二杯目:獄楽天管理組合(後)
犬や猫、インコにハムスターなど様々な動物が屋上にいる。
白と黒の猫又は、そいつらとやいのやいのと遊んでいた。
この動物達は、もともとこのマンションに住んでいたとのこと。
そしてもう埋めてしまったが、前に双眼鏡で見た屋上のゾンビ達もここの住人であった。
二匹が世に出た時点ではもう骸になっていたそうだが、
猫又の在力を通すことで動かして一緒にすごしていたのだとか。
猫又どもがいなければ、こいつらどうなっていたのだろう。
まあ、そうならなかった未来の事など考えても仕方ない事だ。
いまが楽しそうなので、いいだろう。
「おーい、移動するけどお前らも行くか?」
イバラを肩車したまま、転げ回っているユデノリのそばで屈む。
【めんどくせーですにゃ】
【まだ遊んでるさなかでしょうにゃ】
即答である。悩む素振りは微塵もない。
んー、猫だなぁ。
イバラの時のように仲間にできないかと試したが、在力をつなげようとしても弾かれてできなかった。
イバラ曰く、存在の繋がりがどうのこうので無理だとか。
これでも結構懐いたんだけどもね。
俺はさっと猫どもの前に空の両手を出してみた。
「はいっ」
【【うにゃっ】】
即座に両手へ猫の手がペシぃと乗せられる。
そのまま、はい、はい、はい、と続けると、
嫌がることなく、尻尾、後ろ足、あご、と次々と委ねられる。
ふっさふっさだぁ。
「相変わらず毛並みいいな、お前ら」
【【ふへ、にゃふふ】】
ごろごろと喉を鳴らす白と黒。
そのままゴロンと転がして腹を撫でると、白には甘噛みされ、黒には後ろ足で腕をゲシゲシと遊ぶように蹴られる。
ういやつらよ。
「よーし、じゃあそろそろ一緒に行くか?」
【【いかねーにゃ、ぷぇっ】】
ぺぺぺ、と毛玉を吐かれた。
無下にされた、いや有毛か。
「薬さん」
イバラと二人でやれやれと首を振っていると、飲み物を配り終わった叉月がやってきた。
「水分補給は済ませましたか、お酒が空になっているように見受けられますけれど予備はありますか?」
陽子と対照的な黒いジャージを着た叉月は、両手をパーにして答えた俺に「ではこれを」と二リットルくらい入るでかい水筒をわたしてきた。
水筒って。
「俺用かこれ、別に予備の酒取りにいくから普通の麦茶とかいらね……」
「いえ、ご心配なく」
言葉を遮るように、冷えたタオルで俺の頬を勝手に拭いながら、顔色を微塵も変えぬまま続けてくる。
「こちらは薬さん用で、麦焼酎の麦茶割りです。比率は、これまでの統計で予測される好みに合わせ、氷を入れた上で一対一に収まる配合です。問題はありますか?」
な、なにぃ。
慌ててワンタッチで外せる留め金を解除、蓋を跳ね上げ中身を煽る。
鼻を突き抜ける香ばしい香り、雑味がなく、すーっと喉を通る爽やかな口当たりと、ほのかな麦の甘みを堪能する。
これは〝なかなか〟の味、宮崎を感じるぜ。
「くそ、悔しいが文句の付け所がねぇ」
【いいな、いいな、イバラもーっ】
「うむ、こぼすんじゃないぞー」
【キャーっ】
嬉しそうに、頭上でゴキュゴキュしているイバラ。
【くぅ、イバラはねー、イバラで心置きないなー】
それは大変よろしい。
だがそれはそうと、口が小さいのに喋るからしっかり俺の頭に酒をこぼしているぞ。
つぅっと伝う酒の雫。
ポンポンとそれを拭ってくる叉月は、一体どういう感情なのか微塵も分からない。
世話焼きの多い事だ……
子供のころ、夏に麦茶を飲んでいたら似たようなことがあった気がする。
世話を焼いている時の御母上様は、いつも楽しそうにしていたものだ。
ふっと懐かしさに浸りかけ、顔を振って思考を切り替える。
「さあ生き返ったし、移動するぞ、地下行くぞ地下」
うっしと立ち上がると、叉月もすっと横にたち猫又たちを見下ろした。
「ユデさんとノリさんもくる?」
【【いくにゃ!】】
なんでやねん。
飛び跳ねるように起き上がった二匹は、叉月の回りをぐるぐるしている。
俺の方が可愛がっているはずなのだが、妙に叉月に懐いているんだよな。
「動物ってこういう所あるよな。もういっそお前らで在力繋いでみろよ」
「繋ぐ? こうですか?」
反射で漏らした言葉に叉月が銀色の在力を伸ばし、ユデたまとノリたまが飛び跳ねた。
【にゃ、ぉぉ、ちょれぇほど簡単に繋がったにゃっ】
【主! 主にゃ、我らがご主人にゃ、万歳にゃ!】
うおーじゃねーんだよ。まじなんなの。
本当に予想通りいかねーのなお前ら。
なんやかんやで。
色々あった癖に叉月とユデノリは別行動することになった。
叉月と二匹が繋がったことでの変化の確認と、
日向ぼっこが終わった動物たちを、五階の動物専用フロアまで移動させて貰っている。
フロア分けは必須だった。
毛などが原因のアレルギー、糞尿から発症する病気だって考えられる。
動物は愛らしいが、可愛がるだけでは共に暮らしてはいけない。
現状、上手に動物たちへ指示できるユデノリがいなければ、これほど多くの動物を管理することはできなかっただろう。
イバラを周辺の見回りに行かせ、俺は十階の部屋へ戻った。
軽くシャワーで体を流し、オーバーサイズのブラックデニムのつなぎへ着替える。
同じく清潔な作業服へ着替えた干岩と金錠の二人をつれ、建物内階段を降りて目的地に向かった。
屋上から一階へ――たどり着いた踊り場で止まる。
さらに地下に降りる階段の前、天井から透明なビニールがカーテンのように垂れている。
ぱっと見、塗装ブースのようだ。
そこを潜る前、いつも通り最後の確認をしていく。
「岩さん、金さん、変なもん食ってないな?」
俺の質問に、干岩がうなずく。
「納豆、ヨーグルト、漬物、チーズとかですよね。念のため、マリさんに用意してもらった塩おにぎりだけ食べてきました」
思い出すように、干岩が太い右人差し指に嵌った赤霧の指輪をなでふふっと笑う。
その言葉に、金錠が「でたでたぁ」と肩をすくめた。
「どわー、やっくん訊いたかい、握って? もらった! ひー。賭けゴルフですかって、オリンピックでラスベガスですかって、おじさんなんてトマト齧っただけなのにさぁ。あー腹減ったなぁ。岩くんのせいで満たされないよ心が」
「丁度良いじゃないか金さん、空いた胸の穴にボールつめとけよ。つか埃落とせって」
愛の方が良いだのうだうだ言ってるのを無視し、
近くにぶら下げてあった埃をパンパンするやつで、尻と背中を叩く。
ぎゃっと、金錠がとびはねた。
「痛いよやッくん強いって、いいって自分でやるから」
「知るか、グダグダ言ってる金さんが悪い。火落ってるやつはうちにはいらねぇーんだよ」
オラオラと叩いていると、干岩がヤレヤレと言った様子で俺を見た。
「薬道さんまた思いつきで造語作って、たまに脊髄で喋ってますよね」
何をいう、小粋な冗句じゃないか。まるで人の頭がめでたいみたいに。
「岩さんの頭もめでたくしてやるぞ、卍干岩卍の吉兆バージョンなんてどうだ」
「吉兆って……ああ、仏教の卍、もう腹いせに妙な知見出してこんでください」
「黙れ穢れどもめ、おら六根清浄六根清浄」
近くにあったスプレーをシュッシュと二人に吹きかけてやる。
浄化されるがいい。
「うわ、ぺぺっ消毒液だ。根絶される」
「また子どもみたいなことして。六根清浄とかどっから覚えてくるんですか」
意外と最近の若者は知ってるもんだぜ、アニメとかでさ。
まあ俺の場合、高校の時に起こした暴力事件が切っ掛けで寺に放り込まれて覚えただけだがね。
曰く「心頭滅却し、冷静に自分で決めて行動できるように」だそうだ。
やったこと自体は別に怒られもしなかった。当然行きたくなかったが、御母上様まで一緒に入寺すると言われ断れなかった。
まあ今となっては良い経験で、良い思い出だ。
ぷしゅっと最後に消毒液を振る。
嫌そうにする金錠と、悟りでも開いたように浴びる干岩を横目に、俺自身も行う。
当然靴の裏まで消毒した。
よし、これくらいしておけば十分だろう。
仕切りのビニールをくぐり抜け、階段を降りきる。
どん詰まりにある無骨な金属の扉に手をかけ、開く。
少しサビたギギという音をよそに、内部に足を踏み入れた。
「――っ――ぁ――」
まず忙しそうな喧騒が耳をつく。
つづいて匂いがきた。
乾いた香ばしさと、土と草の匂いが鼻腔を抜ける。
最後に温度、熱気と冷気が入り混じる空気のうねりが肌を撫でた。
入ってすぐに、プレハブ小屋のように仕切られた事務室が見える。
ガラスごし、白い作業服を着た男がこちらに気が付き会釈した。
酒蔵を仕切る三役の一人である。
出てきて挨拶しようとするのを手だけで制止、先に進む。
木壁で細かく仕切られた内部、事務所や途中にある小さく区切られた個室――確か清掃用具をいれる部屋や、更衣室――を通り過ぎ、開けた場所にでる。
天井には配線や配管が這い回り、下にはシルバーの金属製のタンクが立ち並んでいる。
まだ準備中で、いまは背の高いタンクの周りに足場を組んでいる最中のようだった。
作業机などもあり、顕微鏡やビーカーを置いた分析場もあるが、
どれもまだ準備段階のようで、置き場所の整然さには僅かに欠けている。
まあそれも強いて言えばというほどで、責任者である球磨の真面目さがこういう所にまで滲んでいた。
「あ、蔵元、おはようございます」「案内しましょうか」「いい調子ですよ」
作業している職人たちからの挨拶に「ありがとうございます。お構いなく、作業してもらってて大丈夫っす」と軽く返してさらに奥へ。
廊下、先の休憩所を抜けると分厚いコンクリートで囲まれた機械室と、
貯水タンクのある部屋がそれぞれにあった。
肌寒い。
この辺りはぐっと温度が下がる。
さらに先に、樹脂製の壁でガッチリと隔離された部屋がある。
ここは、いまこの場で最重要ともいえる部屋だ。
ガラス窓から中を覗く、木目風のパネルがぎっしり貼られた内部は広い。
部屋の中には畳を大きくしたような長方形机が何台もおかれ、
その上には布団のシーツのような布が敷かれていた。
中には見覚えのある二人がいる。球磨と農厳だ。
室内には入らないで、ノックだけする。
この部屋は室だ。麹菌を育てる神聖な場所なので、無遠慮には入れない。
二人はすぐにこちらに気がつき、出てきてくれる。
「薬道の坊主、今日も見回りか」
「ははー、熱心だねぇ薬道君は」
真っ白な作業服を着込んだ二人、球磨はシワを深めて笑い、
農厳は親戚の子どもでもみるような朗らかな顔をしていた。
ずいぶんと楽しそうである。
「まあ俺が頭下げて頼んでるからですね、そりゃこれる時は見に来ますよ。まあ正直ただただ楽しみってのが真っ先にきてるっすけどね」
俺の返答に二人は揃って「そりゃ俺等もちげぇねぇ」と唸った。
「なんか問題とかあります? 明日ちょっと外に行く用事ができたんで、入り用あるなら調達してくるっすけど。元々倉にあった酒米提供してもらっている身なんで、協力できることはなんでもしますよ」
球磨が片目をつぶり首を傾げる。
「そうさな、足場がちょいと足りないか。ビケでいいから追加してほしい」
「ビケっていうと、ハンマーでくさび打つほうっすね。了解です。量は?」
「あるだけいいぜ、外でもつかうからよ。余ったら外に防水カバーかけて置いておけばいい」
なるほど。
じゃあリアカーを俺が引っ張って、あとは干岩の背に馬鹿みたいにのせるか。
頼むぞ、お前は明日は干岩金次郎になるんだ。
振り返り無言で干岩と目が合う。静かな頷きが返ってきた。
うむ勤勉勤勉。
金錠のほうは目を反らしたので、首を掻っ切る仕草をすると白い歯をみせて親指を立ててきた。
調子の良いやつである。
「じゃあ球磨さんは良いとして、農厳さんの方はどうっすか?」
「んーこっちは特にないかな。とりあえずいまは精米進めて、それからだね。トラクター動かないし、来月くらいに付近の土を一度耕すための人員がほしいかな」
忙しいねぇ。畑やるにも事前準備が大事らしい。
まあ、人間の枠超えた身体能力持ちも増えてきたから、十分に捗るだろうけれど。
もう干岩とか牛どころじゃない力してるからな。
ふむふむ、と頭の中でスケジュールを立てていると、干岩が「あ、マリさんから連絡が」と反応した。
振り返ってみれば、人差し指にハマった赤い指輪から出たモヤモヤっとしたやつが宙空に漏れでている。
『イバラさんから、連絡あり――』
吹き出しみたいな形で文字が浮かび、内容が伝えられる。
んー、なんと便利な。
マリが二廻に至り生えてきた[|RingRingRing]という能力だ。
能力説明は[三回唱えて、はいわたし]となっている。
三つまで指輪を誰かに作り与えられ、それぞれマリから連絡ができ、こちらからは三度呼べばマリへ連絡が取れる、というハチャメチャ便利能力だ。
いやぁ、まじで拾いもんだったね。もうクソ雑魚なめくじとは口が裂けても言えない。
強いて言うなら、なんで急に英語表記になったのだろうかというところか。
一廻の能力は[鏡華水月]だったのに、どういう理屈なのか。
そういえば、逆パターンのやつもいたな。
「なんだいやっくん?」
目が合った金錠が不思議そうな表情をしたので無言で放置する。
空中に浮かんだ吹き出しの文字が、モヤモヤっと形を変えたからだ。
その内容はこうだった。
『付近で、怪しい団体の侵入を発見せり』
いい度胸じゃねーか。
猫に二匹に虎子を組ませてかましてやろうか。
トラ、トラ、トラ、つってな。
今日の投稿は一旦ここまでにします。たぶんリアルタイムに追いかけてる人はいないだろうから、様子見ながら更新していきますね。とりあえず読んでくれた方はありがとうございます! 読んでくれるだけでも、すごい嬉しいですよ




