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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第壱部 『神威息衝く古代國』編
32/100

第19倭 双角の顕現、新生の乙女

 純陀(チュンダ)の下に還った一行は、湖より手にした「至純の水」を渡す。

 彼女は笑みを浮かべ頷いて受け取る。

 そしてヒメへ向き直り右目の眼帯を上げ、万象を見抜く様に紅蓮を輝かせる。


「なるほど、ラーマさまが刻を。

 そりゃぁミチヒメ、良かったべさ。

 どぉら、『|真理眼(シンノ=インカラ)』……!

 む、こいつぁ身体(ケゥエ)の元さなる『浄き白玉(エピルタㇰ)』が足りないべさ」


 真理眼輝かせて彼女が言うには、白玉河に眠る「浄き白玉」を選りすぐり集めて来いとの事。

 しかし、二つの河の源にある、王子授乳せし大地(クスターナ)の始祖王祀られし神殿を、代々クスターナの王が護っており、彼の許可なく神聖な河へ立ち入ることは叶わない。


「が、今のおめぇさ達なら、きっともって良い玉さ『集めさせてもらえる』べさ!」

 

「……某もそう思いまする。

 必ずや彼の王も認めて下さるでしょう」


(……去り際の英雄王(ラーマ)様の啓示(ピリマ)……。

 そして『始祖王を祀りし』代々の王。

 ――もしや!)


 先のラーマ顕現の代償で鉛のように重い身体を、オオトシは想い籠めて起こす。


「私(わたくし)も……。


 いえ、『私(わたくし)が』参りましょう」


 ヤチホコ達は、河のほとりの開けた処に雷鳥を降り立たせ、水源にある神殿を目指す。

 辿り着くと、護衛に囲まれて仁王立ちで一行を待ち構える人影。

 褐色の肌に青蓮華の瞳を湛えた、クスターナ当代の王、「ヴィジャーヤ・キールティ」。

 彼は、深々と長揖する班勇に一瞥し、一行の前に悠然と立ちはだかり高らかに叫ぶ。


「『緋之神威連使徒(フィト)』たる証を顕してみせよ!」


 掛け声と共に彼の背後の神殿より迸る光の柱。

 勢い良く天へ昇り、落雷となって河へ降り注ぐ。

 すると観るも巨大な水龍が顕れ、彼を蜷局を巻いて包み込む。


「祖神顕現(カムイ=エウン)! 双角武神(ヴェッサヴァナ)!」


 掛け声と共に顕れし姿。

 それは、独特な鎧を纏い、水牛を彷彿させる立派な角を携えた神威。

 かつて身内の裏切りにより「天超飛翔神威(カンナ=カムイ・)之城(チャシ)」を奪われ、天界の守護、門番より堕とされて神威之色身体喪った、先代の「多聞天」。

 彼は堕とされた異界での修行の果て、魂は地上に黄泉還るも、己を現世に顕す身体を持ち合わせていなかった。

 砂漠の民の苦しみの声(ピリマ)を聴き、救済の為に彼が編み出したのは……。

 己が血脈を「器」とする禁忌の呪法。

 ヴィジャーヤは、今まさに自らの身命を以って、現世へと武神を顕現させたのである。


「――っ! 僕が顕してみせます! カンナ!」


 ヤチホコが己の虚空の氣力を解放して挑もうとすると、ヴィジャーヤは厳しく斬り伏せる。


「生半にしか目覚めておらぬ虚空(ニス)など相手にならぬわ!」


 圧倒的な凄まじい力。

 ヤチホコは、カンナで受け止めたまま後方へ吹き飛ばされる。


「余と同様、代々祖神を祀り、祈り受け継ぎし者のみが到れる境涯なり!」


 その言葉を聴き、すべての歯車が噛み合う音がオオトシの頭の内に鳴り響く。


「ヤチホコ……感謝いたします。

 私(わたくし)は、貴方と共に鏡水顕導神様と邂逅したあの刻より、常々想い廻らせておりました。

 先日のラーマ様ご降臨、そして今まさに直面せし事象にて悟りました。

 何故、私(わたくし)が父君より『緋徒(フィト)乃詩』を賜りしかを!」


 迷いの晴れたオオトシが、流麗で淀みない姿でヴィジャーヤの前に立つ。


「我が名は大倭乃国(ヤマトゥムナ)の王オオトシ。

 祀りし祖神にはじまり、刻を超え集いし『虚空達の啓示(ピリマ)』によりて、ここに真理悟りしなり!」


 裂帛の気合を籠めてオオトシは、「緋徒乃詩」を朗々と詠い上げる。


「――『緋徒(1)よ 此処の(9)蓋(2)・ 十六夜(168)の・ 緋徒(1)よ ・緋徒(1)よ』! 

 次なる詩を以って『祖神顕現(カムイ=エウン)』させ給え!

 『布留部(ふるべ)、由良由良都(ゆらゆらと)、布留部(ふるべ)』!」


 オオトシの背後から、「紅蓮の虚空」が溢れ出し、巨大な神霊が浮かび上がる。


(良くぞ解き明かししなり!

 我が子オオトシよ、今まさに、神呪の誓約に従い顕れん!)


 それは、根源の国でヤチホコが「儀」の際にまみえた神威。

 今世の彼等の父神であり、前世のイザナギ(ヤチホコ)の子神……。

 荒ぶる銀髪を猛らせる歴戦の巨神、始祖須佐の王(オアシ ハヤスサノヲ)。


「『ヤマトゥムナの王よ、素晴らしきなり!

 始祖須佐の王(オアシ ハヤスサノヲ)よ、久しきである。

 いざ尋常に『神威之比武(カムイ・ヌカラ)』と参ろう!』」


 ヴィジャーヤと双角武神は、想いの掌を取り、完璧に重なり合って応える。


「こ、これは……?

 身体(ケゥエ)が尋常ならざる軽さに!?

 これが真なる『祖神顕現』……なのでしょうか……」


(左様。『血脈を紡ぐ者(ウルオカタ)』重なりし刻、権能限りなく吹き上がりしなり!)


(――DNA認証による権能の励起!

 届きますか雷鳥(フミルィ)?)


(……想念受信可能範囲です。

 想念者(マスター)のご推察の通りです。

 同一遺伝子の螺旋の重複により、一時的ですが、爆発的に身体強度、能力を向上させます……)


「……ふっふ。

 故、ヤチホコ、其方のその身体《うつわ》ならば……。

 崇祖の『想い極まりし』刻、極限解放叶うなり」


 雷鳥と確認しあうヤチホコに、スサノヲと化したオオトシが微笑む。

 そしてすぐさま双角武神へ向き直る。

 黒曜石の様に深みある漆黒の瞳が、紅蓮に煌く。

 すべてを猛らせるスサノヲの紅蓮の虚空。

 それは、オオトシの深緑の火の氣力を、究極の炎、「大焔(アペヌィ)」まで高めて解き放つ。


「『火(アペ)』猛りし刻『水(ワッカ)』姿喪い消滅せん!

 『焔神(イレスカムイ)ノ剣閃(トゥィエ)』!!」


 真輝銀の剣から、深緑の大焔が咆哮を上げる。

 剣閃と共に放たれる灼熱の三日月。

 巨大な弧を描き、すべてを燃やし尽くして斬り裂いてゆく。


「させぬ!

 極大水龍破《イ・シカリトコロカムイ!!」


 ヴィジャーヤの放つ巨大な波が水龍の如くうねり、深緑の大焔を押し返す。


「我らが『希望之神器』を護りしヒメの為、推して参る!

 父神よ、大いなる虚空(ニス)を以って大焔を極みまで猛らせ給え!――燃え上がれ!私(わたくし)の想念(イレンカ)! はぁぁっ!!」


 迷い無き断固たる想いを籠めたオオトシが、ヴィジャーヤを水龍ごと斬り伏せる。


「『……見事なり!』 余は『我も』そなた等を認めよう!

 そなたもそうでありましょう、始祖須佐の王(オアシ ハヤスサノヲ)殿よ?」


 顕現せしスサノヲは、満足気な微笑みを湛えゆっくりと頷く。

 

「オオトシ……否さ『饒速日(ニギハヤヒ)』……!

 然る刻、後の『世界之王(カント=ルガル)』たるヤチホコ……。

 『日超至火之王(アメノ・ホアカリ)』たるミケヒコ……。

 そしてそなたが『地上之王(モシリルガル)』となり、礎となりて三柱の想念(イレンカ)を重ね合わせこの神呪を解き放たれよ!

 この儀叶いし刻、世界(モシリ)の悠久なる平和が、『大いなる真理』に約束されるなり!」


「饒速日!

 天降りし、大倭乃国(ヤマトゥムナ)の始祖王の神名ではないか!」


 ミケヒコの驚きを耳に、ミチヒメも驚嘆を籠めて見つめる。 


 祖神の言葉を、三柱は魂に刻み付ける。


 「饒」の字を掲げる、豊饒の大地の民「大倭乃国(ヤマトゥムナ)」。其の王オオトシ。

 「速」の字を掲げる、天翔ける天之鳥船祀りし民「意宇之國(オウナ)」。その未来王ヤチホコ。

 「日」の字を掲げる、日を宿し、命の炎を燃やす民「日向(ひむか)之國」。次代の火之王ミケヒコ。


「地上之王」。

 それは……民の世界を統べる者。

 天よりすべてを護る「世界之王」と対になる存在。

 彼等がスサノヲより授かりし神呪……。


「天照国照彦(あまてるくにてるひこ)天火明(あめのほあかり)櫛玉饒速日(くしたまにぎはやひ)尊(のみこと)」。


それは、ヤチホコ(天照)、オオトシ(国照)、ミケヒコ(彦火明)の三柱が共調して発動させる、強大な「平和祈願の神呪」であった。


 ヴィジャーヤと双角武神は、スサノヲを顕現させたオオトシを認め、力強く掌を握り合う。


「流るる河の中、強く氣力(トゥム)発し観ずるが良い」


 ヴィジャーヤより助言を受け、一行は浄き白玉(エピルタㇰ)を探す。


 ヤチホコ達は白玉河の冷たい水底へ潜り、想いを籠めて祈り、滑らかに白く透き通り光る無数の玉を見つけ出す。

 それらを純陀に渡すと、彼女は大きな器に至純の水を注ぎ、その中にヒメの彫像を立て、取り囲むように浄き白玉を配置し、思念金乃槌(イレンカ ハマル)を振りかざし咆哮する。


「今だべ!

 おめぇさたち全員の想念(イレンカ)と氣力(トゥム)を、ここさ叩っ籠め!

 生命を形造るにゃ『五大』すべてが不可欠だべさ!!」


 ヤチホコの虚空(ニス)。

 スセリの大凬(レラ)。

 ミケヒコとオオトシの火(アペ)。

 キクリの地(モシリ)。

 ミヅチの水(ワッカ)……。

 「五大」を、ミチヒメが莫大な根源氣力で後押しして放つ。

 全員の想いを合わせ、一心にヒメの回復を願う。

 すると、浄き白玉は寄り集まり彫像を包みこむ。

 そして一つの大きな繭を形造り、脈を打ち光を放ち始める。


「灰燼に眠る無垢なる魂(ラマトゥ)よ、新たなる『器』に宿り直霊すれ! 

 『身体新生(アシリパワヌプ)』!!」


 純陀は、神呪と共に「思念金乃槌」を渾身の力を籠めて振り下ろす。

 すると、一瞬ヒメの姿が観えるも、すぐさま吸い込まれ、繭は目も眩む程に輝き、脈打つ動きも激しく高まる。

 しばらくして亀裂が入り、迸る瑞光と共に彼女は顕れる。

 乳白色の透き通るような肌、力強さとしなやかさを観じる、細く伸びた腕と脚。

 ミケヒコ同様、琥珀と茜が掌を取り合う、輝く炎の髪をなびかせる。

 それは、乙女の清廉さと精錬された玉の堅牢さと輝きを併せ持つ姿。

 閉眼していた彼女は、静かにその眼を開く。

 それは、曾ての黒き瞳とは隔絶した眼差し。

 万象を見通す深淵を想起させる、虚空に浮かぶ碧き惑星《ほし》。

 あるいは天に架かる虹色の七絃。

 そのすべてを顕して輝く瞳。

 虹光眼を湛える、息を呑む程美しき神威之巫女。


「こいつぁ、この嬢ちゃんの瞳は……!

 求道の果て、すべてを引き換えに得た、わしゃの『眼』をも超えた、完全なる『真理眼(シンノ=インカラ)』だべさ!」


 純陀は驚嘆し、小さな体で目一杯諸手を挙げて飛び跳ねる。

 そして、己が身命を賭して得た真理の一端である、紅蓮に輝く「一弦」の眼(まなこ)を輝かせ、すべての光を兼ね備え眼前に降臨した「七弦真理」の奇跡を凝視する。

 渇望せし「全なる真」を湛えた虹色の深淵。

 彼女は魂の奥底から身体を激しく震わせる。


「……ワラワは……ヤチホコ殿!

 ご無事――そ、その右の腕!

 斯様な覚悟を以って……!


 スセリ、其方も実(げ)に凄まじき道歩まれましたか。


 オオトシ殿……。

 良くぞ其処まで『緋徒乃詩』、詠い上げて下さりました。


 ワ、ワラワのこの『瞳』は……?

 この身体(ケゥエ)に満ちし猛き氣力《トゥム》は……?


 あぁ……聴こえます。

 観じます。


 今、ワラワは、万象と――合一(あわせ)鏡に。

 まさに己が現身(うつしみ)として寄り添うております!」


 ヒメは瞬時にすべてを観徹し、自身の変貌に驚嘆を露わにする。

 だが、それすらも瞬く間に悟る。


「……まさに七絃備えし『真理眼』だべさ!

 わしゃの一弦(紅蓮)が霞む程、なんでも、どこまでも『観える』……完璧な天弦べさ!」


 純陀は感動を禁じ得ぬ面持ちで、想像を絶する「最高の成果」を誇らしげに見つめる。


「おかえりなさい、ヒメさん。

 本当に、良かったです……」


 ヤチホコは、全霊を供犠し己を救った彼女の、清浄なる再臨に万感の想いを抱く。

 露わになった彼女の肩に、慈しみを籠めてそっと彼女の法衣を羽織らせた。


「……今のヒメさんには、小さくなってしまいましたね」


 童女の彫像から乙女へと生長を果たしたヒメの肢体に、ヤチホコは喜びつつも、小さな法衣をうまく羽織らせきれず苦笑する。

 そして、護りし「自由」の左掌と抱きし「覚悟」の右掌で――。

 命芽吹きしヒメの小さな掌を、至宝を扱うが如く丁重に、そして感謝を籠めて優しく包み込む。


(……あたたかい!

 『想い』と共に伝わってまいります……。

 これが……緋徒《フィト》の温もり……。

 応える様に、ワラワの胸中からも、『想い』が溢れてまいります……)


 頬を伝い一筋涙が流れる。

 流れゆくその温かみも観じられる。


「ヒメ……!

 還って来てくれて……本当に、ありがとう……!」


 ミケヒコもヒメの掌を取り跪いて言う。


「ミケヒコ……。

 左様でございます。

 故、これより先、ワラワに対し、負い目など持たずに歩まれて下さりませ」


「……忝い……! これからも、頼むぞ!」


 ヒメは優しく微笑んで頷く。


「とても素敵です。

 笑顔の中に、ヒメちゃんの『想い』が溢れています……!」


 ヤチホコは安堵と慈しみの想いを籠めて微笑み返す。


「……やっぱりまた『毒』振りまいているわね。

 でもそうね、本当に素敵よ、ヒメ!」


 彼に対して「またか」と呆れながらも、ミチヒメもヒメの復活と新生を心底喜ぶ。


「ないだって、思った以上に見事成ったっしょ!

 これこそが生命宿らさった、生きる宝玉、『如意宝珠(イレンカ・タㇰ)』だべ!

 想いを無限のチカラに出来る身体だべさ!」


 覚醒したヒメの身体は、如意宝珠の恩恵により、懸念だった氣力の欠乏を完全に克服する。

 消耗の激しかった『付与快癒呪』を自在に行使し、純陀をして「完璧」と言わしめる虹色の瞳は、千里先の因果さえ探知する能力をも得る。


 純陀の神業を目の当たりにして、ヤチホコは改めて戦慄する。

 ルースが示した「民衆の智慧」とはまた違う、彼の示した「神威と自然の理」が、掌を取り合って産まれ直霊する素晴らしさに。


「天之鳥船(アン・ヴィマナ)や聖塔。

 ああ言った『神威之遺産』さは、『技』と『理』、その両方が掌を取り合わさらないと造れないモノだべさ」


(……「主」の綴りしこの世界は――素晴らしいんだ!

 みんな価値があって、補い合えばこんなにも美しい奇跡を起こせる……。

 なのに、何故『管理者』はこれを『滅び』へと導く?

 そして……すべての生命は『五大』を宿す……なら、どんな存在だってもしかして……)


 その自問に、純陀が応える。


「そうだべ。

 実は誰もが……『無限乃希望(カムイ=レンカ)』さ秘めているんだべさ……。

 したけどもヤチホコ。

 今のまんま聖塔さ行っても、残念ながら扉は開(あ)かさらないべさ」


 純陀は、神威之遺産の真実を告げる。

 四氣王に認められし緋徒、虚空の遣い手、そして祈りの巫女による「根源神威」の霊力と氣力。

 その三位一体が集い、根源たる「神謡者」の権能を顕現して初めて、伝説の扉は開かれると。


「したから『普通』なら誰も開かさらさない伝説の扉なんだべさ。

 んだども、やるんっしょ?

 したら、陰陽の四氣を一つずつ、それぞれ誓約叶いし今、一度雒陽(ルゥォヤァン)さ戻るといいべさ。

 そこで女媧(じょか)さんさ尋ねるのが一番の近道だと思うべさ」


 純陀に丁重に長揖し、助言の通り一行は、再び大陸の都へと雷鳥の翼をはためかせる。

 新生したヒメの、陽光(トカㇷ゚チュㇷ゚)を受けて輝く虹色の瞳に希望を抱き、至純の碧き湖讃えし砂の海を、雷鳥の翼を煌かせ、遥か東へと翔け抜けていった。

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