五杯目〈前〉:うんたらかんたら、妬むなよ曼荼羅
扉の先には、絨毯が敷かれた幅広い階段があった。
暖色のダウンライトのおかげで先は見える。
敵はいない。
壁際には壺やら絵やらが飾られているが、俺には良し悪しがわからない。
偉そうなやつが偉そうに案内されるだろう階段を、ぞろぞろと登っていく。
先頭はイバラ、次に白いラベル黒キャップの純粋無垢ウォッカと斧を握った俺、その後ろから怪我人を抱えた干岩だ。
さらに後からは解体用のデカバールを握ったガリチンピラと、勇気あるご協力者の皆々様がお越しくださっている。
この順番を提案したのは俺だ。
イバラの話からして、上よりもいつか来るかもしれない大通りの奴らの方がやばそうなので、後ろにデコイもとい協力者がいたほうが安心という戦法よ。
皆さんは危険なので、後ろにって言葉だけでチョロいのなんの。
ナデポで靡くチョロインくれーあるぞ。
ただすぐ後ろに置くのは俺が嫌なので、背中を刺せなさそうな干岩バリア君に歩いて貰っている。
階段を上がりきった時点で、酒の入ったバックを適当なキャバ嬢に持たせた。
背負うことすらできねぇだろうが、知ったことではない。一戦闘一瓶あれば十分持つ。
目の前にはダークオークの両開きの扉、高そうな木材を使ったこいつの先に敵がいる。
事前に聞き取りはした。
ガリチンピラにこの先の間取りを聞いた所、入ってすぐストリップバーになっており、奥に事務所があるとのことだった。
先にいるやつの情報を聞いたが、ちらりと姿を見ただけだそうで、
巨大なイモムシの上に全裸の女の上半身を乗せたようなバケモノだ、というクソの役にも立たねぇ情報しか寄越さなかった。
姿形なんぞどうでも良いんだよ。敵の能力情報をよこせって話だ。
まあ最初から弾除け以上の期待はしていない。
難しいことじゃねぇ、全力で障害をぶっ殺せば良いって話である。
どうせ下に残っていたらそのうちに死ぬだけだ。
イバラと視線が合う。ガリチンピラから受け取った鍵で静かに錠をあける。
顎をシャクった俺の合図に、イバラがノブを下げ扉を押し開けた。
嫌な空気がピリピリと体の末端から伝う。
広がる隙間から漏れる妖気ともいえる靄を幻視した。
確かに、この先にいる奴は、餓鬼や毛だるまよりは上のようだ。
先頭を行くイバラに追従する。
ピンクの照明が作り出す淫靡な空間、入るとすぐに誰もいない手狭なカウンターがあった。
ここで会員証でも確かめるのかは知らないが、今回は顔パスさせてもらう。
垂れ下がった紐状のカーテンをくぐり、狭い入口を抜ける。
ピンクの空間が広がる。
ピッチピチの艶張りのソファ、各所に竹のように生えたポールが目に入り、次に、鼻につく甘い香りが脳を揺さぶった。
奥にはUの字状のステージ、一番奥には空間を爪で引き裂いたような裂け目があり、
そこを守るようにして、これまでとは様相が異なるヤツがいた。
確かに、聞いていた通りだ。
スポーツカーくらいの大きさのイモムシの後ろに、全裸で四本腕の女の半身がくっついている。
きっと、チェンジゲットしたら陸海空の海担当になるだろうそいつは、俺達がくることを予期していたのか、
螺旋を描く桃色の瞳をこちらに向けてきた。
【お客かね、男子が三人、屑があられ。まあ歓迎してやるわいね、どうせ出口はないのだから】
言い終わったかどうかで、背後でなにかが閉まる音がした。おそらく扉。
すんなり入れたのは、誘い込んでいたからだろう。相手はこちらを逃がすつもりがない。
とはいえ完全な密室ではない。
左側の壁には遮光カーテンがあり、おそらく外へ繋がる窓がある。
裏のビルの方向に最悪飛び出せば良い。まあ、逃げるつもりはないがね。
手の中で斧を回し己の気分を高ぶらせる。
「予約はしてねぇが注文させてもらうぜ。命を寄越せ。自分で死ぬか、殺されるか選ばせてやる」
言い放った俺の言葉に、イモムシ女が青筋を立てた。
【そなたは表人だろうに。脆弱なる人が口だけは強がって】
緑の髪の虫女が俺を品定めするように睨み、さらに続ける。
【なるほどな。力を感じるぞ〈鬼〉が三匹、残りは〈邪〉か。少々気が大きくなるのも無理はないわいな。われの漏れ出す力だけをみて高をくくったか? くく、憐れよ。二廻とはいえ長く力を蓄えたわれに挑むなど、無謀を知るが良い】
牙をむき出しにした虫女が吠えた。空間が震えパーティションのガラスが割れる。
ソファの影が蠢くように象られ、毛もじゃ女が三体現れた。
干岩も、抱えていた嬢を後ろの席に寝かせ構えていた。
俺は左手に握った白ラベルを傾けた。
喉が焼き付く。魂まで燃えさかるような喉越しに思考まで酩酊させ、
「踏み台如きが大口を叩くんじゃねぇぜ!」
斧の柄を潰さんばかり握り大地を蹴る。
奔放に飛び回るイバラも俺の後を追ってくる。
【邪ジャ、邪――】
毛女がソファを足蹴に跳躍、さらに天井を蹴って乱高下し俺に迫る。
しかしその動きは、俺の目には下手投げの山なりボール並みに遅い。
「出直しな三下ぁ」
飛びかかってくる毛女を回し蹴りで吹き飛ばし、テーブルを巻き込み転倒したその頭に斧を叩き込み一撃で沈めた。
馬鹿め。再登場した敵は瞬殺されるのが世の理だ。
見ればイバラがもう一匹を乱斬りで刻んでいるところ。ほらな。格付けは済んでんだよ。
最後の一匹は干岩とがっぷり四つで組み合っている。
まあまあ苦戦しているとも言えるが、球すら取り込んでない干岩が時間を稼いでくれるなら、俺からすれば十分だった。
ガリチンピラと嬢達はビビって動けていない。まあ予想通りだ。
【潜在能力にまかせた力任せ、これだから〈鬼〉は好かぬのよ。戦力を隠すのは愚行か、出会えい!】
イモムシ女の上半身、汗ばんだ肋骨辺りが裂けて人間の口が六つ現れる。
それぞれが叫んだかと思えば、干岩と同じボーイ服を着込んだ男たちが六人事務所から現れた。
落ち窪んだ目、痩せこけた頬、血色の悪い肌と生きているとは思えぬ男達は、イモムシ女を守るよう扇状に位置どった。
何が出会えだ悪代官かてめえは。
六人の黒服の内、三人が俺を目標に迫ってきた。
毛もじゃ女よりは早い速度、だが足りない。
これが属性有利の事由なのかは知らないが俺を止めるには役者不足だ。
元が人間? あーあー聞ーこーえーなーい。
「合わせろやイバラぁ」
【合点っ】
目の前の黒服に手斧を一閃、生意気にもバックステップで避けた所で加速。
でんぐり返しでの追撃の浴びせ蹴りが黒服の肩に直撃、骨ごと砕け地面に沈む。
体勢が崩れた俺に追従した黒服が迫るも、前のめりになった俺の背中を踏み台にしたイバラが飛翔する。
【うにゃあ!】
二刀の包丁が両眼を穿つ。脳髄までえぐったイバラが再度空中に飛ぶ。
やるねお前。
地を往く俺と残り一人の黒服を天地で挟む。
「退けやぁッ」
【成敗なっ】
斧で左足を切り飛ばし包丁が喉を抉り倒す。
時間にすれば数十秒の間、三人の黒服を蹴散らした俺は勢いに乗っていた。
数が増えて苦戦する干岩、発狂してバールを振り回すガリチンピラと、蜘蛛の子散らすように逃げ惑う嬢達。
いいぞ、三匹のヘイトが向こうにいった。
この場では命はセルフサービスだ。
助かりたいなら、俺がイモムシ女をぶち殺すまで齧り付いてでも生き延びるんだな。
酒瓶の口を押さえていた親指をずらし煽る。
五臓六腑にしみわたる、火の付くような動力源。
「効くぜぇ、なあ!」
開いた酒瓶の口を親指で塞ぎ、踏み込む。
フローリングが破砕し、体が前に前にと加速する。
【半数が瞬殺か、一廻とは思えぬ力量よ】
間抜けが、いまさら気がついてもおせーんだよ!
ソファを踏み台にして、ジグザグに交わる稲妻のようにイバラと入れ替わりながら距離を詰める。
後僅かで中央のステージといった所でイモムシ女が四本の腕を構えた。
【哀れで可愛い男子共め、なぜ膂力のか弱いわれが三廻に届かんほどの力を備えられたのか、その身に教えてくれる】
四本の腕が交差し、大きく広がる。
腕に呼応するように、前に飛び出ていたイモムシの下半身が真っ二つに裂けた!
花開くように別れた下半身、断面にはビッシリと埋め尽くす曼荼羅の模様が蠢く。
【淫れ万華】
その模様をみた瞬間、俺の足は止まり脳に何かが直接叩き込まれた。
瞬く。視界が白黒に変わる。
脳髄に差し込まれる。色花が咲く。
色とりどりの欲蠢く、曼荼羅。
女、女、女。
乱れ咲く女が誘う。
地面から女が生まれる。
見目麗しい女が、肉感的な女が、従順な女が、反抗的だが蠱惑を纏う女が。
ありとあらゆる女が、視界の中に蠢き迫る。
好きにしてよいと俺に身を委ねてくる。
中央の女が言った。
【われのため、この乱曼荼羅のために、敵を殺してたもれ】




