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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
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第16倭 身命捧ぐ献身の詩

 西へと進む天之鳥船アン・ヴィマナ雷鳥フミルィ』の窓外は、黄金の雲海から一転、生命を拒絶する赤茶けた砂塵の世界へと変貌していた。

 かつて多くの求道者が目指した聖地への道は、今やジェスターの手によって「死の回廊」へと書き換えられていた。


 頭上からは無慈悲な想念の籠った太陽(トカㇷ゚チュㇷ゚)が降り注ぎ、吹き荒れる漆黒の砂嵐は、機体から氣力を奪い去る。神威の翼といえど、操舵するヤチホコの想いと氣力トゥムが削られれば、その飛翔は精彩を欠いていく。

 班勇が「風の行方」を読み、最短の航路を指し示すが、それでも自然の猛威を超えた「記述の歪み」が一行を苦しめる。 行く手に観えてきた砂丘の陰に、辛うじて不時着し、かりそめの休息を取らざるを得なかった。だが、一瞬綴られた「予定外」を、「世界」は見逃しはしなかった。


「ヒヒッ! 舞台には『悲劇』のスパイスが必要だよね! 順風満帆な英雄譚なんて、僕の趣味じゃないんだ!」


 空を引き裂く不気味な狂笑。虚空から、管理者の検閲を逃れるはずの「過処之証プロキシ」の隙間を射抜く様に、漆黒の雷撃が放たれた。その狙いは、疲弊し、雷鳥の翼の下で、膝を抱え休んでいたミヅチに向けられる。


「危ないっ!!」 (なりません! 我が主!)


 カンナの呼び止めよりも、己の想いよりも先にヤチホコは飛び出した。彼女の盾となった彼の胸を、邪悪な衝撃が容赦なく貫く。


「……お、おにい、さ、ま……?」

 

 ミヅチの震える声。ヤチホコは、砂の上に力なく崩れ落ちた。  心臓を貫く決定的な一撃。その命を繋ぎ止めていた想念イレンカが霧散し、象徴たる白銀の髪は、瞬く間に輝きを喪い、死を告げる虚ろな黄土色に染まっていく。

 班勇が即座に砂漠の風を壁として展開するが、ジェスターの攻撃は、完璧なる「完全抹消ロウ・レベル」の記述。


「ヤチィィィィッ!!」


 スセリの絶叫が砂漠に響き渡る。緋色の糸で繋がった彼女の魂に、ヤチホコの「死」が猛毒となって流れ込む。信じられない面持ちで、よろめいて近寄るミチヒメ。ミケヒコ達は、あまりに突然の現実を前に、立ち尽くして動けなかった。

 その静寂を裂いて一歩前に踏み出したのは、いつも皆の後ろで祈りを捧げていたヒメだった。


「断じて、逝かせはいたしませぬ……」


 その声は、静かながらもかつてないほど強く、砂嵐すらもねじ伏せるな決意に満ちていた。彼女は自身の内側より、根源神威ヒルメより受け継がれし至高の霊力ヌプルのすべてを、一点の曇りもなく凝縮させていく。


「ワラワが頂いたこの『想い』に懸けて……散り逝くことなど、決して……許しはいたしませぬ!――この身に眠りし根源の血脈よ、ことわりを逆巻かせよ!」


 艶やかに伸びた黒髪を、天へ楯突くように逆立て、ヒメは絶唱して両掌を翳す。力強く突き出された可憐な双楓からは、世界の色彩を奪い去り、すべてが翻る陰画の光が溢れ出す。それは、対象の「刻」を強引に巻き戻し、記述された「輪を廻る(死)」という事実さえも抹消する、因果を超えた代償行為——。


「我がすべてよ! 神威となりて『詠い直霊(コンパイル)』し給え! 『究極之付(シパセ・ラムハプル)与快癒呪(=トゥサレ・イノミ)』!」


「ヒメッ! やめろぉっ! それでは、オマエが……オマエのラマトゥが消えてしまう!」


 眼にした驚愕に叫ぶミケヒコの想いも、最早彼女には届かない。ヒメの身体は、術の反動で激しく脈打ち、その木彫りの滑らかな肌が、ひとつ、またひとつと生命の輝きを散らし、透き通っていく。


 動かぬ筈の彫像の面持ちに、微かに笑みを浮かべさせた瞬間、ヤチホコの胸の傷は跡形もなく消え去り、止まっていた鼓動が爆発的な力強さで再開された。

 蘇ったヤチホコが、呻き声を上げながら目を見開いて飛び起きる。白銀の輝きを取りもどしたが、その視線の先に映ったのは――彼にすべてを託し、燃え尽きたヒメの姿であった。


「……ヒ、メさ……?」


 ヤチホコが、かつて、木の温もりを湛えていた彼女の頬に、そっと触れようとする。指先に触れた瞬間、石のような冷たさが伝わってくる。それは、生命の脈動ではなく、絶望の感触であった。


 彼女は、己の全てを絞り出し、燃え尽きた。魂が「輪を廻る」ことさえ許されぬほど、存在力を使い果たし、温もりを抱けぬ、無言の死灰しかいの彫像へと成り果てたのである。頬に触れた指先から、微かに死灰が風に舞い、虚空へとさらわれてゆく。


「そんな……嘘だ……ヒメさん、どうして……! 応えて、ヒメさぁんっ!!」


 蘇ったヤチホコの慟哭が、吹き荒れる砂嵐に飲み込まれていく。堪らない想いで、キクリは義弟を抱きしめた。

 嘆きの中(いだ)かれたヤチホコは、微かではあるが万物を慈しみ受容する、大地の気配を観じた。

 沈痛な面持ちでヤチホコの肩を支える班勇も、砂漠の風に遺る、彼女の想念の余熱から、いかに尊く深刻な代償かを、肺腑を抉られる想いで噛み締めていた。

 聖地を目前にして、一行は「虚空ニス」の遣い手を救う代償として、健気に皆を支えてきた、根源の「霊力ヌプル」の巫女を、完全に喪失した。

 静かに流れる砂時計の音だけが、非情に、残酷に響き続けていた。

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