七杯目:おいおいおい おいおいおいおい おいおいおい
薄い赤霧がただよう住宅街、蛮族のような格好をした緑色の大男が、手に持った棍棒を俺に向かって振り回してくる。
「あくびがでるぜ」
ヘッドスリップで潜り込むように躱し、相手のテリトリーへ左足で踏み込む。
前進する力を回転に変え、地面から摩擦で煙を生むほどにひねる。
左つま先から足、腰から肩、そして力を左拳に!
収束した力が存在を現す。燃え盛る炎が拳にまとわりつき、
「オラッ、ボディが、お留守だぜえええ」
肝臓砕きが敵の右脇腹に直撃し、爆発した。
肉の焼ける匂い。上半身を縦断するような焦げと破壊痕。
わりと頑丈そうだった緑の蛮族、有名な名でいうならオークぽっい怪物がグラリとぶっ倒れる。
「良いじゃねぇか、この新しい力」
煙が上がる自分の拳をガンマンみたいにフッとやり、まだ戦闘している他のメンツの様子を眺める。
イバラはすでにオークの手足を折って、茨で背中側でふん縛って、折りたたまれたキャンプ用テーブルみたいな状態で転がしている。
切ったあとの押し寿司みたいな哀れな敵の腹の上で、江戸時代の古文書みたいな紙束をパラパラ捲っている。
【タマちゃんー、取り取り親分のためっ。なるほどなっ、ここがこうで、こう!】
片手に包丁をガンガン突き刺して捌きながら茨で解体している。手際がとても良い。
一生けんめい頑張っているようだ。べつに教えたり習わせたわけじゃないんですけどね。
やはり主が良いと違うのかなーみたいな。かーまいっちゃうね。
そうしてもう一人とおまけの一もいる。
荷物を積んだリヤカーの上に座り怯えている嬢こと、確か名前はマリだったかを守るように干岩が戦っている。
手には一メートルほどの長さのHのような型をした鉄の塊、あの機関車トーマスすらも支える鉄道レールの端材である。
今回は無人となったスクラップ業者の敷地から拝借した。
あれをブンブンしている姿は、見てる分にはどっちが怪物かわからんね。
薄いゴム板を滑り止めに貼り付けた凸部分をでかい手で握る。怯えて逃げようとしたオークが棒ごといかれた。
頭がパーンと派手に吹っ飛んで、粉々のミンチが住宅のブロック塀をグロテスクに装飾してしまった。
んー、ルネサンス。
というか、あのレールってメートルで5、60キロくらいあるだろ。
両手とはいえ、帰り道で拾うかっこいい棒みたいに振るなよ。
まだ二廻には至っていないというのに、パワーへの偏りがすごい。動きが遅いけど。
守られたマリが、無言で干岩にタオルを渡している。
春の球部の恥ずかしがりマネージャーというわけではない。
どうも、毛もじゃに顔面フランケンにされたことがショックだったのか、喋れなくなってしまったらしい。
ついに俺の超パッション手話が炸裂するかと期待されたが、不発に終わった。
コミュニケーションできないわけではなかったのだ。
マリと干岩の間にもやもやーとソレが蠢いた。
アニメの回想でホワンホワンホワンーと鳴ってでてくる煙みたいなやつだ。
『いつも、その、ありがと』
煙の中に文字が浮かぶ。吹き出しかよ。
今度ブッコミする前に後ろで「!?」」とか出してもらおうかな。
「いや、当たり前というか、その別に大したことじゃないんで」
おい岩ちゃん、焼け石かい。顔真っ赤じゃないか。かー、ちゅんちゅんしてるねぇ。
まあいいや。興味ねーし。働いてくれれば俺は満足よ。
ともかく。
彼女は珠を一つ取り込んだだけのクソ雑魚ナメクジの身体能力しかないのだが、なんか雑な幻覚を出せる能力をもっていた。
確か『鏡華水月』とかいう名前だ。
自称であるなら流石にお嬢さん厨二病はそろそろ、と諭す所だが、情報源はイバラである。
緊急会議にて、新たな発覚があった。
俺につられて二廻になったことで、俺もイバラも新能力が生えてきたのである。
その一つが、イバラが手に持っているあの謎の紙束『イバラ記帳』だ。
色々ある使い道の一つで、なんと俺達の能力が〝まじ微妙〟にわかる。
真面目に〝微妙〟にわかる。
例えば俺には『母神ノ真言』と『酒血肉燐』という二つがあるそうだ。
そして、イバラ記帳にはこう書いてある。
一つ目[これこれぃーってなって、くぅーっと元気]
二つ目[あっちっちしたり、しなかったりする権利もあるっ]
である。中華製商品の説明書くらい中身がうすい。
まあなんとなくはわかるけどな、使ってればね。
だって実際なるしな酒飲んだらこれこれーっつって、くぅってなもんで。
イバラが出会った当初から少し頭がよかったのも『仙才餓鬼才』というやつが原因らしい。
説明にも[イバラかしこい!]って書いてあったし。
干岩にも当然一つは生えていた『一意戦心』とかいう名前で[きめたことなら頑張れて偉いっ]と記載があった。
非常に〝らしい〟能力である。これで曼荼羅に耐えたんだろうね。
字面だけみると精神論だけでウケる。
さてあっさりと敵を倒してしまったわけだが、イバラの持ってきたタマちゃんをみるに、案の定〈邪〉だった。
強さ的におそらく一廻の上くらいだが、もう相手にならない。
乱曼荼羅の格がまあまあ高かったせいで、俺はもう二廻の上付近にいるそうだ。
俺の鼻もぐんぐんグルトで有頂天に伸びちまうよなあ。
意気揚々と通りかかった都心部から少し外れた公園。
ド真ん中にある池に、謎の生物がいた。
魚のような下半身と、でっぷりとしたおっさんみたいな上半身。
トドとおっさんを混ぜたような顔をして、池の中心にある岩の上で肘をつきながら横たわっている。
「ぶはは、見てみろイバラ、泥酔した神様が作った生き物がいるぞっ」
【親分、イバラあれ知ってる、だめなやつかもっ】
「ん?」
指さして笑っていると、岩の上のトド人魚が上半身をブルンブルン震わせた。
大口が開く。クソみたいな音痴な歌が響き渡る。
【ぼへ、み、あーん】
うるせえ。まじで癇に障る。妙にイライラしてくるぞ。
なんだあの面、調子にのりやがってよ。
あー、おいなあイバラ、お前もそう思うよな? そうだろそうだろ。
許せねぇなあいつ!
怒りのボルテージが上がるにつれ、何を歌っているかさっぱりわからなかったのに、段々と歌が言語に聞こえてきた。
【――の――ちゃん――そ】
なんだって? なんていった?
【魚っ、おまえの母ちゃんアタシ似で魚っ】
殺すッ! 似ても似つかねぇんだよエラ呼吸が。
「イバラぁッッ」
【天誅っ】
イバラとピッタリ揃って、俺は沸騰した頭で池に飛び込んだ。
「あああ、薬道さーーーーん! 止まってええええ」
黙れ新入社員、許さん、あいつは絶対に殺す! 肺呼吸させて殺す。
俺のバタフライ見さらせや!
なーんつってね。
『あの、大丈夫ですか? こ、これどうぞ』
「うむ」
【へぷしっ】
公園を抜けきった道路脇で、びしょ濡れの俺とイバラはマリからタオルを渡された。
不機嫌な俺にビビりちらかしているマリは、すぐに干岩の後ろに隠れる。
取って喰いはしねぇよ。
……いやぁ。
この時期の池ってのは随分冷たいもんだね。
まさかあんな簡単に引き込まれるとは。これが悪い方の相性とやらか。
トド人魚の珠は薄い銀色という初めての色であり、イバラが言うには〈妖〉であるとのこと。
流れで教えてもらったが、大きく〈妖〉〈鬼〉〈邪〉〈戒〉〈獣〉があるそうで、相性はぐるりと循環しているらしい。
日本人からすれば五行と考えたら飲み込みやすい。
にしても曼荼羅だって平気だったのによ。魅惑平気なのに興奮は駄目かよ。
決めたことを頑張れて偉い男がでか岩を投げて、潜った人魚を気絶させてくれなかったら、ちょっとだけほんのちょっとだけやばかった。
干岩くん、給料査定にプラスだ。
「ニヤニヤこっち見てどうしたんです。でもさっきは驚いたな。薬道さんでもこんな風になることがあるとは思わなかった。一体なにがあったんです? オレには嫌な音しか聞こえなかったけれど」
不思議そうな顔をする干岩に、俺は眉根を寄せて言ってやる。
「なにも糞もあのなまぐさ、よりにもよって俺の御母上様を貶したんだよ。三枚に下ろしても足りねぇ悪行だぞ」
【イバラには、親分の悪口いってたっ】
ほう、なるほど個々で聞こえ方が違うのか。小賢しい。
うーんと唸っていると、干岩が恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「凄い気になってしょうがないんだけど、薬道さんのお母様ってどんな方なんです」
どんな、どんなと言われても神だが。
それ以外ではなかなか表せない。見合う言葉が存在しない。
まあ強いてわかりやすいエピソードを出すならば……
「屑親父がヤクザに攫われた時は自分の小指を詰めようとし何度も切りつけ相手に止められたり、俺が喧嘩で倒れた時に五キロの道のり背負って家に連れて帰ったり、俺が熱で寝込んでいるときに族が騒いでいたら、音量をさげるように集会に乗り込んで説得するような、母って感じの人だ」
「は、母、とは?」
「なんだぁ」
チュパカブラでもみるような顔の干岩、イエティみてぇなもんだろお前。
「いや、ちょっとびっくりしただけですって。そんなお母様見たことも聞いたことなかったから。薬道さんのお母様って感じで、素晴らしい人だね」
【大親分っ】
そうだろそうだろ。俺も御母上様以外では知らん。
あの人には、自分の中にゆるぎない道理という芯があった。
それでいて普段は奥ゆかしく品があって凛とした人だった。
まあ、唯一欠点をあげるとするなら、男を見る目はなかったな。
そして唯一親父の長所をあげるなら、御母上様の命を偶然でも救ったことだろう。
「まあそんな話は良い。この失態を糧にするぞ。命はひとつしかないからな」
すっくと立ち上がる。
まあ今回はいい経験でもあったといえる。
歯がゆいが、ぶち抜けて強くなるしかないな「ふふ、ムズ痒い。なにかしたか」くらいの力を得るか、対抗策となりえる能力が絶対に必要だ。
イバラ部長に調べてもらった結果、我々は、俺、イバラ、干岩が〈鬼〉であり、唯一マリが〈邪〉なのだが、スペックがミジンコくらい弱くバランスが悪い。
急がねばならない。俺の安寧のためタマちゃんを根こそぐのだ!
ズンズンと歩き二時間は経ったか。
都心からはだいぶ離れ、一から二廻がいる程度の濃ゆさの場所までやってきた。
見つけた怪物を片っ端から追いかけ回していたら、しまいには近づいてくるやつもいなくなった。
つまみのタマちゃんがなくて俺は寂しい。
しかしここに来た目的は別にある。
この辺りは大きなショッピングモールやホームセンターなどがある地域だ。
ゾンビもので言えば大人気スポットだといえる。
普通なら中も荒らされ大変なことになっているが、今のところ誰も見当たらない。
きっと家に引きこもっているか、中央に逃げ出しているか、死体になっているかのいずれかだろう。
都合がいいぜ。
こういうデカい敷地を必要とする施設がある場所には、田舎でなくても周囲に畑をよくみる。そして、近辺に建っているマンション等も敷地が広いことが多い。
そう、目の前に近づいてきた区分マンションのようにだ。
茶色いレンガ調の外壁。築二十年ほどの、鉄筋コンクリート十階建てである。
屋上には高架水槽とソーラーパネルがあり、地下駐車場まで完備している建物だ。
バイトのチラシ配りやってた時に、あーなんかあったらこういう所に逃げ込もうかなー、とか暇つぶしに考えていたのが役に立つなんてね。
ぐへへ、内見するぞー。
開いてなきゃ適当にぶち壊して侵入だ。良い良い、後で直せば。一国一城の主じゃああ。
俺を遮る敵などいない!
【あ、親分。イバラ近くきてピンときたっ。ここ三廻の〈妖〉の裂け目あるっ】
うおおおおおおお、え? ちゃいますやん、イバラさん。ねえ、いまじゃないですやん




