二本目 口開け:誰がかまどで焼かれるか
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注意※
まだ最後まで書き終わっていませんが、ひとまずある程度目星ついてきたので投稿し始めます。
現状十話程度まで出来てますが、この章のラストまではもう少し多少時間かかるので、いっぺんに読みたい人は、もうしばらくお待ちくださいね。
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大海の底にある栓を抜いたように、赤黒い霧が巨大な渦を巻く。
翻弄される。
天もなく、地もみえず、巨大な渦巻きの中で無抵抗に弄ばれる。
回っているのは、自分だけではない。
小さな鬼が、生首となった人が、絶望した顔の男が、発狂した女が、魂のような朧気な姿で回る、廻る。
ぐるぐる、ぐるぐる。
笑い声が聞こえた。
カタカタと硬質な音が聞こえた。
見れば、バケモノ達が飛ぶように舞っていた。
船にのった腐肉をまとった骸骨、派手な帽子を被って笑い転げる骸骨、流される魂から衣服を剥ぎ取る老婆や、その重さを量るようにもつ老人。
チャリンちゃりんと銭の音がする。
追い剥ぎにあったかのように、流れる魂がバケモノ達に切り取られ、小さくなって沈んでいく。
ずぅっと底、昏い冥い底が待っている。
そこにはなにもなく、なに者も自分を見てくれない。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
絶叫した。
口などない身のまま、魂で叫ぶ。
【なんだい、煩い女だねぇ】
吐き捨てるように何かが言った。
すぐに木の幹が裂けるような音が聞こえてきた。
【哀れな女、心の醜い女、でもお前は運だけは良いようだ】
空間が裂けて、しわくちゃの白い手が魂である自分を両手で掴んだ。
心臓を鷲掴みにされたような不快感が走る。
【一つは、こんなお前にも全てを捧げた男がいたこと】
オドロオドロしい声が嗤い、両手が魂をぶちぶちと引き裂いていく。
痛い、そう叫ぼうとして痛みがないことに気がついた。
引き裂かれたのは自分ではない。自分の中に入り込んでいたもう一つの魂だった。
【そしてもう一つは、死の間際に二廻にいたり、魔女の末端の席へ手をかけたことさ】
空間から、真っ白な醜い老婆のような少女のような彼女が顔を出す。
木の根のような髪がメキメキと音を立てて空間を押し広げ、
枯れ木のような上半身が身を乗り出してくる。
【一つの魂が一つ還る。それがここの理だ。でもね〈邪〉に属する魔女は別さ。簡単さ、二つの魂があるならばうち一つを身代わりにすればいいだけだ】
魔女と名乗った彼女は、ヘドロ色の口腔を大きく開く。
【こっちでいいね? お前じゃなく、こいつでいいね?】
差し出されるように見せられた魂の欠片に男の顔が浮かんでは消える。
真面目そうで、しかし不吉さと暗さを感じる顔立ち。
どこかで見覚えがあるような、ないような。
いたような、いないような。
まあ迷うことではない。
うなずいた。そいつでいい、と安心する。
【ひひ、それでこそさ】
魔女がいやらしく嗤い、男は満足そうな顔のまま啜り取られ消えた。
【さあ戻りな。道標は示してやった。憎たらしい子どものようにそれを辿るがいい。そうして好きに生きるのさ、魔女のように】
魂を握られた。
こねくり回されるように形を変えられ、上に放り投げられる。
点々と光るなにかの屑のようなものを辿るように、昇る。
光へ、戻る。
帰るんだ。
世界に。
上に。
生。
七色。
混沌を。
ばツン、と。
羊膜を押し破るように、浮上する。
「っ――ひゅっ、はっ」
一瞬の暗闇から、朧気な明かりが視界を埋める。
肺が痙攣し、酸素が意識とは裏腹に入り込む。
「生きてるぞ、おい君、大丈夫かい。意識はハッキリしているかい!」
ハツラツさと爽やかさを混ぜた若い男の声がする。
ひっ、ひっ、ひっ。
短く呼吸を繰り返す。
耳鳴りが遠ざかっていく。
粟立った肌が、おさまりをみせた。
茶髪、端正な顔が覗き込むように自分を伺っている。
肩には黄色い毛並みのイタチのような奇妙な獣を乗せている。
【もの好きだねぇ、相変わらず。喋れもしない女を助けてどうするってんだ】
流暢に人語を口にする獣、やはり化け物の類のようだ。
びくっと反射で反応すると、茶髪の男が「もう」と獣をたしなめる。
「雷黄は少し黙ってて、驚かしてしまうだろ。ほら、大丈夫、落ち着いて、呼吸を整えて」
声に従うように、息をしていく。
ひっ、ひ、っ……
年下に語りかけるような優しい言葉に、徐々に身体の統制を取り戻す。
頬にわずかに硬い手のひらが添えられる。
その温度に、意識がハッキリとすくい上げられた。
自分は、仰向けに倒れているようだ。
眼前にこちらを気遣う茶髪の男が一人、
その右後ろには腰にナタを携え手に日本刀を握る黒髪の男が一人、
左後ろには背の曲がった老人が一人いる。
ゆっくりと左右に顔を傾け周囲を確認する。
体育館だった。
乾いた血と肉があたりにまみれている。
汚い。
死体のようなものが何体か見える。
臭い。
すぐ近く、自分の方に何かが這い寄ったような、跡がある。
これは、なに。
記憶が朧気だ。
なにが起こったのだろう。
思い出さないと、掘り起こさないと――
頭痛。
「どうした、痛むのかい?」
「ぐぅ――ぅぅぅ!」
視界が瞬く。映像が脳裏に流れ込む。
男。
高笑いする男。
命を奪われる誰か。
そして、殺される自分。
血の味、肉の味、頭が割れる!
「ぃっぃあああああああああ、鬼がくるの、鬼が鬼が鬼が鬼があああああ」
脳髄が溢れる幻がみえる。
なぜ割れていないのか。自分の頭はなぜ無事なんだ。
「駄目だ、暴れないで」
抱き起こされるように、眼の前の男に抱えられる。
なぜか自分は服を着ていないようだった。掛けられたのだろうシャツ越しに、温かい男の体温を感じる。
不思議と。落ち着いてくる。発狂しそうだった精神が満たされていく。
「落ち着いて、落ち着いて……もう怖いのはいないよ、ここにいるのは君の味方だ」
背中をポンポンと叩かれる。
黒髪の男も微笑んで見ている。老人は探るように見ている。
その先、体育館の出入り口についているガラスが目に入る。
男の姿。
その男に抱きしめられている誰かが見える。
「良かった落ち着いたみたいだね〝お嬢さん〟」
血まみれだけれど、顔立ちが整っている。
唇はぷっくりとし目は可愛らしくタレた、十五~十六歳の容姿の少女がいた。
顔を動かすと、その映った少女の顔も動く。
ああ、顔立ちも違う。年齢も違う。
でも、あれは自分だ。
「僕は原寄満後ろのが仲間の――」
そっと抱きしめた手を緩め、ミツルと名乗った男が背後を示す。
「鍋島縄だ」
黒髪の男が明るく手をあげた。
「儂は熊幡吉住じゃ」
老人が静かに瞑目する。
「まだ他にも仲間がいるんだ。それでさ、よかったらなんだけど」
ミツルが笑う。
「名前を教えてくれないかな?」
眩しいくらいの優しさを感じる表情に、思わず鼓動が速くなった。
舌で唇を湿らせ、ミツルの背中に回していた手に少しだけ力を込める。
「アタシは……ぃや、わたしは〝イダキ〟っていいます。ごめんなさい、混乱してて、名前しかわからなくって」
偽名を名乗ることも考えたが、何故かわからないがそれはするべきではないと感じた。
自分が、ぼやけるような恐れ。
体を震わせ腕にさらに力を入れる。
答えるようにミツルがもう一度抱きしめてくれた。
「ありがとう。きっと恐ろしい目にあったんだろうね。でも君は頑張ったんだ。だから救われるんだよ。これから、よろしくね」
身を少し離し、そっと差し出される手。
汚れた手にも嫌悪をなく握手した原寄は、じっとイダキだけを見ている。
ああ。
嗚呼。
安堵する。救われる。光が見える。
未来がある。幸せになれる。報われる。
「よかった……怖くて……鬼に襲われて……きっと人間のふりをしていた鬼が、皆を殺しちゃって」
助かった。
死んだ人は喋らないから。
運が良かった。
もう次が、見つかったのだから。




