第14倭 天地の邂逅 集う七柱(前編)
黄泉平坂の暁を背に、雷鳥は「宍追いし道」のほとりに佇む神殿へと降り立つ。
世界を護らんが為不断の祈祷を捧げる九姿異祢沱乃日霊女住まう処。傍らで神殿を警護していたキクリとミヅチが、歩み寄るヤチホコ達の姿に、弾かれた様に駈け寄る。
「待っていたわ……! やり遂げたのね」「……ヤチホコおにいさま、ご無事で何より」
安堵の笑みを浮かべる二人。だが、後ろに控えるクシイネダと、彼女の容姿を生き写す鏡水顕導神(ヤィ=モ=トーヤ)の眼は、ヤチホコの胸に刻まれた緋色の縛鎖――「一蓮托生呪」の呪痕を逃さなかった。クシイネダは一瞬、唇の端を噛み締め、溢れんとする涙を堪えてヤチホコを優しく抱きしめた。
「その覚悟と直向きな『想い』、この九姿異祢沱、しかと受け取りました……。キクリ、ミヅチ、貴女達はこれより再びヤチホコの翼に。我が息子オオトシには、アタクシが『伝えて』おきましょう」
「『希望の器』よ。其は、汝の身命を削り取る諸刃の神呪なり……。その覚悟、この鏡水顕導神、しかと見届けり。ミヅチよ、参れ」
女神に促され、面映ゆくも凛とした決意を表情に、ヤチホコの掌を取り、真なる緋徒として連なる事を誓う。
「ミヅチは、『緋の神威に連なる徒』として、虚空の下、連なる事を誓います……!」
音もなく水龍と化した女神より、眩い紺碧の輝きが放たれ、呼応し胸元を煌かせるミヅチを包む。すると強大な氣力の解放と共に、ヤチホコの封環の「水の宝珠」が真に目覚め、辺りを紺碧に染め上げた。満足気に頭を擡げて水龍が応える。
「希望の器よ、真なる五大が壱、水の徒、この権能と共に連れて征くが良い」
「やったわね、ミヅチ! 旅の中、アタシも『地』を極めてみせるわ……!」
心底喜んで誇らしげなキクリ。
「……時計の流砂はとどまる事を知りません。さぁ、我が背スサノヲの『魂の炎』継ぎし希望の御子等よ、強き想念を以って旅立ちなさい」
一行はクシイネダに見送られ、南東に座する古き聖域、「大倭乃国」へと翼をはためかせた。
道中、長椅子に変形させた空の座。
イザナミの怨嗟を濾過する代償として、ヤチホコは猛烈な激痛と闘っていた。
「……ヤチホコくん、あんまり無理しないで。セイリュウ……!」
神妙な面持ちでミチヒメは、青龍の治癒を以ってヤチホコの呪痕に掌を添える。
「……おにいさま。ミヅチも、『快癒呪』!」
すべてを蝕まれる怨嗟の余波で、魂消ゆるほどの痛心を胸に、ミヅチもそっと背後から抱きつく。すると、ミヅチの快癒呪とミチヒメの氣力が、ヤチホコの虚空を媒介に相乗し合い、激痛が凪いでゆく。
「ま、まさかこれが軽くなるなんて……二人とも、ありがとう、助かりました」
感嘆と感謝を顕す彼の膝に眠るスセリが、ゆっくりと、穏やかな紺碧を携えて眼を開いた。思わず確かめると、不思議そうに彼女は応える。
「……おかしなヤチ。ボクはヤチのヒメ。わからない訳ないじゃない」
(物凄い回復力……! そうか、これがあの刻父上の言っていた、『根源の氣力』との相乗効果……!)
「きっと……あなたの身を削る『想い』あってよ、ヤチホコくん」
自分の事の様に嬉しげに、そして憂いと慈しみを籠めてミチヒメは言う。
「ありがとうございますミチヒメさん……! スセリちゃんの事そこまで心配していてくれて」
「……そう、そうよ。大切な義妹だもの。そして、ヤチホコくんとわたし達……みんな、『仲間』でしょ? 当然の事だわ」
込み上げる愛惜を、「先達」と言う名の楔で抑え込む。己に課す、「誓約の神呪」の様に。
(……エパタイ。あなたが倒れたら、元も子もないのに)
スセリの回復を喜ぶヤチホコに対し、ミチヒメは心中で微かに溜息をつく。彼の「無自覚な自己犠牲」へのもどかしさで胸を焦がしながら。
「……おれ達が、各々抱きし『想い』こそ、一番の強きチカラだろうな」
タカヒコは、優しく穏やかな眼差しで、一瞬だけ妹を見つめ頷いた。
「ええ、その通りだと思いますわ。流石は我が背」
憔悴してタカヒコに抱えられながらも、ミカツヒメは、離れて佇む義妹にだけに届く声で応えた。
ミチヒメは一瞬息を呑み視線を逸らすも、タカヒコへ向き直り、ほのかに染めた頬で小さく頷く。
「……ヤチホコ、オオトシ殿はあの叔父上にも並ぶ、猛くも仁に篤き、慈しみ深き真の武人。必ずやこの旅の助けとなってくれるだろう。残念ながらおれ達は……」
「タカヒコさん、その『想い』は僕がこの胸に刻んで共に連れて行きます。まずはミカツヒメさんの回復を」
「……忝い。この『想い』こそ、おれには最も大切なモノ故」
「筆舌に尽くし難き、身に余る光栄でございますわ」
タカヒコの逞しい胸板に頭を預け、心底嬉しそうにミカツヒメは応える。
「ミカツヒメさまもミヅチが癒します……あ、あら? さっきとゼンゼンチカラの強さが?」
「妹の氣力と合わせてこそ、なのかもしれんな」
「それなら……ミヅチちゃん、もう一度しましょう? セイリュウ……!」
「……確かに先程よりも強き波動。……ですが、互いの氣力が手を取り合いておりませぬ。 恐らくは、ヤチホコさんの虚空ありての調和、の様でございます。……それでも随分と癒されました。感謝いたしますわ、お二人とも」
微笑んで感謝の意をミカツヒメが顕す。
(……雷鳥、これはやはり、ミチヒメさんとヒメさんは……?)
(……推測通りです。かつての想念者に近い権能を秘めていた、『ヒルメ』の『一霊四魂』が一柱達です。分散する事によって『管理』を逃れたと思われます……)
(いわゆる『分御魂』か。成程、じゃぁ恐らくミチヒメさんは『荒魂』……それであの激しさを……)
(……想念者、その思考実験は注意が必要……)
「……なんか、失礼なこと考えたでしょ?」
振り向いてミチヒメが軽くにらみを利かせる。
「いえ、ミチヒメさんの勇猛さは頼もしいなと思っただけです」
それなら良いわと、染まる頬を見せまいと向き直り、ミカツヒメの治療に戻るミチヒメ。その横顔を見つめ、ヤチホコは紡がれし運命の縁の深さに想いを馳せていた。
「……観えてきたわ。言われた通り。あの山林に囲まれた処が大倭乃国ね」
眼前に広がる深き緑。そこに待つは、スサノヲの血を継ぎし若き王である。運命の糸がまた一つ紡がれていく……。




