詩片の狭間 灰白の追憶
無常に吹き荒れる砂嵐の音だけが、耳打ち(ピリマ)する。
つい先ほどまで聞こえていたはずの、ジェスターの不気味な哄笑も、スセリの絶叫も、目には映れど触り切れぬ蜃気楼のように遠い。
ヤチホコの腕の中にあるのは、かつての温もりではない。
砂漠の熱でさえ最早叶わぬ程、冷たくひび割れた「死灰」の彫刻。
(……ああ、あの温かさは、命の燈火だったんだ……)
蘇った直後、彼は観じていた。自分を包む大地の抱擁と、胸に灯った力強く温かな鼓動を。
だが、その灯を熾すために、どれほどの「霊力」をくべて、どれほどの「想念」で、極限まで己を燃やし尽くしたのか。
ヤチホコは、死灰となったヒメの頬に、震える掌を重ねる。
それは、管理者が命じる「完全抹消」ではなかった。
彼女が自らの「自由意思」で、己を示す全記述を捧げて実行した、究極の「詠い直霊」。
(コンパイルなんて……格好いい言葉じゃ、なかった……)
あの比武の刻の一言が、彼女にこの残酷な神呪を萌芽させ、禁忌の華を開かせてしまったのではないか。
ヤチホコは、死灰となったヒメの頬に、震える掌を重ねる。
世界を詠い直霊す。自由の旗を掲げる。そんな理想の裏側に、これほどまでに残酷な「代償」の天秤あることに、彼の「想い」は断罪の刃に斬り裂かれ散華し、懺悔も許されぬ、後悔と自責の念を魂の奥底に刻み付けられた。
彼女は、ヤチホコの悟りを、誰よりも「想い籠めて」、誰よりも「正しく」、そして「残酷」に証明してしまったのだ。
「ヤチホコ殿」と呼ぶ、凛とした気品ある声は、もう管理者の叙事詩にさえ遺っていない。
彼女の魂は、「輪を廻る」流転さえも外れ、この熱砂の嵐に溶けて消え去ってしまったのだ。
背後に立つ仲間たちの気配を観じる。
泣き腫らしたスセリの瞳。
自分の溢れる想いを堪え、スセリを抱きしめるミチヒメ。
拳を血が滲むほど握りしめるミケヒコの震え。
言葉を喪い立ち尽くすオオトシと班勇。
何度も己を悔いて涙ながらに謝るミヅチ。
そして、ただ静かに、ヤチホコの背中に、「大地」の温もりを添え続けるキクリの抱擁。
誰も、言葉を発することはできない。
ただ、この砂漠という非情な「記述」の中で、一柱の少女が、確かに「愛の想念」を貫いて世界に反旗を翻した、その余熱だけが、彼らの心を未だ焦がし続けている。
ヤチホコは、自分の指についてきた遺灰を、祈るように自分の胸元――八卦の首飾りの傍らへと収めた。
(冷たいね……ヒメさん……。君がくれたこの鼓動は……こんなにも熱く、痛いほどに刻んでいますのに……)
砂時計の砂が落ちる音が、頭の中で響き続ける。
刻一刻と、世界は「終焉」へと、無情にも歩を進めている。
至高の快癒の遣い手を喪い、心に穿たれた穴を治せぬ世界への反逆の徒は、沈黙のまま、誰ともなく、皆、西の地平を見つめる。
その先にあるのは、希望か、それともさらなる絶望の記述か。
今はただ、吹き抜ける風の音が、鎮魂の詩となり、悲しそうに砂丘を撫でていた。




