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第109話 夜中の海岸

三人で大笑いしたあと、


私たちは何も言わず夜空を見上げていた。


月に照らされた雲は、


大きな鯨が泳いでいるようだった。


その雲を眺めているうちに、


私はあの海岸へ行きたくなった。


スマホとタブレットを泣きながら壊した、


あの防波堤へ。


神を信じたことを、


ちゃんと心に刻みたかった。


それだけじゃない。


決めたいことがあった。


もう二度と、


「もういい」


に負けないこと。


自殺を選ばないこと。


それをあの場所で決心したかった。


私は自分の命を守りたい。


もう二度と、


心の隙間にあの言葉を住まわせたくなかった。


夜は遅い。


海は真っ暗だ。


防波堤も危険かもしれない。


それでも、


今夜行きたかった。


明日ではなく、


今。


そうしなければ落ち着かない気がした。


私は黙り込んでいた。


でも、


黙りきれなかった。


看護師さんが私の顔を覗き込む。


「何でも話してみてよ。


今考えてること」


彼女も顔を近づける。


「友達だよね」


私は困った。


話してしまえば、


絶対に一人では行かせてもらえない。


でも、


黙っていることもできなかった。


すると看護師さんが言った。


「私は友達じゃないの?」


私は思わず笑ってしまった。


そして観念した。


「あの海岸に行きたいんです」


二人が静かに聞いている。


「防波堤に。


あそこで決心したいことがあるんです」


それだけ言った。


看護師さんはしばらく私を見ていた。


そして頷いた。


「分かった」


私は驚いた。


反対されると思っていた。


「行ってきなさい」


少し間を置いて続ける。


「一人になりたいんでしょ。


分かるよ」


胸が熱くなった。


でも看護師さんはすぐに付け加えた。


「ただし、


海は真っ暗。


防波堤も危ない」


そして優しく笑う。


「途中まで一緒に行く。


見えるところにいる。


それ以上は近づかない。


それならいいでしょ?」


彼女も頷いた。


「私も見守ってあげる」


私は何も言えなかった。


こんな遅い時間に、


何も聞かずついて来てくれる。


ありがたかった。


だから言った。


「自殺は絶対にしないって、


あの防波堤で決心したいんです。


あそこは私にとって特別な場所だから」


二人は黙って聞いていた。


彼女は少しだけ頷く。


そして、


「しっかりね」


とだけ言った。



看護師さんが立ち上がる。


「すぐ準備するから待っててね」


そう言って、


「カール、もも、おいで」


と声をかけた。


二匹も嬉しそうについて行く。


彼女が笑った。


「カールとももはお留守番かな」


私もそう思った。


みんなを巻き込んでしまった気がして、


少し申し訳なかった。


もっと大人にならなければと思う。


しばらくして、


看護師さんが戻ってきた。


思わず吹き出してしまう。


カールとももも一緒だった。


カールは例のパニアを背負っている。


ライト付きのハーネスまで装着されていた。


赤や青や緑の光が交互に点滅している。


左のかごから、


ももが顔を出していた。


右のかごには、


ライト付きのヘルメットが二つ。


それに懐中電灯も入っている。


看護師さんが言う。


「海岸に着いたら、


このヘルメットかぶるんだよ」


私と彼女に手渡してくれた。


カールは尻尾を振っている。


まるで遠足に行く子どもみたいだった。


「じゃあ行きましょう。


カール、先頭お願いね」


看護師さんが言う。


カールが誇らしそうに歩き出した。


私たちはその後ろをついて行く。


夜風が心地よかった。


カールの尻尾が力強く左右に揺れている。


ももの白い後頭部も、


かごの中で小さく揺れていた。


私たちは夜の風に誘われるように、


あの海岸を目指した。

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