔を見合わせる。
彼女が静かに言った。
「一度こじれた親子関係は簡単じゃない。
私も今、その真っ最中だからよく分かる。
誤解と誤解が絡み合って、
簡単にはほどけない」
「どうすればいい?
私たちに何かできること、あると思う?」
私が尋ねると、
彼女は少し考えてから話し始めた。
「まだ、はっきりとは分からない。
でも、子どもさんを探す方法はあるような気がするの。
まずは看護師さんに手紙を書いてもらうこと。
転居先に届くかもしれない」
少し間を置く。
「でも正直に言うと……
手紙が届いても返事は来ない気がする。
もともと親子関係が良くなかったみたいだし……」
「じゃあ、ほかに方法は?」
彼女は遠くを見るような目になった。
「私、前に文鳥を飼っていたことがあるの。
ある日、鳥かごを開けた時、
玄関のドアが開いていて、
そこから勢いよく飛んで行ってしまった」
「それで?」
「見つからなかった。
暗くなるまで探したけど……
その夜、迷子のペットを探すサイトを見つけたの」
私は黙って聞いていた。
「いなくなった日時と写真、
それから連絡先を書くだけの、
簡単な掲示板だった。
とにかく、できることは全部したかった。
文鳥は弱いから、
見つからなければ一人では生きていけない。
そう思うと苦しくて……」
彼女は少し微笑んだ。
「次の日の朝、
スマホが鳴ったの。
『よく似た文鳥を子どもが見つけました』
って、お母さんから電話があった。
家から歩いて三十分くらいの場所だった」
私まで嬉しくなってしまう。
「急いで鳥かごを持って行ったら、
そこに文鳥がいてくれた。
もし最初から
『もう無理だ』
って諦めていたら、
それで終わっていたと思う」
私は思わず言った。
「すごいね。
そんな方法があるんだ」
彼女は少し考えてから言う。
「看護師さんのお子さん、
娘さんだったよね。
結婚式には出席したって言ってたよね」
「うん。
それ以来会ってないって」
「だったら、
結婚式の写真をもう一度じっくり見てもらうの。
写っている人の中に、
連絡が取れそうな人がいるかもしれない」
私は頷いた。
「そこから手がかりが見つかるかもしれないね」
「同級生や仲の良かった友達もいるかもしれない。
ネットも使えるかもしれない」
カールのクークーという声が止まらない。
看護師さんの悲しそうな顔を見たからだろうか。
ドアの前に行儀よく座り、
屋上の方へ耳を澄ませていた。
彼女が笑って言う。
「あなたも何か考えて。
どんなことでもいいから」
その時だった。
私はそっと目を閉じた。
「神様……」
私は、
生まれて初めて神に祈っていた。
目を開けると、
彼女が驚いた顔で私を見つめていた。




