第131話 老人の手紙 ⑫
私が何故、もう死んでも良いと思えるほど嬉しかったのかお分かりですか?
私のハーモニカを聴いて下さったあなたが、聴いた瞬間に不安と恐れが消えていったと言って下さいました。
私もあの岡野貞一さんのように、またあの祈りを捧げて下さったビラを配っていた方のように、神の力を伝えることが出来たことを実感させて頂いたからです。
私にも神の真実を伝えることができたことが、死ぬほど嬉しかったのです。
私の好きだった故郷や紅葉、春の小川、春が来たを作曲したのが岡野貞一さんというクリスチャンだと知らされた時、私は怒りに震え、あのハーモニカを海に投げ捨てました。
その時は思いもしなかったことですが、クリスチャンが作曲した曲は神からのプレゼントではないかと今は思っています。
音楽家がメロディーが上から降りてくるということがあると言いますが、多分本当のことだと私は思います。
岡野貞一さんの場合はそれだと思うのです。
祈りを聞いた神が作った曲のように思えるのです。
だから時代を超えて人々を慰められるのだと思うのです。
私の下手なハーモニカであなたの不安と恐れが瞬時に消えていったのは神の思いが、そのメロディーに流れていたためだと思うのです。
両足と片腕のないあの路上でビラを配り、私のために涙を流して祈ってくれた人に出会った日、私は生まれ変わったようでした。
その日、私は夜中にあの海岸にいって、朝まで泣きました。
今までの人生を赦してくださいと神に祈ったのです。
泣き疲れて真っ暗な海の、波の音を聴いていると、あの妹八重子の声が聞こえたような気がしました。
アメリカが憎い、アメリカが憎いと言って死んでいった八重子ではありませんでした。
楽しそうに笑っている声だったのです。
私は生まれつきのろうあ者なので、八重子の声を知るはずもありません。
しかし、私には八重子の嬉しそうに笑う声が聞こえたのです。
どのように説明して良いかわかりません。
しかし、八重子の声に違いありません。
私には分かるのです。
嬉しそうに喜んでいるような笑い声でした。
夜が明けてあたりが、あやめ色になってきた頃でした。
波打ち際が一瞬光ったように見えたのです。
近づいてみるとあのハーモニカが打ち上げられていました。
私が海に投げ捨てたあの金属のハーモニカが砂浜に打ち上げられていたのです。
その時、私は聖書の神を信じました。
クリスチャンを憎み続けた私の長い旅路は終わりを告げたのです。




