詩片の狭間 熟成された薬膳、打ち明ける想念たち
|雒陽へ向かう雷鳥の中、ヒメは困惑して攻めあぐねている。
かつての「法衣纏いし彫像」の器には必要なかった、緋徒同様、生命を紡ぐ食の理。
目の前には、かつて純陀が覚者に振る舞いし「野豚と豚好茸の粥」。
「今のヒメちゃんなら、きっともってこれが一番効くべさ!」
想いを籠めて彼女が腕によりをかけた逸品。
雷鳥が火の氣力で温め直霊してくれた為、船内に馨しき香りが漂う。
「とっても美味しそうですの! ヒメさまはやく食べましょう」
ミヅチは待ちきれない想いを顕す。
「……これは、如何様にして取り入れればよろしいのでしょう……?
確かミケヒコは、口より己が身体に取り入れし処見受けた事ありますが……。
この匙に付与し使役したらよろしいのでしょうか?」
「ふふ、違いますよヒメさん。
生きた身体はこうして……。
直に命を取り込み、頂く事により己が生命の糧とさせてもらうのです」
ヒメの真なる生命への覚醒に、抑えきれない喜びに慈しみを添えて、ヤチホコは自ら目の前で食べてみせる。
野性味強い肉の味わいを、上手に香味野菜と酒で抑え、彼等が好んで探す茸と共に塩を効かせる。
それを米と共に良く牛の乳にて煮込んである粥。
一口含むとまさに氣力が湧き上がるのを観じる。
(こ、これは……!
美味しいだけではありません。
氣力の理を直霊す薬膳!
流石は純陀さん……!)
「ヒメさん、これはチュンダさんの仰られた通りです!
しっかりとお召し上がりください。
さぁどうぞ」
純陀の粥の規格外の薬膳料理の効能に感動し、ヤチホコは夢中でヒメの口へと粥を運ぶ。
ヒメは、何故だか解せぬ気恥ずかしさを観じて躊躇する。
だが、彼の「自分への最善の選択を施す」想いが、虹色に輝く瞳にありありと映し出される。
彼女は桜色に頬を染めつつ、おずおずと一口匙から受け取る。
その瞬間、驚いて口元を抑えた彼女の瞳が、感嘆を顕す様に激しく煌く。
「……っ!
『温かい』……!
そして、これが『美味しさ』……!
まるで身体を形造るすべてが、歓喜の詩を詠い直霊しているかの如き喜びにあふれております……!
生命の営みを持つ身体とは、斯様に素晴らしきものでございますか」
万感の想いで頷いて、ヤチホコは次の匙を促す。
「そうです。
ゆっくりと噛んで、飲み込みやすくしてください。
上手です!
いかがでしょうか?」
夢中でヒメは匙から粥を受け取ってゆく。
ヤチホコは、まるで雛の世話でもするかのように、甲斐甲斐しくヒメの潤んだ小さな唇へと粥を運ぶ。
摂りいれた食事が彼女の氣力を輝かせ、彼女の肢体が虹色に煌く。
オオトシと班勇、そしてキクリは、親心でその様を慈しむように見つめている。
ミヅチは自分も美味しそうに食べ、氣力の回復に驚いている。
不意に船内に熱い風が渦巻く。班勇ではない。
「ちょっ……!
二人とも……。
『想い』はわかるけど、それ流石に危ないわよ?」
ミチヒメが苦笑いで諭す先……ミケヒコとスセリ。
「オレのヒメに何を一体!?
いや、食の理を伝えているのはわかる。
が、何故か無性に想念騒めき、我が火が暴れてしまうぞ?」
「……ヤチ、やっぱりエパタイ。
イザナミも怒ってるよ!」
ヒメの方がまず我に還る。
視線を己の「外」へと飛ばす。
離れた角度で俯瞰して自身達を観る……。
直後、美しく透き通る乳白色の素肌、そのすべてを、桜色処か山桜の実の様に真紅に染め上げる。
小さく可憐な両の掌で顔を覆い隠し、狼狽露わに頭を振る。
「あ、あぁ、これは……これでは!
睦まじき『妹背』の如き振る舞い……!
ワ、ワラワとした事が、斯様に大それた事を軽んじて……」
「大丈夫です?
熱かったでしょうか?
それなら僕が冷まして運びま……っ!」
瞬間、器の中の粥が煮えたぎる。
熱くて手放しそうになるのを、横からキクリが「地」の氣力で覆い熱を遮る。
「……地よ、猛りし火と風を器へ治め、鎮め直霊し給え。
なるほど……ミチヒメ達の言う通り……だわ!
ヤチホコ、アンタのその想念、素敵だけど『毒』に無自覚過ぎだわ」
離れた処で深々と頷くミチヒメとスセリ。
ミケヒコにあれは全き誤解故、安心しなさいと諭すオオトシ。
「『毒』、ミチヒメさんに良く言われますが……。
一体何の事なのでしょうか……?」
「スセリ殿、ミケヒコ殿。
ヤチホコ殿は……今はまさに『毒』を以って『薬』を与えんとしている処。
彼はその魂の所以によりて、万物への慈しみの想い捧げてしまうのでありましょう。
それはまさに已む無き事かと思いまする」
「そうなのよね。
だからか、向けられたわたし達も抗いきれないの。
そして当の本人はどこ吹く風……。
気にするだけ徒労に終わるわよ」
班勇は切々と伝え、ミチヒメはそれとなく想い添えて苦笑する。
「わかりません……。
僕は、ヒメさんと生命の喜びを、尊さを共に分かち合いたかっただけですが……?」
一瞬ヤチホコを見つめ、夜の帳へと視線を移し、ミチヒメは軽く溜息をつく。
「ね? 気にするだけ野暮よ。
この朴念仁には……わたしの修行に明け暮れた肌はおろか、ヒメの「至純之水」のような透き通る肌も、見惚れる程の輝きを放つ虹色の瞳も関係ないのよ」
「……実にその通りかと存じます。
ですが、今のワラワの眼には……ミチヒメ、貴女の肌の方が『纏いし歴戦の誇り』故、真輝銀の如き輝きを放ちて観えております。
真に美しきは、まさにその磨かれし輝き纏う肌でありましょう。
それこそ羨望を禁じ得ませぬ」
ヒメの曇りなき想いと瞳に、ミチヒメはその胸に温かい光を宿される。
「もう……。
ヒメ、『毒』も神威に昇り詰めたわね。
でも……ありがとう。
まかせて。
これからもわたしは……いいえ、『わたしも』、ね?
みんなを護り、この毒振りまくも……最高の王様の『刻を造る拳』であり続けるわ」
ヒメは驚きを露わに口元を覆う。
ほのかに頬を染め、ミチヒメを見つめて躊躇いながらも静かに頷く。
「ならばオレはコイツの剣となろう!」と勇ましく宣言するミケヒコ。
「ミヅチもヒメさんみたいにおにいさまの楯になりますの!」とヤチホコに抱きつくミヅチ。
乙女達を見つめ、複雑な想いを胸に抱くも、「戦友」として頷きながら微笑みを湛えるスセリ。
全く要領を得ず困り笑いするヤチホコを、そして乙女達の隠された独白を、年長者三人は温かく微笑ましく観護る。
空を翔ける雷鳥と、王のそばで煌き佇むアメノオハバリの、想念者の『毒』について肩をすくめているかの密かな談笑。
華やぐ想いを抱きかかえ、雷鳥は月光の煌きを背に、宵闇の中を優しく滑る様に翔け抜けてゆく。




