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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
第壱部 『神威息衝く古代國』編
23/102

第15倭 数理の大陸、法理掌りし原初の女神

 雲海から覗く紺碧が、突如として果てしなく続く黄土の平野に変わる。

 条理を刻む水路の網目が、乾いた大地を整然と支配する。

 その先に観えるのは、向津日霊女が「港ありし都」に施した呪法を極大化させた、長大な城壁に囲まれた都。

 角には、四神を抱き悠久を刻む峻烈なる巨石の伽藍を配し、幾何学的に整えられた街並。


「こ、これは、我が日向《ひむか》の『港ありし都(ヤ=マ=タイ)』を遥かに超えた……!」


 その規模と完成度に戦慄くミケヒコの驚嘆《ピリマ》。


「……おそらくは……彼奴等(管理者)の『記述』さえも、己が法の理として組み入れしと伺えます……!」


 観之眼を用い、より明確に見抜いて戦慄を露わにするヒメの看破《ピリマ》。


 ヤチホコも観之眼(ヌプル=インカラ)で見つめる。

 すると、二人の驚きの通り、都の上空まで格子状に組み上げられた「数理」が、呪法の様に張りめぐらされている。

 

(……想念者《マスター》……。

 『選別反転《アンチ・フィルタリング》』が解析されて『書き換え』られました……)


 突如として、都上空に顕れる金色の鳳。

 眼下には、ありえない存在を眼にした人々が集まってくる。

 程無く大国漢(ポロ=モシリ)の、帝直属軍が集結する。


「ヤチホコ、書状をお貸し下さい」


 緩やかにオオトシが雷鳥《フミルィ》より降りて行く。


「私(わたくし)は奴國《ナ・ラ》が一国、大倭乃国《ヤマトゥムナ》の王オオトシ。

 巫女王よりの書状を掌に、帝にお目通りに馳せ参じました。

 案内の程、頼み申します」


 気負いも虚勢もなく、巻軸を広げ穏やかに響き渡るオオトシの宣誓《ピリマ》。


「……承知いたした。

 我が国はそなた等を歓迎いたす。

 こちらへ参られよ」


 人だかりの中、将軍に案内され、都中央、最奥に聳える宮殿へと向かう。


「帝はこちらの宮殿に御座す。入られよ」


 趣のある、雅やかな装飾の施された巨大な宮殿。

 回廊をしばらく歩くと荘厳な扉が顕れる。


「班勇《はんゆう》、ここに倭の奴國《ナ・ラ》よりのお客人方、連れて参りました。ご開門くだされ」


「ご苦労。一同、入られよ」


 幼い声色が響き、扉が開いていく。

 奥に座するは、まだ年端も行かぬ善男乃子。


「良くぞ参られました。

 朕は順帝なり。

 どうぞお近くに。

 班勇を残し、皆下がられよ」


 人払いがなされ、遺るは、ヤチホコ達と順帝、そして班勇のみ。


「朕は……表向き、『帝』とされている者なり。

 この漢を、真に治めし者は朕に非ず」


 順帝が玉座の後ろを指し示し、自ら席を立って先導する。

 長く続く直線を、暫く歩いた果てに、巨大な八卦図の描かれた扉が顕れる。


「朕はここまでしか近寄れぬ。

 真に統治せし存在はこの奥に。

 班勇、あとは任せる」


 深々と帝へ長揖し、班勇は扉へ向き直る。


(……これより奥に参るならば、『五大』の理を顕せよ……)


 声の主は、扉の奥からヤチホコの頭の内へ、直接語りかけて来る。


「みなさん、扉へそれぞれの氣力《トゥム》を籠めて下さい!」


 ヤチホコの掛け声で、一斉に扉へと氣力を付与すると、八卦図が煌き、静かに扉が開いてゆく。


 御簾の奥に座す影が二つ。

 合図と共に御簾が上がり観えてきたのは……。

 扇子片手に、万象を定め見通す、幾何学的な秩序を湛えた峻烈で冷涼な双眸。

 彼が見つめる先は、虚空に浮かぶ青白く揺らめく八卦の図。

 民ならざる証左として、その腰下からは、瑞々しく煌く鱗を携え、蛇の優雅さと龍の威厳を携えた、長大な身体をうねらせている。

 そして蘆笙《ろしょう》を、嫋やかな仕草で火の揺らぎに翳す清廉な女性。

 しかしその純白の衣の下からは、脈打つ様な生命の息吹。

 抗いがたい、熱く妖艶な豊饒の氣力を溢れさせている。


「ま、まさか、伏犠と女媧……さま?」


 以前彼が、「竜輝」として読み漁った神話の記憶が呼び起こされる。

 そして口伝に自然に神名が漏れる。

 直後、首飾りと、背に帯びた真輝銀の剣――カンナが強烈に震える。


「いかにも、余が伏犠である……。

 『五大』の氣力、見事なり。

 しかるに、八卦に聡き倭の向津日霊女《ムカツヒルメ》が、まさかこれ程の異物を寄越すとは、な」


 伏犠が湛える、理知を超えた冷徹で揺るぎ無い双眸。

 その眼差しで、冷静に鋭く刺す様にヤチホコを見つめる。


「……『器』に宿りしは、外へ跳びし『根源』……。

 そして……峻烈なる慈愛の申し子……。

 二世の虚空《ニス》……であるか」


 隣の女性が静かに立ち上がる。

 そして、一歩前へ歩み寄り、伏犠の洞察に驚くヤチホコと、彼に支えられたスセリを見つめる。


「妾は女媧。

 汝、魂を緋に焦がし、『愛』を以って怨嗟を分かつさま……。

 未完で未熟ながら、一蓮托生の覚悟、見事ですわ。

 しかし、実《げ》に危うき天秤かと……」


 二人を見据え放つ女媧の温情《ピリマ》。

 一瞬視線を移し、一行のうちの一人を見つめ、思わず顕す微かな掌の震え。

 静かに掌を抑え、女媧は慈愛と憐憫を「母なる想い」で包み込む。

 それはまさに、万物を産み落とし慈しみ育む女神。

 大地の豊饒の氣力の象徴。


(すべて観られています……!

 そしてこの気勢……『真なる神威』、か。

 ならば……)


「僕は過去のイザナギであり、外なる竜輝であるヤチホコです。

 委細省いて失礼します。

 この書状の通り、僕達に『四氣王』の住まう処をお教えください。

 彼女《スセリ》を救い、世界の終焉を止める為に!」


 表情《おもて》に浮かべる女媧の慮る想い(イレンカ)。


「……まずは陰と陽の理を成しておいでませ。

 今はヤチホコ。

 貴方の虚空 《ニス》は『陰』に寄り過ぎておりますわ。

 水《ワッカ》で受けし怨嗟によりて。

 はじめに、今は砂の海となり果てし大地を進み、風《レラ》……もしくは火《アペ》を求めなさると良いですわ。

 ですが」


 女媧の後、矢継ぎ早に言い放つ伏犠の宣言《ピリマ》。


「其の『一蓮托生』の縛鎖を背負い、『数理』治めしこの国を歩む事、叶うか否か、管理の檻を壊す『災厄《バグ》』か、新たなる希望の『創世の筆』か……。

 余が此処にてその『想い』しかと見定めん!」


 伏犠が扇子を翻すと、瞬く間に、「世界」が反転する。

 宮殿は消失し、ヤチホコ以外の存在がすべて消え去る。

 顕れたのは、上下左右の概念も喪われ、全方位が「数理」で編み上げられた空間。


(これは……高度な数式と構文の羅列……。

 まさに『論理記述(プログラムコード)』!

 流石にこれは全く読めません……。

 そうか、だから言葉に想い籠めて『詠い直霊(コンパイル)』するんだ!)


 気付いたヤチホコが詠い直霊しようとするも、記述が縛鎖となりて言動を封じられる。

 侵蝕してきた「数理」が、彼の記憶と想念を、空白へと「完全抹消」してゆく。

 怨嗟で陰氣に傾いたヤチホコの「虚空」は、この冷徹な理の圧に耐え切れず、罅《ひび》割れて霧散する。


「……ぐっ、僕の『想い』が……!

 ぼ、『僕』が……削ぎ落されてゆく……!」


 呪痕が昏き朱色に脈打ち、耐え難い激痛が奔る。

 だが、其れすらも、「不要な数理」として即座に処理、排除され逝く。

 虚空から顕れる巨大な伏犠の相貌。


「愛、絆、怨嗟。

 倭の神威紡ぎしそれらなど、『数理』を著しく妨げる『歪み(バグ)』に過ぎぬ。

 その『一蓮托生』など、まさに条理の乖離の極み。

 理《ロジック》の深淵……。

 『完全抹消(ロウ・レベル)』の記述に平伏せよ」


 視界を埋め尽くすほどの膨大な「数理」が一斉に牙を剥き、「ヤチホコ」の存在を根底から抹消せんと肉薄する。

 虚無の空白に染まり、原初の海へ還されようとする、その瞬間。


「――痴れ者が。

 『理』の浅瀬で戯れし赤子の分際で、『我が愛すべき主』の魂《ラマトゥ》に、斯様に稚拙な『数理』で踏み入るなど……言語道断!」


 瞬時に顕れる冷徹で鋭利な「法理乃刃(イレンカ=エムス)」。

 それは、夥しく溢れ返る「完全抹消」の数理を、縦横無尽に斬り裂く。


「……熱っ――カ、カンナ!?」


 背にした剣《カンナ》が、八卦の首飾りと激しく呼応する。

 凄まじい熱を放ち、見る間に輝く真輝銀の粒子と化して再構成されていく。

 煌いて輝きを放つ真輝銀の花吹雪舞う中、顕れたのは一柱の女神。

 白銀の衣を纏い、相反する真紅と純白が折り重なった和合を顕す。

 腰まで伸びた桜色の髪を携え、清冽な泉の如き気勢を放つ。

 その瞳には数理の極み、「法理」を律す「原初乃八卦」が煌く。

 祓戸大神・伊豆能売(いづのめ)――直霊されし真名、瀬尾津(せおりつ)。

 更に、その女神の背後から、「数理」の及ばぬ熱い「想い」が吹き荒れる。


「『想い』を詠うすべての『希望』よ、この地に遺る熱き風をその翼に!」


 班勇である。

 実体を置き去りに、霊体となってこの領域へ馳せ参じる。

 纏うのは、苛酷なる砂の海で磨き上げられた、峻烈にして熱き陽の「風《レラ》」。


 女神・瀬尾律がその声に反応し視線を送る。

 ただそれだけで、数理で組み上げられた伏犠の因果の檻が、「はじめから存在していない」ものへと、有無を言わさず「強制終了」の終焉《おわ》りへと「浄化」させられてゆく。

 その間に、班勇の放った「陽の風」が、ヤチホコを蝕む「怨嗟の陰」を和らげる。


(芯から氣力《トゥム》で熱くなる……!

 身体が、軽いです。

 班勇さん、そしてこれはスセリちゃん!

 二人の『風の息吹』!

 僕の虚空《ニス》が……動ける!)


 ヤチホコは、力強く立ち上がり巨大な伏犠を見据える。

 呼応するかのように瀬尾律は、そのまま無造作に静かに指を弾く。

 すると、数理で組み上げられた巨大な伏犠が、「無か有か」の、根源を掌る「法理」により、強制的に「無」へ還されて逝く。

 それは、切断でも詠い直霊でもない、記述そのものを無効化する「絶対浄化」。


「な……余が『記述』を読めぬ!?

 それは、まさか、数理の極み、『法理』掌りし『原初』である、か……!」


「……我が愛すべき主……!

 さぁ……共に『詠い直霊』いたしましょう。

 私をその掌で抱きしめて下さいませ」


 無に還される伏犠に一瞥もせず、瀬尾律はヤチホコへ向き直る。

 そして、僅かに逡巡するも、優しく、清廉ながら甘やかな想いを密かに籠める彼女の微笑《ピリマ》。

 彼女は己が「愛すべき主」を、慈愛と敬愛を籠めて抱きしめる。


(……想いと共に交感されゆく……。

 これが……我が『愛すべき主(フィト)』の温もり……)


 抱擁したまましばし流れゆく、刹那ながら永久に観じる刻……。

 軽く頷いた彼女は、静かに煌く粒子となる。

 光は静かに集束してゆき、覚醒したアメノオハバリへと顕し直霊する。


「……向津日霊女《ムカツヒルメ》さまは、この場面を予め観られていました。

 ですから、八卦を逆手に取り、私を顕現させる為、この首飾りを渡されたのです。

 お役に立てて……そして……久方ぶりに『お逢い』でき感極まる想いです。

 そして今……『その掌に抱かれる幸せ』を……。

 噛み締めさせて頂いております」


 伝えられる限りの想いを籠めて、カンナは艶やかに煌く。


「……本当に有難うカンナ。――ともに詠いましょう!」


 ヤチホコはカンナと共に、高らかに詠い上げる。


 「理の縛鎖よ、ここに神謡者(カムイ・ユカラ)として『詠い直霊(コンパイル)』す!

 自由な想いの揺り籠となれ!

 『天尾改斬(カンナ サㇻ)神威之儀刀( トゥィエムス)』!!」


 熱い想いを秘めた静かな一閃が放たれる。

 穏やかに、しかし瞬く間に空間すべてが「詠い直霊」されてゆく。

 それは、数理では紐解けない、圧倒的な熱を帯びた「想念」。

 その熱き想いに、伏犠の空間は幾何学模様の玻璃《ガラス》の様に、美しく砕け散って逝く。

 瞬間、元居た宮殿の謁見の間に還る。

 観ると、ヤチホコも先程から全く動いておらず、同じ処に居た事を解する。

 面を上げて玉座を観る。

 すると、伏犠は、想定外の不可思議に遭遇した面持ちで、愕然として固まっている。

 しばらく間をおいて、深く一息つく。

 一変して、ヤチホコのように目を輝かせて笑みを浮かべる。

 喜び露わな表情で、彼を穏やかに見つめ返す。


「とうとう顕れしなり、か……!

 理の上書きのみならず、有無を言わさず『終焉を齎し』、剰え詠い直霊するとは。

 この伏犠、魂《ラマトゥ》の奥底より恐れ入った!

 流石は『原初』、そして……認めよう。

 其方は只の歪み(バグ)に非ず。

 新世を綴りし、まさに『創世の筆』なり」


 女媧は伏犠の傍らで、班勇の霊体が還るのを、静かに穏やかな微笑みを湛えて観護っている。


「熱き『想い』に揺り動かされましたね。

 班勇、其方の『風』を以って儀を妨げし事も、この子の資質。

 ですがヤチホコ、貴方の虚空《ニス》の天秤は、未だ幼く危ういですわ」


 我が子を見つめる様に、心配そうな眼差しで女媧はヤチホコを見つめる。

 そのまま彼女は徐に、掌にした蘆笙《ろしょう》を鳴らしはじめる。

 すると、その切なくも情感溢れる旋律が、宙に地図を描いて映し出す。


「……此処より西、砂の海に大凬《レラ》掌りし蛇神が。

 そして更なる先、火の咢開けし地に、極みの火、大焔《アペヌィ》封ず王が座しています。

 将軍に倣い、陽の属性を求め共に征きなさい。

 旅の果てに天秤つり合いし刻……。

 雒陽(ルゥォヤァン)の理も貴方へ喜びて心開くでしょう」


 静かに、しかし力強く班勇は頷く。

 そして、先程よりも精気を取り戻したスセリへ視線を向ける。


「……スセリ殿、貴女の風は未だ惑いの嵐の中。

 だが案ぜぬとも、風の行方、この班勇も共に追いましょう」


 班勇の言葉に、スセリは自分の胸の内にある「風の熱さ」を理解する。 

 そして感謝を籠めて長揖を行い、力強く頷く。

 黙って女媧の言葉を拝聴していたオオトシが、噛み締める様に漏らす悟り(ピリマ)。


「……成程。

 王とはただ力求むに非ず。

 集いし力に相応しき器へと、己を鋳直し打ち直霊せよ……!

 そう言う事でしたか」


 清廉さと妖艶さが掌を取り合う、満面の笑みを浮かべる女媧の祈願《ピリマ》。


「左様でございます。

 大倭乃国《ヤマトゥムナ》の若き王。

 そして新世を綴り詠う『創世の筆』たるヤチホコや。

 妾達は、此処に集いし者達が、理を超え詠い直霊叶う、『緋の神威に連なる徒(フィト)』足り得んが事を、この都より想念《イレンカ》籠めて見定めさせて頂くと致しましょう」


 オオトシは深く頷いて長揖する。

 ヤチホコは長揖の後、背後に控える仲間達を見回す。

火を纏うミケヒコ、風を孕むスセリ、清廉なる水を湛えるミヅチ、そして、女媧にも似た、すべてを産み出す大地の氣力纏いしキクリ……。


「……しかとご覧下さい。

 まずは陽の氣力求め西へ。

 必ずや、天秤を正して舞い戻ります。

 そしてスセリちゃんを救い、世界の終焉を詠い直霊してみせます!」


 ヤチホコは、逆手に剣先を地面に向け、自由を顕す左手を力強く突き出す。

 すると、 雒陽(ルゥォヤァン)を護る格子状の数理が、迎合するかの様に煌いて応える。


「余も(妾)もこの旅の無事、数理(想い)と共に祈願いたそう(致しましょう)」


 その瞬間、懐に観じる熱さと共に詩片が書き換わる。


『捌 縛鎖抱えし天 地と邂逅果たし 集う希望の七柱 征く末祝う 神威乃夫妻』


 二神より祝福を受け、八卦の首飾りと背負うカンナが煌いて応える。


「皆さん参りましょう、西域に広がる砂の海へ」


 班勇と言う新たな先導者を得、ヤチホコは雷鳥の翼を羽ばたかせる。

 西天を彩る慈愛の紅が、果てなく続く光の道導を大地に描き出す。

 その白日の残照は、彼らの行く末を言祝《ことほ》ぐかのように、広大な黄土の荒野を柔らかな薄紅色に染め上げてゆく。

 彼らを見送る東天には、深い群青の帳《とばり》が音もなく下りはじめ、赤銅に輝いていた運河の網目が、再び昇りくる陽光(トカㇷ゚チュㇷ゚)に想いを馳せるように、静かに眠りについてゆき、静かに彼等を見送っていた。

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