第129話 老人の手紙 ⓾
その時まで、あの海岸で真水の匂いを嗅いだことはまったく忘れていました。
潮の香りではなく、確かに山の清流の水の匂いがしたので、不思議に思っていたのでよく覚えています。
その後、彼は胸に拳を当てて、目を瞑り祈りを捧げていたのです。
彼の頬に涙が流れていました。
両足がなく、座ったままで、片手の拳を握って胸に押し当てるようにして、無言で祈っていたのです。
日本人のクリスチャンを見て怒りが込み上げてこなかったのは、この時が初めてでした。
私は彼の近くまで言って、聞きました。
「あなたはなぜ泣いているのですか?」
私の声を聞いて、ろうあ者だということが分かったようでした。
口をはっきり開けてゆっくりこう言いました。
「私もあなたと同じようにアメリカの神を心の底から憎んでいたからです」
と言ったのです。
私はびっくりして
「何故、そう思うのですか?
何故、私がアメリカの神を憎んでいると思うのですか?」
と聞くと、
「鏡です。
鏡を見ているような気がするのです」
と言ったのです。
私や彼の子供時代はとても厳しい時代でした。
健常者でも生きるのが大変な時代です。
障害を抱える者はなおさらです。
社会から露骨に邪魔者扱いされていました。
彼が私を見て鏡を見ているようだと言った時、私も同じように彼を見てそう感じたのです。
お互いの中にある同じ匂いを嗅ぎ取っていたのです。
違うのは、私は怒りの人間のままで、彼は慰めの人になっていたことです。
私は妹の八重子以外の人間を大切に思ったことがない人生を生きてきました。
しかし、彼は初対面の私を見て、涙を流し、祈りを捧げてくれたのです。
私は怒りのために人生を棒に振って生きてきたことを、その時はっきり自覚させられました。




