第117話 サーチライトのように
「ごめんなさい。
急に黙り込んでしまって……」
看護師さんが小さな声で言った。
波の音が静かに聞こえている。
「私にはあなたたちと同じくらいの年頃の子どもがいるの。
主人が亡くなった時、
子どもたちはもちろん悲しんだと思う。
でもね……」
看護師さんは小さく息を吐いた。
「悲しみより、
許せない気持ちの方が強かったんじゃないかと思うの」
月明かりが海を照らしていた。
「まだ十代だった。
思春期だったし、
父親に守ってもらえなかったという傷が残ってしまった」
看護師さんは海を見たまま続ける。
「それだけじゃない。
子どもは私に向かって、
『お母さんのせいだ』
とも言ったの」
私は何も言えなかった。
「生活も大変になった。
毎日を乗り切るだけで精一杯だった。
親子の関係を修復する時間も持てないまま、
気がついたら離れてしまった」
少し顔が曇る。
そして小さな声で言った。
「志を果たして……」
あの歌詞……
「聞いた瞬間、
心が悲鳴をあげたよ」
看護師さんは目を閉じる。
「途中で全部終わってしまった主人が……
可哀想で……」
声が震えていた。
「歌詞を素直に聞けなかった」
波が静かに砂浜へ寄せてくる。
「子どもとは、
気まずい結婚式のあと、
一度も会っていないの」
私は思わず顔を上げた。
「連絡もない」
それだけ言うと、
看護師さんは黙った。
月明かりだけが海に揺れている。
「志を果たせる人は、
幸せだと思う……」
彼女の頬が震えていた。
何か言おうとしている。
でも、
うまく言葉にならない。
それでも彼女は話した。
「あの老人のお父さんも、
お母さんも、
八重子さんも……」
涙が溢れてくる。
「途中で人生が終わってしまった」
海の方を見る。
「やりたかったことも、
会いたかった人も、
いっぱいあったと思う」
少し間が空く。
「でも……」
彼女は涙を拭った。
「私は信じます。
神様はすべて知っています。
何もかも……」
声が震えている。
「すべての人の心のひだまで」
そこまで言うと、
彼女は泣き出してしまった。
私には分かった。
彼女が言いたかったのは、
神様は何もかも知っておられ、
公正を守られるということだ。
誰にも理解されない苦しみ。
誰にも分かってもらえない悔しさ。
その重荷を抱え続ける苦しみ。
神様はそれを知っている。
そう伝えたかったのだと思う。
私は黙っていた。
それしか出来なかった。
看護師さんが月を見上げる。
明るい月だった。
そして小さく言った。
「きれいな月……」
少し間が空く。
「そうだね……」
波の音だけが聞こえる。
「誰も分かってはくれない……」
その声はとても静かだった。
「説明して分かるものでもないし……」
そして、
夜空を見上げたまま呟く。
「神様だけかもしれないね……」
しばらくして、
看護師さんが口を開いた。
「ヘルメットのサーチライト、
後ろには付いてなかったよね」
「うん」
彼女が答える。
「前だけでいいんだ……」
看護師さんはそれ以上何も言わなかった。




