↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獄楽天 〜地獄のような世界でも酒カスの俺は幸せに生きられる〜  作者: 脳楽
鬼人偏人編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/29

十七杯目:三廻のバケモノ

 体育館の裂け目を背にし、イダキはシシケンの横で集まってくる者たちを眺めていた。

 優遇していた上から二班を残し、それ以外へ集合をかけた。その数は三十名を超える。


 飄々《ひょうひょう》としながら酒を飲んでいる薬道とかいう男などはいつも通りの様子だったが、

 ほとんどの人間は表情に不安を貼り付けているようだった。


 全員が入ったのを見届け、羊追いの犬のように最後尾にいた黒木が、鉄の扉を静かに閉めた。

 これで密室の完成だ。


(本当に馬鹿なやつら、最後の最後で妙な連携をするから悪いのよ)


 搾取される者は頭《こうべ》をたれ、出すものを出して命を守るものだ。

 イダキの人生において、それは守るべきルールであった。


 裂け目を囲むように人が集まり、出入り口にいた黒木が静かにシシケンの横に並ぶ。

 シシケンが見渡すように確認し、無精ひげをざらりと撫でた。


「今日は我々にとって記念すべき日となる。だからお前達にも大きな仕事を任せようと思い集まって貰った」


 ざわざわと人波がさざめき立つ。不安、期待、猜疑、様々な感情が入り乱れているのがわかる。

 この先どうなるかを知っているイダキの心臓は、来るだろう狂騒《きょうそう》に早鐘を打った。


「なに、難しい仕事じゃない。お前達は、ただ、ここに立っているだけで良いんだ」


 シシケンが両手を広げる。

 背後の地面に映る影がグニャリと伸び、巨大な鹿の頭を持った鳥の悪魔が現れた。


【ひひひ、そうだぜぇえ、食われて死ぬだけの簡単な仕事だぁ!】


 ゲラゲラと笑うペリュトンを見て、集まった者たちの空気が凍った。

 反射で逃げようとした一人が振り返った瞬間、ペリュトンが青い翼を羽ばたかせ飛翔、出入り口を塞いだ。


【いい顔するじゃねーか、相棒も食い甲斐があるだろうなぁ】


 人の形をしたペリュトンの影が蠢く。

 ボコボコと沸騰するように影が二十体ほどの天邪鬼と成り這い出てくる。


「早く逃げろおおおおおッ」


 誰かの絶叫。

 出口をふさぐ天邪鬼とペリュトンから離れるように、人々が押し合い団子状に追い詰められていく。


 干岩を筆頭《ひっとう》とした男たちが、女をかばうように前にでた。

 天邪鬼たちもすぐには襲いかからない。逃さぬような形で包囲し場を膠着させている。


 そうだ。子鬼に食わせるために集めたわけではない。

 混乱が空間を占める。

 カオスが入り乱れる状況の中、誰もが自分の目の前に集中しているだろうその時、シシケンの横にいた黒木が静かに右手をかざした。


(ぁ……)


 一瞬だけイダキと視線が交差する。黒木が静かに微笑んだ。


「いい仕事だ。なあシシケン、頭の足りないお前でもできそうだと思わないか」

「なにを――」


 じゃら、光の鎖が伸びてシシケンの首に巻きつく。

 まだペリュトンは気がついていない。


「黒木、お前ッ」


 次の瞬間、力が抜けたようにシシケンが膝をついた。


「くそ、なにをするんだ。こんなものっ――ぐっ、外れねぇ」


 ガシャガシャと力をいれてもびくともしない首枷に、怒りを露わにしていたシシケンがやがて顔を青ざめさせる。


「外れないさ。心の底で、チンピラのお前は警官《わたし》には逆らえないと思っているだろう?」


 裁きを待つ罪人のようなシシケンに、黒木は左手で銃を抜いてその引き金に指をかけた。


「やめ、やめろなぜおまえがこんなことを」


 乞うようにシシケンが続けた。


「そんな、自分で助けておいて殺すのか?」

「?」


 黒木は無表情で首をかしげた。


「人を救うのも、罪人を捌くのもどちらもわたしの仕事だが」

「ふざけッ――」


 銃声。

 マズルフラッシュの代わりにキラキラとした燐光と、鮮血が散る。

 ごトリ、と横倒しになったシシケンの頭を蹴りつけ退かし、

 黒木は呆然とみていたペリュトンに一歩近づいた。


(死んだ。死んだのねあいつ)


 歓喜に震える。イダキ〝の〟黒木がシシケンをついに殺したのだ!


【お、おま、お前、なにをしているんだお前はああああああああああああああああ】


 ペリュトンが仰け反るように絶叫し羽ばたき、黒木の目の前に着地した。


「なんだペリュトン、お前もこうなりたいのか?」


 淡く輝くリボルバーを手に、黒木がペリュトンを睨めつける。


【くそ、戒の弾丸か】


 あの悪魔が、言葉をつまらせ一歩引いた。


「ああ、お前はいま、わたしに怯えたな。やはり正しき法を恐れるのは罪を負った者だ」


 じゃらと鎖が黒木の手から伸びた。

 飛んで逃げようとしたペリュトンだったが、ヘビのようにウネッた鎖がその首に巻き付く。


【ぎぃあ、畜生、ふざけやがってええええ】


 中空に浮いたペリュトンが、力を失ったように裂け目の近くへ引き倒された。


【ぎぎ、殺すぞ人間が、はやく離せ】


 よだれをダラダラと垂らし、血走った目で睨むペリュトン。

 黒木は冷えた眼差しを返す。


「殺す? できもしない虚勢をはるな。さあ、やることをやれ、はやく相棒とやらを呼ぶんだ。それがわたしの法が行き届いた楽園への近道だ。嫌ならばシシケンと同じ場所にいけ。安心しろ、苦しむことはない。その首枷に捕らえられた者を、裁きの銃弾は確実に処罰する。いいかバケモノ、命令するのはわたしだ。お前の主人はいまからわたしだ」


 鹿の眉間に銃口を押し付けると、ペリュトンは諦めたように力を抜いた。


【わが、わがっだ。言うことを聞く。いままで従順だったお前が、まさかこんな強引な手段にでるなんてよぉ、くそ、相棒……頼むカルカダンいますぐに顕現《けんげん》してくれ!】


 ペリュトンの影が動く。

本体とは異なる人の形をしたそれが腕を伸ばし、裂け目に入り込んだ。

 どくんと裂け目が脈動《みゃくどう》し、めきめきと広がっていった。


 赤黒いうぞうぞと波打つ異次元の光景にイダキの背筋は凍った。

 バケモノが住む海を身を乗り出して覗き込んでいるような気分だ。


 身を縮こませて黒木に近づくと、男は愛おしそうにイダキの腰を抱き引き寄せてくれた。

 やはり、彼こそがイダキの守護者たる男だった。


「さあこい、三廻のバケモノ。わたしの力となるバケモノめ」


 異次元の裂け目から、それが出てきた。

 巨大な一本の角、サイのような頭部に真っ黒な邪悪な四対の瞳。

 四足の獣。樹木のような前足が体育館の床を踏み壊す。

 舞い上がった土埃を割り出るように、岩の如き堅牢そうな皮膚を纏った、ミニバンほどもある巨体が裂け目から姿を現す。


【オオオオ雄雄ッ!】


 咆哮によってビリビリと体育館が揺れる。

 ペリュトンが己の眉間に向けられた銃口に怯えながらも、嬉々とした声を出した。


【おお三廻のカルカダン。久しぶりだな。まずはあの先に集まっている表人でも喰って腹ごなしをしてくれよ】

【ああ、ペリュトン、二廻のペリュトンよ。もちろんだとも、我々の仲ではないか】


 前足を右左と上げ、カルカダンが地団駄を踏む。

 ぐっと突進の姿勢に構え、カルカダンは天邪鬼が囲む人々の塊に突っ込んだ。


「まずい、皆さん下がって」


 干岩が気がつき庇うように前に出るが、あの体格差だ。

 どうみても対抗できるようには見えない。


 床が割れる。空気が爆ぜる。建物が軋む。

 人身事故の直前のような、凄惨な現場を予感させる背徳感がイダキの背筋を伝う。


 死んだ。これで終わり――


 そう思った次の瞬間だった。

 干岩の前へ一人の男が飛び出し、バケモノの進行方向をふさぐよう拳を構えた。


【邪魔だ砕け散れぇ、小さき者め】

「――しゃぁッ、おらぁ‼︎」


 衝突。

 カッと視界が赤く瞬き、爆音が光に遅れて轟き広がった。

 ゴぉぅん ゴぉゥン

 体育館が大きく震える。


【がッぁッ――】


 聞こえてきたのは、まさかの巨獣のうめき声だった。

 予想だにしない光景が、イダキの視界で巻き起こる。

 人肉ミンチを量産するはずだったカルカダンの巨躯が、横からバスにでも突っ込まれたかのように真横へ吹き飛んだ。


(は?)


 ドリフトするようにカルカダンが足を縺れさせ、体育館の壁へと勢いを殺しきれず突っ込んだ。

 破壊音。グラグラと地面が揺れる。

 巻き上がった残骸が土埃をあげた。

景色が一瞬全て隠されるも、すぐに渦巻く炎に巻き上げられて霧散した。


(あれは――)


 イダキも、黒木も、ペリュトンでさえもが言葉を失い、視線を奪われる。


 炎の中心に、一人の男がいた。

 ふらりふらりと揺れながら片手に一升瓶を握り、振り切った拳に火炎をまとわせ立っている。

 顔面の上半分を覆い隠す燃え上がる鬼の面をつけた男、その服装と体格にイダキは見覚えがあった。


 毒浪薬道。


「鳥だのサイだの次々と内輪で騒がしい。ミュージカルをやりてぇなら、獣はサファリパークでハクナマタタでも歌ってたらどうだ」


 あのふてぶてしい様は間違いない。

 やつはこんな状況なのに、普段よりも酔っ払ったような在り様で更に酒を飲み下し、こちらを揶揄うように笑った。


「築くのは永遠のようで、崩れ去るのは瞬く間とはね。いやぁ難しいね統率ってのは。でもさすがに業務内容が惨事のオヤツはさ、俺の心がサバンナよりも広くても許しちゃおけねぇな。ほーら俺の仲間も同意見なようだ」


 くいっと親指で背後が示される。

 血飛沫が飛んでいる。悲鳴が上がっていた。人ではない。全て天邪鬼達のものである。


 小さな黒い影が空間に線を描く。

 黒い合羽を着た幼子のような顔の子鬼が、頭巾から二本の角と美しい金色の髪をのぞかせ、血まみれの包丁でポンポンと簡単に天邪鬼の首を飛ばしている。


 薬道の姿に即座に反転した干岩と、黄虎親子達を庇うように動く夜平も加わり、天邪鬼たちが次々と躯へ変わる。

 鎧袖一触《がいしゅういっしょく》とはこのことだろう。


「んー満場一致のストライキ、圧政って奥が深い」


 能天気な薬道のそばに暴れ終わった子鬼が降り立った。


【イバラもそれ知ってる。アウトってやつな】

「全然違うけど、まあアウトといえばアウトではあるな」

【そうかー、親分は博学なー。残りも掃除? イバラもできるっ】

「おーやる気あるね君、まあ見てるだけだったしな今まで、じゃあと〝四体〟片付けちまおっか――」


 ぞっとした。

 ペリュトン、カルカダン、黒木、イダキとその視線は数えている。

 まるで物のように認識されていると実感した。


【嘘だろ、冗談じゃない】


 鎌首をあげてじっと一人と一匹を見つめていたペリュトンが震えた声で言った。


【……なぜ……どうしてだ! こんな馬鹿なありえねぇよ】


 黒木の鎖が少し緩み、ペリュトンが怯えたように立ち上がる。


【三廻《さんのえ》だ! あいつらどっちも三廻のバケモノだ! しかも一匹は餓鬼じゃないか、最底辺の鬼がなぜこんな力を得ている!】


 絶叫にも等しいペリュトンの言葉を徐々に理解し、

 先ほどまで余裕を見せていたはずの黒木までもが混乱を見せる。


「騙したのか。隠していたのか。欺瞞だ、欺瞞は罪だ、低脳どもめ! 公務執行妨害だ。排除してやる。わたしの邪魔をしてただで済むと思うなよ」


 躊躇いなく黒木は銃を構え、即座に燐光を纏う銃弾を連射する。

 しかし、それら全てはシシケンを下したようにはいかず、小さな小さな鬼の茨で弾かれ撃ち落とされた。


【カルカダーーーーーーン】


 ペリュトンが叫んだ。

 もうもうと上がる煙の中、応えるようにカルカダンが起き上がる。


【ぐぬ、よくもッ、よくもやってくれおったな】


 顔面の半分を焦がし、ふらつく巨躯が吠えた。


(うまくいっていたのに)


 先ほどまであれほど恐ろしかったカルカダンが、イダキの目には今はやけに頼りなく映っていた。


(これも全部、全てあの男のせいだ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。