一杯目:獄楽天管理組合(前)
蒼天と赤霧が入り混じる快晴。
暑苦しい太陽ビームのお陰で、冬も目前の霜月であることを忘れそうになる。
「いいぞ、上げろーーーーーーー」
マンションの屋上、俺が見守る前で棟梁の黄虎喜八が号令をあげた。
「おーー」
我が社の重機担当である干岩君を筆頭に、
「指がああっ、おじさんの手が千切れちゃいかねないっ」
鼻の穴を膨らませて力む金髪のおっさん、もとい金錠を含めた男衆が、カブでも抜かんばかりに極太ワイヤーを掴み、うんとこしょ、どっこいしょしている。
滑車によって引き上げられているのは、緩衝材を巻かれた貯水タンクのパネルだ。
FRP(繊維強化プラスチック)で多少軽いとはいえ、組み立てれば15干岩くらいの体積となるだろう。
そら重たかろう。これが、生活の重みだ。
「わーすごーい」
俺の後ろで、小学生くらいの女の子が顔を輝かせている。
確か……405号のお菓子好き子ちゃんだ。
こらこら君、危ないので下がりなさい。
はいはい、と後ろの母親らしき女性に手を握らせる。
まったく、子どもは馬鹿みたいに怖いもの知らずだから困る。
簡単そうにみえるが、そもそも本来は手動で行うような作業ではない。
危険予測し、あらかじめ女子供と動物は大きく距離を取らせ待たせている。
なにかあってからでは遅い。炎上要因は事前に潰すに限る。
まったく、責任ある立場だ。
総監督兼、獄楽天管理組合理事長である俺は、後方腕組勢としての任をしめやかに全うしなければならぬのだ。
紙パックの米焼酎で、俺は喉を潤した。
身体能力が上がるにつれて敏感になっていく味覚と嗅覚が、氷を思わせるすっきりとクリアな味わいを捕らえる。
それは、まるで、白い山岳の如く。
こんな透明性と頼りがいを持たねばいかんですな。
そう、責任は、重い……グビリ。
しかしだ。
余りになにもしないのも男が廃るかもしれない。
俺はよしとうなずきパチンと指を鳴らす。
「良いぞお前らあと少しだぞ。さあ、応援隊の諸君もしっかり声を出していこう!」
景気づけにさらにグビったあと、指笛をピーと鳴らす。
合図と同時に側にいた三匹が飛び出した。
【二本角のイバラっ】
と両手を上げた子鬼のイバラを中心に、
【二又のユデにぃ】
白い毛玉が右へ、
【二又のノリにゃ】
黒い毛玉が左にスタンバイ、シャキーンと手を掲げる。
【【【我ら】】】
度重なる練習の賜物か、ハモるように重なる声音。
【親分親衛隊】【日向ぼっこ続け隊】【マタタビ抱きしめ隊】
ばらっばらだぁ。
まあいいさ。それもまた愛嬌だ。
「はい、いっち、にー、そら、いっち、にー」
そらイバラ。
【親分の言う通りー、口答えはー、ありえぬのでー】
はい、ユデタマ。
【にゃんだかんだにー、上手くやると良いですにゃー、後は流れでぇ】
はい、ノリタマ。
【細けーことは良いから、気合ニャー、根性ニャー、マタタビ決めるニャー】
ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!
三匹が無駄にキレた動きで反復横跳び応援をしていると、干岩が余裕なさそうな顔で口を開いた。
「薬道さんたち! ちょっと静かにしててください。やめて力が抜けるっ」
かー、応援してるのに静かにしてろとか。
大きい癖に小うるさい干岩だな。
敬遠され気味の小姑になってもいいのかい。
まったく。
ピッピと指笛を吹けばイバラがピタリと停止し敬礼の構え。
白黒二匹は【にゃはは】とさらなる加速をみせる。
駄目だ、あーなったらもう止められない。
トイレットペーパーも哀れバラバラにされてしまうだろう。
仕方ない。
肩をぐるぐると回し焼酎を一気飲みする。
タイミングよく屋上に飲み物をもって上がってきた叉月と陽子の姿を確認。
まあ叉月たちが来たなら後ろは安心だろう。
俺は臓腑からこみ上げる在力を全身に漲らせ前にでた。
「見さらせ、レベリングのすえに三廻の上限まで届き、後少しなのにまだるっこしい、という理事長さまの力を恐れ慄き崇め! そして酒を奉納しろ!」
丹田に渦巻く力を解放。
炎の面を具現化し、えいやとワイヤーを引っ掴む。
「うわ、酒くせぇ」「飲みすぎなんですよ」「ちょ、兄ちゃん炎が暑苦しい」「我慢できなくなって出てきた」「ペラペラペラペラよくまわる」「みんな理事長きたけど、調子乗ってるから気をつけろーーー」
ギャースカ騒ぐ住民達と協力し、パネルを屋上へと誘導する。
破損しないようにゆっくりと、グレーの防水塗装の上へと下ろした。
汗ダラダラで座り込む男臭いやつらを、俺は一望する。
「よし、これで最後だな。組み立てに入る前に、お前ら少し休め。たいらちゃん達が用意してくれた飲み物を頂いて、水分補給しておくんだ」
それを聞いてすぐ、わーっと男どもが糖分に群がる蟻のように叉月の元に向かう。
一人で捌けるのかと一瞬思ったが、湧き上がるように銀モヤの骸骨が背後に現れ、
コップに麦茶らしき液体を注ぎ始めた。
360度隙のない怪奇現象であるが、すっかり見慣れたのか住民達は騒ぎもしない。
一ヶ月も同じ建物で暮らしていれば、まあそうなるか。
あとは組み立てるだけか。
ぴょんと俺の後頭部にへばり付いたイバラを肩車し、喜八へと視線を向けると、
同じ事を考えていたのか何を言うまでもなく声をかけてくる。
「さすが坊主、ありがとう助かったよ。タンクの配置だが、予定通りでいいかい?」
「そうっすねー」
喜八に言われ、最後にもう一度見渡し確認する。
長方形の屋上、その中央一部にソーラーパネル、右端に元々あった貯水タンクがある。
今回用意したのは、緊急時に使用する予備タンクだ。
重量が変に偏らないよう喜八たちに見てもらい、ひな壇芸人の席のような台座を三箇所にわけて設置している。
予定通り、問題はなさそうだ。
「うっす、大丈夫です。素人の俺が考えるよりは喜八さんにバランス取ってもらったほうがいいと思うんで文句ねぇっす」
「そうかそうか、じゃあ後は、組み上げ、浄水装置の投入、つなぎ込みだな」
「そっすね、水いれたまま放置すると雑菌湧きそうなんで、完成させて放置ですかね」
付近のエリアの濃度が高まっているせいか、ポンプの動作が調子悪いことがある。
「急いじゃないけど、やっといて損はないからっすね」
万が一を考え、雨水や川の水を濾過して使えるようにタンクの設置を始めた。
上下二段の三セット、上の段の貯水タンクには砂利、砂、炭、フィルターなどを詰めて、不純物を取り除いたものを下の段に貯める。
今使っている上水と切り替えられるように配管を回す予定だ。
まあ暫くは出番がないだろうけども。
現在、住民を定期的に狩りに引き連れ球を食わせ鍛えている。
その中に運良く水の操作ができるようになった者がいる。
戦闘能力は皆無で、想像できる凶悪な使い方などもできないが、
ポンプ不調の際に貯水タンクに水を補充するという仕事をしてくれていた。
とはいえ、生命線をおんぶに抱っこなど笑えない。
改善案を実行するのは当然の理だ。
良くも悪くもだが、最近この辺りから山にかけて住んでいる人が極端に減ったせいで、川の水がやたら綺麗になっている。
まあいくら見た目が透明でも、そのまま使用するなど馬鹿なことはしないが、ないよりはましだ。
「また考え込んでるのか坊主」
うーん、と考え込んでいると横にいた喜八が明るく笑った。
「色々心労かけてすまんな。まあ頼りないおじさんかもしれねぇが、恩だけは忘れない自信があるんだ。多少の小事はこっちに任せな」
バンバン、と俺の肩を叩き喜八が続ける。
「まだ他の仕事もあるんだろ。大仕事は終わったから、他にいって構わんよ。干岩くんと金錠も連れていって貰ってもいい。こっちは大丈夫、陽子も来たことだしな」
そう言って喜八が手を振ると、黄色と黒のジャージ姿の陽子が元気に走り寄ってきた。
「はいはーい、どうしたのー。あ、どくみんヤッホー、この間は修行ありがとう! また行こうね! あ、じゃあ今日行く? いまからサツキンと行っちゃう?」
引っこ抜かれて食べられそうな名前で呼ぶんじゃねーよ。
やかましいねぇ。
名は体を表すというか、見たもの全てを素直に受け入れ、コロコロと楽しそうな娘だ。
「だー、やかましい」
俺の頭を撫でるように伸びてきた手を避ける。さらに追ってくる手もぺしっと払う。
気安く触るんじゃねぇ。
自分の背が高いせいで俺を年下に思ってないかこいつ。
身長は上かもしれないが、俺の方が目上である。
御神体のように敬って、一メートルは離れて立つんだな。
見上げて喋ると首が疲れるんだよ。
「えー」
不満そうにこっちを見てくる陽子を、喜八の方へと顎で促す。
「俺は今日は忙しい。虎子は喜八さんの仕事を手伝ってやってくれ。重いものが多いからな危ない」
「あ、そうなんだ。わかったー、じゃあ明日行こうねー」
しっしと追い払うも、快諾されて約束まで取り付けられる。
いや、勝手に決めないでもろて、叉月も予定があるんじゃないか?
ぱっと叉月をみると、背後の骸骨がこっちに向かって腕を大きく丸にしている。
耳がいいねー骸骨さんよ、耳もねぇのに。
【ぉー明日は皆でおでかけ、イバラも待ちかねるー】
きゃっきゃっとイバラが嬉しそうに丸っと返している。
おい、すごい速度で明日の段取りが決まったんだが。
酒のんでゴロゴロする予定だったのに。
【親分も楽しみねっ、咽び泣く?】
泣きません、どんだけ楽しみなんだよ。
断ったらイバラが咽ぶんじゃないのこれ。
……まあ、いっか。
リアカーで運んでもらって、酒のんでゴロゴロすれば予定通りだし。
干岩エンジンでドライブしながら飲む酒も乙なものか。
「じゃあ、俺行くのであと任せるっすね」
「応、ありがとうな坊主、またなんかあったら呼ばせてもらうわ」
娘に似て快活に返した喜八は、そのまま陽子にパネルを運ぶように指示をだした。
「よーし、じゃあ運ぶよー」
買い物袋を運ぶような気軽さで、陽子が置かれたパネルの一枚を両手で掴み持ち上げる。
あのパネル一枚何キロあんだよ。
いやぁ、骸骨よりよっぽど異様な光景だ。
……育ち盛りすぎでは。
黄虎陽子。
どういう理屈かわからないが、彼女は狩りに連れて行った住民の中でもぶち抜けた速度で成長し、いまでは〈鬼〉の二廻にまで届いている。
そんな彼女は、イバラ記帳によると――
[黄花向日、ひなたぼっこは元気のみなもとっ]
[虎視眈丹、んーっとやってバーンっ]という能力に目覚めたようだった。
この時は、えー、あまりイバラ先生の筆が乗らなかったようですね、はい。
まあ見てる限り、太陽を浴びてる間はバフ、と溜めると一撃の威力を高める、てきな能力だと予想だけはできた。
あとの細かいことはしらん。
まだまだ世の中は不明なことばかりであるが、逆にわかったこともある。
それは『人によって育つ速度がまるっきり違う』ということ。
同じだけ狩りに連れて行っても、圧倒的に差が出るのだ。
この一ヶ月で、ここの住民の中で二廻に至れたのはたった数名しかいない。
マリ、球磨、金錠、陽子たったこれだけ。
干岩に叉月なんて、この一ヶ月ですくすくと成長しもう三廻だ。
この二人ですら、俺とイバラに比べると僅かに遅いと感じる。
むしろ、まず二廻に進めるほうが珍しいと言えるのか。
陽子の父である喜八ですら、まだ一廻止まりで[接合]という簡素な名前の能力が付いただけである。
農厳の能力だって[除去]と似たような感じだ。
今のところ、格差の基準はよくわかっていなかった。
年齢や才能というには、少し一貫性がない。
いつもの如くイバラにも訊いてみたが、記帳を手にうんうん唸ったあげく、
【在り方と生き方が、位置と方向性が定めで、んーにゃむにゃむ】と思考停止してしまった。
曰く、渦の奥でまだ覗けないとか。
もっと位廻を上げて繋がりを強くすれば、とかなんとか。
俺と繋がっているように、イバラは渦とも繋がっているようだ。
疑問は増えるばかりだ。
渦とはなにか。
昔イバラが裏界には元々形がなかったと言ってた。
表から知識が流入してきて形になるとも。
そうなると、渦はなにかしらの情報や存在の集合体とかなのだろうか。
イバラが渦と繋がっているということは、そこから産まれたのか?
最初にあった時はイバラは自分の種族を餓鬼だと言っていた。
餓鬼とは、六道でいう餓鬼道にいる鬼だ。
六道には輪廻という考えがある。
生命は、回り巡るという考えだ。
表から、裏へ、裏から、表へ。
渦のように廻転する。
位廻。
廻の位置。
渦とは吸い込むもの。
つまり位廻とは、深度なのか?
深い深い底の底。
進めば進むほど、見えてくるのはなんなのだろう。
輪廻か涅槃か地獄なのか。
いやきっとそんな単純ではないのだろう。
なぜなら、世界に溢れ出たきたのは和洋折衷を無視した闇鍋の濃汁のような化け物たちなのだから。




