十八杯目:狂鬼乱舞の宴
昨晩手にした三廻の力、その解放に俺の気分は高まっていた。
みなぎる活力、思った通りに体が動く。隅々まで酒と神経が通っているような感覚、これも発現している能力のお陰か。
炎の鬼面。
これこそが三廻のご褒美だ。
イバラ記帳によれば鬼面乱舞という名であった。
説明欄いわく、
[酒は飲んだら飲まれない。自ら酔って混乱避けの構え。でも飲みすぎは己を見失う?]
とのこと。こっちに訊かないでほしい。
でもイバラも成長したせいなのか、以前よりさらに説明が詳しくなっている。
予想するとしたら、酒の効果と酔い上昇、酔うことで状態異常を防ぐ、かなたぶん。
確かに、いまも凄まじい勢いで酔いが回っている。あと十分暴れるだけでもかなり怪しい。この俺が、この程度で酔いつぶれるなどあり得ない。絶対に使用の弊害だ。
まあこいつらを掃除するには事足りる。
見渡せば目に入る面々。
フラフラと起き上がった激怒のサイ野郎。おっ死んだシシケン、警官に抑えられたジビエ悪魔と水素よりも腰が軽い売女。
おーおー、これが政権交代に失敗した者たちの姿か。いやぁ、無様だねぇ。
やーーっと強硬手段に出てくれた。
これでようやく力を振るうための正当事由ができたってもんだ。笑いが止まらねぇな!
自分だけなら誰にどう思われても良いが、先生方をお招きできるかにも深く関わってくる。
そこには納得と、ある程度の道理が必要だ。
モチベーションが大事だからな。これは酒の味に直結する極めて重大なポイントだ。
俺がちょーっと裏で加速させた部分があったとしても、それはそれ、これはこれ。
ばれなきゃいいんだよ。それに正直なところ遅かれ早かれだろ。俺が来てしまった時点で、シシケン達の政策に未来はなかった。
【鬼どもめ】
頭部にくすぶる煙をかき消すように、カルカダンが一角を突き上げ咆哮する。
【不意打ちの一撃程度で、このカルカダンを殺ったと思ったか】
力の奔流。在力のうねりを肌で感じる。
耳をつんざくその声は、現実ではありえぬ現象を発露した。
体育館の床の一部がカルカダンを中心に土色へ染まる。
地面がやにわに波打った。
岩のトゲが隆起し、折り重なりながらトゲの津波を作り俺の方へ倒れ込んでくる。
ずいぶん派手だねぇ。
「イバラ」
消防斧を右手に握り、刃を返す。合図と共に峰にイバラを乗せ、タイミングを合わせて上空に向かって振るう。
【ちょんわっ】
高々と飛翔。トゲを引っ込めた茨をロープのように垂らし、イバラは天井の金属の筋交いにぶら下がった。
酒瓶片手に消防斧の柄を口で咥える。垂れ下がった茨を手に、引っ張られるのに合わせて俺も大地を蹴りつけた。
顔を覆う面の炎が風でひゅぼぼと暴れる。
棒高跳びのように跳躍し、岩トゲの津波を悠々と飛び越え、茨を頼りに宙空で姿勢を整えていく。
真下に見えるカルカダン。
首が回らぬのか、真上の俺を捉えられないようだった。
茨から手を離し、空中に身を投げる。
落下。
勢いを殺さぬまま、優しく酒瓶を真上へ放る。両手で消防斧を絞るように握り直し、カルカダンの背へ叩きつけていく!
ガガガッ、ガッ――
硬い岩肌に火花が散ったが、加速を乗せた斬撃は岩肌を砕き、カルカダンの皮膚を裂く。
【ぬああああ、羽虫がああああ】
カルカダンの怒りを表すように地面から岩トゲが乱れ生える。
俺の直下の床が蠢いた。迷わず前に――駆けあげるようにカルカダンの体を蹴り登り、後方に宙返りするようにジャンプ。
落ちてきた酒瓶をキャッチし着地、さらにバックステップ。眼前の空間を埋め尽くすように棘が貫いた。
バサリ、と翼の音が聞こえる。
【影鳥ども、暴れやがれッ】
岩棘の上にペリュトンが舞った。
広げた羽の中から、カラスくらいの大きさの影鳥が現れる。ビュンビュンと空気を唸らせ、影鳥が零戦ばりに突撃してきた。
ダーツかよ。
右へ、左へ体を揺らし、足さばきでその嘴を回避する。地面に刺さり突き立つようになった影鳥たちを、大きく振り回す消防斧で霧散させていく。
いいねぇ。こっちも負けずに快調ってなもんだ。
【ぎぎ、少し倒したくらいで馬鹿にした面しやがって】
怪鳥がわめき、新たな影鳥を生む。
カルカダンが合わせて新たな棘を作り出し、それを目眩ましに黒木がこちらに弾丸を飛ばしてくる。イダキは這うように壁際へ逃げていた。
攻撃が俺に殺到する。
影鳥の群れ、地面から生える棘、眉間を狙う光の弾丸が、視界いっぱいに空間を埋めつくす。
脳の回転をあげる。思考を酒で加速させる。
弾幕シューティングをくぐり抜けるように、脳からドーパミンをバシャバシャ出しながらステップを踏む。
「おらおら、殺る気が足りねぇえええなああ!」
弾丸をかい潜り、炎の渦を放ち影鳥を灰にし前にでる。
回し蹴り。
斜め下から生える岩棘を叩き折った直後、ターザンばりに宙空を飛び回るイバラが黒木の鎖を絡め取った。
はい、飲酒ターイム。
追加の酒精に視界が歪む。揺らめく炎が滲んだ。更に酔いが加速し全身に力が巡っていく。
怪鳥が羽ばたいた。
おらかかってこいや!
横殴りの雨みたいに影鳥が突っ込んでくるが、イバラがツタを絡ませ一枚の板に編み、
【秘儀、イバラ返しっ】
畳返しのように跳ね上げふきとばした。
【糞鬼ども――】
驚愕したようなペリュトンが距離を取る。
【無茶苦茶しやがって!】
違和感。
苛立ちが強くでたペリュトンの声に引っかかりを覚える。
注意してみれば、ペリュトンはその禍々しい視線を周囲に向けていた。
こういう奴らのやりそうなことと言えば――
「イバラ〝擬身暗鬼〟で備えろ」
カルカダンと黒木の攻撃を捌きながら、イバラに指示を出す。
俺の言葉を聞いた直後、イバラはそびえたつ棘の後ろに隠れ消える。同時に、ペリュトンが大きく翼を広げ天井近くに飛び上がった。
【けけけ、誰に、しようかなーってよぉ!】
青い翼を折りたたみ、怪物が急降下する。狙うは干岩たちがいる戦闘力のない人々の固まり。〈獣〉であるペリュトンにとって〈妖〉の叉月は相性で有利な相手だ。マリは戦闘力がなく、立ち向かえるのは一廻の干岩だけで荷が重い。
人質でも取ろうって腹積もりだろ。そうくると思ったよ、お前みたいなタイプはな。
【狙うはお前だあああああああああ】
恐怖で固まる人々の中から、ペリュトンは杜氏である球磨へと嘴をむけた。さすが監視していただけある人選だ。球すら取り込んでいない球磨は俺にとっても人質になりえる。女性陣を守りに動いた干岩は間に合わないだろう。
飛びかかる怪鳥、そこにまさかの人物が躍り出た。女性の中でもひときわ身長の高い者、黄虎陽子である。ペリュトンは嗤う。
【まぁぁとめてー、頂きぃぃぃ】
ばっと両手を広げた陽子と庇われた球磨の二人を攫うように、嘴が横向きに開かれる。
ペリュトンの愉悦に染まった目を見て、俺も笑った。
――残念だなペリュトン、その人選は外れだ。
陽子のくりくりとした目が、ギラリと金色に光り、その長い右足に見慣れた茨が絡みつく。
【よぃ、っしょ!】
直前に迫ったペリュトンの嘴を陽子が迎え撃つ。サッカーボールでも蹴るように、
【ぇ?】
右足がペリュトンを直上に蹴り飛ばした。
ゴギャッ! という音が響き渡る。
ビキビキと嘴の半分が粉砕され、仰け反るように怪鳥が上に吹き飛んだ。
【ぐぇ、げ、げぇ】
どちゃりと地面に落下、かろうじて生きている程度の呻きを漏らすペリュトンの前で、陽子がばっと両手を自慢気にあげて笑う。
【じゃじゃじゃーーーん、はい、イバラっ】
穏やかそうな陽子の顔が、蕩けるように形を変える。肉塊がギュンギュンと縮み上がり、やがては見覚えのあるイバラの姿にかわっていった。
変身能力『擬身暗鬼』これはイバラの新たな力である。ちなみに説明は[イバラでしたー]だった。まあ良いけどね、本人がわかるならさ。
【にげ、にげ、げげ】
もぞもぞと羽を動かすペリュトンだったが、飛び立とうとした直前に阻まれる。
銀色の在力が全身から漏れ出す目の座った女がいた。
「あなた……陽子ちゃんを狙ったのね。私の友達、殺そうとしたの」
夜平叉月である。
銀色の在力が、強烈に渦巻く。本当に一廻かこいつと思うような圧が放たれている。
「ゆるせないわ」
凍えるような瞳でペリュトンを映し、操る銀鬼に持たせた杭で、青い羽根を床に縫い付けた。
【ぃぃ、ぎゃあああああ】
絶叫するペリュトンの元に干岩が辿り着く。
これ幸いと俺はカルカダンの突進と黒木の銃弾を避け、大声で干岩へ指示を出した。
「岩さん、トドメ!」
「わ、わかりましたっ!」
たったわずかな逡巡、
【や……やめ……ぇっ】
干岩は握りしめたレールをペリュトンの頭に振り下ろす。
肉の内側で骨の砕ける音が鈍く響く。
ビクビクと大きく震えた怪鳥は、物言わぬ鹿と鳥のタタキに変わる。今この時だけ復活した干岩料理長の、会心の一品だ。
【んーっと、はいこれ岩のなっ】
いつも通りせっせとイバラ料理人が球を回収、合羽でゴシゴシと拭っただけの素材の味を生かした球を干岩に差し出した。
「ぇぇ」
まあそこに酒ないもんな。干岩はすげえ嫌そうな顔だ。しかし料理長だし味見は義務だよ。
いけ!
【はい、いっき、いっきっき】
「ぇぇ……ままよッ!」
干岩、いったーーーー。
豪快な一口でペリュトンの球を飲み込んだ。
カッと目を見開く干岩。
「お、おおお、薬道さん、なんかすごいですよっ」
マジマジと自分の手を眺め、感心した様子である。
「おいこら、感想は後にしてこっちにきて手伝え!」
「うわ、でた。自分は前に、うぉおおとかやってたじゃないですかっ」
「うるせえ! 過去を振り返るな。前を見ろ!」
「良い言葉風にすれば押し切れるって思ってる所あるよなぁ薬道さん」
全く、あーいえばこういう干岩だ。一体誰が育てたんだ。
イバラと干岩が黒木へと向かう。
「……な……わたし……がこんなことに」
ブツブツと陰気に呟き、黒木がリロードもなしに干岩達に乱射する。イバラがまた弾くかと思いきや、干岩がふいに開いている左手で払うような動作をした。
ラメでも振りまいたように煌めく。
その手の平から、ぶわりと黒い布のような何かが広がった。
全てを飲み込むような深い黒に、小さな星のような光が瞬いている。まるで旗でも振り回すかのように、動かした。
絡めとる。その謎の布は、輝く弾丸の全てを包み受け止め防ぎきった。
おお、なんかわからんけどすごいぞ。
イバラも感心するように、自分の手帳を見ながら唸った。
【ふむむ、それ星衣岩添っていう。すごいっ、めちゃ広がるっ】
くそ、広がる以外わからん。
まあいいや、どうせ守る系だろ干岩だし。
じゃあ、そっちは任せましたからねー。
と視線を反らした直後だ。
「ふざけやがってええええええええええ」
黒木が目を血走らせながら咆哮した。
【親分っ】
イバラの警告、視界の端に迫る光鎖。
自分に迫る敵を無視して、俺に向かって攻撃してくる。どれだけヘイト高いんだ。
避けようと思った瞬間、カルカダンの岩棘が地面から生えてくる。
優先度は当然カルカダンの攻撃が上だ。身をひねらせ棘と躱すが、光鎖を避けられなくなる。触りたくないが仕方あるまい、と右手で払った。
だが鎖がジャラジャラと絡みつき、俺の右と左の手首に巻き付き拘束してくる。
干岩とイバラが助けに来ようとするも、カルカダンの岩棘が妨害した。
「はは、逮捕したぞ社会の屑」
背を仰け反らせ、制帽を見せつけるようにして黒木が笑う。鎖でこちらの動きを押さえつけながら、ニューナンブを持った右手の指に警察手帳をはさみ、銃口と一緒に見せつけてきた。
「お前は言ったな、裁判官はバカンスだと。残念だな。警察官職務執行法に従い、公務執行に対する抵抗の抑止に必要と認められれば武器の使用が許可されるのだ! つまり、いま、この場で私こそが裁く法となる! 畏れろ、お前は死刑だッ!」
連射されるリボルバー、光弾が俺に向かって発射される。
一瞬だけ、岩棘をかいくぐり迫るイバラと目が合った。
なんだよ、なにをそんな心配そうにしているんだ。
俺を誰だと思っている。お前の親分を、なんだと思っている。
顎でクイッと黒木の方を示し、俺は両手に力を込めた。
「ごちゃごちゃうるせえええええええええ!」
バツン!
軽々と砕け散る光鎖、解放された右手の斧で迫る光弾を全て弾き飛ばす。
「は? あ?」
呆然と、目の前の事実を信じられないように見つめる黒木。
隙だらけの様子を見逃さずイバラが疾走、勢いのまま黒木の喉元を切り裂いた。
鮮血。
「ぐ、っあ、なぜ、おまえ、畏れ、ない」
血反吐を吐きながらグラグラと黒木の体が傾ぐ。
なぜと言われても知ったことではない。
「テメェごときが法なら、俺は王で法王だ。フェニックス俺だぞ、畏れる理由がねぇな!」
「なんだ、それは。本当に、わずか……畏れも……のか」
暗い瞳から僅かな光すら消えていく。
「ぃ……き……」
黒木は虚ろな顔でイダキを見て仰向けに倒れた。
起き上がることはもうないだろう。
世知辛い世の中だな。死に方を選ぶにも力がいる。弱いってだけで、これほどに簡素に消えていくものらしい。
「いやよ! 黒木、嘘でしょ! わたしはどうするのよ、ねえ! 期待させた責任をとってよ!」
まだわずかに息のある黒木に、狂ったように縋り付くイダキ、さすがの干岩も戸惑っている。
いけ、やれ、殺せ。あの女は放っておいてもいいことないぞ。
まあ無理か。しかたない干岩が無理なら、俺が後でしっかりと始末しよう。イダキは俺にとって生かしておく理由がこれっぽっちもない。
とはいえ後だ。優先順位は低い。
いまは眼の前のこいつを片付けるのが先決だ。
最も警戒するべき相手、カルカダンに集中して向かい合う。
改めて見るとでかいでかい。ぶしゅーと口から吐き出る呼吸も、世紀末覇者のまたがる黒い馬くらいでている。どうやら相当に鶏冠にきているらしい。
【ぉぉ……オオオ】
違う。それはまさかの慟哭であった。
【ペリュトン……なぜ、ペリュトンをッ!】
カルカダンはその双眸から涙を流し、復讐を心に決めた顔つきで俺に向かって角を振り回してくる。
こいつ……本気か。付き合うやつはよく選んだほうがいいんじゃないか。
鼻で笑おうとするも、男泣きするカルカダンの姿が目につく。
馬鹿なやつめ。
チリチリと、俺の脳が刺激された。
ふっと思考に昔の記憶が蘇る。
小さな俺。
美しく気高い御母上様の姿。
嗚呼、あったなこんな事。
確か、なんでも要領よくこなし斜に構えていた俺に御母上様は言ったんだ。
『純粋で真っ直ぐな感情に心が動いた時は、たまには馬鹿になって応えてみなさい。きっとそっちのほうが、随分と格好が良く、気持ちよく生きられるわ――』
理屈ではない。それは己の生き様の話だ。
正義だ悪だ知ったことではない。
見ろ、敵ではなく。
カルカダンという相手を見ろ。
仲間に呼ばれて現れ、飯も満足に食えず殴られ、相棒が目の前で死んだ。
羅列してみりゃ哀れなもんだ。
まだ悪いこと一つしちゃいねぇ。
だけどな。
俺だって負けてやるわけにはいかない。
良いだろう。
これは全て俺が気分よく生きるための行いだ。仕方ねぇ。しっかりきっかりとケリつけてやろうじゃないか。
残り時間はおよそ五分。
自分の力の確認のためにも、ここで出し切る。
半分ほど残った酒を一気に飲み干す。ごっきゅごっきゅと喉を鳴らす俺に、カルカダンの怒りがさらに増した。
【巫山戯ているのか。真正面からでは勝てぬからと避けるだけの鬼が、このカルカダンを舐めくさりおって!】
声がでけぇんだよ。黙って待ってろや。ほら、ペロペロペロー。
一滴残らず飲み干し舐める。
米一粒一粒に神が宿るなら、酒こそ日本の神の血そのものだ。
漲るぜ。
いやぁ美味かった。高級な果物を思わす香りと甘み、しかしそれでいて後味のキレが良い。余韻すらも長く楽しめる。高いだけある。手に入りづらいのもわかる。
最後の一滴まで、作り手の愛情を感じる酒だ。
「さーて、準備は万全だ」
ぐるぐると視界が回る。カルカダンの輪郭が歪む。今が一番いい頃合いだ。最高の気分で、最高の状態だ。
だから、
いまこそ、
お前に納得できる負けをくれてやる――
斧すら放り投げ、両手を空ける。
「いいぜ、特別に正面から迎え撃ってやる。俺は約束は守る男だ。全力で来なサイ野郎」
右手を前に差し出して、クイクイと招けば、
【貴様……】
一瞬だけ止まった怪物の呼吸が、
【その挑発、このカルカダンの誇りにかけて受けてたつ】
深く大きく再開された。
周囲の空気が根こそぎ無くなるような強烈な吸い込みで、もとより大きなその体が一回り膨らんで見えた。
カルカダンの目が言っている。
真っ直ぐだ。ただ突進する、と。
応えるようにこちらも構える。左手を前に、右拳を腰元へ引き絞る。
俺からの無言の返答。
わかるだろ?
俺は右のストレートをぶちかます。全身全霊を込めて叩き込む。
お前がなにをしようが、真正面から迎え撃つ。
互いの沈黙。
いざ合意は成った。
全身に回った酒の活力と、溢れ出るように沸いてくる丹田の渦からの力を炎に変え、右拳に集約させる。
轟々と拳が輝く。赤色からオレンジに、そして黄色に渦巻く。
ィィィィ
空気が焼ける。耳鳴りのような音が限界まで高まり、
【ぐるぅ、おおおおおおおおおおおおッッ!】
重戦車の如きカルカダンがその身を突撃させた。
唸る破壊の音。飛び散る残骸。
圧倒的な重圧が眼前に迫る。
頭を下げ真っ直ぐ貫かんとする一角に、俺の在力の全てを込めた右拳を叩き込む!
「おらァあッッ!」
【ぬおおおおおお!】
衝突。
瞬間に青が輝く。爆発するように色が消え、音が消える。
拳に伝わる感触すらもなく、俺の拳がカルカダンの角を溶解させ燃やし尽くす。
拮抗などしねぇ。
柄じゃねぇが、消えゆくお前の為に、こいつには名を付けてやる。
杓撃酒拳。
「未練共々、消し飛びな!」
【――っ――ッ!!】
渦巻く灼熱が膨張し、前方向に炸裂する。カルカダンの頭部から背中を抉るように朱色が駆け抜け、その巨躯を消失させた。
赤熱が空気を焼き、陽炎を生みながら消えていく。
ぐらり、と。
残っていたカルカダンの下半分の体がバランスを崩す。
どぉんと大地が揺れる。
カルカダンは、力なく横倒しになった。
決着だ。
「いやあああああああああああああああああ」
現実を受け入れられなかったのか、イダキが顔を掻きむしりながら発狂、手に持った小さなナイフを虫の息だった黒木の心臓に突き立てた。
びくびくと痙攣する黒木などお構いなしに、胸が痛々しくも抉られる。
なにを? そう思った直後イダキは胸にあけた穴に腕を突っ込み、見覚えのある球を掻き出し手に取った。
魂沌球。
人間にもあるのか――いや、もうある意味で人間じゃないと言う事か。
球を手にしたイダキがなにをするかなど想像がつく。予想通り、血と肉片にまみれたそれを大口をあけてイダキが喰った。
「救えねぇな、馬鹿女ッ!」
地面に放っていた消防斧を咄嗟に手にとり投擲。女がごくりと嚥下した。黒木の死体から赤い霧が一瞬ゾワリと渦巻き、イダキの体内に入り込む。しかし、その結果を目にする前に、投擲した斧がその眉間に深々と突き刺さった。
「あ、ぁ、ぁぁぁ、ぁ」
パクパクと口を開閉し、白目を剥いたイダキは黒木に折り重なるように倒れた。
静寂が、訪れた。
これで、本当に終わりか。
さすがに、疲れたぜ。
ため息と共に天井を眺める。
解除され消え去っていく鬼面の炎が、チラチラと宙に舞った。




