第114話 遠慮からの解放
看護師さんが言う。
「神を天のお父さんって言ってたよね。
そして神の子どもが父に遠慮することを悲しまれるって」
「はい。
私が勝手に思っているだけかもしれませんが、そう言いました。
でも、本当にそう思っています」
看護師さんは少し考えるように海を見た。
「あの時ね、
真っ先にももとカールのことが浮かんだの」
そう言って、
ももとカールを見る。
「もし、この子たちが私に遠慮して、
ご飯やミルクを食べるたびに顔色をうかがっていたら……
私は悲しいと思う」
波の音が静かに響く。
「遠慮しないで喜んで食べてくれる方が嬉しい」
少し笑う。
「もし今日ご飯をもらえたけど、
明日はもらえないかもしれないからって、
半分残して我慢していたら……
私、泣いてしまうかもしれない」
私たちは黙って聞いていた。
「可哀想だからじゃないの。
信頼されていない気がするから」
看護師さんは続けた。
「もし本当にご飯をあげられない日が来るなら、
私は先に自分が我慢する」
その言葉に迷いはなかった。
「だから、
あなたの話が心に刺さったの」
海の方を見る。
「私はももとカールと一緒に仕事をしているでしょ。
病院の子どもたちに元気になってもらうために」
二匹は砂浜を歩き回っている。
「二人とも、
私の言うことを喜んでやってくれる。
私もこの子たちを守るためなら何だってする」
そして私を見た。
「だから、
少し分かった気がしたの」
私は聞いてみた。
「あの……
さっき、
私のやり方でって言っていましたよね」
「うん」
「どういう意味なんですか?」
看護師さんは頷いた。
「あれね。
深い意味はないの」
少し考える。
「私の心の一番深いところが
『はい』
と言わない限り、
私は何も決めない」
私たちは黙って聞いた。
「周りの人がみんな美味しいと言っても、
私自身がそう思わなかったら、
私にとっては美味しくない」
砂を見つめる。
「そういうこと」
そして穏やかな声で続けた。
「だから、
あなたたち二人が聖書の神様を信じたことは、
本当に良かったと思ってる」
少し間を置く。
「安心もした」
そして首を横に振った。
「でも、
私は私の中からの『はい』がない限り動かない。
それが私のやり方」
気がつくと、
彼女が少し離れたところから戻って来ていた。
話を聞いていたらしい。
そして突然言った。
「看護師さんが、
私のお母さんだったらよかったのに」
私は思わず彼女を見る。
やっぱり突然だ。
でも、
それが彼女らしい。
看護師さんは少し驚いた顔をした。
それから優しく微笑んだ。
私はその様子を見ながら思う。
彼女が少し羨ましかった。
思ったことを、
そのまま言葉にできる。
私にはなかなか出来ないことだ。
でも私は私だ。
私には私のやり方がある。
私は看護師さんに言った。
「私、
応援します。
看護師さんのやり方を」
看護師さんは少し目を細めた。
「ありがとう」
その時だった。
「もも、おいで」
ももは嬉しそうに駆け寄り、
そのまま看護師さんの胸へ飛び込んだ。
「カールもおいで」
カールも尻尾を大きく振りながら身体を寄せる。
看護師さんは二匹を抱き寄せた。
「この子たちを見ているとね……
神様の気持ちが少し分かる気がするの」
ももとカールを見つめる。
「名前を呼ぶだけで、
こんなに喜んで来てくれるんだから」
そして小さな声でつぶやいた。
「全知全能の神様に遠慮しないで生きる……
そんなこと、
今まで一度も考えたことなかったな……」
そのまま、
ももとカールの首を抱き寄せる。
きれいな月が海の上に浮かんでいた。
その月に向かって、
ももが大きな声で鳴いた。
「ミャーーーオーーー」
私たちは思わず顔を見合わせる。
そして、
少しだけ笑った。




