第126話 老人の手紙⑦
山一面を覆う色鮮やかな紅葉、真っ青な雲ひとつない青空、真水の匂い、そして休ませてあげますという声...
気がつくと、さっきまでの怒りが嘘のように消えているのです。
不思議な気持ちで、輝く海を見ていました。
悔しさや怒りがまったくない気持ちで海を見るのは久しぶりのように感じました。
輝く海を見ていると、あの八重子の楽しそうに喜んでいる顔が浮かんでくるのです。
本当に不思議でした。
八重子を思い出す時は、いつも亡くなる間際のあの惨たらしい姿と絞り出す様なあの声でした。
八重子の喜びに満ちた表情と楽しそうな声が聞こえてくるのです。
私は妄想しているのか、眠って夢を見ているのかわからなくなっていました。
ふと我に帰ると、私は砂浜に仰向けになって眠っていたのです。
夕陽が水平線からちょうど半分くらい見えていました。
いつ眠ったのだろう?
まったく分からないのです。
思い出すのは八重子の楽しそうに喜んでいる顔、そしてあの休ませてあげますという声でした。
私は自分の90歳という年齢を考えていました。
あとどの位時間が残されているか分かりませんが、そんなに長くないことは分かっていました。
この体が動かなくなって死んでいくまでに、あの声の正体をどうしても知りたくなったのです。
私には家族と呼べる者がひとりもおりません。
部屋に帰っても、海の見える海岸にいても、何処にいても同じことです。
誰も心配する人はいません。
あの休ませてあげますという言葉の意味と答えはこの海岸で見つけられるのではないかと思い、ただあの砂浜に座っていました。
分かっているのは、あの声が気のせいではないということだけです。
私は耳が聞こえないので、人間の声だとは思えません。
だとすれば、自分の心の声か神のような超自然の存在からの声かのどちらかしかないと思えたのです。
誰もいない海岸の砂浜に座って、私ひとりだけの心の会話が始まりました。
ひとり問答が始まったのです。
もし、神のような存在が私に言った言葉だとすれば、何から休ませてくれるというのですか?
そればあなたの怒りからです。
怒ることから休ませてくれるということです。
怒りはエネルギーを吸い取り、判断を狂わせ、さらなる怒りを取り込んでいきます。
心は疲れ果てるのです。
その怒りから解き放たれる必要があるのです。
怒りを断ち切って、心に平安を取り戻すことが休ませてあげますという言葉です。
私のひとり問答は続きます。
だとすれば、あの休ませてあげますという声は私の心の声ですか?
神の声ですか?
教えてください。
この質問は煙のように空に消えてゆきました。
一番聞きたい質問には沈黙が立ちはだかるのです。




