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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第壱部 『神威息衝く古代國』編
33/102

詩片の狭間 熟成された薬膳、打ち明ける想念たち

 |雒陽(ルゥォヤァン)へ向かう雷鳥の中、ヒメは困惑して攻めあぐねている。

 かつての「法衣纏いし彫像」の器には必要なかった、緋徒同様、生命を紡ぐ食の理。

 目の前には、かつて純陀(チュンダ)が覚者に振る舞いし「野豚と豚好茸の粥(スーカラ・マッダヴァ)」。


「今のヒメちゃんなら、きっともってこれが一番効くべさ!」


 想いを籠めて彼女が腕によりをかけた逸品。

 雷鳥が火の氣力で温め直霊してくれた為、船内に馨しき香りが漂う。


「とっても美味しそうですの! ヒメさまはやく食べましょう」


 ミヅチは待ちきれない想いを顕す。


「……これは、如何様にして取り入れればよろしいのでしょう……?

 確かミケヒコは、口より己が身体(ケゥエ)に取り入れし処見受けた事ありますが……。

 この匙に付与し使役したらよろしいのでしょうか?」


「ふふ、違いますよヒメさん。

 生きた身体はこうして……。

 直に命を取り込み、頂く事により己が生命の糧とさせてもらうのです」


 ヒメの真なる生命への覚醒に、抑えきれない喜びに慈しみを添えて、ヤチホコは自ら目の前で食べてみせる。

 野性味強い肉の味わいを、上手に香味野菜と酒で抑え、彼等が好んで探す茸と共に塩を効かせる。

 それを米と共に良く牛の乳にて煮込んである粥。

 一口含むとまさに氣力が湧き上がるのを観じる。


(こ、これは……!

 美味しいだけではありません。

 氣力(トゥム)の理を直霊(なおひ)す薬膳!

 流石は純陀さん……!)


「ヒメさん、これはチュンダさんの仰られた通りです!

 しっかりとお召し上がりください。 

 さぁどうぞ」


 純陀の粥の規格外の薬膳料理の効能に感動し、ヤチホコは夢中でヒメの口へと粥を運ぶ。

 ヒメは、何故だか解せぬ気恥ずかしさを観じて躊躇する。

 だが、彼の「自分への最善の選択を施す」想いが、虹色に輝く瞳にありありと映し出される。

 彼女は桜色に頬を染めつつ、おずおずと一口匙から受け取る。

 その瞬間、驚いて口元を抑えた彼女の瞳が、感嘆を顕す様に激しく煌く。


「……っ!

 『温かい』……!

 そして、これが『美味しさ』……!

 まるで身体(ケゥエ)を形造るすべてが、歓喜の詩を詠い直霊しているかの如き喜びにあふれております……!

 生命の営みを持つ身体とは、斯様に素晴らしきものでございますか」


 万感の想いで頷いて、ヤチホコは次の匙を促す。


「そうです。

 ゆっくりと噛んで、飲み込みやすくしてください。

 上手です!

 いかがでしょうか?」


 夢中でヒメは匙から粥を受け取ってゆく。

 ヤチホコは、まるで雛の世話でもするかのように、甲斐甲斐しくヒメの潤んだ小さな唇へと粥を運ぶ。

 摂りいれた食事が彼女の氣力を輝かせ、彼女の肢体が虹色に煌く。

 オオトシと班勇、そしてキクリは、親心でその様を慈しむように見つめている。

 ミヅチは自分も美味しそうに食べ、氣力の回復に驚いている。

 不意に船内に熱い風が渦巻く。班勇ではない。


「ちょっ……!

 二人とも……。

 『想い』はわかるけど、それ流石に危ないわよ?」


 ミチヒメが苦笑いで諭す先……ミケヒコとスセリ。


「オレのヒメに何を一体!?

 いや、食の理を伝えているのはわかる。

 が、何故か無性に想念(イレンカ)騒めき、我が火(アペ)が暴れてしまうぞ?」


「……ヤチ、やっぱりエパタイ(バカ)。

 イザナミも怒ってるよ!」


 ヒメの方がまず我に還る。

 視線を己の「外」へと飛ばす。

 離れた角度で俯瞰して自身達を観る……。

 直後、美しく透き通る乳白色の素肌、そのすべてを、桜色処か山桜《カリンパニ》の実の様に真紅に染め上げる。

 小さく可憐な両の掌で顔を覆い隠し、狼狽露わに頭を振る。


「あ、あぁ、これは……これでは!

 睦まじき『妹背《いもせ》』の如き振る舞い……!

 ワ、ワラワとした事が、斯様に大それた事を軽んじて……」


「大丈夫です?

 熱かったでしょうか?

 それなら僕が冷まして運びま……っ!」


 瞬間、器の中の粥が煮えたぎる。

 熱くて手放しそうになるのを、横からキクリが「地」の氣力で覆い熱を遮る。


「……地(モシリ)よ、猛りし火と風を器へ治め、鎮め直霊し給え。

 なるほど……ミチヒメ達の言う通り……だわ!

 ヤチホコ、アンタのその想念(イレンカ)、素敵だけど『毒』に無自覚過ぎだわ」


 離れた処で深々と頷くミチヒメとスセリ。

 ミケヒコにあれは全《まった》き誤解故、安心しなさいと諭すオオトシ。


「『毒』、ミチヒメさんに良く言われますが……。

 一体何の事なのでしょうか……?」


「スセリ殿、ミケヒコ殿。

 ヤチホコ殿は……今はまさに『毒』を以って『薬』を与えんとしている処。

 彼はその魂(ラマトゥ)の所以によりて、万物への慈しみの想い捧げてしまうのでありましょう。

 それはまさに已む無き事かと思いまする」


「そうなのよね。

 だからか、向けられたわたし達も抗いきれないの。

 そして当の本人はどこ吹く風……。

 気にするだけ徒労に終わるわよ」


 班勇は切々と伝え、ミチヒメはそれとなく想い添えて苦笑する。


「わかりません……。

 僕は、ヒメさんと生命の喜びを、尊さを共に分かち合いたかっただけですが……?」


 一瞬ヤチホコを見つめ、夜の帳へと視線を移し、ミチヒメは軽く溜息をつく。


「ね? 気にするだけ野暮よ。

 この朴念仁には……わたしの修行に明け暮れた肌はおろか、ヒメの「至純之水」のような透き通る肌も、見惚れる程の輝きを放つ虹色の瞳も関係ないのよ」


「……実(げ)にその通りかと存じます。

 ですが、今のワラワの眼には……ミチヒメ、貴女の肌の方が『纏いし歴戦の誇り』故、真輝銀(シキンナカネ)の如き輝きを放ちて観えております。

 真に美しきは、まさにその磨かれし輝き纏う肌でありましょう。

 それこそ羨望を禁じ得ませぬ」


 ヒメの曇りなき想いと瞳に、ミチヒメはその胸に温かい光を宿される。


「もう……。

 ヒメ、『毒』も神威に昇り詰めたわね。

 でも……ありがとう。

 まかせて。

 これからもわたしは……いいえ、『わたしも』、ね?

 みんなを護り、この毒振りまくも……最高の王様の『刻を造る拳』であり続けるわ」


 ヒメは驚きを露わに口元を覆う。

 ほのかに頬を染め、ミチヒメを見つめて躊躇いながらも静かに頷く。


「ならばオレはコイツの剣となろう!」と勇ましく宣言するミケヒコ。


「ミヅチもヒメさんみたいにおにいさまの楯になりますの!」とヤチホコに抱きつくミヅチ。


 乙女達を見つめ、複雑な想いを胸に抱くも、「戦友」として頷きながら微笑みを湛えるスセリ。


 全く要領を得ず困り笑いするヤチホコを、そして乙女達の隠された独白を、年長者三人は温かく微笑ましく観護る。

 空を翔ける雷鳥と、王のそばで煌き佇むアメノオハバリ(カンナ)の、想念者《マスター》の『毒』について肩をすくめているかの密かな談笑(ピリマ)。

 華やぐ想いを抱きかかえ、雷鳥は月光(クンネチュㇷ゚)の煌きを背に、宵闇の中を優しく滑る様に翔け抜けてゆく。

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