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第98話 彼女の言葉

私が言った。


「あなたが言ったみたいに……


神様を信じることって、難しいことじゃないのかもしれないね」


彼女は静かに頷いた。


「うん。難しいことじゃない。


それに、無条件」


夜風が髪を揺らしていく。


「そうじゃなかったら、すべての人の神様じゃなくなる」


私はその言葉をゆっくり噛みしめていた。


無条件じゃなければ、


すべての人の神様じゃない――


彼女が、こんなふうに自分の考えをはっきり話すのは初めてな気がした。


私は聞くことに集中してみる。


神を信じた彼女が、


今、何を見ているのか知りたかった。


彼女が静かに話し始める。


「私ね、自分が誰なのか分からなかったの」


私は黙って聞いていた。


「だから、いつも居場所がないって感じてた」



遠くを見るような目だった。


「この感じ……


あなたには少し分かりにくいかもしれない。


あなたには優しいご両親がいるから」


私は何も言えなかった。


「私は、どこにいても、


“違う、ここじゃない”って感じて生きてきた」


風が吹き抜ける。


「私の味方なんて、どこにもいない。


ずっとそう思ってた」


彼女は続けた。


「小学校の低学年の頃ね、


家にいたくなかったの」


胸が少し苦しくなる。


「学校が終わると、そのまま近所の裏山に行くの。


野良猫がいてね。


暗くなるまで一緒に遊んでた」


彼女は少し空を見上げた。


「父がお酒飲んで寝たのを確認してから、家に入るような生活だった」


私は息を飲んだ。


「母は家にいたり、いなかったり。


まともな仕事じゃなかったと思う。


いつも怒ってて、怖かった」


彼女は淡々と話していた。


だから余計に苦しかった。


「学校は嫌いじゃなかった。


でも、家庭環境を感じ取られてたのかもしれない。


いつもひとりだった」


そして小さく言った。


「私は、どこにも居場所がないって思って生きてきたの」


彼女の目に涙が浮かんくる。



「あの老人の言葉、覚えてる?」


私は頷いた。


「“なぜ、私を愛してくれる女性が、一人も現れなかったのか。答えてみろ”って……


神様に怒りをぶつけてたでしょ」


「うん……」


「私、心が震えたの」


彼女の声が少し震えていた。


「私も、愛してくれる人がひとりもいなかったから」


痛いほど分かった――


そう言いたそうな目だった。


「だからね、


唯一の神様がいて、


その神様を信じることで“神の子”とされるって聞いた時、


真実だって思えたの」


彼女は中庭の花壇に咲く花を見つめた。


「この中庭にも、綺麗な花が咲いてる。


全部違う形で、


違う色で、


違う模様でしょ?」


私は黙って頷く。


「私にはね、


神様の作品に見えるの」


風が優しく吹いていた。


「夜空の濃いネイビー、


星の光、


この風――


もし神様がいないなら」




彼女の目が澄んでいる。


「全部偶然で出来てるなんて、


今はもう思えないの」


そして少し笑った。


「むしろ、そんな偶然を信じる方が難しい」


私は海岸の夕陽を思い出していた。


「あの夕陽もね、


私には神様からのメッセージみたいに思える。


“私はここにいるよ”っていう語りかけ」


私は静かに聞いていた。


「私ね、


幸せを待ってるんだと思ってた」


少し間を置く。


「でも違った」


彼女ははっきり言った。


「神様を待ってたの。


神様の愛を待ってたんだって、


信じて初めて分かったの」


私は言葉が出なかった。


彼女が私を見る。


「この前、言ったこと覚えてる?」


「あなたにはあなたの時があるって」


「うん……」


「だから、私に引きずられる必要なんてない。


そんなやり方じゃ、


神様を信じることなんて出来ないと思う」


そして、優しい目をした。


「私は私。


あなたはあなた」


夜風が吹く。


「そして、本当の友達。


そうでしょ?」


私はゆっくり頷いた。


すると彼女は、


少し照れたように笑って言った。


「もう一回言わせてね。


私、あなたのためなら、何でもするから……」

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