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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
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第12倭 (後編)自由を詠う希望の神剣

 迷宮の外、神殿内の祭壇。座り祈るは向津日霊女ムカツヒルメ


「――いけません! このままでは『虚無の海』へ堕ちてしまいます!」


 儀の達成祈願の神呪を唱えし中、向津日霊女ムカツヒルメが血相を変え声を荒げる。


「ヤチ!? お母さま、ヤチはどうなってしまうの?」


 普段観た事もない焦燥感を露わにした母の顔に、スセリの胸中にたとえようもない不安と恐怖が渦巻く。


鏡水顕導神(ヤィ=モ=トーヤ)さまの試練も乗り超えたアイツよ! 今度もきっと大丈夫! ……信じているわよヤチホコくん……!」


 己自身にも言い聞かせるように祈りを籠め、ミチヒメはスセリの掌を優しく、そして力強く包み込む。


「ヒヒッ! 美しいねぇこの『平和』。でもねぇ、頼んでもない事をされちゃ困るよ。変わりにこれを綴ってあげるよ! 響きわたれぇ! ヒャハハハハ!」


 神殿の屋根の上、宙からぶら下がる様に逆さ刷りに顕れたジェスターが、虚空を軽く指で弾きながら記す「調和嘲る軋轢の詩」が街中に響き渡る。


『(窮)偽りの平和は闇に呑まれ 嘲笑之風(ウェンレラ)が吹き荒れて 儚き智慧は朽ち果てん』


 理路整然と張り廻らされし「理の糸」が、突如として至る処で綻び断ち切られていく。民は無気力感に苛まされ、糸が切れた操り人形の様に止まる。そこら中から噴き出る「虚脱の想念(ウェンイレンカ)」。制御を喪った船達が運河の中で衝突し合う。


「させませぬ……! ここはわたくしが紡ぎし『希望の都』!」


 向津日霊女は、再度己が身に限界を超えて権能を集束させる。脆弱なる民の「凡庸な器」が悲鳴を上げ、口元から紅い滴をこぼしながらも必死で算木を揮う。


「おかあさま!」


「わたしがいくわ!」


 ミチヒメが飛び出そうとすると、突然目の前に岩壁が顕れる。


「むん! 『盤石ノ(アラ・モシリ・)岩壁(トゥマム)』! スセリ、ミチヒメ、お前達は巫女王さまと共にヤチホコを!」


 タカヒコの掛け声とともに神殿を強力な岩壁が覆いつくす。


「荒事はワタシ達がお引き受けいたしますわ! 変成男子へんじょうなんし!」


 艶やかな黒髪が天に舞い、荒ぶる神威を乙女の優しさで御し、真なる武神へ変貌して己の師匠たる剣を呼び覚ます。剣之神威フツノミタマは雷鳴を迸らせ応える。大地の鎧を纏ったタカヒコと共に、宙に漂うジェスターに襲い掛かる!


「ヒヒッ、耳障りな『愛の詩』詠う奴らめ、これでも喰らえ! 邪念魔爪アラ・ウェン・サイネ!」


 ジェスターの魔爪が、二人の間を斬り裂く。二人の間を行き来する想いが「書き換え」られる。


「諍い争え、ヒャハハハ!」


「ワタシがタカヒコさまを憎む……ですって?」


「おれがミカツヒメを……す、棄てるだと……?」


見つめ合い、やがて睨み合う二人……。


「ヒヒッ、脆いもんだねぇ、『想い』ってヤツは!」


 両手を四つに組みなおも睨み合い続けている……。

 ピシィッ! 突如乾いた破裂音と共に、空間に亀裂が入り、玻璃(ガラス)の欠片の様に砕かれて落ちていく。


「……ありえませんわ! そんな『想い』をワタシがタカヒコさまに抱くなんて!」


「こっちもだ! おれはもう二度と迷いも惑いもせん!」


組んでいた手を合わせお互いに弾き飛ばし合い、挟み討つ様にジェスター目掛け全力で放つ!


「我が身に宿りし精霊神ヤオヨロズよ……おれにチカラを! 重圧大地パセモシリ!」


大地より湧き上がりし権能に、ジェスターが宙より引き摺り降ろされ大地に激突して這いつくばる。


「いっやぁっ! 雷神ノ剣(カンナカムイ=エムス)!」


 武神と化した彼女は天高く跳躍し、巨大な両刃の剣に雷雲を纏わせ、凄まじい稲光を迸らせジェスター目掛けて放つ!


「……気に入らないねぇ。愛だの恋だの仲間だの……。いちいち目障りなんだよねぇ! ……『凍れる刻(ルプスヘムトム)』……! 止まってしまえ傀儡共! ヒャハハハ!」


 ジェスターの掌より「昏き闇」が溢れ出す! 二人は必死に躱す。闇に包まれたが最後、あの、「管理者が顕れた刻」の様に、すべての活動を止めさせられていく……。


「ヒヒッ! 囚われたらお仕舞いだよ! 逃げろ逃げろ逃げろ!」


(何とか堪えて下さい……! ヤチホコ、過去の過ちに囚われませぬ様に……! その先にある真実を……!)


 外で激しく攻防を繰り広げるタカヒコ達に、迷宮で前世に屈するヤチホコに、向津日霊女は真摯な祈りを送り込む。


(……指まで重い……さっき雷鳥フミルィを操っていたのが嘘みたい……)


 映り変わり観えてくるは……驚愕する白銀の姿。立ち尽くし、戦慄き、怒りを露わにする彼の目の前にあるのは……薄膜の「壁」であった……。突き破ろうとするも反対側に跳ばされ、決して外に出られぬ「壁」。


(……流転ループする世界マップ……? 太陽系が……『造られし空間(ヴァーチャルワールド)』? そして……『主』へ反逆!?)


(左様でございます! 過ちに気付き、真理に打ちひしがれ、翻し反旗の象徴こそがその剣の真意! 己が本質……直霊を示すのです!)


(は、母上!? しかし、僕が彼女を……数多の生命を屠り、『輪を廻ら』せし事は違え様の無い事実、です……)


 向津日霊女ムカツヒルメの決死の「想い」も、今のヤチホコには届かない……。


「――向津日霊女? ヒヒッ! 見つけたぞ! そんな処に潜ってたとはねぇ……お前達は、このまま『記述』を続けておいて、僕は『出来損ない(バグ)』を片付けてくるよ! ヒャハハハ!」


 数体の影に闇の放出を命じ、不快な嘲笑を後にジェスターは消え去った。


(……嘆き堕つるのはここまでにいたしましょう……。ヤチホコ様、いいえ、無垢故残酷であった『危うくも愛しき主(イザナギ)』よ……)


 背負いし剣が映し出された鏡中に女性の姿が揺らめく。かつて瀬織津姫とも呼ばれ、記述(歴史)の表舞台から消し去られた、聡明な直霊の女神。無垢で危うき主の為、最も近しき処にて、如何様な道であろうと共に歩まんと、愛ゆえに自らを炉に投じ、彼の非道の刃に身を窶し、築き上げられし夥しき「禍々しき想念(ウェンイレンカ)」を鎮める為、祓戸大神の権能を応用し編み出した、「原初の八卦」にて封じ続けてきたのである。


(怖かったのです……目覚めと共にあなたに眠る宿業の炎が再燃してしまわないかと。それ故私は己を八卦の理にて封じ、あなたのニスが、想いが……この罪業(カルマ)を包み込めるほどに澄み渡る事を待ち望んでいました……)


 外にいる二人はジェスターの幻影の猛攻を躱しながら反撃している。しかし万全ではないミカツヒメの息が次第に上がり、精彩を欠いていく。


「――お義姉さま! いけない! スザク! 火を猛らせ地を燃やし穿て! はぁっ! 朱炎蹴撃爪アペ・シ・チカプ!」


 ミカツヒメの窮地を察知し、ミチヒメは露台より岩壁を蹴り抜いて飛び出す! 


「待って! ボクも行く!」


 穿たれた穴から風に乗り、スセリも外へ出る。


「……本に気の強い妹達ですわ……!」


 ジェスターの幻影の爪を師匠の剣で受け止め、ミカツヒメは微笑む。


「わざわざ始末されに来てくれたよ! 『凍れる刻(ルプスヘムトム)』!」


「遅い! 虚空移動(ニス・アプカス)! ――弐っ! はぁっ!」


 幻影の左方向より強烈な蹴りを見舞わす! しかしミチヒメの攻撃はすり抜けてしまった。


「くっ! ……ある意味本体より厄介ね」


「それなら吹き飛ばす! やぁぁっ! 風よ猛りてすべてを滅ぼして! 螺旋勁(モィ・コトゥィエ)!」


 ミチヒメの足場が消える前にスセリは駆けあがり拳撃を放つ! 放たれし螺旋に呑まれて崩れ去る様にジェスターの幻影は消え去った!


「成程! 風を猛らせれば……よしっビャッコ! やあぁっ! 虎爪斬(キンラタゥキ)!」


 ミチヒメは風の爪を纏って跳び上がり、ジェスターの幻影を荒らしく叩き斬る!


「ヒヒッ! 斬るって言うのはこうやるんだよ! 邪念魔爪アラ・ウェン・サイネ!」


 別の幻影が、手薄になったスセリを昏き爪で斬り裂く!


「ぁあぅうっ!」


「スセリ!」


 力無く膝をつき倒れるスセリをミチヒメが抱える。


「ソイツにこれを喰らわすのが目的だったのさ! ヒャハハハ! 『書き変わっちゃえ』!」


「あ、あぁっ! い、いやぁあああ! こ、来ないでー!」


 叫び声をあげてもがき苦しむスセリ。魔爪が放った昏き闇が見る間にスセリを覆いつくしていく!


「虎爪斬!」


 一瞬掻き消えるが、またすぐ「闇」は噴き上がってくる。


「ヒヒッ! 無駄無駄~! その『闇』はソイツから生まれているからねぇ!」


「なんですって!?」


「あぁ……いや、いや……! そんな処で皆を踏みつけて嘲笑わないで……!」


 スセリは昏倒しうなされている。観せられしは……絶望の女神。昏き欲望に身を焦がし嘲笑する美しくも残酷な姿。あまりに己と乖離する非道な想いが駆け廻り、純朴なスセリを蝕んでいく。


(ヤチ、ヤチ……! ボク、『スセリ』が壊れちゃう、助けて……!)


「ヒヒッ! 『想い』敗れたら『記述シナリオ』通り、『破壊の女神(イザナミ)』に退転(もどっ)ちゃうからねぇ! ヒャハハハハ!」


 嘲笑いながら遥か上空へと舞い上がり、「凍れる刻」を「港ありし都(ヤ=マ=タイ)」中に撒き散らしている。


「くっ! 待てぇっ!」


「……お待ちなさいミチヒメさん、一度でもあれに掠りましたら、一巻の終わりでございますわ。ここは……機を窺いましょう」


 変成男子が解け、氣力を喪い肩で息するミカツヒメに言われ、已む無く物陰へと身を潜める。


(……ヤチホコ……わたくしはそれでも信じております。真にあなたが目覚めし事を……!)


 吐血を堪え、八卦の呪で街が蝕まれるのを阻みつつ、母として娘としての想い籠め、ヤチホコへ神呪を送り続ける。


 地上の破壊音や地鳴りがこの地下深い玄室まで響いてくる。それを微かに観じながらヤチホコは、剣に浮かび上がりし女性の声に耳を傾けている。


(……駄目です、まだ目覚められません……。私は、貴方と共に世界を焼き払い、すべてを絶望へと叩き落した『力』。このまま消え去る方が貴方にも……でも……)


 その言葉により先程の凄惨な光景が一面に映し出される。それは、真実を知り、善悪を知った上でなお、今度は血の涙を流しながら非道を繰り返し、機を待ち耐え忍び、全てのモノとチカラ合わせ造り上げた、全次元を超越して飛翔し、すべての属性の権能を放つ、最終決戦兵器であり、反逆の使徒の居城、「天超(カンナ)飛翔神威之城(=カムイ・チャシ)」を以って「主」の喉元まで詰め寄りしも、無慈悲に「書き換え」られて阻まれる光景。


(あぁ……そうか……ヒルメと……スサノヲが僕を……! 僕は、真実を知り、想いを託され、籠められて、ここに在るんだ……!)


(『前』の最後の『貴方』以上に、ヤチホコ様、貴方はあまりに清く、温かく、優しい。出来る事なら、再び寄り添いて『正しき想い』の元、貴方と共に歩みたい……。ヤチホコ様、私と共に犯した罪……血に塗れし私のすべてを、受け入れて頂けますか……? もしも……それが叶うのでしたら、あなたの魂の奥底より繋がりし全ての根源、『大いなる真理』を……『想い』籠めて見据えて下さい……。それでも私は……恐ろしくて動けないかもしれません……)


 力を振り絞り、動かない身体で無理やり目を見開き、ヤチホコは、「観之眼(ヌプル=インカラ)」で、背中の剣、そして己の魂を見据えた。


(僕の内なる……本当の姿……! 眼を背けない! 逃げません! 観せてみろ!)


 「前世(イザナギ)」のすべてがヤチホコの魂を穿ち抜いてゆく。歯を食いしばり涙を堪え、しかと受け止め、なお奥底目指し潜ってゆく。観えてきたのは……無限ともいえる夥しい(ラマトゥ)……。寄り添い、離れては一つ、また一つ新たなる生の為、星の海を一筋の流星の様に跳んでゆく。その中央で、数多の魂が融合して「全なる一」へと変貌し、眼前に顕れる。


『……「虚空ニス」求むるはそなたであるか……? 何ゆえに……?』


(……みんなを護り……『終焉』を『希望』に変え、『生命』の喜びを詠う為に!)


『そは……誰の想いなるか……?』


(僕……『「竜輝』であり、前世、無知故に罪をさんざん犯した『根源神威(イザナギ)』、そしてそのすべて自分と認めて受け止める、『(ヤチホコ)』の想いです!)


『……では尋ねる……「虚空」とは……?』


(……すべての始まりにてすべての還る処……『大いなる真理(あなた)』にして『僕』の心に抱く『想い』そのモノです!)


 形の無い光の集合体が微笑んだように観えた。


『……左様……原初より、すべての存在に宿る「無限の可能性の輝き」、それこそが真なる「虚空」なり……ならばその掌に抱きし「想い」と共に歩むが良い……!』


 光の奔流に弾き飛ばされるように、ヤチホコは遥か彼方より還された。


「ヒヒッ! みぃつけたよ! キミさえいなくなれば今回のバグはこれでお仕舞いさ! 『万象を無に帰す記述(オピッタ=イサム)』!」


 突如鏡像に浮かび上がり顕れたジェスターが、歪んだ笑みを浮かべて放つは、すべての記述を白紙に還す漆黒の雷光! 


「……う、あぁぁぁぁっ!!」


 激しく痙攣し身体中から血を噴き出そうとも、ヤチホコは決して剣を離さなかった。


「抱きとめる……! あらゆる罪も、業も、混沌も、矛盾も! だから……怖がらないで下さい! 君に宿る闇でさえ、僕は受け入れ共に生きてゆきます! 決してこの手は離しません。……君のその『秩序の理』と一緒でしたら、きっと、正しく新しい明日を一緒に詠えます!」


 ヤチホコの「想い」が彼女の心を打ち鳴らす。その瞬間、彼女を内側から縛る、「自らを罰する論理」が、計算しつくせぬ巨大な「想い」によって崩壊した! 


(……これは……「愛の想念(イレンカ)」……! あぁ、私はまた過ちを犯す処でした……。退転の恐怖など、貴方を、そして貴方の愛しき伴侶(ナミ)(ヒルメ)を喪う悲しみに比べれば、どんな罪でさえ、厭いはしませんでしたのに!)


「――(ことわり)よ、私を解き放ちなさいっ!」


 彼女の絶叫と共に真輝銀(シキンナカネ)の剣は眩い閃光を放った。美しくも重く鈍い剣が、正中線に沿って裂けていく。四方八方に光が拡散し、八卦図を描いて輝く。凛とした聡明な眼差しに、溢れる程の慈愛を籠めて、意を決してヤチホコを見つめ、浮かび上がりし女性が囁く。


「……お待たせいたしましたヤチホコ様。……いいえ、私の愛しき主……。罪業抱えし私を、再び受け入れて下さいますか……?」


「……受け止めるさ瀬織津――いや『カンナ』! 自分の愚かさと築きし罪、無知な僕への君の犠牲、献身……『愛』を胸に抱き、僕はこの世界を『生命の希望』で詠い直してみせます! 『虚空(ニス)』解放!――『アメノオハバリ』、神威顕現(カムイ=エウン)!」


 爪が食い込み掌より紅き滴が流れるのも構わずに拳を握り締め、裂帛の気合を以って魂の奥底より眠れる力を解き放った。彼女の足元に展開された光の八卦図がヤチホコの氣力と呼応する。吹き上がる光壁に、「理」が神呪と化してが浮かび上がる。それらがすべて彼女へと集約していき、輝きと共に変貌していく。顕れるは、空の氣力同様、美しく透き通り透明な輝きを放つ、「神威之宝刀」。それは最早呪われし魔剣ではない。彼女の聡明さと理によって研ぎ澄まされ、万物の歪みを正す「直霊(なおひ)」の神威を宿した、鋭い輝きを放つも、温厚篤実なる神剣。吸い付くように、寄り添うように掌に収まり、還ってきた。

 途端、剣より封じられていた「怨嗟の想念」がヤチホコの掌より浸潤してきて蝕み犯していく。纏わりつく、苦しみ藻掻き「輪を廻らせられた」魂達の焼け付く痛み。心に直接刺さり込む悲痛な叫び、そのすべての苦しみと嘆きを、己が胸中の「虚空」で受け止め、「慈しみの想い」で「大いなる真理」へと祈りを捧げる……。解放されし魂達はヤチホコを通じ深淵へと還っていく……。


(……解き放たれて「大いなる真理」の元へ……。あなた方の『苦しみ』は……僕が永遠に抱いて歩みます……どうか安らかに……)


 ヤチホコは片膝をつき、目を閉じて腰にアメノオハバリと化したカンナを構える。


「『天尾改斬(カンナ サㇻ)神威之儀刀( トゥィエムス)』!!」


 音もなく放たれた一閃。一拍遅れて剣先から、すべての「記述」が詠い直され「書き換え」られていく!


「な、何だと!? 僕の記述が……『詠い直されて』いく! バカな、オマエは『呪われし怨嗟の刃』だろ! 何なんだその清浄極まりない不快な光! こんな、管理者権限の絶対記述を――ぎゃぁあああ!」


 煌く白銀に呑み込まれるように鏡像に映るジェスターは霧散し、光は遠く地上まで突き抜けて、「港ありし都」を覆いつくそうとしていた「昏き闇(管理の縛鎖)」を、ジェスターの幻影ごと「自由なる生命」へと詠い直し書き換えていく。刻の凍り付いた街も、民も、そして「魔爪」に侵されたスセリでさえも。


「闇が……消えたわ!――ヤチホコくん!?」


 スセリを抱えていたミチヒメが驚く様に神殿を振り向く。神殿からは、かつてないほどの清浄な神威が溢れていた。


(成し遂げたのね……。信じていたわよ、きっとヤチホコくんならって……!)


 静寂に還った迷宮内の玄室。八卦の理を顕す「顕現の鏡像」達には、もはやジェスターの幻影も、過去に苛まされている自分も映っていない。映し出されるは……寄り添いし「詠い直された」カンナと、すべてを受け入れ歩まんとするヤチホコの迷い無き姿であった。


「……ありがとうございます……『すべて』を受け入れて下さって。ヤチホコ様、貴方の真の『虚空(ニス)』は、理に閉ざされた私の身体も……『想い』も、真なる『自由』へと解き放って下さりました……本当にうれしい……」


 凛としていながらも甘やかな声で、掌にした(カンナ)が囁く。元の真輝銀の「鞘」に納まりし彼女が、嘘のように軽く、まるで自分の腕の延長の如く馴染んでいるのを観じていた。


「……二人で詠い直していきましょうカンナ。今度こそ、誰もが自由に笑い合える世界へと」


(……どこまでも御身の傍に。幾重に輪を廻らんとも永遠について参ります……)


 カンナは応える様にリリンッと清冽な音を奏でた。


 迷い無き歩みで静かに還ってきたヤチホコを、祭壇より見守っていた向津日霊女がよろめきながら歩み寄って抱きしめる。


「……よくぞ……よくぞ……」


 「想い」が溢れ、声にならない向津日霊女を、ヤチホコは優しく抱きとめる。埋めていた顔を上げて彼女が囁く。


「……我が背スサノヲと身命を賭した儀は、今まさに相成りました。……お父様……星霜を重ね逢瀬を渇望しておりました……」


「『ヒルメ』……。そして母上……。僕は確かに『根源神威(イザナギ)』です。そして彼の刻の『竜輝』でもある『ヤチホコ』です」


「……ごめんなさい……! 我が背隠れし刻よりずっと独り、真実を抱えし想いの丈が溢れて……。わたくしとした事が斯様に取り乱して……。良くぞ儀を成し遂げ、戻られましたね、今世では愛しき息子ヤチホコや……何やら気恥ずかしゅうございます……」


 ほのかに頬を朱に染め、口元を袖で隠して彼女は応える。その仕草に何か見覚えを観じたが、跳び込んできた一行に掻き消されてしまった。


「よくぞ、成し遂げた様だな!」


「本に、流石でございますわ」


 タカヒコとミカツヒメが口々に褒める。一拍遅れて朱雀の翼をはためかせたミチヒメが、スセリを抱えて顕れる。


「信じていたわよ。流石、ラーマさまと同じ『眼』を持つだけの事はあるわね」


 微笑みながら軽く目配せをして、ミチヒメは安堵の想いを伝える。


「ありがとうございます――スセリちゃん!? 大丈夫ですか!」


 彼女の氣力の異変にいち早く気づきヤチホコは駆け寄る。


「……うん、平気よこれくらい……!」


 その様を観て静かに呼吸を整えて向津日霊女は告げる。


「ヤチホコや……。真なる『虚空』を胸に抱き、目覚め生まれ変わりし『アメノオハバリ(カンナ)』を携えたあなたこそ、唯一、世界を綴りし管理者の『記述(シナリオ)』の檻を破り、『詠い直霊(なおひ)』叶う、『神謡者(カムイ・ユカラ)』の権能を顕す存在なのです」


 それは、儀を成した賞賛ではなく、己に課せられたあまりに巨大な役割の宣告であった。視線を移し彼女はスセリを愛おしそうに抱きしめ、何度も挨拶作法(コルィルィェ)を繰り返した。その瞳からは、母としての慈しみと悲しみ、そして神威としての覚悟が籠められた滴が頬を伝い落ちていく。


「詩片に顕れし『目覚めの儀』……。それは、ヤチホコ、貴方の『虚空』を以って『アメノオハバリ』を揮い、スセリたる脆弱な器を、内に眠る『楓』と『根源神威之妹(イザナミ)』の魂ごと『詠い直霊(なおひ)』、真なる覚醒を果たす儀式の事です」


「『詠い直霊』……。それは、スセリちゃんを……造りかえるという事でしょうか?」


 戦慄くヤチホコに対し静かに、そして重く彼女は頷いた。


「その通りでございます……。今の彼女は、緋徒フィトとしてはあまりにか弱き、民に近しき『隠れ蓑』。……混濁が始まっています……。前世において神代の破壊の女神たる我が母君……来世では遠き刻、あなたの姉であった少女……そして今世、わたくしの愛娘スセリ……。このままでは、封印解けし刻、脆弱な彼女の身体は、秘められたあまりに巨大な神威に耐え切れず……霧散してしまうでしょう。唯一の道……それは、あなたの『虚空』にてスセリのすべてを受け入れ、『アメノオハバリ(理を司る者)』を掌に『神謡者カムイ・ユカラ』として真に詠い上げるほかありません。……ですが、それは同時に彼女を、『ただの乙女メノコ』の道より永遠に切り離すことを意味します」


「――ッ!」


 ヤチホコは言葉を喪った。軽やかに生まれ変わりし剣が、かつての罪の怨嗟を宿せし頃よりも重く圧し掛かる。スセリを救う事、すなわちそれは……彼女に眠る残酷な「イザナミ」を目覚めさせ融合させる事。その後彼女の無垢な瞳の輝きがどうなるか……。


「……いいよ、ヤチ」


 悩み続けるヤチホコを見守る沈黙を破ったのはスセリの声であった。震える手でヤチホコの袖をそっと引き、自分の方に向かせ、「挨拶作法」を行い、瞳を逸らさず真っすぐに見つめ、「想い」を籠めて伝える。


「ボク、ずっとヤチといたい。たとえどんな姿になっても……。本当はね、すごく怖い。さっき観たあれにボクがなるなんて……。でも、負けない! ボクはヤチの『スセリ』で、ヤチはボクの『ヤチ』でしょ?」


 純粋で強固な想念イレンカ。理も管理者の記述すら入り込めない程の。その想いを受けとめて、掌の中で鳴動するアメノオハバリをあらん限り強く握りしめ、ヤチホコはスセリの想いに応える様に、慈しみを籠めて優しく見つめ、しっかりと抱きしめる。そして顔を上げて強い眼差しで母を見つめる。


「……母上。その儀、教えて下さい。もう二度と彼女を喪いません。世界を支配する『絶望の詩(記述)』を、僕達の『愛の詩(想い)』で塗り替えてみせます!」


 カンナも、優しくそして力強く呼応している。ヒルメとして、いや母として彼女は、溢れる想いを一筋の滴に変え、頬を伝わせながら微笑む。


「お父様……いえ、今世の愛すべき我が子よ、良くぞその想いに……。ならばきっと乗り超える事叶うでしょう。曾て彼女と天降りし『葦原の国(サラ・キ=ナ)』へ向かいなさい。彼の湖、『宍追いし道』の東、中海の南にある『黄泉平坂』こそが、儀の場たる『根源の国(ストゥ=モシリ)』へ向かう門なのです。彼の地にて独神(ひとり)闘いし我が背スサノヲに逢いて……挑みなさい。無事に乗り超えられし刻、更なる新しき『詩』が詠い上げられていくでしょう」


 新たなる旅路、向かうはかつての根源の女神の所縁の地にある、幽世への入り口。向津日霊女ムカツヒルメが八卦の神呪にて祈願する。祝福の祈りを胸に、一行は再び天之鳥船アン・ヴィマナ雷鳥フミルィ」へと乗り込む。

 ヤチホコは、「アメノオハバリ」を背に戻し、ニスの座より朱に染まる水平線を見つめていた。沈みゆく陽光(トカㇷ゚チュㇷ゚)に紅に染め上げられ、激しく燃え上がらされている様な眼下に広がる紺碧の海は、封じられた喪われし記憶との、熾烈な邂逅を予兆している様でもあった……。

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