第24倭 胸に抱きし想いで受けし試練
其之壱 産道を潜りし者達
見渡す限りの広大な空間が眼前に開ける。
遥か遠方には巨大で荘厳なな山麓が観える。それは、澄み渡るこの虚空の中でさえ、頂上は霞むほどに、まさに天空まで聳え立っていた。
(あれはまさか……『須弥山』……! 本当に天界なのですね……!)
ヤチホコは、辿り着いた天界の大地を踏みしめ、感慨深そうに周囲を見回す。
どうやらまだ皆昇ってきていない様である。
(……無理もありません。あれは……余程の『覚悟』を持ちませんと……! 僕だって、ただ、ただ、『絶対に喪いたくない』から『選んで』これただけです……)
ヤチホコは、天翔産道を思い出す。
それは、絶望と力への甘美な誘惑でもあった。
己が特に強く抱く『執着』から離れ、棄てる事により絶対の権能を誇る、『神威之色身体』を得る……。
(正直、未完成な僕達がどこまで通用するか解りません。でも、僕は今の僕のまま、すべての想いを大切に抱きながら歩む方が……『絶対良い!』。……そう、強く想って……『地上の姿のまま』ここへ昇ってきました……)
「……ボクも、ヤチへのこの想い……絶対に手放したくない。だから……このまんま来ちゃった!」
爽やかな風が頬を軽く撫でる。新緑の翼を湛えたスセリである。
「……当然の選択だわ。わたしはわたし。緋徒のまま、アイツ等にまちがっている事を認めさせてみせるわ!」
青龍の籠手を煌かせた拳を握り締め、力強くも清廉な笑みを浮かべる乙女。ミチヒメ。
「まぁ迷ったけどさ、アタシはもう『ダメな処』も含めて抱っこされちゃったから、この想いを抱いたままで……問題ないんだわ!」
山吹色の豊饒の氣力が、力強く足元から支える様に広がる。キクリが、金色の四尾を優雅に振りながら歩み寄る。
「……母上とヒメを棄てろだと? 巫山戯ているのか? 棄てて贖罪になるなら疾うにしてるわ! 痛みと罪を抱えて歩むからこそ意味がある……そうだろう、ヤチホコ、いやさ我らが王よ!」
声の主は、紅蓮の炎を噴き上げて颯爽と顕れる。大焔のミケヒコ。
「……ミヅチ……ミヅチ……。絶対絶対おにいさまとの『はじめて』、ミヅチは絶対棄てられませんの!」
水の無い空間に突如溢れ出る、癒しの権能を湛えた巨濤。両の掌を握り締めて精いっぱい叫ぶミヅチ。
「当然の帰結でございます……! 我等が各々ヤチホコ殿より賜りし『切なる想い』……それを棄てて権能を得るなど……言語道断の所業でございます! 何らかの対価に得る権能などたかが知れておりましょう。皆の、よくぞ選び取りました」
ゆっくりと、しかし強く清冽な七絃の輝きを湛え、法衣の裾を裁きながら歩み寄る宝珠の神威。ヒメである。
「……皆さんよく選ばれました。まさにヒメさんの言う通りなのです。それ故、あの天翔産道は、祝福の朱金の輝きを以って我々を見送って下さったのです。しかも分断され、各々孤独の中で自分の内なる想念で選べたこと……とっても良き事であったと、私も想い抱いています……!」
ヤチホコの背負う真輝銀の剣が、瀬尾律の姿となりて「棄てずに進む事」を選べた全員を、陰陽、清濁併せ持つ薄紅色の氣力を桜吹雪と降らせて祝福し、労いを籠めて微笑む。
「……どうやら、全員、『棄てる存在』を如何とすべきか、見極めたりであるな。では此方もそろそろ、始めんと致そう……」
天翔産道の入り口、聖塔の扉の前にて、梵天王之代行者が微笑みを湛え頷き、静かに天を仰ぐ。
「……英雄之神威よ。そなたの蒔いた種が、今まさに芽吹かんとせん……。さぁ、如何様な素晴らしき華を咲かせんとするか、共に刮目して観ようではないか……」
『……我が魂の弟妹等に、全てを委ねしなり』
オオトシの口伝に湧き上がった啓示。
「……必ずや、その想いに応えんと、この身に……『悟り』、修めてみせましょう……!」
その真寧なる想いに、六天を超越し二柱の神威は、真輝銀の花吹雪をオオトシの上に振らせ祝福する。
「梵天王之代行者さま、私は如何様に致せばよろしいのでしょうか……?」
静かに、梵天王之代行者はオオトシに歩み寄ってくる……。
其之弐 六天統治王執り行いし試練
四大王天。
それは聖塔の中を、天翔産道を、まさに産道を潜り産まれんとする赤子の様に、「己が価値ある生を掴む為」、それぞれの抱きし想いのままに通り抜け、昇りて辿り着いた雲上に広がる広大な空間。
どこまでも石畳が敷き詰められたその奥に、立ち塞がる、荘厳で巨大な門。
それこそがこの天界の入り口、四大王天を象徴する『天界への門』。
この門の奥こそが、真なる天界へつながる道。その遥か奥に観えるのが、天空に聳える、参拾参天の存在する須弥山……。
「皆の、彼の門前に……顕現致します、今しがたより、試練の儀、執り行われると存じます……!」
ヒメは観えし予見を伝える。
すると程無くして、遮りし者無き真なる天空より、燦燦と降り注ぐ陽光の煌きが降り注ぐ中、静かに浮かび上がるは四柱の神威。
その上空より、更なる圧倒的な気勢を放つ存在が顕れる。
「……良くぞ参られしなり。我が名は六天統治王。輪廻せん六道世界を統治せん神威なり。我、今ここに『六道輪廻を超えんと欲す魂』を試さんと誓う。各々の魂の在り方、この四大王達の前に顕してみせるが良い!」
虚空に響き渡る朗々たる声。それは六天統治王へと直霊された「他化自在天」の託宣。
今、正式に「神威を超えて真なる悟りを目指す者」の試練として、四大王達が神威を放ち始める……。
其之参 絶望と裏切りの魔闘氣
「――っ! なんだって!? これが……四大王……これではまるで……八大罪障の様な、いいえそれすら超える魔王の如き魔闘氣!」
解放されてゆく氣力を観て、ヤチホコは驚愕を隠せない。
天界の守護者たる四大王とは、あまりに乖離した禍々しき氣力。
「皆の衆、一体その氣力は如何なされたりか! 増長天? 廣目天?」
持国天が、残りの三柱を観て狼狽している。
すると一際異質な気勢を放つ神威が、背後からゆるりと歩み寄る。
「ヴァ、多聞天!? ば、莫迦な……一体何事であるか! その余りに禍々しき魔闘氣……我等の長たる其方が何故に……?」
問い詰める持国天に、多聞天と呼ばれた神威は静かに応える。
「……今の我は『財宝之神威』なり! この天を、そして天空に輝く彼の城を護りし神威……! 我の護りし財宝に掌を出さんとする咎者を、決して許しはせぬ!」
観る間に重厚な鎧に身を固めてゆく。
「……想いは解らぬでもないが……彼等は彼の聖塔の扉開きし正統なる神謡者。六天統治王殿の誓いの通り、此度は尋常な比武なるぞ?」
「心得し。眼前の全てを屠るなり……!」
「な、待たれよ、ヴァ、いやさ財宝之神威!」
肩を掴む持国天の掌を振り払い、財宝之神威は猛然とヤチホコ達へと襲い掛かる。
「――アタシが護るわ! 大地之防楯!」
キクリの叫びと共に山吹色の砂塵が噴き上がり、瞬く間に岩壁の楯と化す。
「畜生風情が猪口才な! ヌン!」
財宝之神威が、「左手」に握りしめた宝棒を振り翳す。
その一撃は、分厚い岩壁を泥塊の如く吹き飛ばす。
「――キクリ姉っ!」
「ヤチ! 安心して!」
スセリが大凬に乗り、間一髪でキクリを抱きかかえて飛び去る。
「――四大王の誇り忘れしか! 名乗りも上げずに襲い掛かるなど言語道断!」
持国天が厳しく財宝之神威を諫めるも、他方から別の声が上がる。
「かまわぬ。こやつ等は、神威と成らん者が捨てるべき、『欲』抱きし儘の来訪者。斯様な存在が、この清浄なる天界に足を踏み入れる事など……そのような存在が我を超えてゆく事など……断じて許せぬ!」
怒りの形相で増長天が、構えた剣に炎を迸らせ、斬撃を放つ。
それは、かつてのカルマ王の火災旋風をも超える暴威の爆炎。
「させませんの! ミヅチの水! 高まり猛り大海となりて大焔を断じて欲しいですのっ!!」
仲間の前に立ち、ミヅチが全霊の想いで沖つ波を放つ。
「――今! ヤチホコ!」
「はい! キクリ姉の大地よ、我が虚空により猛りて大焔を覆い弱め断ぜよ!!」
ミヅチの巨濤が必死に防ぐ間に、ヤチホコがキクリの氣力を猛らせて放つ!
巨岩の天蓋が上空より覆い被さる。爆炎が暴れ狂うも、天蓋はさらに焼成され強固になり完全に炎を封じ込める。
「……わかりました。あなた方の撃、試練として受けて立ちます!――参ります! カンナ!」
ヤチホコの叫びと共に、真輝銀の剣がアメノオハバリとして完全に覚醒する。
其之肆 内に秘めし苦悩と罪障
「彼奴には弾かれしか……構わぬ。挨拶も済ませし故……いざ「執念」を以って比武せん!」
一瞬、持国天を見遣り無念そうに呟くも、財宝之神威が「想いを籠めて」叫ぶ。
(……『執念』!? なんだ? このモノ凄い違和感? あのヴィジャーヤさんと共にいらっしゃった双角武神さまとはまるで違い……! カンナ?)
(……我が愛すべき主。あなた様のその眼を輝かせ、真理を見通されて下さい……!)
(ヤチホコ殿、ワラワもカンナ殿の仰る通りかと存じ上げます……!)
「ミケヒコくん! ボクと合わせてぇっ!」「まかせろぉっ! ぅぉおっ! 猛り狂えオレの大焔!!」
財宝之神威の放つ暴れ狂う水龍の咆哮を、スセリとミケヒコがお互いに想い重ね高め合って放った「焔神之暴風」で懸命に防ぐ。
「お願い!ボクの中の蛇神さま、想いを権能に顕してぇっ!」
スセリの背に新緑の翼が煌く。大凬が彼等を護る様に暴風の結界を顕す。
(ヤチホコ殿、今の内に!)
ヒメの声にヤチホコは意識を集中し、紅玉の神瞳を最大限に輝かせる。
(……観えます……聴こえてきます……。持国天さま以外の三柱の嘆きが……! こ、これは、八大罪障!? そして、その奥にまだ何かが……!)
瞬間胸を貫くような気配。観ると今にも暴れ狂う水龍が焔神之暴風すら呑み込んで襲い掛かろうとしている。
「――っ! 我が虚空よ! 仲間を護りし大凬と大焔に更なる氣力を! ミチヒメさん!!」
「まかせて! 我が根源の氣力よ、想いと共に限界まで噴き上がれぇっ! 啊啊啊啊啊啊っ!!!」
大きく足を開き構え、地面目掛けて青龍の籠手で打ち付ける。
すると黄金の生氣が間欠泉の様に噴き上がり、莫大な氣力の奔流となり、ヤチホコ目掛けて飛び込んでゆく。
ヤチホコは必死に己の虚空で受け入れ練り上げて、護力の暴風へと注ぎ込む。
根源の暴風により、さしもの水龍も霧散する。
「途轍もない……! まさに魔王のような強烈な波動……。流石属性を翻せども四大王の長です……!」
ヤチホコは、瞬時に己が観じたことを一蓮托生呪で皆に届ける。
(……絶望的な相手ですが……ただ倒しては……ダメだと僕は思います)
(そう……なのね……。自分の醜さを隠すための虚栄……。わかるわ、その想い……。わたしは解ったわ。ヤチホコくん、あなたの想いについてゆくわ!)
即座に反応したのはミチヒメ。観じとったのは廣目天の想い。
千里を見据えるも異形の眼を持つ神威。そこを八大罪障、「虚飾」のイナ・グロリアに憑かれてしまった。
(……ワラワもとくと観じます。己が醜悪なる想い、ひた隠しにしたき恥部……。それすら抱き、許し、剰え認めた上で随喜の境地へと誘い賜りしご慈悲……。ヤチホコ殿。何卒彼の者をワラワ同様、『万象を見抜き見据えんが神威』へと、詠い直霊して頂きたく存じ上げます……!)
ヒメは、己の劣悪なる所業を想起し、自罰に駆られるも、直霊の随喜に踏みとどまり、ヤチホコへと懇願する。
(頑張っていたのに超えられて……悔しいよね……憂うよね……。だから嫉妬もしちゃう……ボク、解る……うん、ヤチの想いの通りに! やっぱり最高よヤチ!)
怨嗟を抱きしめる様に、慈しみを籠めてスセリも応える。観じとりしは増長天の嘆き。
眼前の存在は、『自身が大切なものを捨ててまで研鑽と努力に励んだ神威』を……彼からは易々と超えてきたように映った。
それ故の「憂い」が……「悲嘆」を引き起こし、やがて暴走する『嫉妬心』へと変貌を遂げた。
(そうですの……生長を誇れないのはとても苦しいですの……。自分が本当はしたくなかった、『大切なものを棄てる』までしていて、自分を超えられちゃったら……なおさらですの……おにいさまぁ、この神威さま……助けてあげて欲しいですの……!)
誰かが、必死の自分を置き去りに、遥かな先へと超えてゆく辛さや悔しさ、現実を認めたくない想いにミヅチが寄り添う。
(護れない苦しみ、か……。それだけは、魂を引き裂かれんばかりに良く解る……! 己自身が許せない、そうだよな! ヤチホコ、いや我らが王よ、コイツは……護れぬ事を真寧に受け止め、堕天すら甘んじて受ける様な……『莫迦がつくほど真面目な神威』だ! オレの大焔を全力で焚べる。こいつらの苦しみを……共に癒し直霊しようぞ!)
護る処か、大切な存在を、己自身の権能で輪を廻る程に傷つけた想いを胸に、ミケヒコが力強くヤチホコを見据える。観じとりしは財宝之神威の無念。
「……訝しき……想念……? しかし……観えませぬ……兜率天のワラワに看破叶わぬ想い……? ヤチホコ殿?」
財宝之神威の表層の想いの奥にある虚無、そしてその奥にある深い霞……。
そう、ヤチホコですら観切れない何かが、財宝之神威にはある……。
「いえ、誰しもが他人に知られたくない想い……きっと持っています。それがたとえ神威であっても。みんな、彼等を本来の神威へ、詠い直霊致しましょう!」
異体同心で見据えるは……自身を遥かに超える権能を揮いながらも、それぞれに思い悩み苦しむ魂。
(圧倒的強者たる彼等を……倒さずに正気へと……!)
かつての湖での一戦を超える『不殺の闘い』が遥か天界で行われようとしていた……。




