一杯目:新たなる俺生に乾杯
普段は同名義でカクヨムで活動してます。あっちでは一章完結して、二章書いてるところです。
少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
お母さんからの一生のお願い。
お父さんの面倒を見てあげて、あの人は、誰かがいないとどうしようもない人だから。
それが、死んだ御母上様との約束だった。
そしていまその親父は、生きたまま俺の目の前で食われている。
吐瀉物まみれの飲み屋街の裏路地。チラつくネオン看板の下でもがく親父と、そこに群がる何か。
あれはなんだ。
170センチの俺の膝丈ほどしかない、黒い合羽をきた小さな女の子――のようだが明らかに人間じゃない。
黒頭巾の隙間から覗く浅黒い肌と、額の角。
小鬼とでも呼ぶべきか、それが三匹、親父に集っていた。
一匹の子鬼が口に腕をつっこみ、ぐりぐりと中身を掻き出している。
一匹の子鬼が手に持った包丁で腹を掻っ捌き、内臓を引きずり出している。
残った子鬼の一匹は、ペタっと座って散らばった内臓をもっちゃもっちゃと咀嚼している。
不思議なもので、食った部位は端から燃えたティッシュみたいに焦げていた。
「ぐぅおっ、おっあっあああああ」
苦痛に耐えかねた親父が、声にならない絶叫を上げた。
致命傷だ。あれは助からないだろう。
くそ、もうこれ以上は聞いていられない。
「ぅ、ぁ、ぁああああ、ぁ……」
神様に俺の願いが届いたのか。
息子に八つ当たりする時のようにバンバンと地面を叩いてた親父の腕が、ぺしゃっと地に落ち、ドブのように濁ったその目から光が消失していった。
そうして親父は動かなくなった。
俺の血縁が、全員消えた瞬間だった。
頬をつぅっと涙が滑り落ちる。
思わず感情が昂った。
親父……おやじぃ。
本当に、ついに……
「や……やっーーーーーとっ、死にやがったぜえええええええええええええええ」
拳を突き上げた。
斜め斜め入力の簡易昇竜だって出そうな大歓喜である。
あー嬉しい。うめき声には思わず吹き出しそうになっちまったね。
御母上様が死んで早六年だ。
いやあ少年漫画のアニメオリジナル編くらい長かった。本当に安請け合いなんてするもんじゃないぜ。
長い時間かけて俺を生み、命をかけて育ててくれた御母上様との約束がなかったら、煩悩の数と同じだけ殺してたところだ。
虫より知能がマシな分、寄生虫よりひでぇんだ。
こっちがコツコツ真面目にバーのバイトやチンピラ刈りや美人局で稼いだ金を、泡銭みてぇにジャブジャブさ。
ニートのくせに酒飲んでは賭けて負けて暴れて商売女に金つっこんで。
人の金で、屑の高速道路走ってんじゃねーよ。
俺を見習え。
酒と賭けと暴力にしか手を染めない優等生だぞ。
まあ役満へのリーチだから揃えたいんだが、女だけは誰でもとはいかねぇ。
「世には理想の女がいないのなんの、世知辛いねぇ」
口元を覆っていたグレーのマスクを下げ、どかっと酒のケースに腰掛けた。
天を見上げホワイトラムの瓶を直接グイっと煽る。
喉を焼くような酒精、鼻を駆け抜けていくアルコール臭、その奥にほのかな甘みと酸味を感じる。
ポケットから岩塩を取り出し、ちょっとだけかじり、もう一度流しこむ。
瓶に直接コレでもかと詰め込まれたライムが、死んだ金魚みたいに揺れた。
瓶を通してみる世界は、酔いも合わせてキラキラぼやけて綺麗だ。
もう一度親父を確認するが、しっかり死んでる。
俺は約束は守った。今回のは不可抗力だったもの。
呼び出されたから酒と金もって出てみりゃ、怒声あげて喧嘩が始まってて、三分すら経たずにクッキング。
どうしようもねぇよな。
いや、夢かなぁ。こんな良い夢なら覚めたくねぇな。独り身だぜ。超自由だ。
年頃の男の子の脳内くらいなにしてもいい。
これから俺の真の人生が始まるんだ。
雑誌の裏の金風呂に浸かった男みてぇに、理想の女も見つけ宝くじも当たり、ねこじゃらしくらい簡単に権力を振りかざす男になるんだ。
んー眩しくて明日が見えねぇ。
視界が白飛びし、主治医も思わず再検査を要求するレベルだ。
「で、そんな人生のお先ガンマ値500な俺に、なんかまだ用があんのかよ?」
げふっとゲップを垂れ流し、視線を合わす。
親父を引き裂いていた二匹の子鬼が、ニタニタと邪悪なチシャ猫のような笑みを浮かべて俺を見ていた。
【ヒヒ、ヒト?】
【ニニオニ、ニ?】
たぬきみたいな丸く尖った鼻をスンスン動かし、小首をかしげ見合わせている。
なにかを確認しているような所作だ。
しかし暫くしてなにか合意に達したらしい。
ギャアギャア騒ぎ立てながら血塗れの包丁を手に近づいてきた。
敵意がみえる。あれは獲物を見つけたチンピラと同じ雰囲気だ。
「さっきまでビュッフェにいるOLばりに父ユッケ食ってただろ、ウチはもう食中毒で営業中止予定なんだよ。帰れ、見習えよそこのお友達を」
三匹の内一匹は一心不乱にお食事中、お米の神様信じてる系女子の鬼ちゃんらしい。
【サッキ、邪ャ、邪、ウマっ、ウマっ】
【ぎぎ、クウ】
デザートに親子のたたきをご所望のようだ。グルメぶってんじゃねーぞ。
やだねぇ頭悪そうで。あの体の大きさだ。脳みそは猿くらいしかないんじゃないか。
幻か夢の住人か知らねぇが、俺の視界内で威張ってんじゃねぇよ。
こっちはさっきからやけに体の調子が良いんだ。舐めんなよ。
でも似たようなこといって親父は腹掻っ捌かれたからな、俺は油断はしない。
距離は三メートル弱、俺は子鬼達の背後を指さした。
「ああ! あれは噂にきく、一口食べただけで脳幹が震える伝説の霜降りニキ」
【【ぎぎ!?】】
猿以下かよ。聞き取れたのか、それとも勢いで振り返っただけなのか。
まあどちらでもいい。
飲みかけの瓶をそっと置いて、酒ケースから二本の一升瓶を引き抜き走る。
地面で二本をガシャンと割ってインスタント凶器を作成。
音に振り返る子鬼達、だがその動きがやけにもっさりと見える。
武器もって襲ってきたんだ、覚悟はできてるんだろうな。
「おせぇ!」
子鬼の顔面に容赦なくねじ込む。
ゴムにナイフを突き立てるような感触がし、すぐにガツンと骨に当たる。
やはり調子はすこぶる良い。己の体ではないような肉体の出力を感じる。
「ほらニヤけ面を続けてみろや、なあ」
紫色の血飛沫、アルミを引き裂いたような甲高い絶叫。
全体重をかけて強引に押し込む。
瓶先が肉の中でバキバキと砕ける手応えと、肉と骨に差し込まれただろう会心の実感。
暴れるな暴れるな、うっとうしい。
瓶を両手でそれぞれ逆手に握り、台パンの如く子鬼二匹の頭を地面に数度叩きつける。
後頭部でも砕けたのだろう。
ピンポン玉を指で凹ませた時のような感触が腕に伝わった。
ぐたりと抵抗がなくなる。
念の為に子鬼が握っていた包丁二本を強奪して心臓に一本ずつ突き立てれば、うちあがった魚か、薬を打ちすぎた馬鹿みたいにビクついてすぐに親父とお揃いになった。
いーち。にーい。
死体どもに刺さってる大きな瓶が二本と、小さな包丁二本を数える。
大きい方が十の位で、小さいのが一の位。
おお、ちょう二十二で俺の歳と一緒だ。
なんと都合の良いことに、今日は俺の誕生日である。
んん? たぶん、そうだ。いや間違いない。
俺が誕生日だからって酒と金をせびりに来た親父がここにいるんだもの。
じゃあ俺おめでとう。ありがとう俺。ハッピーバースデーおーれー。
いや今年はローソクもいらなくて省エネだったね。エコキュートばりだ。補助金くれ。
ただせっかくの生誕祭なのに血がついたな。
服は黒のハイネックの長袖と、オリーブ色のカーゴパンツなのであまり目立ちはしないが、靴だけベージュのブーツなので紫色の血が目立つ。
とれねーだろなこれ。
まあそれはともかく。
消えないな、この夢か幻か蜃気楼か酒オーバードーズか知らん物体。
死体を蹴るが、しっかり感触がある。
仮に、もし仮に現実ならこれ本物かよ。
日本にこんなのが生息してるとか聞いたことないよ。
最近きた外来種ですか、ザリガニとかブラックバスとか、それとも地球外からのお客様ですか。
呼んでねーよ。
血も高貴なお紫色だし、まさか人間ってことはねーよな。
知らない間に奇天烈なことでもあったのか世の中、それともついに世界がラリったのか。
まあそうなら丁度いいか。俺も世界君も心機一転ってことで、一緒に頑張ろうね!
つか夢ならなんでもやっていいかと思ってぶっ殺しちまったけどさ、この場合は殺なにがしになるんだ。
警察きたら何罪で連行するの。
納得する法的根拠を示すまで同行しませんよ俺。
まあ最悪、食中毒で死にましたって言うか『提供した後の焼き方までは強制できかねます』ってインスタ狂いの七色の生肉説法ぶちかますか。
うわ、そういえば後一匹いたな。どうするよ。
すっかり忘れていたが、残ったやつはピンクのネオンの下で親父に夢中だ。
息子として親の情事は気まずい。まだ食ってるし後ろから近づいてぶっ殺すか。
二匹も三匹もかわんねーし。
しかし食ったねぇ。見ろよ体積が半分以下だぞ、全裸越えてスッカスッカじゃんもう。
早く糞になって外に出て僕らの地球の役にたてよ親父。
にしても、全然気が付かねーのなこいつ。そろそろ食い尽くすぞ。
いや、まてよと思いつく。これもしかしてさ……
「おーい、どうせならこれも食ってくれよ。跡形も残らず」
包丁を引き抜き手元に残し、突き立てた瓶をそのままに子鬼の頭巾を掴んで放り投げる。
どさどさっとそいつの前に死体が転がり、ようやく残った子鬼が顔をあげた。
大きな隈のある目元、眠そうに下った目尻。
マイペースな性格が関係してかぽやっとした表情だが、血だらけで半開きの口から覗く牙は鋭い。
【っ!? ナンデ……ミンナ、ニクナッタ】
猫に似た金眼をギョロギョロさせ、子鬼の視線が泳ぐ。
死体、俺、俺の両手にある包丁。
もう一ループ。
そして包丁を握る俺で止まる。
少し考える素振りをみせ、子鬼はブカブカの袖をバンザイするようにあげた。
【ァー、オナカ、イッパイナッタナー、ァー、ネチャウネー】
ガクッと頭を落とした。目まで閉じてやがる。
「そうかもう腹パンか、じゃあ腹割いてすっきりさせてあげようねー」
ギャリんギャリんと包丁をすり合わせると、尻尾を踏まれた猫のように飛び上がった。
【っ!? スイタ! マッテ、オニイサン】
手に持っていた包丁を投げ捨て、バッと体の正面を俺に向ける。
ぽんちょみたいな黒い服を翻し、再度地面にグデンっと横たわった。
【コウサン、ガキカシコイ、サカラワズノカマエ】
犬のように腹をみせ、自分の牙を隠すように頬に手を当てる子鬼。
本当か? 落ちた包丁を回収、右足でげしっと踏みつける。
少しでも反抗的な目をしたらそのまま首をへし折ってやろうかと思ったが、子鬼は手足を大の字にびょんと伸ばし、鋭い手の爪をまるめて無抵抗の意思をみせる。
【オヤブン、オヤブンっ、オニオヤブンっ】
足裏に抱きつき、ゴロゴロしている。
んー、なんか可愛くみえてきたぞおい。
やっぱ動物好きなナイスガイだしな俺は、ナウシカ見たあと『大丈夫、怖くない』やりたくて野良犬探したくらいだから。
腹をグリグリと擦るように足を動かす。
子鬼はくすぐったそうにキャッキャと笑い、子どものようにけぷぇっと口から肉片を吐いた。
「おっと、すまんすまん親父がでちまったな。これで拭いとけ」
転がっていた死体から黒頭巾を引っ剥がし渡すと、子鬼はわぁと手を上げ起き上がりそれで口を拭き、鼻水をぶいーとかんだ。
こいつ、どうしたもんかな。
少し考えるが、ぼーっとしてきたのでグビグビ酒を煽る。
子分ね。しかも女かぁ。
そこらに止まっている原付のミラーに映る自分の顔を確認した。
ナイスガイがいる。
自分でいうのもあれだが、相変わらず素晴らしく整った見栄えをしている。
ウルフカットの黒髪に、切れ長のツリ目、少し線は細いが鼻筋も通り各種パーツの配置もズレがない。
これで儚げな顔つきでもして目を潤ませれば美青年と呼べる。
まあ面が良くても碌なことはなかったがね。
「おいお前。俺の顔を見ろ、どう思う?」
反応できるだけの距離を保ったまま、しゃがみ込み視線を合わせる。
俺の言葉を反芻するように口をムニャムニャとすると、子鬼は鼻を噛んだ頭巾を振り回した。
【んー、ムゥ、イロガチガウ!】
そうだな。肌白いもんな俺。微妙な違いとかわかんねーよな。
うん君、見どころがあるねぇ。
「よし、逆らわずいう事聞くなら子分にしてやってもいい。まず名前を言え」
【ガキっ、ミンナイッショ】
さっきから餓鬼って、あの漫画とかに出てくる地獄にいるとかいうあれか。
種族名であって名前じゃないだろそれ。
ウチはオンリーワンを求めています。
有象無象とかゾウをいっぱい見たいだけなら動物園かサバンナで十分なの、おわかり?
餓鬼帰りますよーとか呼んで、一斉に返事されてもそんなに連れて帰れないの。
穀潰しが一匹減ったから、今受け入れ枠は一匹しかありません。
他所は他所、ウチはウチ。
だから名前をつけます。面倒くさいのであまり考えません。
んー鬼ねぇ、ぴょこっと出てる牙がトゲっぽいしー。
「はい、じゃあお前の名前はいまからイバラで」
【イバラっ】
片手をくるくるしながら、死体の周りを回って喜んでいる。
こらこらバターになっちゃうよ。
とりあえずスマホで写真をパシャリ。
これ? ああウチの子なんです。まだしつけ前で、ええ。でも飼い主に似て賢くってねぇ。
酒をグビグビやりながら眺めていると、ふいに心臓がどくっとはねた。
すわ心臓発作かと思ったが違うようだ。
一気に血流みたいなものがヘソへと流れ、外に伸びていく。
赤いボヤけた霧のようなものが、まるでヘソの緒のように捻れ、それがイバラのヘソ辺りに入り込んだ。
【ぁ】
はたと足をとめ、イバラは不思議そうに口をモゴモゴさせたあとグワッと開いた。
【親分、イバラを認知したっ。一蓮托生、道連れたっ】
お、なんか聞きやすくなったな。
喋りがかなり流暢になったし、語彙力あがった?
成長はやいねぇ、やっぱり飼い主に似てくるらしい。
まいったね、このままじゃ地球上の天才がまた一人増えてしまうじゃないか。
【な、親分、名前をイバラに教えたら良い、仔細に記憶するのでっ】
愛嬌はあるが大丈夫なのかな俺の寝首、信長りたくないんだけど。
【はい! はいどうぞっ】
黙って見ていたら急かされた。
「ああ、名前な。俺は毒浪薬道つーんだ。まあよろしくな」
【どくやくっ】
その縮め方止めてね。
俺の御母上様がつけてくれた名前である。
毒だけじゃあんまりだからって薬にしたらしいぜ。洒落てるねー。
念のため、三本の包丁をベルト尻側に斜めに差す。
さて、と体を伸ばしてバキバキっと鳴らした。
「これからの人生は自由行動となりました。素晴らしいねぇ、自分のために金つかって、自分のために贅沢して暮らすんだ。なあそう思うだろ?」
【へいっ】
「良い返事だ。そういえばイバラは未成年か?」
【んー、いま五十年の、ガキっ】
歳上かよ、まあ子分だから関係ねぇか。
「ああじゃあ飲んでいいな。おら手でいけ手で」
【へいっ】
バシャバシャっと差し出されたイバラの手のひらに酒を入れてやり、俺は瓶を掲げる。
「ニュー俺の人生に乾杯!」
【ぱいっ!】
掲げ揃って飲み干した。
直後。
背後で爆発音が轟く。大通りの方である。
なんだよ祝福のクラッカーにしちゃ豪快じゃねぇか。




