第112話 白く光る海岸
看護師さんはそのまま黙り込んで、
海を見つめていた。
私たちも何を言えばいいのか分からず、
ただ波の音を聞いていた。
しばらくして、
私は思い切って口を開いた。
「あの……
少し話してもいいですか?
今、私が思っていること……」
「聞かせて。
何でも聞きたい」
看護師さんが顔を上げた。
彼女も私を見る。
私は頭の中で整理しないまま話し始めた。
「私は今までずっと、
人に迷惑をかけないように、
邪魔にならないように、
面倒をかけないように生きてきたんです。
いつも周りに遠慮して生きてきました。
何でなのかは分かりません。
もともとそういう性格なのかもしれません」
夜風が頬をなでる。
私は続けた。
「でも今日、
気づいたんです。
それじゃダメなんだって。
自分だけで何とかやっていくんだ……
そういう生き方じゃ、
いつか行き止まりにぶつかるんだって」
二人は黙って聞いてくれていた。
「さっき拍手してもらった時、
そう思ったんです」
私は少し海を見た。
月明かりが波を照らしている。
「私、
今日ここへ来て、
神様を信じたことをもう一度しっかり自分に言い聞かせたかったんです。
そうしようと思っていたら、
もうその必要がなくなっていました」
看護師さんが静かに聞いている。
「気づいたんです。
私はもう踏み出していたんだって」
自分でも不思議だった。
でも本当にそう思った。
「神様を信じていなかった頃、
私はずっと遠慮の人生だった気がします。
でも今は、
この宇宙のすべてを創った神様に、
遠慮しないで助けてもらっていいんだと思えるんです」
少し恥ずかしかった。
でも止まらなかった。
「神様は、
私がそうやって頼って生きることを喜んでくれる。
今はそんな気がするんです。
神様は、
子どもが遠慮することを悲しまれるんじゃないでしょうか」
彼女が真剣な眼差しで聞いている。
「私……
神様に遠慮しないことを決めたんです」
その言葉を口にした時、
胸の奥が少し熱くなった。
「今までずっと周りの人には遠慮してきたけど、
神様には遠慮しないで助けてもらいます」
私は看護師さんを見た。
「看護師さんの心の中も、
神様は全部知っておられると思うんです。
悔しさも、
苦しさも、
全部……」
少し言葉に詰まった。
「ごめんなさい。
偉そうなこと言って……」
首を振る。
「でも本当にそう思うんです」
あの老人の顔が浮かんだ。
「老人も言っていました。
神様は全知全能だって。
全部知っていて、
何でもできるって」
少し間が空いた。
そして私は、
ずっと思っていたことを口にした。
「看護師さんも……
神様を信じたらいいのにって……
そう思っています」
沈黙が流れた。
波の音だけが聞こえる。
すると彼女が目を丸くした。
「びっくりした」
私は思わず聞き返した。
「えっ?」
「あなたがそんなに喋るなんて思わなかった」
看護師さんも私を見ていた。
その表情には驚きが浮かんでいる。
「聖書の神様は、
本当に人を新しくすることができるんだね……」
しみじみと言う。
彼女も何度も頷いた。
「うん。
びっくりだ」
私は首を傾げた。
二人が驚いている理由がよく分からない。
「何?
何がそんなにびっくりなの?」
二人は顔を見合わせた。
そして表情をやわらげた。
波の音が静かに響いている。
私たちの間に、
不思議な沈黙が流れていた。
看護師さんの髪が夜風に揺れていた。
目には涙が残っている。
それでも表情はどこか柔らかかった。
「思っていることを、
ちゃんと口に出して話してくれて嬉しかったよ……」
少し間を置く。
「心に刺さった」
そして海を見た。
「あなたの言う通りかもしれない。
もし私の悔しさを本当に理解できるとしたら……
神様だけかもしれない」
彼女は立ち上がった。
そして何も言わず、
看護師さんの頭を両手で抱き寄せた。
そのまま泣き出してしまう。
もももカールも、
当たり前のように看護師さんへ身体を寄せた。
ももの顔は看護師さんの腕の下に潜り込み、
動こうとしない。
月明かりが砂浜を白く照らしていた。
夜なのに、
何も隠れていないような明るさだった。




