四杯目:カカシが一体 カカシが二体 カカシがいっぱい!
カチコミじゃーーと乗り込んだ先には、夜を感じさせるフロアがあった。
天井に下がるシャンデリア風の照明。
薄暗がりにきらめくグラスと酒や飾り花、パーテーションで区切られたボックス席の数々、一フロア使っているだけあって広い。
金かかってんねぇ。
悲鳴。店の奥からガラスが割れる音が響く。
飲みすぎた馬鹿の起こしたトラブルとは違う緊迫した雰囲気だ。
酒の入ったバックを横に置き、テーブルに置いてあった体の底にヒビキそうなウイスキーをラッパ飲み。
テンション上げて手斧を握り音の方へ走る。
通路を一つ曲がると、見えた。
騒ぎは二箇所で起こっていた。
一箇所ではボーイ姿の巨躯の男が、壁際に座り込んだ白いスーツの男を守るように暴れている。
相手は、床に溢れた水から湧き出るように出てきている半透明の小さな女のバケモノ。
ボーイの体にまとわりつき、その体に噛みついてる。
白いシャツにところどころ血が滲んでいるが、まだ余裕はありそうだ。
床には倒されたのだろうか、溶けかけた水女の体もある。
そしてもう一箇所。
トッピングチョコかと思うほど色とりどりに着飾った十数名の嬢がいて、その中の青い嬢がもう一人の白い嬢に掴みかかっている。
ただの揉め事かにも見えるが違う。
掴みかかっている嬢の顔が一瞬みえた。
鉛筆で塗りつぶしたように真っ黒だった。素顔が見えないほどの毛に覆われている。
どういう意図のオシャレだ。隙間産業か、特殊性癖狙い過ぎでは、お手入れ不足にもほどがある。
ただ、少しは抗えているあたり、そこまで強くもなさそうだ。
【顔顔顔、同じにぃ】
「いやーー、助けて、やめてッ」
毛だるまが小さなナイフで、白い嬢の顔面を切りつけている。
周囲の嬢は怯えて遠巻きで見ているか騒いでいるだけだ。
通路は狭いが人は多い。
駄目だ。このままでは間に合わない。
「イバラ構え」
【へいっ】
包丁もって起立したイバラの頭巾の後ろ、首根っこを掴み持ち上げる。
お前も二刀流、そして俺も殴って投げての二刀流。
なんだかイケる気がしてきた。メジャーも目の前だぜ。
左足をびしっとあげ、全身に渾身の力を込める。
「いけ、イバラ、体当たり――だあッ」
【どひゃあああああああああ】
ばびゅん、とイバラの小さな体が飛び、勢いは上々逃げ惑う嬢の頭上をゆうに越え、手前のパーテーションに一度着地、跳躍――矢のように飛んで毛だるま女の頭にイバラの二刀が突き刺さる。
【ギィ、ああああああああああ】
世界を呪うような絶叫に、イバラは怯むことなくザクザクしている。
ふー良かった間に合った。
これで俺が男の方にいけば効率よくタマちゃんが取れる。
同時狩りがうまくいくと気持ちいいなぁ、おい。
気分よくダッシュ。もみ合っている半透明水女とクソデカボーイの争いに乱入する。
「どぉ、らっっ!」
飛び蹴り。デカボーイの足にしがみついている水女を蹴り潰す。
勢いつけすぎて床のフローリングが砕け捲れたが、あとで火災保険つかってもろて。
「あ、あんた」
動けるようになったデカボーイが驚きの表情で俺を見る。
ナウで腕と腰噛まれてますよ。痛覚ないんですかー、どーぞー。
斧を肩に担ぐように構える。目標は左側、ボーイの右腕に噛みついている水女。
「腕が惜しけりゃ動くなよぉ」
左腕を引き、肩から発射するような勢いでボーイの腕をギリギリ添うように、斧を斜めに振る。
自分でもびっくりする勢いで水女が粉砕、微塵に弾けた水が巻き込まれた空気の渦に混ざって散った。
わーお、もう俺の右肩、肩パルトって呼んで良いかもしれん。
【ぴぎぃ】
腰に噛みついていた水女が、仲間の惨状を目に怯えて逃げようと離れた。
逃がすか、保水成分。寒くなってくると空気が乾くんだよ。
サイドスローもいけます自分、と斧をちょっと軽目に投げる。
それでもかなりの勢いですっ飛んでいき、逃げる水女をスプリンクラーへと変え壁に突き刺さった。
喧騒が嘘のように、静まった。イバラのほうも終わったのだろう。
ぬうっと影が俺にかかった。正面に立ったデカボーイの影である。
うしろに撫でつけているがクセのせいではねている黒髪。
三十代だろう歳を経た精悍な顔つきと優しげな目つき。
にしてもデカい。二メートル近いぞ。
お前住宅地に住めないんじゃね日影規制とかで。
「たしか、毒浪さんでしたか……その、助かった」
戸惑っているのか聞き取りづらかったが、お礼を言っているようだ。
俺からしたらついででしかないが、悪い気もしない。
べつにお礼が欲しくて車で道譲ってねーけど、ハザードちかちかされなかったら、ちょっとイラッとするだろ。
「別にいいっすよ。そうだ、壁の斧取ってくれません、手届かねぇんで」
「ああ、大丈夫、任せて」
待ってる間、そこらの席にあったウイスキーをまた頂き、いつでも動けるように全身を待機させておく。
デカボーイが斧を少し苦戦しながら引き抜き、俺の元に持ってくる。
刃部分を返し俺に柄を差し出すその一挙手一投足をじっと確認した。
「……? どうぞ、あ、すまない汚れてるかな」
わざわざテーブルのおしぼり取り手斧を拭ってわたしてくる。
そこに余計な迷いなどは見当たらない。ふむふむ、と納得して俺は受け取った。
背後で、白いスーツの男が立ち上がったのが見えた。
「おい、干岩! なにダラダラくっちゃべってんだテメエは」
「すいやせん」
デカボーイ干岩を怒鳴りつけ、頬のコケた目つきの悪い男がノシノシと歩いてくる。
この店の責任者だ。俺も何度か会ったことがある。名前は知らん。
「お、お前は下のバーの薬道だったな。生きてたのか。お前んとこのあいつは?」
「どうも、店長は死んじまって、仕方ないんで俺だけでぼちぼち殺ってるっす」
俺の言葉にガリチンピラは少しうっとなり、伺うように声を潜めた。
「そうか、あの妙なバケモノか。外にもいんのか?」
「むっちゃいるっすね。でけぇのも。大通り行くと死ぬんで、上から逃げようと思って来たんすけど」
手斧をちょいちょいと上に向けると、ガリチンピラは首を横に振った。
「上にもいるんだよ、少しデカいのが。事務所の何人かもやられちまったようでな。扉閉めて立て籠もってたんだが、急にさっき換気口やらから妙なのが沸いてきてご覧の通りよ」
「へー」
「へーってお前、つか良いもの持ってるなお前、強気なのはそいつのせいか」
ほっそい指で示されたのは、俺の持っている手斧である。
充血したチンピラの目に、ねちゃついた欲を感じた。
「ちょっと見せてみろ」
「嫌っすけど」
「いいから見せろ――」
奪い取るように俺の斧に手をかける。が、斧はそこからピクリとも動かない。
「なんだ、くそ、おい」
押したり引っ張ったりするガリチンピラを眺めながら、俺はヘラヘラと笑った。
「危ないっすよ、そんな力入れられたらさぁ。勢いで間違っちまうかもしれないっすわ」
見つめる。全力で抗うガリチンピラの首元へ、刃を返しジリジリと動かしてやる。
「やめ、干岩ッ、干岩ッおい」
すっと横から手が入ってきて、斧の頭を握った。
「すいません、引いてもらえると」
一気に負荷が増した。
体格に違わずかなり力があるようだったが、別に全然押し切れる程度だと感じる。
「どうすっかなぁ」
少し押し込んでみると、干岩が焦ったようにぐっと唸った。
「まあいいや、人んちにお邪魔してるのはこっちだ。これ以上突っかかってこないなら俺は構わないっすよ」
斧を引き戻し、なにか言おうとしたガリチンピラを睨み黙らせる。
近くに転がっていた水女の球を二つ拾う。他の球も後で一応イバラに回収させておこう。
ふっと、浮かんできた疑問を口にする。
「にしても干岩さんだっけ、なんで律儀に言う事聞いてるんです?」
暗にお前なら引きちぎれるだろ、と聞くと干岩は真面目な顔で即答した。
「雇われてるから、給料貰ってるから仕事だ」
「なるほど、まあ道理っすね」
こんな状況で守るヤツは絶滅危惧種だけどな。オオサンショウウオかよ。
「次はないっすよー」
二人に言い残し、ざわめき始めた嬢達の囲いの方に向かう。
「はいどいてどいてー、現場に入らないでねー」
刑事ドラマ俳優のような面持ちで囲いを退ける。
何人か俺の顔を知っているのか「あ」と声をあげた。俺は一人もわからない。
【親分っ、親分っ、下処理った】
囲いの中央、モンスターパニック映画のクライマックスかって量の紫色の血と毛が入り混じるそこで、俺を見つけたイバラが嬉しそうに顔を輝かせた。
しっかり覚えていたようで、酒を自分の手にジャバジャバかけては、アライグマくらい両手を擦り合わせ【はいっ】と俺に差し出してくる。
犬と同じくらいの色味の紫球ちゃんだった。
おーえらいえらい。頭撫でちゃうし、角もグリグリしちゃう。
「ありがとよイバラ、だがお前のだろそれ俺倒してねぇからな」
部下の手柄は当然俺の物だが、直接倒していないのでそもそも取り込めないのでは。
【イバラと親分、一連っ、だからどっちも良いっ】
そうなのか。じゃあ貰っとくか。
俺はステアップアイテムはまず主人公に注ぎ、その次にお気に入りに使うタイプである。
なので、俺が持っていた余った水女の紫球を渡してやった。
「じゃあ交換だ、それはイバラのな」
【おもてなされたーっ】
そうだそれが和の心である。己に余裕があるときは、施さなくもない。
なぜって、俺の気分が良いからだ。
「そういや、この二つって犬と同じくらいか? 何の廻だ」
【これらは一廻っ、毛は犬くらいで一の上、こっちは少し弱っ】
「ほうほう、ありがとう」
いいねー、なんとなくわかってきたぞ。
じゃあさっさと先いくか、とコソコソ喋る嬢の囲いを抜け、置いていたバックを取りに戻る。
視線が切れたことを確認し、イバラと一緒に球を取り込む。
最初と犬の時ほどではないが、染み込む力の奔流に満足する。
素晴らしいアドバンテージだ。知らないやつに教える義理も理由もない。
じゃあ行くか、と店の奥へ向かおうとした所で道を塞がれた。
ガリチンピラと干岩に、残った嬢達である。
手斧を抜く、イバラも包丁を構えた。
「聞いてなかったんすかね、二度はねぇってよ」
「まて、なんだその小さい鬼の女、そうじゃない。まて違う争うって話じゃない」
慌てたように手を振るガリチンピラ。
おら喋れよと顎で促すと両手でどうどうとやりながら先を続けた。
「上行くんだろ、鍵がいるよな。俺が持ってる」
奪えば済む話だが、と斧を振りかぶる。
「やめろっ。違う俺達も一緒に連れて行ってくれ。上のはヤバそうなんだ。人手がいる。共闘しようって話だ。約束する裏切らない」
面倒くせぇな。こっちは重りつけていく必要ないんだが。
服脱いでズドンっ、なに、今までそんな重いものを!? はいつかやりたいけれどもね。
考える。というか違うな。そもそも重りじゃないじゃん。
「わかった。いいぞ。俺は約束はしないが、着いてくるだけなら好きにしていい」
「お、助かるぜ!」
わっと数名の嬢達も喜声をあげ集まってきた。
「久しぶり薬道君、わたしのこと覚えてる?」
「さっきはありがとう、カッコよかったわよ」
「怖かったー、ちょっとそばにいさせてね」
集まる蟻達はさも自分達は味方ですという顔をしている。
猫九匹くらい被ってるんじゃない。
つか他に頼れて礼を言うべき相手はいるじゃないかと思うがね俺は、ねえ?
干岩を見ると、彼は申し訳なさそうに俺に頭を下げてくる。
猫は猫でもイリオモテヤマネコがいるぜ。
干岩の太い腕には、顔に包帯を巻いた血に汚れた白いドレスの嬢が抱えられていた。
先ほど毛むくじゃらともみ合っていた嬢だろう。グッタリとしている。
「じゃあよろしくな薬道、頼りにしてるからな」
背中をバンとガリチンピラに叩かれた。馴れ馴れしいがまあ良い。いまは許しちゃう。
こっちも助かるぜ。本当にありがとう。ラッキーだわ。
もしかしてさっきの666単発が昇格しちまったかな。
うんうん、十数人はいるね。予備もいっぱいだ。
やっぱり保険は欲しいよね。
だってこの上にいるのは、初見の格上ってわかっている。
でもこんだけ囮がいればタゲも散るってもんだよな。




