13 世代を超えた友人
「私は何者でもありません。
どこにでもいる老人です。」
とマーカーを走らせた。
何故、私の不安と恐れが消えるのかという質問は軽くかわされたようだ。
私は老人が聞き返さなくてもいいように、口を大きく開けゆっくり話すように心がける。
もう一つどうしても聞いておきたいことを思い切ってぶつけてみた。
「実は、今日少し聞いてもらいたいことがあるんです。
初めてお会いした時、不思議なことがあったんです。
あの日砂浜であなたのハーモニカを聴いていた時、どこからかわからないのですが、ある声を聞いたんです。
(休ませてあげます)
と言う声です。
どこから聞こえてきたのか全く分からないのです。
いくら考えてもわからないので、ひょっとすると何かご存知ではないかと思って聞いてみたかったんです。
(休ませてあげます)
という声のこと何か分かりますか?」
老人は澄んだ目をして私を見る。
「そうですか...やはりあなたも聞いたのですか...」
そのあと、老人は目を瞑って顎を上げ顔を空に向けて何か言った。
はじめて老人の声を聞いた。かすれた低い声だったが心地よい声だった。
何を言ったのかはわからない。
やはり、この人は何か知っている。
間違いない。
「苦しいですか?」
少し大きな文字で書いた。
「えっ!あっ!はい...」
隠す必要はない。
「心が疲れているみたいで、医師に休息するように勧められました。
それで仕事を辞めて、また元気な自分に戻るためにしばらく療養するつもりです。」
「そうですか。
心配いらないと思いますよ。
その声は今も昔も世界中の人達が聞いたことがあると証言している言葉です」
と書いて最高の笑顔をくれる。
世界中の人達が聞いた言葉?
どういう意味だろう?
咄嗟にわきまえなければならないという気持ちになった。
軽い会話で取り扱われる内容ではなさそうだ。
自分が聞きたいことだけを連続でぶつけるのは何か間違っている気がしてきた。
質問はちゃんとした。
老人もしっかり分かってくれている。
今はそれで充分かもしれない。
私が聞いて理解できるようになった時点で話してくれるのではないかと感じていた。
私の表情を探るように笑顔とは少し違う真剣な顔をしながら書いてくれた。
「神様は太陽の光や熱を全ての命のために送り続けておられます。
食べ物や酸素も送られます。
それと同じです。必要な言葉も送ってくださるのです。」
老人の言葉の中には少しの企みもない。
それがわかる。
あるのは優しさだ。
それだけわかれば、今は充分だ。
急いで答を聞き出そうとするべきではない。
この人は確かに知っている。
そして隠すことはしない。
勿体ぶらせることもしない人だ。
その時がくれば必ず話してくれる。
それだけわかると、私の質問は空に溶けていった。
近いうちに必ず教えてくれるはずだ。
ひとつ目の質問の、何故あなたといると不安や恐れが消えるのかという質問にもかならず答えてくれるという確信がきた。
私はそれ以上何も言わず、世代も性別も超えた友人のようにこの人を見つめる。
桃色の空が間接照明のように優しい光を降り注いでいた。




