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獄楽天 〜地獄のような世界でも酒カスの俺は幸せに生きられる〜  作者: 脳楽
鬼人偏人編

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十五杯目:影は踊り 在禍はうねる 

 ふざけやがって、ふざけやがって。 

 汚れを落としてすぐ、〝イダキ〟は音楽室に駆け込んだ。しかしお楽しみ中だったシシケンは、燃えたぎる怒りに期待した同調を返してはくれなかった。


 寝ていた女共を隣室へと追いやり、半裸のシシケンがソファに身を沈める。


「ペリュトンからの報告で事故だと聞いているぞ。仕事の進捗もかなり良いともな。そうだろ」

【ああ、間違いないぜ。理科室にはオレ様の目があるからな。あのイカれた男の行動だって、ちゃぁんと見ているぜぇ】


 恐ろしい声。

 ずずずっと、ベッドに腰掛けたシシケンから伸びた影の一部が、徐々に形を象っていく。

 異質な見た目の大きな怪鳥ペリュトン。

 鹿の頭と鹿の前足、青い体と羽、枝に止まる鳥のように翼を畳み、二廻のペリュトンは闇を固めたような瞳でイダキをじっと見つめた。


【気持ちはわかるぜイダキぃ、殺したいほどの負の感情は抑えるのが難しい。だがいまじゃない。あのイカれが来てから、都合のいいことに霧の濃度が妙に上がってるんだ。だから態々受け入れてるんだろぉ】


 ねっとりとペリュトンが言い募る。


【ほら、あともう少しで三廻《さんのえ》が表に顕現できるくれぇの濃さになるんだ。そうなりゃオレ様の相棒を裂け目から呼んで、楽園がまた先に進むんだ】

「で、でも……」

【なあ、なあなあなあイダキぃ】


 一転して猫なで声で語りかけてくる。


【前にも言っただろ、オレ様達は生まれた時点で大枠の在り様が決まっている。なにかで突拍子もない〝変異〟でもしねぇ限りは、階梯を一つあげるのに気が遠くなるような時間がかかるんだ】

 

 静かに鹿の頭がやれやれと振られる。


【だから力がいるのさぁ。安心してお前達の階梯をあげるためなんだよぉ、わかってくれよ、なあ?】


 覗き込むように頭が接近した。

 瓶詰めの虫をみるような真っ黒な瞳。イタギを本当に仲間と思っているかも怪しい目だ。これ以上騒げば、もしかすれば次の朝を迎えられないかもしれない。


「ぐ、わかったわよ」

【よしよし、物わかりの良い女は、生きている価値があるなぁイダキ。じゃあ部屋で大人しくしておくんだ。追加の湯を運ばせてやるぜ、お前の能力を、オレ様はそれなりに評価しているからなぁ】


 部屋を出るイダキの背に、


【安心して休むんだな、イダキの部屋には目はないからなぁ。ひひひ】


 低く唸るような笑い声が降りかかった。




 冷や汗が止まらない。

 久しぶりに、立ち位置の危うさを実感した。

 もう一度、更衣室で体を洗い、そそくさと部屋に戻った。

 ベッドに座って爪を噛み、考の沼に浸かる。

 時間が経つにつれて恐怖が薄れ、また怒りが沸いた。

 本当に最悪な日だった。全員死ね死ね死ね死ね。

 薬道と他の男どもめ、あいつら同じ目に遭わせて布袋につめてやる。


「アタシをこんな目に遭わせて、絶対に許さない……」


 壁に向かってコップを投げつけた。

 臭い、異臭が常にする。何度風呂に入っても取れない。香りの良いソープをつかっても、臭いが混ざって逆に頭が狂いそうだ。

 なぜ自分がこんな目に遭う。


(アタシの能力があってこその今の状況なのよ。アタシがいなければ全員死んでいたわ。いまだって、アタシの能力がなかったら現状を保てていないのに)


 赤霧に紛れ、姿を隠す。

 直接的な攻撃力こそないが、何度も命を救った能力だ。

 これがなければあの夜に、店からでた直後に死んでいた。

 警察に駆け込んだ際、警官だった黒木と勾留されていたシシケンだって、現れたバケモノに食い殺されていた。助けたのは自分だ!

 シシケンとペリュトンが出会って、同調してから狂いはじめた。


 自分の地位が軽んじられている。

 おかしい。

 この能力のお陰で、自分たちだけが資材を取りに行けるのだ、という嘘に説得力が生まれ馬鹿どもが言うことを聞いている。

 天邪鬼どもを増やし、ペリュトンが支配するエリアの濃度をあげ強固な王国を築くなら、それこそ働きから考えても女王は自分であるべきだ。


 歯を食いしばる。唇がきれて血の味がした。 

 思考の闇に沈みそうになった直後、トントンとノックが響いた。


「なによ」


 つっけんどんに応答すると、ボソボソとした聞き馴染みのある声が返ってきた。


「わたしだ、黒木だ。無事だったかイダキ、その、心配してきたんだ。入ってもいいか」

「ちょ、ちょっと待ってね」


 慌ててベッドから降り、壁際のコップの破片を片付け、香水を強くふる。

 泣きそうな顔を作り、鏡で確認して扉をあける。いつもの警官の制服姿を見てぱっと顔を笑顔に変え、イダキは声のトーンをあげた。


「嬉しいわ、一人でとても不安だったところなの。入ってもらえる?」

「ああ、それは良かった」


 なんて暗い笑顔だろうか。まあいい、シシケンだけじゃ少し危ない。

 陰鬱で普段は喋らない黒木だが、シシケンとペリュトンはわずかに彼へ気を使っているようだ。


 以前〈獣〉にとって黒木の〈戒〉がどうのこうの……とか言っているのを耳をそばだてて聞いたが、イダキにはさっぱり意味がわからなかった。

 ただイダキにとっては、黒木の方が随分と扱いやすいと感じる。


 決まりだルールだと小うるさい部分こそあるが、こういう男ほど、人にはいえない暗闇が底にあるものだ。それを少しほじくって、受け入れてやるだけでいい。

 きっとここにも〝目〟はあるけれど、構わないだろう。だって、今までよりちょっと仲間と仲良くするだけのことだから。

 そう、女に保険は必要なのだ。


 ◆


 赤い霧のかかる空を通した満月は、怪しくも風情がある。

 バルコニー側で窓をあけた俺は、サッシ枠にもたれかかりながら空を眺めた。


 労働をやりきった後だ。景色を見ながら嗜む酒はいつもよりも美味く感じる。

 いやあ、床掃除までやってやった。激汚れ絨毯のクリーニング動画くらい気分がスカッとした。

 

 新しく開けたウイスキーを飲みながら、俺はふっと教室を見返す。

 三学年教室の内の一室。いくつかの机をくっつけ長方形にし、それをベッドにして皆が寝ている。とても疲れ切っている様子だ。最初は怪訝な感じだったA班の二人だって共にぐーすかと寝ている。これもディスカッションの賜物だ。


 あの後「あまり好き勝手にされては困る」などとりんご野郎とマッシュ野郎がほざいてきたので、話し合いをした。別に難しい内容ではない。


 A班は現状優遇されすぎている。

 理由は女性人員を絶えず派遣しているからだ。今日の彼らの作業態度を見ていれば、男側の作業の対価の低さがわかる。でもそれは同時に、この状態がいつまでも続かないという当然の事実の裏付けでもあった。


 冷静に考えたらわかる。たぶん本人たちも頭の片隅ではわかっているはずだ。

 人のままでは老いる。浅い関係では簡単に飽きる。だから永遠ではない。


 時間の経過だけ、新しく見栄えの良い女が加わるだけ、それだけで崩れる砂上の楼閣だ。本当に、砂の城になど住みたいのか?

 そうなったら、君たちは働きもしないゴミムシでしかない。ゾウリムシ以下だ。想像してごらん、その時に輪に加わってない君たちは一体どんな目に遭うかな。ブーメランのようにやったことが返ってくるだろうね。


 優しく言っただけだ。

 わかっている。

 君たちだって怖かったんだろ。いまある権力を誇示することで、確固たる物にしたかったんだろう。イジメたくなくとも、一緒に石を投げることで標的にならない安心が欲しかったんだ。大丈夫みんなだって同じだ。君たちは、夢がいつまでも続くと勘違いしていただけなんだ。な、そうだろ。

 

 でも「シシケン達が」と奴らは言った。仕方なく俺はこめかみを指で叩いて告げた。

 頭が良いんだろう。考えてごらん。今ここで働かずにいるデメリットはあっても、働いて成果をあげることにデメリットなんて、キツイとかダルいとかしかないじゃないか。別に頑張ったって、褒められこそすれ、怒られる理由がない。

 みんなで楽しくやる労働はいいぞー。


 ほーら。

 理科室の綺麗な洗い場に水を溜め、俺は腕を突っ込み炎の力でぼこぼこと湯を沸かす。どこかで見てるヤツ、ほーらこれが俺の能力だよ。目に見えて少し安心したかな。


 にっこりと微笑みながら、俺はホカホカの湯を掬い言った。

 皆で汗を流し一緒に頑張ろう、その後の酒は格別の味がするぞ。

 不安そうな顔の二人へ、囁く。

 なぁに、いきなり慣れないことはしないで良いんだよ。

 頭を使うことだって仕事さ、まずは改善提案でも出してみてはどうだろうって。


 可愛いものだ。喜んでたよ。自分たちでも今できることがあるんだって。

 いやぁ、また二人導いてしまったね。

 うん、その後は中々に熱が入った会議となった。


 教室の黒板を見る。

 でかでかと『改善提案』と書かれており、題の下にはいくつか文面が並んでいた。

 倒す時には頸動脈を狙ってもらうよう提言する、とか。

 パイプユニッシュなど下水管の油を流す資材の調達を頼む、とか。

 刃物の武器をもった敵がいた場合、武器を持って帰ってもらう、とか。

 5S活動の徹底、などだ。


 少し遅くなってしまった。しかしいいんだ。得られた経験は彼らの自信になるのだ。みんなちょっとテンションが上がりすぎた部分もあった。

 もしかしたら、こっそりイバラから補充してもらった米焼酎の瓶が、空になっていることも原因の一つかもしれない。


 やはり酒。

 酒ですべてが解決する。これこそが世界の真理。

 ずっと視られている感じも続いているが、べつに一生懸命働いていただけなので、とくに動きもなかった。逆に文句でも言ってくれれば、労働の正義を矛と盾に力で制圧したのに、残念ながらそこまで馬鹿じゃないらしい。


 ん?

 ふっと、監視の視線が外れたと感じた。

 どうやら感覚は当たっていたようで、下の階からひょいっと小さな影が飛び出してきた。

 ふやけた天邪鬼――

【親分っ、イバラきたっ】

 の皮を被ったイバラである。

 よーしよしよしと頭を撫でて、ウイスキーを口に流し込んでやった。


「見張り外れたけど、なにかやったのか?」

【そうっ、建物の端で、ちいさいを何匹か刻んで、撒いた。たぶんそっちいった】


 陽動したわけか。偉いねー。


【あと、これ、次のお酒ねっ】


 はい、と渡されたのは黒ラベルの日本酒。わーチュンチュンしてる鳥の酒きたー。イバラからしたら全部一緒だろうけど、これ生産量少なくて貴重なんだぜ。んー、でも飲んじゃう。勢いでエリクサーを使っちゃう派だから俺。ウイスキーなくなったら楽しませてもらおうかな。勿体ないこそ勿体ないだ。


「さて、今日は変わったことはあったか?」

【んー、色々っ】


 そう言ってイバラから話を伺っていく。

 干岩は言いつけどおり先生方に教えを受け、なんだかんだと気に入られていた話。

 一階体育館に裂け目があるとの話や、シシケンの影にヌシがくっついているみたいだという話。そして、汚れて切れ散らかしたイダキが音楽室に突撃し、なにがあったか不明だが、青ざめた様子で飛び出して部屋に戻ると、警官の黒木とよろしくしてたらしいなどなど。


 わりと短時間で色々起こっている印象だ。

 結構情報が集まったな。

 金錠から聞いた情報も含め、ごちゃつきそうな頭を整理する。

 

 まず避難者側の理解は大きく二つ。

 一つ、学校を支配するヌシへ、生贄の餌を渡すことで現状見逃して貰っている。

 二つ、身を隠す力のあるイダキと、特殊な力をもったシシケン達だけが、その餌をとりに外に出ていける、である。


 実際に逃げようとした人間は、外に出た瞬間に食われているそうだ。

 シシケン達だけなら逃げることもできるが、それをせずに残るかわりにじゃあ見返りをといった流れで今の状態が保たれているらしい。 

 マッチで火をつけポンプで消火。なんて美しいマッチポンプだ。


 ただ、話を聞くに向こうも間違いなく一枚岩ではない。

 まず、解体した死体の珠はどうやら裂け目に放り込まれているとの情報だ。


 これは妙だ。


 一度その種族の珠を取り込んだ場合、殺すと自動で吸収されて珠は死体に残らない。しかし珠は現実に残っている。ここから考えられることは、シシケン達は、わざわざ取り込まないバケモノを残し、珠を集めているってことになる。


 イバラから情報を得ている俺だからわかることかもしれないが、これはどう考えても異常だ。しっくりくるのは、バケモノ側が都合のいいように情報を制限しているって道筋だ。


 更に言うなら、あのイダキとかいう女である。タイミングから考えて、音楽室に俺達の文句を言いにいったけど、脅しつけられあしらわれたみたいな感じだろう。

 監視の視線とシシケンがつながっているならば、理科室での状況も知っているだろうしな。さすがに理不尽にこちらに文句はつけてこない。誰も言うことを聞かなくなるだけだ。


 しっかしあの警官とねぇ、そんな感じには見えなかったけど。もしかして見切りをつけて乗り換えたのかな。そうなると、イダキ側の視点からすれば、学校内のパワーバランスを黒木側に傾けたくなるだろうな。せめて拮抗くらいにはしないと乗り換えた意味がない。

 近日中に荒れそうな予感がする。間に合うかな。


「イバラ、そろそろ次に成れそうな感覚あるけど、お前はどうよ」

【一緒、もう枠にパツパツなっ。今日狩ってれば明日の夜にはっ】


 問題なさそうだな。理想は交代日だけど、誘導できるかな。


「じゃあそれでお願い。安全に狩れる範囲で俺が食えそうな珠を集めて持ってきて。あとついでに食料とか水を見つけたら定期的に干岩へ渡してくれ。俺は酒と珠だけでいいや」

【ご理解っ、他?】


 んー、そうだな……じゃあ干岩に伝言でもわたしてもらうか。

 バッグからメモとペンを取り出して、書き殴る。

 『資源はイバラが補充。自由に使用し、環境を整えるように』

 わざわざ指示しなくても、干岩がいるなら似たようなことになりそうだけど。

 はいっと渡すと、イバラはとても大事そうにぎゅっと受け取った。


 こら、イバラのじゃないぞ。渡すんだぞ干岩に。嫌そうな顔しないの。

 あーもう、わかったよ。じゃあちょっとイバラにはバランス調整をお願いする。


 現状死体の在庫はなく、交代時期も考えると明日か明後日あたりにシシケン達が外にでるはず。その時に上手くやってもらう。

 なんでか本人にもわかってないらしいがイバラは簡単な字が読める。やることリストをさらさらーと書き渡してやった。はい、これがイバラのね。

 そうそう、ぎゅっとして。よしじゃあ任せたぞ。


【りょっ】


 手を上げたかと思うと、イバラが視界から消えた。

 わあ、ニンジャっ、ワザマエっ。

 やるねー、敵の目もなんとなくわかるみたいだし、随分と成長したな。元の能力のおかげなのかね。野生のやつで育ってるのみたことないけど。


 それで言うなら、人間側にも結構差があるっぽい。俺、干岩、叉月は珠を飲む前から恐らく身体能力は上がっていたし、たぶん能力も開花していた。

 でもこの学校にいる人々を見るにそういう感じがしない。マリなども珠を飲むまでは、少しの段差で死にそうなくらいに貧弱だった。隠している者もいるかもしれないが、それにしてもどういう違いなのだろうか。

 たぶんなにか法則みたいなものがあるのだろうが、想像するにしても情報が少ない。


 まあいっか、監視も戻ってきたし酒飲んで寝よ。明日の出勤もあるし。

 とりあえず朝礼もするか、皆酒飲んで寝てるし特別に遅らせて昼礼くらいにするか。今日頑張ったから、余裕あるしな。

 グビグビと琥珀色の液体を胃に流し込み、俺は斧を片手に壁に背を預け目を閉じた。


 ヘソの下が、ふと熱くなる。

 在力の螺旋が強く渦巻き、どこかに行ったイバラを繋がりで感じた。

 どうやらさっそく狩りにいっているらしい。

 楽しみだなぁ。次は一体どのくらい強くなれるのだろう。





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