第97話 あなたを愛している
私は星空を見上げながら考えていた。
本当に神はいるのだろうか。
あの――
「休ませてあげます」
という言葉は、本当に神が私に語ったものだったのだろうか。
もし本当に神の声だったのなら、
どうしてこの私なのだろう。
私の周りに、神の声を聞いた人なんてひとりもいない。
聞いたことすらない。
あの老人と、私だけだ。
私は思った。
あの鋭い感性を持つ彼女なら、何かわかるだろうか。
でも躊躇してしまう。
彼女はもう神を信じている。
客観的な話にはならないかもしれない。
いや――
彼女だからこそ、話せることもあるのかもしれない。
他の人に話したら、相手にされない。
それどころか、変な人だと思われるだけだ。
その時、中庭に彼女がやってきた。
私の近くまで来て、笑顔を見せる。
「今、あなたが座ってる場所――」
「えっ……?」
「私、そこに座って、“神様を信じます”って言ったの。
ちょうど、その場所」
ドキッとした。
彼女は私の顔を見ながら言う。
「何か、聞きたいことあるんじゃない?
何でも答えるよ」
私は少し迷ってから聞いた。
「じゃあ、教えて。
私とあの老人が聞いた、“休ませてあげます”っていう言葉だけど……
どう思ってる?
本当に神様の声だと思う?」
彼女は少し考えた。
「それは、私にも分からない」
そして静かに続けた。
「最初に聞いた時は、私も聞いてみたいって思った。
でも、今は少し違う」
「何が違うの?」
彼女は胸にそっと手を当てた。
「神様は、もう私の中にいてくれるから」
私は意味が分からなかった。
「私にも分かるように話して。
“中にいる”って、どういうこと?」
彼女は少し照れたような表情を見せた。
「あなた、お母さんに愛されてるって分かってるでしょ?」
「うん。分かる」
「どうして分かるの?」
「どうしてって……
分かるものは分かるから」
「あなたも、お母さんを愛してるでしょ?」
「もちろん」
「早く元気になってほしいって思ってるでしょ?」
「当たり前でしょ」
「大切なんでしょ?」
「何が言いたいの?」
彼女は少し視線を落としてから言った。
「うまく説明できないけど……
それが、“中にいる”ってことだと思うの」
私は黙った。
「あなたの中には、お母さんがいる。
私の中には、神様がいる。
難しい話じゃないの」
ハッとした。
彼女は続けた。
「もし、“休ませてあげます”が神様の言葉だったとしたら……
あなたにも、あの老人にも、
神様は、その言葉を届けたかったんだと思う。
その時、本当に必要だったから」
私は不思議なくらい素直に聞いていた。
「私には、声はなかった。
でも――」
彼女は静かに言った。
「あなたや看護師さんに出会えたこと。
あのノート。
それだけで、十分すぎるほど愛されてるって分かった」
そして続けた。
「神様を信じるって、難しいことじゃないよ。
力を抜いて、素直になるだけ。
私、本当にそれしかしてないもん」
夜風が優しく吹き抜けていく。
「今はね、
神様を信じるって、“自由な外の世界に出ること”みたいに感じてる」
その言葉を聞いた時、
胸が少し軽くなるのを感じた。
彼女がスマホを差し出す。
「あなたが電話してる時、聖書アプリ入れてみたの。
そしたら最初に出てきた言葉がこれ」
そこには、こう書かれていた。
『わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している』
(イザヤ書43:4)
彼女の目が、ダイヤみたいに輝いていた。
彼女が言う。
「私には、声ではなく、文字で訪れてくれたのかもしれない」
彼女の顔がスマホの画面に照らされて、プロポーズを受けた女性の表情に変わっていた。
私の神に対する姿勢は、
どこか歪んでいたのかもしれない。
その時、彼女が空を見上げて言った。
「また、線香花火したいね」
私は小さく頷いた。
「うん」




