14 潮風とハーブティー
その翌日、
昨日と同じように、今日も私は見えない力に吸い寄せられるように海岸に来ていた。
夕暮れと呼ぶにはまだ早い、昼下がりを少し過ぎた頃だった。
海岸に老人の姿はまだない。
私は老人がいつも座っているあたりに腰を下ろし、持ってきた水筒のハーブティーをゆっくり味わう。
潮風の匂いとハーブティーの香りはダンスのように回転しながら絶妙に絡み合う。
香りと幸せ感は深いところで繋がっているんだ。
この海岸は私の大切な所になっている。
私の原点に通じている通路の入り口のような不思議な場所かもしれない。
根拠はないが、そんな気がする。
太陽はまだオレンジ色になる前だった。
目を瞑った。
心を落ち着かせよう。
私がこの海岸に今こうして座っているいきさつを静かに回想してみる。
この社会で強いストレスに晒されて、メンタルの問題を抱えてしまい、退職を余儀なくされる。
そして、騒音レベルを下げるために、この海岸で大切にしていたタブレットとスマホに別れを告げた。
彼らを破壊したあとに感じたこの海岸の安らぎに引き寄せられ、再度ここに来てあの老人と出会うことになる。
そしてあの声、休ませてあげますという不思議な声を聞いた。
回想しているうちに安心感で満たされていた。
適応障害からくる不安と恐れは一時的だとは思うが今は解放されている。
座ったまま右手で砂をすくい、サラサラと砂時計のように落としてゆく。
砂の手触りが気持ちいい。
それを繰り返しながら、自分自身の本当の正体に目覚めてゆく気配を感じていた。
意味もなくここにこうして座っているはずはない。
そう思えていた。
その時、背中の辺りが暖かくなってきた。心地よい感覚だ。
振り向くと老人が歩いてくるのが見える。
私も世代を超えた友人の気配を感じることができるようになっている!
気がつくと太陽は夕暮れ色の幕を降ろしていた。
そんなに時間が経っていたのか?
やはりまだ体内時計は故障中みたいだ。
そんなことはかまわない。
友人の気配を背中で感じることが出来た驚きと喜びが夕暮れと一緒に舞い降りて来た。
老人はいつもの笑顔で近くに座ってくれた。
さっそくホワイトボードを取り出し書き出す。
「今日はいつもより少し早く来ました。あなたも早く来たのですね。」
私は老人のために持ってきた新しい紙コップを取り出し、水筒からハーブティーを注ぐ。
笑顔で差し出しすと、両手で丁寧に受け取り、ゆっくり味わうように飲んでくれる。
笑顔に少しだけ真剣な表情が混ざって書き出した。
「私は94歳になります。
残された時間はそう長くはないはずです。
私の命が尽きる前に、私の身に起こったことを出来るだけわかりやすくお伝えしたいと考えております」
老人は文字が美しいだけではなく、言葉遣いも本当に美しい。
それは心が澄んでいるからだと思った。
「あなたが聞いた休ませてあげますと言う言葉と関係があると思いますので、そのことをあなたに話したいと考えていました。」
老人はキラキラ輝く海面を見つめて突然涙を流した。
私は心がふわっと浮いたような言葉で表現できない感覚に包まれる。
ホワイトボードに涙がふたつこぼれた。
「私が毎日この海岸でハーモニカを吹くのは神との会話なのです。」
「えっ!」




