六杯目:君ぃ、長所は。弊社にどんな貢献ができるのかね
遮光カーテンの隙間から入り込む朝の光は、寝起きには鋭い針のようだ。
クロスも貼られていないコンクリートの壁と配線もむき出しの天井が見える。
インペリアルクロスだかインダストリアルだか風と言えば聞こえもいいが、事実としてはただのスケルトンのままなだけの、見慣れた部屋。
ずっと何かしらで働いていたので、家にいる時間と比例して家具も少ない。あるのは貰ったテレビにソファーと大してつかってもいないベッドと電化製品くらいだ。
横をみると色褪せたフローリングに転がる酒瓶が見える。
起きてみれば脱ぎ散らかされた服の上であった。
はて、なぜソファで寝ていないんだ。
一瞬考えたがすぐに色々あったなと思い出した。そういやベッドは包帯女を放り込んだんだったか。
【ふみゅ、ぬぬ】
色々の一であるイバラが、俺の横で猫みたいにまるまっている。おい、ヨダレをたらすなよ服に。ぺしんとおでこを叩くとムニャムニャしながら【はっ】と背を伸ばし起きた。
おはよう。
何かが焼ける音。いい匂いがする。
振り返ってみれば色々の二である巨躯の干岩が、アイランドどころかただの孤島でしか無いキッチンでなにかしらを作っていた。うちの冷蔵庫にあるもので考えれば目玉焼きとウインナーくらいのものである。しかしコーヒーの香りもする。
ほほう。君、気が利くね。
がばっと立ち上がり、足元のイバラをフミフミする。じゃれつくイバラを雑巾のようにずずっと移動させ、下に落ちていたシワの寄った黒いシャツに着替える。寝巻き代わりに着ていたTシャツを放り投げた。
「あーあー、体がバキバキだ。そっちはよく眠れたかね。俺は非常に良い夢をみた気がするが、忘れちまったなぁ」
料理中の干岩に声をかけると、気の良さそうな顔を苦虫を噛んだように変えた。
「悪夢以外を見れる要素はなかったんだけど、薬道さん本当にタフだね」
干岩に言われてもなぁ。
タマちゃんを一つも吸収してないはずなのに、一晩ずっと女抱えて走り続け、朝飯作ってるやつがいる。
女子会の時の〇〇ちゃんかわーぅいーうぃー、〇〇ちゃんこそーくらい当てにならん。
キッチンに置いていたタンブラーに、コーヒーメーカーに出来上がっていたコーヒーを半ばまで注ぐ。床に転がっていたスコッチウイスキーを裸足の指で挟んで放り投げキャッチ、蓋をあけがんがん注ぐ。
「くはーーー、生き返るぜ。朝って感じだ!」
「え、薬道さんまさか毎日そんな感じなのかい?」
「そうだな、朝は無糖コーヒーだ。シャキッとするからな」
「……や、薬道さんらしいね。作ったけど食べるかい?」
「食べないわけがない。せっかく用意されているのに」
とんでもないことを言うやつだ。食い物と酒に感謝しないやつは土下座しながら死ね。
しめしめとフライパンを見れば、予想通り目玉焼きとウインナーがある。炊飯器を確認すると米も炊いてあるではないか。おー〝まだ〟使えたのか。パチパチと拍手し、残りの人数を予想し丼にご飯をよそう。
いや、素晴らしいな。朝起きたら勝手に整ってる生活ってのは。
適当に目玉焼きとウインナーを米にのせ、醤油とバターをぶち込む。熱々のご飯でバターが溶け絡み、醤油が艶やかに美しく絡む。一瞬で、こういうので良いんだよ丼が完成した。
世の中にはコーヒーと米の組み合わせにどうのこうの言うやつもいるが、オムライスやドリアの時も文句いってるのだろうか。謎である。
【……】
なんだいイバラよ、そんな羨ましそうな顔をして。
「貰ってこい、お前の分もあるぞ数的に」
【えっ、二言はだめなっ】
「どうぞ、ありますよちゃんと」
【な、なんてこと。親分、どうやら岩の中でもいい奴みたいっ】
良かったな干岩、鉱石ランキングで地位が上がったようだぞ。
食卓とかないので、酒のケースを適当に裏返して並べる。イバラはカレー皿に乗せた飯を掻っ込んでは【きゃー】と言っていた。イバラもあまり干岩に警戒をしていない。昨日からずっと観察をしていたが、やはり悪くない気がする。
「勝手につかって申し訳ない。少しお礼がしたくて、材料費はオレが持つから」
干岩が自分の朝食を手に腰を下ろしドスンと腰を下ろした。こういう当たり前の部分に気がつき自分から申し出る所も俺としては加点である。世の中には人からせびった金を当たり前に溝に捨てる屑もいたからな。
「いらねぇよ、そっちは知らねぇが、俺はもうあんまり金を使うことはないんじゃないか」
「ああ、言われてみれば……確かにそうかもしれないな」
干岩が物憂げな表情で頭を落とす。そのなりで文学少女みてぇな面してんなよ。
ちょっと世界規模で世界が裏返っていってるだけの話だ。想像ついたじゃねーか昨日の段階でさ。やっぱり改めて情報としてみると違うもんなのかね。まあ気持ちはわからないが、想像はできなくもない。
昨日ゲロ目玉から無事に逃げのびここに帰り着いたあと、シャワーを浴びながら携
帯を見たらネットが繋がった。これ幸いと色々情報収集していたのだが、するとまあニュースなどでも大騒ぎになっていた。事象としては昨日体験したあれと同じ事象である。
朱墨に浸した筆を地図上でピュンピュンしたみたいに、世界中で点々と裏返りが起きていた。
たとえば中国では巨大な龍がでたきて高層ビルをぶっ壊したりとか。
たとえばアメリカでは出現した塔にミサイル撃ち込もうとしたら翻って自爆したり、近くの自由の女神など、白い羽を生やして戦闘機を叩き落としていた。幽霊掃除屋でも乗り込んでないかぎりありえない話だ。
他の国でも、似たような現象はおきている。
アイルランドでは首無し騎士もでていたし、もう頭で想像できる怪物は大体いるって感じだった。地域によって出てくるやつに偏りがあるようだったが、日本は基本和風が多いが、別に他もなんでも出るようだった。さもありなん、食文化をみてりゃわかる。
機関銃やロケットなんかの使用映像もあったが、まあ微妙だったな。薄い環境では効果もでていたが、ライターと同じで複雑な現代兵器は濃い場所では役にたっていなかった。
イバラにすこし聞いたが、薄い濃いはエリア内にある裂け目の数とその周辺にいる存在の位廻が影響するらしい。やばいのがいるほど、穴が空いてる箇所が多いほど濃くなって、濃くなりすぎると最後には裏返るようだった。
俺が住んでいるここはまだ生活が保たれている。
通称元反社事務所ビルという告知事項のオンパレード物件の濃ゆさとは反比例し、周辺はかなり裏界の気配は薄い。まだ電化製品やネットワークが機能しているようだが、それもいつまで続くものか。というか予想ではすぐに限界がくる。というかたぶんもう来ている。
予想通り、外がだんだんと騒がしくなってきた。
食い終わった丼をキッチンにおき、カーテンを少しあけて外を眺めると、道路には車と荷物を抱えた人々が、押し合いへし合い移動をしていた。
危険な地域から逃げてきて、集まってきたのだ。人口密度が馬鹿みたいにあがっている。このままでは九龍城まったなしだ。
由々しき問題だ。
俺は、遊びに行くならせめて平日派の人間である程度に混雑が嫌いである。
迅速に動く時なのかもしれない。
カーテンをシャッと閉じて、俺はコーヒーを飲み干した。
「決めた。俺は引っ越しする」
「え、え?」
振り返り様に座ったまま驚く干岩にそう告げ、後ろ手を組んで彼の周辺を歩く。
いま人々は薄い場所に移動している。だからこそ逆に微妙に危ない程度の場所は空いている。つまりライバルもいないし、住みやすいのだ。タマちゃん集めも捗るしな。
だが、ひとつ大きな問題が残っている。
色々と、非常に面倒くさいってところだ。
資材や着替えやそれはもう荷物を運んだり、毎日の作業や家事など想定される様々なことが非常ーに面倒になるのだ。
俺は、楽して、好き勝手に、生きたいのだ。
でもピンときたね。電流走るってやつだ。
そう、ちょうどいいのいるじゃんってね。
「さあ! 干岩くん! あとは君次第だよ。どうするのだね」
「どういう、え? なにをいきなり」
「こらこら、きょとんとしているんじゃないよ干岩くん。君だって今後の生活のことくらい考えているのだろ。野良嬢まで拾ってきて、まったく面倒をみきれるのかね。ええ? どうせ捨てることもできないのだろう」
いまだに寝ている嬢を顎で示し圧迫面接を続けるも、干岩はまだちょっと困惑しているようだった。まったく察しが悪いんじゃないか、俺が厳しい男だったら減点していた所だ。しかし君の長所はそれなりに評価しているので、今回は見逃してあげよう。
しかし俺もまだまだ甘いものだ。もう少しわかりやすく言ってやるか。
「干岩くん、ニートで無職でヤドカリで嬢付きの干岩くん、そんな君を俺は雇用しようと言っている。いかがかな、給料面などは後で話し合うとするが、食と寝床には困らないことは保証しよう」
キリッと真面目な顔を向ける。干岩はようやく内容を理解したようだったが、なぜか肩を揺らし笑い始めた。
「薬道さん、あんた本当に変わってるね。その喋り方もなんだい急に、面白い男だ。でも面接官の才能だけはないんじゃないかな。そんな誘い方きいたこともないよ」
「当たり前だろ、この世に俺は一人しかいないからな」
「ぶふっ、そうだな。そのとおりだよ」
笑っていた干岩が、深呼吸した。崩していた足を直し縮こまるように正座する。
真剣な眼差しを向けてきた。
「正直誘われて少し迷った。あんたは面白い人だが、同時にオレには理解できない面がある。もしかしたらどうしても納得できない事が将来くるんじゃないかって不安がある」
言いたいこともあったが、俺はなにも言わず続きをまった。干岩はそんな俺をみて、覚悟を決めたように立ち上がった。
「それでも、あんたはそんなつもりはないだろうが、命を救われた恩がある。雇ってくれ。一緒について行かせてくれ。オレも救われた命くらいは預ける覚悟だ!」
でっかい体をブーメランみてぇな角度に折って、深々と頭を下げられる。
な、なんだよ。やめろよ。
大げさなんだよ。雇用関係構築のつもりが、ヤクザの契りばりに答えてきやがって。「大丈夫大丈夫、嫌になったら辞めていいからね」とかもう言いづらいじゃねえかよ。
くそぅ、そういえばこういう性格のやつだったわ。仕方ない。
「まあ、なんだ。死なない程度に頑張ってくれ」
「ああ、よろしく頼む!」
腕を取られてブンブンされる。暑苦しいやつめ。俺じゃなかったら腕が海賊王になってた所だぞ。
まあいい。これである程度の問題も解決した。そうなると、早速だがやることがある。
「イバラ、例のものを」
【へいっ】
「?」
黒合羽の懐をゴソゴソ漁り、手にしたそれを俺に差し出してくる。
受け取ったのは、紫色の球が三つ。薄いのが二つ、明らかに少し濃いのが一つ。
そのうちの薄い球の一つをイバラが干岩にわたす。俺には区別がつかないが、きっと渡したほうが昨日干岩が倒していた水女のものだろう。なにか交渉材料にもなりそうだったので、こっそり拾っておいて良かった。
「なにも訊かず、それを飲んでみろ」
俺が言った1秒後には、干岩はそれを口にいれて飲み込んだ。
「うお、なんだこれ」
元々でかい干岩の巨体が一瞬一回り膨らんだかのように見えた。さっきまででかいアライグマだったのが、本物の熊みたいな圧力を感じる。
干岩が「説明を」という顔を向けてきたが、なんかちょっと追いつかれて悔しくなったので、俺はそれを真顔で無視した。
「おーい、薬道さん?」
うるさい新入社員が、見さらせ先達の威厳を!
「イバラ、続け」
【ぬふぉっ】
ガッと二人でタマちゃんを飲み下す。イバラは毛むくじゃらの、俺は乱曼荼羅のものを。
飲み下した瞬間、腹の中でなにかが発火したような熱が渦巻いた。
「おお、おおおお?」
【親分っ、イバラにもくるっ】
確かにめっちゃ流れていってる。というかイバラの角が二本になりメキメキと伸びた。でも身長は伸びないんだな。
というか俺自身の実感も凄まじい。見た目こそ変わっていないようだったが、さきほどまで熊のような圧力の干岩が黄色い熊程度に感じた。どうだはちみつ野郎が恐れ入ったか。
「くっ、すげえパワーだ」
おいやったぜ、言ってみたかったんだよこの台詞。いや仙人の特製豆食った気持ちってこんな感じかな。おいおい無敵になっちゃったんじゃないの、はははははーと、腕を組んで高笑いしていると、俺の口からいきなりぼぅと火がでた。
「ヨ、ヨガパワぁ?」
【おお、親分めでたい、二廻での在力覚醒なっ。みてみて、イバラもイバラもっ】
手から謎の棘付き植物を伸ばしながら飛び回って喜ぶイバラ営業部長と、一旦まってと両手をオイオイと動かす干岩平社員。
静まれお前ら、緊急会議だ!




