二杯目:世界もねじれ生まれ変わリング
もうサイレンがうるさいのなんのって。
路地裏の先で赤いパトランプの光がずっと瞬いてる。一台や二台ではなさそうだ。
あんなに回ってたらハイビスカス咲きすぎて沖縄になっちゃうんじゃないの。
耳を澄ませてみれば、悲鳴や怒声も聞こえる気がする。
金曜の夜の飲み屋街だしうるさいのは当然だが、いつもより当社比十倍くらい騒がしい。
「今どき抗争か、事務所ちけぇしな『ホームセンターの道具でカシラ殺ってみた☆』とか下っ端の馬鹿が無茶してリアル炎上しちまったか」
意味不明な子鬼といい騒ぎといい、普段と違うことが起こりすぎている。
いくら俺が酔っ払いの気の良いお兄さんだとしても、さすがに異常を感じるね。
ということで、火事場を野次馬しに行くか。ちょうど二馬力だしよ。
【まって、親分っ、まって】
慌てたようにイバラがあちょーと構える。なんだもう謀反か。
拳を振りかぶる。
【ちがう、あちらあぶないっ、命が羽毛っ】
「ああん? 知らないね、俺は行きたい所に行くんだ」
【ゎゎ本当に、焼け石にせめてコソコソとしてっ】
足に抱きついたイバラがずるずると引きずられる。
こら、お前の服が汚れるでしょ。
仕方ないので首根っこを掴んで小脇に抱えた。空き巣の時のボストンバック感。
イバラがやいのやいの言うし、鬼バックで気分も乗ってきたので、抜き足さし足で向かった。
どんどんと騒ぎが大きくなる。
銃声は聞こえないので、マンボウの如き唐突な死は訪れなさそうだ。
「――ッ! ィぃい――ぎゃあ――たす――」
サイレンよりも絶叫が増す。ジャスティス芸人を百人押し込んだくらいうるさい。
イバラがつき出した手の震え、わなわな度が急上昇している。
なんだいなんだい。どんな面白いことが起きてるんだい。
空き缶、空き瓶、ゴミや虫どもを蹴散らし進む。
光が広がっていく。
細い路地を抜け顔をちらっと覗かせると、
「わぁお」
そこは地獄でした。
【ぶ、もおおおおおおおおおお】
ハルクばりの体に牛やら馬やらの頭をのせた化け物が、棘付き六角棒モグラ叩きで人ミンチを大量生産。
【げば、げばば】
気色悪い翁の顔を貼り付けた犬が女共を食い散らかしている。
【逃げるは愚か逃げぬも愚かかか】
空をケタケタ飛び回る落ち武者チックな生首が逃げる人々に噛み掴まえ、天に登っては高い高いからの超低いを行い、地面を真っ赤に染めている。
スプラッタトゥーンじゃん。俺もゲボってナワバリ主張したほうが良いかな。
え、てかいま十月も初日でハロウィンはまだ早いですよ皆さん。
体内時計リセットしてますか、朝日浴びてないんじゃないんですかね。
夜職しかいねーしなここ。
にしてもどうするよ、お家への帰り道こっちなんだけどなぁ。
「イバラどう思う。俺のゴーストの如き最速ランならタッチダウン決められるかな」
腕の中に語りかけるも、イバラはくぅっと顔をそむけた。
【親分、イバラたちは、儚いっ】
そうか。やっぱ無理か。俺も実はそうかもなって思ってたんだよね。
ほら、警察の人もガンガンやられてるもん。
お、銃抜いた。国家権力だ。
撃ったけど、獅子に豆鉄砲だな。あ、喰われたわ。無理無理なにあれ。
一瞬目を閉じ、コメカミをもんでもう一度確認するが景色は変わらない。
すっと裏路地に戻る。やべえ、おとぎ話いるわ。夢だけど夢じゃねーや。
闇に潜むようにジリジリと喧騒から下がる。
二メートルほど下がった所で、イバラをそっと下ろし大通りに背を向けた。
「一旦店に戻る。裏口ねーから窓ぶち破って反対に抜けんぞ」
【あいっ――ぁ、ばばば】
慌てた様子で背後を指差しながら俺のズボンを引っ張るイバラ。
振り返ってみれば、光差し込む大通り側の入口に嫌な影が一つ。
犬の体に歪んだ翁の顔、好き勝手に殺ってたあの人面犬である。
視線を外さないよう、酒瓶を横に転がし、包丁を二本引き抜き腰だめに構える。
馬鹿が知ってるぞ、漫画で勉強してるから。
わざと噛ませて川に突っ込んだら勝ちなんだ。あれ、嵌められたぜ川がねぇ。
【へっへっ、げはっ、げはっげはッはは!】
地を蹴る狂犬。来やがった。涎を撒き散らし、歯茎をむき出しに迫りくる。
稲妻のようなジグザグ軌道を予測、いける!
「その顔だったことを恨み――」
右のフェイントを一瞬見せ、左に動いた相手を確認し全力の左を一突き、
しかし予想していた手応えはない。
「なっ!?」
さすがの獣の身体能力か、直角に等しい鋭角な右サイドステップで刃が空を切る。
スカされ体が前に崩れるも、左の包丁を放し耐えた。
【ギャっは】
人面犬が着地、即座の再跳躍で俺の右側面から強襲してくる。
体勢悪し、右包丁の持ち手も順手と悪い。
咄嗟に残った包丁を手放し、払いのけるよう腕を右へ、宙空の翁の首を既の所でキャッチ。
体格に似合わない大米袋なみの重量が、突進の勢いと共に俺を押し倒す。
「ちっ」
背中に衝撃、眼の前にはガチガチと歯を鳴らす翁の汚ねぇ顔がある。
腕力はわずかに俺の方が上か、右腕一本で拮抗はできているが、マウント取られて嫌な感じだ。
躊躇い皆無の勢いがやばい。
ゾンビに組み付かれても焦らずボタンポチポチ派の俺だが、これをどうにかできるなら連コンだって買う所存だ。
つか裏路地で押し倒されるとか貞操の危機かよ、誰か男の人! はーい、俺だわ。
打開策を視線で探る。
散乱したゴミ。酒瓶。さらに向こう。落ちた包丁。闇夜に輝く、金の瞳。
イバラが、走った。
小さな体を低く低く、包丁を攫うように地面から拾い、ドスをもった鉄砲玉みたいな構えで、真っ黒な合羽で闇に溶け込みながら突進してくる。
目が合った。
その瞳に先程までの気だるさはなく、熱く溶けた鬼の本性が垣間見える。
真っ直ぐにくる。切先を向けて真っ直ぐに。
その標的は、上、下、どっちだ?
俺は空いた左手を腰の後ろに回し、ギリギリまで見定める。
空気を裂き、切先が来た。
ドッすッ――
次の瞬間、俺の上に乗っていた〝人面犬〟が真横に吹き飛んだ。
【いぎぎいぎいいぎいい】
頭部に刺さった包丁。汚い悲鳴が癇に障る。
のしかかる重さが無くなった事を確認し、
「でかした!」
俺は即座に立ち上がり、壁際でもみくちゃになっている妖団子へダッシュ。
「どけ、イバラっ」
【ちょわっ】
横っ飛びするイバラを尻目に、勢いそのまま壁際でもがく人面犬の頭部にヤクザキック。
ぎょメッと気色の悪い音がして、足裏にでかい貝殻でも踏みつけたような感触が伝わる。
「死ね死ね死ねぇい」
念の為に全力で数度のストンプ。ピクピク動いていた四足もやがては力を失った。
「はぁ、やっぱ古来から犬はやべぇと言われるだけあるな。これで爺の顔じゃなくキュートなワンちゃんだったら、顔埋めて死んでるところだったぜ」
【親分、節操っ】
「む、一理あるか。時と場ね。考えねば」
【ねばねばっ!】
テケテケと走り率先して人面犬の死体を引きずり奥に向かうイバラ。
「おいイバラ、さっきは助かったぞ」
【恐悦うんたらっ】
至極ね。
首をふりふり奥に進むイバラは、ただ素直に喜んでいるように見える。
俺は、左手に握り隠していた包丁をそっと腰に戻し、酒瓶を拾ってイバラの横に並んだ。
「その犬の頭に刺さってる包丁、お前のだから抜いて持っとけよ」
【ん? へいっ】
「ほら、酒も飲んでいいぞ、働いたからな」
犬の死体を握りしめるイバラの頭上に酒瓶をかたむける。
池の鯉みたいにカパカパと空いた口に、ラム酒を流し込んでやった。
【むふ、うみゃっ、うみゃっ】
そうかそうか。そいつは良かった。俺も早々の別れにならなくてとても嬉しいよ。
【親分っ、イバラ忠言あるっ。これら、収穫するっ】
どん詰まりにあるテナントビルの前、親父と子鬼の死体の近くに、犬の死体をぽいっと放り投げイバラがそんなことをいった。
もう命が収穫されてますよそれ。殺りたてのホカホカってこと、冷たくなってますけど。
【……?】
俺の思案顔に気がついたのか、イバラは両手の爪をアメコミのヒーローばりにジャッと伸ばすと、子鬼と人面犬の死体をえぐり始めた。
肉と血が派手に飛び散る。もうイバラは血みどろだらけだ。
ふふ。夢中だな。
砂場で遊ぶ子どもを見守る親の気持ちが少しわかった気がしたね。
でもさ、我々は現状まあまあ危険地域にいるが、それ今しないといけないやつなのかな?
【んーなっ、獲ったっ】
プールでビー玉を見つけた子供みたいに、梅干しくらいの大きさの珠を三つ掲げた。
両手のひらに大事そうにのせ、俺に元気よく差し出してくる。
【親分、これら、魂沌球のむっ】
トントンだかコンコンだか知らないこれを飲めと。なにゆえ。
【命が、減りづらいっ】
かなり真剣な様子だ。こればっかりは、という面構えをしている。
コントンダマという響き、取り出した状況、飲めという提案。必死な加減。
ははん?
現代っ子なめたらいけませんよ、これだけ情報ありゃ予想つきますよそりゃ。
「なるほど。魂の核的なアレで、飲むと元気百倍勇気りんりんてきなそういうノリか?」
【そうっ】
そうなんだ。舐めんな現実。でも普通いないしなあんなのもこんなのも。
精密機械で作ったかのような透き通る球体。
うっすい赤色の珠が二つ、おなじくうっすい紫色の珠が一つある。
だが元は体内からこんにちはしたタマちゃんたちである。
それはもういろんな欠片やら液体が付着している。
やだなぁ。俺は食には寛容だが食品衛生にはうるさいのである。
それはもう歌舞伎ばりに嫌そうな面をしていると、イバラは少しなにか思いついたのかその玉を纏めてバクリと口に入れた。
口いっぱいに頬張って、モゴモゴしてゴロンゴロンし、手のひらにペッと出す。
【へい、おまちっ】
待ってません。注文もしていない。
ぱっとみマシだけどイバラ液でべとべとじゃん。
なんだよ。期待した顔すんなよ。やめろ。目を輝かせんな。押し付けんな。
だーもう。
「俺は二個な。一個はお前が飲め、先に飲めよ。飲み込むのも先だぞ」
【よいのでっ!?】
「すげえ喜ぶじゃん。よいよい、あーまてそのままいくな」
球っころを奪い取り、ラム酒をジャバジャバかけて綺麗にする。
「いいかイバラ、歴史から学ぶんだ。食い物に下処理をするとある日には美味いと発見されたのだ。酒はそういう面においても有能であり万能、つまり神だ。わかるな?」
【ははー】
「よし、いけ」
待ての手をはいどうぞと示すと、イバラは嬉しそうに球っころを飲み込んだ。
喉が鳴った直後のことだ。俺の視界とへその辺りに変化があった。
眼の前のイバラの体から赤い靄が漏れ出すように大きくなり、俺のへその辺りがじわっと熱くなった。
感覚としてはトカゲが脱皮して大きくなったような――Bボタンを押さず眺めていたら、期待と違う方向性に進化したペットを悲しげに眺めるような感覚。
確かに、その存在感ともいうべき気配がはっきりと強くなっている。
嘘ではなさそうだ。繋がっている感覚でもわかる。
背後を振り返る。
現状ここは柵のない殺戮パークである。
いつ犬以外がきてジェラシックされるかわからない。
御母上様も言ってた。最後は度胸と勢いと。
がッと口に放り込み喉を開き飲み下す。
嚥下し胃に落ち、それは風船が弾けるように広がった。
純粋な力の奔流。
へその辺りで渦を巻き、全身に広がる。
神経が、筋繊維が、脳が、眼球が、四肢や指先が、一瞬だけ膨らんだような感覚を抱く。
自分の体を確かめるが、別に見た目は変わっていない。
だが確信があった。もう二度とあの人面犬には負ける気がしねぇ。
地面に広がる肉だまり、転がる親父の亡骸の横を通り抜けふと足を止める。
なんとなく死体の上に酒瓶を傾けてみるが、浴びせかける酒はなく、雫が数滴落ちたばかりだった。
「悪いね、もう残ってねぇや」
もう二度と会うことはないだろう。
放り投げた瓶が地面で弾ける音を聞きながら、テナントビルへ足を運ぶ。
まずは新しい酒の補充だ。
なあに、バーには酒なんぞ腐るほどある。ああ、そもそも腐りゃしねぇけどな。




