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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第壱部 『神威息衝く古代國』編
49/102

第23倭 伝説を切り拓く神謡者(カムイ・ユカラ)

其之壱 集い羽ばたく緋の神威に連なる徒



 陽光(トカㇷ゚チュㇷ゚)が煌き、心地良く力強い大凬(レラ)が吹いている。


「みんな、参りましょう!」


 ヤチホコは、何時になく力強く一行を促す。

 棚引く真輝銀(シキンナカネ)の長髪。

 輝く自然の紅玉の神瞳(アラフレ=インカラ)。

 いつもにも増して鮮烈な、「毒の法雨」を振りまいて颯爽と雷鳥(フミルィ)へ駆けこむ。


「……昨日の、アレ……一蓮托生呪(イレンカ・シェアリング)でヤチホコくんにもある程度届いちゃっているはず……よね?」


 一瞬見惚れるも、我に還り、あまりに普段の通りな彼の振る舞いに、ミチヒメは還って困惑してしまう。


「恐らくはワラワ達同様、ヤチホコ殿も蟠りを超えしと存じ上げます」


 駆け征くヤチホコと視線を交わし、ヒメは納得した面持ちで応える。


「ボクは……いつものヤチで安心した、かな? あ、待って、ボクも!」


 新緑の翼をはためかせ、スセリも雷鳥(フミルィ)へ向かう。


「スセリおねぇさまぁ! ミヅチも参りますの!」


 ミヅチが後に続き乗り込む。


「……頼れる背中……だわ。さぁ、ミケヒコ、オオ兄様も!」


 感慨深そうに見つめ、二柱を促してキクリも乗り込む。


「……ヒメも、みんなもどうやら蟠りを払拭出来ているようだな! 何をしたか知らんが、大したヤツだ……!」


 相棒の剣を担ぎ、ミケヒコは不敵に笑みを浮かべる。


「……我々がこうして集い、目覚めし事も、父神をはじめとする、先達の願いし『定められし記述』の因果を超えんとする一環なのでしょう。

 征きましょうミケヒコ。

 我等が崇敬せん、直向きな統治之神威(シュメールカムイ)と共に」


 一同乗り込み終えると、雷鳥(フミルィ)は静かに喋りはじめる。


「……『現代』の金剛法輪(イレンカアカム)確認……。

 五大の氣力(トゥム)を納め覚醒した守護封環(セレマク=アカム)、虚空(ニス)の想念者(マスター)認証完了。

 ……根源の霊力(ヌプル)、氣力(トゥム)入力確認……。

 権能『神謡者(カムイ・ユカラ)』発動条件が揃いました。

 ……これより雷鳥(フミルィ)は、『天地を貫きし叡智の聖塔』を目指し飛翔します」


「神謡者(カムイ・ユカラ)……!

 あの刻の英雄王(ラーマ)さまが発動したアレ……。

 雷鳥(フミルィ)、わたし達は……『禁忌の神呪』に頼らずに叶うのね?」


 ミチヒメは想い還す様に雷鳥(フミルィ)に確認する。


「……可能です。すべての条件が揃いました。発動後、『終焉の記述』は完全に停止します……」


「そうか……あの伝説の扉を開ける事が、ヤツラが振り撒く『絶望』を阻む事になるのか……!

 フフ、痛快だっ!」


 ミケヒコは思わず剣の柄を握り締める。


「もしや、八大罪障(ウシュ ナムタグガ)の遺る三柱が待ち受けているかもしれません。

 皆さん、無事、聖塔の扉開く事叶うまで、想い引き締めておきましょう」


 年長らしいオオトシの言葉に一同深く頷く。


「――雷鳥(フミルィ)! お願いします! 目標、天地を貫きし叡智の聖塔!」


 甲高い嘶きを上げ、力強い陽光を受け黄金色の翼をはためかせる。

 今、天之鳥船(アン・ヴィマナ)雷鳥(フミルィ)は満を持して聖塔を目指す。



其之弐 天超え聳えし聖塔


 雷鳥(フミルィ)は一行を乗せ、神智都(タクシャシラー)の背に聳える聖塔の前に降り立つ。


「……なんて大きさだ……! これでは塔と言うより……眼前にふさがる巨大な岩壁のようだ」


 見渡す限り、天まで続き聳える巨大な存在を前に、ミケヒコは思わず生唾を呑み込む。


(……確かに……! これがまさに『本当のバビロンの塔』……か!

 『四錐金字塔(ピラミッド)』や『高き聖塔(ジッグラト)』が、その大きさのまま、天まで聳えるなんて……!

 確かに純陀(チュンダ)殿の言う通り……。

 これは、『神威と民衆(ウタラ)の技術の融合』でもないと……。

 とてもじゃありませんが建造方法が想い付きません……!)


 ヤチホコは、興味があり調べ尽くした智を以って鑑みるにつけ、より正確に、己の知る可能な現実との、あまりに乖離した造りに驚く。


「……まさか、またここに……。

 しかも『扉』を開けられる状態で来るなんて……。

 それも、新たなる虚空(ニス)の遣い手と一緒に、ね……!」


 ミチヒメは感慨深そうに聖塔を見つめる。

 そして、想い顕さんばかりにヤチホコの腕を、一瞬躊躇しながらも、しっかり抱きすくめる。


「……はい! 英雄王(ラーマ)さまと違い、僕だけではとても成し得ませんでした。

 ここまで一緒に全てを乗り越えて歩んできてくれたみなさんのおかげです……!

 ありがとうございますミチヒメさん。

 まさに僕をここまで導いてくれて」


 振り向きざまに放つ鮮烈な波動。

 清廉な毒の法雨。

 思わず清き波動の奔流に吹き飛ばされそうになるも、ミチヒメは必死に踏みとどまる。


(途轍もない波動……!

 そ、そうなのね、ヤチホコくん、今は……。

 ――そう。わたしは彼の『導き手』。

 そして、彼が詠う為の『刻を造る拳』!!)


「――ミチヒメさん!?」


 勢い良く己の頬をはたいたミチヒメを、ヤチホコは驚いて観還す。


「ごめん、ヤチホコくん……もう大丈夫。

 この扉……かつてわたしと英雄王(ラーマ)さまはこの扉の封を解き放ったわ。

 ラーマさまの刻に存在する金剛法輪(イレンカアカム)と、この時代に敬虔転輪聖王(カニシカ)さまが持つ、今ヤチホコくんが受け継いだ今の刻の金剛法輪(イレンカアカム)。

 本来同時に存在しえない二つの法輪を遣い、禁忌の神呪を発動させて、半ば強引に……!」


 全員を見渡し、力強い笑みをミチヒメは浮かべる。


「でも今は違うわ!

 旅の中でラーマさまから聞いた通り、真なる『緋の神威に連なる徒(フィト)』が集結し、真正面から正式な『神謡者(カムイ・ユカラ)』として挑める……!」


 ヒメは静かに一歩前に出る。


「ミチヒメの言う通りでございます。

 皆の! 今ここに我等が統治之神威(シュメールカムイ)、ヤチホコ殿を直霊とし、全ての権能(チカラ)一つに重ね合わせ、異体同心の想いで『神謡者(カムイ・ユカラ)』として解き放つのです!」


 スセリは即座に反応する。


「ヤチに……ボク達の権能を渡して重ね合わせ……うん! 分かったよヒメちゃん!

 ――いくよ、ヤチ! 大凬(レラ)よ、竜巻て虚空(ニス)動かさん息吹を!!」


 新緑の竜巻が、優しく、力強く魂の奥底からヤチホコの虚空(ニス)を真に目覚めさせる。


「ありがとうスセリちゃん!――行きます!

 みんな、僕へ五大の氣力(トゥム)を!」


 ヤチホコの、いや、「統治之神威」の叫びと共に五大の使徒達が一斉に、ありったけの想念(イレンカ)籠めて「付与生氣呪(ラムハプル=トゥム)」を放つ。


「行くよ! 大凬(レラ)よ、統治之神威(シュメールカムイ)の中へ!!」


 スセリが翼を羽ばたかせ、最大限に高めた新緑の「大凬」を、吹き荒れる巨大な竜巻と化して放つ。


「想い籠めて預けるわ! 根源神威(イザナギ)さま! 受け取って欲しい、わ!!」


続くキクリは両掌を差し出し、強固に焼成した山吹色の「大地」を器の如く下から支える様に恭しく託す。


「想いと共に高まれミヅチの水(ワッカ)! 大海(アトゥイ)となりておにいさまのもとへ行くですのっ!!」


 ミヅチもキクリに倣い、跪いて祈りを捧げる。

 そしてヤチホコへの想い、其の一点へと集中し、自身を極限まで高め、「大海」と化し、彼に向かって紺碧の巨濤(おおなみ)の様な氣力(トゥム)を沖つ波(オレプウンペ)の如く猛烈な勢いで差し出す。


「ぅおぉおっ! 想い高ぶり我が紅蓮の大焔(アペヌィ)よ、限界を超えて極まれ!

 受け取れ! オレ達の王!」


「……世界之王(カント=ルガル)よ。地上之王(モシリルガル)がそのすべてを献上し奉らん!!

 付与生氣呪(ラムハプル=トゥム)!!」



最後ミケヒコとオオトシが、至高の域に高めた紅蓮と深緑の「大焔」を重ね合わせ、迸り猛り狂う焔神之竜巻としてヤチホコへ向かって送り届ける。


 ヤチホコは己の虚空(ニス)を最大限に発動し、受け入れた権能を一筋の朱金の輝きへと纏め上げる。

 それを最大加速させ、しかと支える様に、根源の巫女、ミチヒメとヒメが莫大な氣力(トゥム)と霊力(ヌプル)を注ぎ込む!

 

「受け取って! ありったけの想いを籠める!

 啊啊啊啊啊啊(やぁぁあああ)っ! 究極付与(シパセ・ラムハプル)生氣呪(=トゥム)!!」


「お受け取り下さいませ! ワラワも言の葉に出来ぬ、想いの丈をすべて注ぎ込みてお渡しいたします! 究極付与神(シパセ ラムハプル=)威霊呪(カムイ ヌプル)!!」


 二人の想いの籠った莫大な権能の奔流が、ヤチホコを覆い尽くす!

 スサノヲから受け継ぎし「器」であっても、その巨大さに圧し潰されそうになる。


「ヤチ、頑張って!」


 新緑の癒しの大凬(レラ)が巻き上がり、ヤチホコを癒しの風で包み込む。


「おにいさまぁっ! みんなの希望を力に換えて欲しいですの!」


 紺碧の癒しの波濤が、莫大な権能に焦がされんばかりの彼の身体を柔らかな毛布の様に受け止め、優しく冷やし癒し直霊す。


「アタシも支えるわ! その背中を、その想いを!」


 あまりの力の奔流に吹き飛ばされそうなヤチホコを、盤石の岩塊の揺籃でキクリが支え抱く。


「――我が愛すべき主。今まさに神威となりて、私を掌に取りて共に直霊致しましょう!」


 カンナが瀬尾律姿でアメノオハバリを携え、ヤチホコの掌に、己の掌を重ね合わせて共に握らせる。


「今世の我が背。全ての想念は、『善かれ』と、わたくしが直霊せん!

 案ずる事無く励まれると宜しいですわ!」


 深紅の長髪を逆巻かせ、スセリの内より顕現する根源神威之妹(イザナミ)。

 彼女が混じり合う昏き闇を、更なる奥深さで直霊しながら力強く微笑む。


「そうよ、私の大切な『竜輝』!

 私達の想いを重ね、産み直霊するのよ!!」


 最後は、スセリの内より湧き上がる、楓から親愛の想い籠められた檄が飛ぶ。


「ぐっがぁぁぁああっ!

 い、今、ここに我は詠い直霊す!

 新たなる統治之神威(シュメールカムイ)、ヤチホコの名において神謡者(カムイ・ユカラ)の権能を産み直霊せん!」


 扉に刻まれし五芒星、その頂点に存在する五つの窪みに眩い光が燈ってゆく。

 大地(モシリ)……大海(アトゥイ)……大焔(アペヌィ)……大凬(レラ)……。


「いっけぇヤチホコくん! 重なりし想いを籠めてあなたの虚空(ニス)を!!」


 ミチヒメの檄に、瀬尾律と共に握りしめたアメノオハバリを虚空へ翳す。


「我が前に道を拓かんと命ず! 開け! 伝説の扉!!」


 虚空が宿った瞬間、すべての音と光が消滅する。


「な、なんです? す、全てが……!? あぁっ!!」


ヤチホコだけが観じた、「世界の凍り付きし刻」。

 静まり返った刻に耳の内に響く音すら喪われた、真なる静寂。

 永遠とも観じる一瞬……。

 その永劫の刹那を、今までの全ての魂(ラマトゥ)の歩みが光の奔流となって翔け抜けて逝く。

 いにしえの根源神威(イザナギ)、刻を超えし竜輝、そして今在るヤチホコ……。

 今の自分の幻像に還り、自神と折り重なりあう。

 この古代の奴國(ナ・ラ)へ、刻を超えて跳んできたあの瞬間。

 スセリとしてそこに居るのに、『楓が見当たらない』落胆。

 参殿の変、錬、そして神前比武……。

 次々と、今までの出来事が、詩片として浮かんでは風に舞う花弁のように、彼の魂を過ぎ去ってゆく。

 洞の湖、雷鳥(フミルィ)の復活、過所之証による選別反転で向かいし神聖城国……。

 詩片たちが風に舞い、過ぎ去る毎に胸の奥が熱くなる。

 絶望的な存在、天超飛翔神威之城。

 向津日霊女の下で共に罪を背負い目覚めたカンナ。

 スセリを救う為の禁忌の一蓮托生呪……。

 絶望のヒメの喪失……。

 限界を超えた皆の覚醒。

 運命を切り開いてくれた英雄王(ラーマ)……。


(そして……今……!)


 己に秘められた昏き闇を認めて抱き、異体同心で成し遂げし神謡者(カムイ・ユカラ)……。

 

 そのすべてが急激に巻き戻る様に重なり合い、一つの奔流となってヤチホコの虚空(ニス)へと注ぎ込まれてゆく。


 巨大な龍神の如く身をくねらせながら、彼の胸中より世界すべてへと、再び、ではなく――


「あ、新しい刻が……今、始まりました!!」


 ヤチホコが、観じたままに声を漏らした瞬間、聖塔の扉より、究極の朱金、緋緋色金(ヒヒイロカネ)の輝きが放たれる!

 それは、瞬く間に聖塔全体へと波及し、この地を中心として「全てが光に塗り替えられて」ゆく。

 それは、世界の理をも強制的に「書き換えて」、いや、真なる姿へと「詠い直霊」されてゆく……。








「……世界(モシリ)が……すべてが……『詠い直霊』されました……!

 『破滅の砂音』が消えました!!」


 ……静かに、途轍もない重量物が動かされる音が重々しく響きわたる。


「……流石、ね……ううん、さすがわたし達……ね!!」


 ゆっくりと、歓迎するかの如く開かれてゆく荘厳な扉を眼にして、ミチヒメは満足気に拳を握り締めてヤチホコを見つめて頷く。


「うわぁ! ミヅチ達やりましたの!」


 ミヅチはその場で軽く跳躍して喜ぶ。


「してやったり! しかし……ヤツラが何もしてこなかったのは意外だったな」


 ミケヒコは、剣を水平に掲げ、偉業の達成に喜びつつも違和感を覚える。


「……杞憂に済んだのは何よりです。そして、この気配……。

 恐らく、管理者達は最早手出し叶う事はないでしょう」


 オオトシは、閉眼して世界の変化を観じとり、一先ず安堵の息を漏らす。


「やっぱりその背中、頼れるようになったわ! まるで父様みたいだわ」


 キクリは喜び露わに背後から抱きつく。


「ヤチホコ殿、流石の詠い直霊でございます。

 そして、先ほど貴殿が観じられた通り、扉開きし事により、この世の理自体が変わりました。

 オオトシ殿の申す通り、この地上(モシリ)にて彼等が災いを齎すことは最早叶いませぬ……!」


 ヒメも偉業の達成に尊敬と敬愛を顕す。

 そして褒美とばかりに……一目だけヤチホコと視線を交わす。


「……やっぱりヤチは最高ね! 行こう!」


 スセリは、ヤチホコを塔の中へと誘う様に、ミチヒメと反対側の掌を引く。


「……ヤチ?」


 偉業は成した。

 正式に神謡者(カムイ・ユカラ)として、皆と掌を取り合い扉を開ける事叶った。

 おかげで世界の理も間違いなく変容し、ヒメの言う通り、「終焉の記述」は跳ねのけられた。

 「破滅の砂音」も消失している。

 最早管理者達が「書き換える」事など出来ぬくらいの強固さを、世界の放つ氣力(トゥム)がありありと顕している。


(……これ以上は今は考えても……ですね……!)


「みんなありがとう!

 おかげで『終焉の記述』から世界(モシリ)を護れました!

 ――行きましょうスセリちゃん、みんな!」


 全霊を賭したとはいえ、何ら邪魔も入らずあまりに自然に儀を成した事へ、ヤチホコは一抹の不安を観じる。

 だが、今は成し得た事だけを考え前に進もうと、スセリの掌を力強く握り返し、扉を潜って征く。



其之参 待ち受けし者


「……なんて清廉な氣力(トゥム)……いや神威……」


 開かれし伝説の扉を潜った瞬間、そのあまりの清廉さにヤチホコは思わず息を呑む。

 図録でしか観た事しかない、大聖堂の様な荘厳な内壁。

 調度品として格調高く、溶け込む様に配備された、天井まで聳える書棚。

 そして、その芸術的な美しさでさえ遥かに凌駕する、空間全域に漲る圧倒的な神威。


「本当ですの……鏡水顕導神(ヤィ=モ=トーヤ)さまの祠よりも更に清らかですの……!」


 ミヅチも至純之水(シパセ・ワッカ)湛えし泉以上の神威に圧倒され、思わずヤチホコの裾を掴む。


「……良かったわ。ここは、わたしが知っている通りのままよ」


 安堵の息を漏らすミチヒメの視線の奥、書棚の立ち並ぶ中央の空間に、煌き降り注ぐ光の粒子の中、一柱の神威が顕れる。

 それは、全身を覆う真輝金(オリハルコン)の椅子に腰かけた存在。


(……どう見ても『管理者側』の存在……! 雷鳥(フミルィ)の『操舵の座』にも似ている気がします……雷鳥(フミルィ)?)


(……想念者(マスター)、ご安心ください。

 彼こそが、ミチヒメの話に出て来た、この聖塔の真なる管理者です……)


 なる程とヤチホコは安堵の息を漏らす。

 それは、二つ遡る刻、ミチヒメが英雄王(ラーマ)と共に刻を超え、救いだしたこの聖塔の管理者。


「お久しぶりです、『梵天王之代行者(モンタサ・ブラフマー)』さま。

 此処はお変わりないようで何よりだわ」


 輝きが落ち着き、明確に姿が顕れる。

 一見、年端も行かぬ善男子(ヲノコ)と見受けられるも、観じる気勢は、並の神威すら凌駕する荘厳なる静謐。

 彼は、真輝銀(シキンナカネ)の長髪を湛え、紅玉の神瞳を輝かせる新たなる統治之神威(シュメールカムイ)を穏やかな眼差しで見つめる。

 そして微笑みを湛え優しく語りはじめる。


「ミチヒメよ、そして新たなる詠い手――『希望(バグ)』たる統治之神威(シュメールカムイ)よ、神謡者(カムイ・ユカラ)を顕して扉開けし事、賞賛に値せん。

 よくぞ参られしなり。

 だが……この塔はそこなミチヒメの活躍により、我へ権限返還叶いしなるも、聖塔と対を成し、天空に舞う『天超飛翔(カンナ=カム)神威之城(イ・チャシ)』は、未だ昏き闇に沈みし儘なり」


 梵天王之代行者(モンタサ・ブラフマー)は語る。

 六百遡りし刻の大戦。

 ミチヒメと英雄王(ラーマ)は、『魔王ラーヴァナ』を打ち倒し、魔王と共謀せし『我執之黒幕』の権能を封印し、世界の平穏を取り返す。

 だが、英雄王(ラーマ)はおろか、六欲天の更に上位、大梵天王と同様の境涯である自分でさえも、城の制御権の奪還は叶わなかったと。


「『他化自在天』が首謀者ならば、我の権限で確実に奪還叶った筈。

 想い廻らす事憚りしであるが、先にそこな瀬尾律によりて顕現せし『ヒルメ』の如き、我の更なる上位境涯存在の暗躍以外に考えられぬ……」


 ミチヒメは、荒ぶる怒りを猛らせて、握りしめた拳を震わす。


「……では、未だ師匠達の神威之色身体(カムイ・ケゥエ)は……!」


「……残念ながら、彼奴等の崇めし『主なる神』の傷を癒す揺籃の糧とされたままである……」


 それと無く仄めかされてはいたが、ヤチホコ達は今、明確にミチヒメの怒りの源泉、その一つを理解した。

 今もなお、彼女の師匠達の神体は、輪を廻る事すら許されず、城内で薪の様に焚べられている……。


「……ひどい……! ジェスターはあの刻だって、ミカツヒメさんの事を同じように……!」


 スセリは、雪原での死闘を思い出し、ミチヒメの激昂する想いに自身の憤りを重ね合わせる。


「本当ですの! そんなことするなんて、ミヅチ……絶対許せませんの!」


 紺碧の瞳を潤ませて、ミヅチも想い重ねる様に憤る。


「そもそもアイツ等自神で氣力(トゥム)焚べれば良いんだわ!

 他者を縛り上げ、その上権能(チカラ)搾り取るなんて……許せないんだわ!」


 金色の四尾より、山吹色の氣力を迸らせキクリも猛る。


 ヒメは、皆の憤りを静かに頷いて聞いている。

 その掌は静かにヤチホコと重ねられていた。

 カンナも静かに清廉な音色を一度だけ鳴らし、沈黙している。

 まるで慰めるかの様に……。


 重い、あまりに重い温もり。

 息の根を止められるような清廉な癒しの音色。


(……『毒』と言われ僕が出している波動……。

 これは、それ以上の重圧(おも)み……)


 寄り添う二人に応えられず、ヤチホコは静かに紅玉の輝きを伏せる。



其之肆 詩と想いを胸に


「……あと幾つか、其方らが知り得たいと欲す事柄を教えて進ぜよう……」

 

 梵天王之代行者(モンタサ・ブラフマー)は、それと無く話を切ると、更に語りはじめる。

 それは、ヤチホコ達が出逢いし、祖神の神殿を護るヴィジャーヤ=キールティ、その一族の起源である、悲しき神威の詩。


 天の門 護りし神威 多聞天(ヴァイシュラヴァナ)

 二つの罪にて 堕天せん

 壱は 蛇を通しし罪 

 弐は 城を奪われし罪

 罪の咎にて 天より堕つる


 運命(さだめ)の出逢い アショーカ王妃

 想い重ねて 神威を託さん

 産まれし希望  碧蓮華御子(クナーラ)が

 起こせし国こそ 王子授乳せし大地(クスターナ)


 異界に堕ちし 多聞天(ヴァイシュラヴァナ) 

 神体喪(な)くすも 諦めず

 必死に 己を磨き抜き

 現世に還る 車師の地


 困る民衆(ウタラ) 救わんと 

 想い抱くも 神体(ケゥエ)無し

 苦渋の決断 禁忌の呪

 血筋(ちすじ)の結縁(けちえん) 祖神顕現(カムイ=エウン)


「そう、だったのですね……! では、今天界(カンナ=モシリ)にいるのは一体……?」


 梵天王之代行者は語る。

 多聞天(ヴァイシュラヴァナ)は称号であり世襲制であると。

 しかし、当代の多聞天は……。


「……過ちを犯さぬよう、傀儡に魂(ラマトゥ)を神威降ろししていると聞きしなり」


――傀儡。なる程、過ちを許さぬ管理者らしい。

 ヤチホコは、閉眼してかつての祖神の神殿でのヴィジャーヤと双角武神(ヴェッサヴァナ)が掌を取りて想い重ねた凄まじき強さを想い還す。


(ヴィジャーヤさまと双角武神さまは……凄まじかったです!

 まさに、幾世にも渡り脈々と受け継がれし想い、民衆(ウタラ)を救わんが為の執念ともいえる想念(イレンカ)による禁忌の権能(チカラ)の結晶……。

 対して天界に今いるのは……)


 ヤチホコは、確信と共に力強い笑みを浮かべる。


「ならば、想いの分だけ、きっと僕たちが……四大王さま達を超えてゆけるでしょう……!」


 全ての事象が、因果の糸として編み上げ、天へと昇り征く一筋の導線として紡がれてゆく。

 塔を昇り天へ向かうだけではなかった。

 英雄王(ラーマ)でさえ叶わなかった世界の理の一つ、天超飛翔神威(カンナ=カムイ・)之城(チャシ)の奪還。

 城の奪還によって、ジェスター達から世界を制する理を取り戻す事。


 ミチヒメは、ヤチホコの左手を尊く、そして愛おしそうに抱きすくめ、封環に宿りし五色の光を静かに見つめる。



「ヤチホコくん、あなたが『希望(バグ)』と呼ばれている、その本当の理由……今初めて解ったわ。

 アイツ等の記述に『書き換えられた』理(ことわり)は、この世の中の存在には抗いきれない。

 でも、あなたの様に……外なる先の世から舞い降りた魂(ラマトゥ)。

 その、『外なる者』の抱く想念(イレンカ)なら、絶望の記述に塗れたこの世を、希望溢れる大地(モシリ)へと『詠い直霊』叶う。

 そう、そう言う事、なのね……!」


 ヤチホコは、ミチヒメの想いと言葉を噛み締める。

 浮かび上がるは……これまでの旅で観てきた滅びの光景。

 苦しみを喜びへと詠い直霊してきた軌跡。

 真理の導き手(ルシファー)の遺した、「自由意思」が紡ぐ想いの詩が胸を埋め尽くしてゆく……。

 紅玉の神瞳を燦然と輝く太陽の様に輝かせる。

 ヤチホコは、ミチヒメの言葉に深く頷き、真っすぐに塔主を見据える。


「良かろう。

 天へ昇り、神威の試練、受けるが良い。

 そして顕してみよ。

 汝ら、『緋の神威に連なる徒(フィト)』が詠い奏でし『希望の詩』が、

 真に世界の『理』を超え、新たなる黎明を告げる調べとなるかを」


 塔主、梵天王之代行者(モンタサ・ブラフマー)は、緩やかに椅子ごと浮かび上がり左手に座す。

 開かれた中央最奥部に観えるのは、「天翔産道(カンナ・クスル)」と呼ばれし、天界へ詣で参る道。


「ここを歩み昇し間に、汝らの身体は天へ赴かん事叶う、真なる『神威之色身体(カムイ・ケゥエ)』へと『産まれ直霊』されん……。

 努々気を引き締めて参るが良い。

 歩を進めん中、各々に想い湧き上がるは……『神威となりて天へ赴くに、棄てねばならぬ存在』。

 ここまで参ったならば……棄てるべき存在、如何とすべきか自然であろう。

 いざ、参られよ」


 ヤチホコは一瞬息を呑む。

 数えきれない程の、「棄てたくない存在」が、走馬灯の様に翔け廻ったからである。

 伏犠の下で味わえた馨しい乳(カフェオレ)。

 ルースと香(シャン)のくれた、温かい想いの籠った蕎麦。

 そしてあの刻の楓との喫茶店での勉強しながら飲んだ珈琲……。

 

 この道を抜ければ……そこは地上ではなく天界(カンナ=モシリ)。

 二度と戻り還る事叶わぬかもしれない。

 しかし――


(……全ての存在が、幸せを詠い直霊出来る世界の為……)


(我が愛すべき主。――『想うがまま』、参りましょう!

 きっと、それで良きかと思われます!)


 カンナの慈しみの籠った力強くも甘やかな檄に、ヤチホコは覚悟する。


「カンナ……! そう、ですね……!

 それこそが僕の、僕等の歩みそのものです!

 世界も、すべての存在も……。

 確かにそうです。

 ですが、僕は、今ここに共にあるみんなと共に、笑い合える幸せな世界へと詠い直霊したい、それだけです!

 みんな、参りましょう!」


 真輝銀(シキンナカネ)の剣が、力強く煌いて清廉な音色を奏でる。


「行こうヤチ! きっと最高に素敵に変えられるよ!」


 スセリは心底の想いで掌を繋ぐ。


「ヤチホコくん。わたしはあなたを信じている。絶対に素晴らしい世に詠い直霊されるって、ね!」


 ミチヒメは、大切そうにしながらも、大胆に彼の左腕に絡み封環を見つめる。

 そして、目配せして笑みを浮かべ、力強く拳を握り締める。


「フッ、そう、だ……。そのくらいのゆとりを見せてくれた方が心強いぞ! 征こう、我等が王よ!」


 ミケヒコは、その光景に、入り過ぎていた肩の力が抜け、いつもの通り力強く不敵な笑みを浮かべる。


「還ってきたら……ミヅチいっぱいおにいさまとしたい事ありますの、だから頑張っちゃいますの!」


 紺碧の毛布が、ヤチホコを包んだ瞬間、彼の腕の中でミヅチに還り振り向いて微笑む。


「そうだわ! 還ったらみんなで咲き誇る山々の華を見に行ったりもしたいわ。

 おやつはアタシがしっかり用意するわ!」


 キクリは、背後からヤチホコの首へと優しく絡み付く。


「我等が崇拝すべき統治之神威(シュメールカムイ)ヤチホコ殿。

 貴方が想い描く中、不幸になる者など、断じておりませぬ。

 さぁ、共に参りましょう……!

 ワ、ワラワは……この『至福の随喜』享受かなうならば……。

 まさに、煉獄の中へでも赴き、あなたの導となりましょう……!」


 ヒメは、静かに歩み出て彼の一歩先より静かに見つめ視線を交わす。

 そして、艶やかな桜色の花吹雪を華麗に甘やかに舞わせる。

 しかし、瞬く間に表情を曇らせ、険しさを露わにする。


「……ヤチホコ殿……懐中の石版をワラワに……!」


 ヒメは、衣の裾を直し、恭しく掌をついてその場で正座し、頭を垂れて両の掌を差し上げる。


「ヒメさん……? 何か……観えたのですか?」


 ヤチホコが尋ねるも、カンナも雷鳥(フミルィ)も沈黙している。

 それは、この世界への道導であり、これまでの苦楽が刻まれた根源であり未来の象徴。

 困惑するヤチホコを前に、ヒメは微動だにせず両の掌を差し出して頭を垂れている。


「……解りました。ヒメさんに託します」


 取り出した石版をヒメに手渡す。

 その瞬間、山吹色の輝きが空間に迸った。


(山吹……大地(モシリ)?)


 丁重に受け取った後、最後尾につけている仲間へ振り向く。

 ヒメは静かに、しかし断固たる決意を響かせる。


「……オオトシ殿……。

 あなた様がこの地上に遺らんとする事。

 それは我等が紡ぎし先の世へ向かう為の『天命』でございます。

 しかと、お頼み申し上げます……!」


 ヒメは、先程同様、厳かに、そして恭しく丁重に頭を垂れて両の掌に石版を把持し、オオトシへと捧げる。


 オオトシが丁重に賜った瞬間、石版に刻まれし、神代からの『叙事詩』が彼の魂(ラマトゥ)を翔け抜けて逝く。

 それは、かつての根源神威(イザナギ)、そして父スサノヲの前乃世である、「天に輝く日之神威」の「主」なる「絶対記述」への、魂の反抗の詩。


「い、今のは一体……?」


「……必ずや真なる悟りに至りし事、ワラワは魂(ラマトゥ)よりの確信を以って信じ抜き、お待ち申し上げます……!」


「……わかりました。必ずや、私(わたくし)の、この身命に賭けても解き明かし、『真なる悟り』、掌にしてみせます……!」

 

 静かに、しかし魂の底から、力強く燃え盛る種火のような想いの炎を放つ。

 オオトシは、ヒメへ深々と頭を下げ、天へと昇ろうとしているヤチホコ達を見送る。

 視線に気づきヤチホコが振り返る。

 瞬間、交わし合う想念(イレンカ)。


 ヤチホコは、静かに、しかし力強く拳を突き上げる。

 そして丁重に長揖し、天を目指す。

 

(ヤチホコ、あなたの孤独にて孤高なる闘い……。

 そこに、真に肩を並べる存在とならんと此処に誓います……!)


 彼等の姿が観えなくなるまで、先ほど過ぎった幻像を胸に、オオトシは長揖してヤチホコ達の無事を願い、祈り、見送っていた。

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