十四杯目:ライン作業、それは人知の結晶、効率化の頂き
俺を含めて七人の男たちを、拳銃を握った警官の男が追い立てる。
「新人……さっさと進め。理科室は四階だ、おいウロウロするんじゃない……」
ちょっと廊下の水道をひねって水を確認しただけじゃん。やかましいねー。
「規律を守れ、私の言葉に逆らうなら職務に従い罰則を下すぞ」
何いってんだこいつ。
「さすが公務員さんは冗談もうまいっすね。近隣の警察署は景気悪くて閉店中ですよ。|最高裁判所長官 《さいこうさいばんしょちょうかん 》も無期限でバカンスいってるんじゃないっすか」
「お前、シシケンがいないと思って……なめているのか」
ニューナンブの銃口を俺に向けた。引き金が軽そう、お前の命みたいだ。
「あーまってまって」
割って入るように、前の男達の中から四十代くらいの金髪の男がでてきた。
「ちょっと新人君さぁ、困っちゃうぜ好き勝手されたら、ほらほらおれたち忙しいんだから。ああ、すいやせんね、こっちで教育しときますんでね、ね?」
でへへと金髪の男が笑って頭を下げると、警官が拳銃をホルスターに戻した。
「……さっさといけ」
「へへ、どうもありがとうございまーす。はーい行きますよー僕ー」
馴れ馴れしく肩を組み俺を前へと押し出していく。見た目によらず世話焼きなのか、こそこそ耳打ちまでしてくる。
「兄ちゃんさ、まだここの事よくわかってないでしょ、ちょっくらこの金錠さんの言葉聞いてごらん。あとで説明してやるから、いまは少し大人しくしてようや」
目立って周りの反応をみた甲斐もあったな。話がわかりそうなのが釣れた。
「いやー助かるっすね。全然わけわかってなくて困ってたんすよ」
「おーけーおーけー任せとけって。ところでさ兄ちゃんずっと不思議なんだけど、なんで一升瓶握ってんの。ねえ、グビリじゃないんだよ。飲むな飲むな。おーい、ウワバミの子孫か。あ、おじさんにも一口いただけると嬉しいなぁ」
前報酬ってことならな。
ほれと渡すと、ぐいっとやる金錠。いい飲みっぷりだな。
目があった。ニヤリと笑い合う。はーはーはーとアメリカンに背中を叩きあって遊んでいると、背後で警官の舌打ちが聞こえた。
びくっ金錠が背筋をのばし「こらこら新人君だめだぞぉ」とのたまった。
調子の良い男だ。前職は夜の仕事かギャンカスかヒモだったんじゃないか。
とはいえ、
「金錠さんつったかな、俺は薬道だ。どうぞよろしくな」
俺はただの屑は嫌いだが、話がわかる屑は嫌いじゃないぜ。
校舎の四階、階段を上がって左端の教室に連れて行かれた。
札は事前の話通り『理科室』との表記である。
「さあ、入れ。後は中の者と引き継ぎして、すぐに交代しろ」
ドアが開かれ促される。中に入るとすぐに背後でドアが閉じられた。
まず感じたのは異臭。
すげぇ臭いだ。
腐敗臭と血臭、それに排泄物の臭い。夜の路地裏より酷い。
アンモニア臭で頭痛がしそうだ。口の中に酒を含み、顎を引いてハイネックの首元に鼻を埋めた。
右の教台側の壁付近に、八人の男達が壁に背を預けうずくまるように座っていた。蝿が飛び回ってるせいで、死体が並んでいるようにみえる。
左側には水栓が設置された黒い天板のテーブルが並んでいる。テーブルの上には、ノコギリや金槌、包丁など色々な道具が置かれており、近くには紫色に染まった布袋があった。
「おい、交代だぞ。大丈夫かお前ら、窓くらい開けろよ」
金錠がうずくまった男たちに声をかけながら、奥の窓を少しだけあけた。
風が抜け、わずかに臭いが薄れる。
俺は口に含んでいた酒を、ゆっくり飲み込んだ。
うむ。いつだってうまい!
開いた窓から、ギャアギャアと天邪鬼の声が聞こえてきた。数人がびくりと体を震わせる。しかしやはり外に出なければ襲ってこないようで、その姿は表さなかった。
暗い雰囲気の中、A班の男たちがやる気をみせた。
「よし、じゃあ引き継ぎしようか。ささ、動いて動いて」
リンゴのデバイスとか好きそうな、意識高そうな男が手を叩く。
「そうそう、早く作業を開始しようか。タイム・イズ・マネーっていうだろ」
部屋にあまり荷物とか置かなさそうな、マッシュ君が続ける。
残念だが、金は藻屑と死んで時の価値すら怪しくなってきたぜ。
まあ、ここだとネット見れないし知らない奴は知らないままか。一々教えてやる義理もない。俺は想定して準備するだけである。
ノロノロと動いた前任者たちが、A班の者たちに引き継ぎを行っていく。
テーブルの上にあった紫色に濡れた布袋を手に、疲れきった顔の八名とすれ違う。一升瓶をわざと見えるように手にしていると、五十台くらいの男達三人の目線を奪った。お、この人たちが酒蔵の三役かな。無事でなによりだ。
「お疲れ様です。ゆっくりしてくださいー」
声をかけると、三人は少し驚いたあと安堵と心配が入り混じったような顔で、会釈してくれた。よしよし第一印象上々かこれ。
大企業の面接では、無駄に掃除のオジサンにまで挨拶する予定だ、隙はない。
あとで社長室に呼ばれて、あ、あなたはあの時の掃除のオジサン! ってやるんだ俺。
ふふっと笑っていると、
「なに笑ってんだやっくんよ、飲みすぎじゃないかい」
ちょっと引き気味に金錠が話しかけてきた、誰がやっくんだ。じゃあお前は今から金さんな。
「酒に対して過ぎるって言葉は存在しない、俺の辞書ではな。で、なにするんだ」
「放り投げたらどうだいその辞書。まあ見てりゃわかる、長いぜーこっから」
ふーんと腕を組み眺めていると、A班の二人が教室の最後尾に五つほど積まれていた布袋を指さした。
「ほら、作業を始めるから、近くに掛かっている防水エプロンを着て、それぞれ袋をテーブルに運ぶんだ。まだ水は出るから、掃除をこまめに挟んで効率よく頼むよ。A班は見回りするから、残った五人で一袋ずつがノルマだ」
「考える前に手を動かして、成果をあげてこその報酬だよ。三日で済ませて、四日目に運んで、交代だ」
急かされるように手が叩かれる。面倒くさいが、言われるがまま取りにいく。
一番でかそうな袋をみつけ、片手で掴んで引きずり、近くのテーブルまで持っていき片手で投げ置いた。
ゴンとすごい音がして、全員の視線が集中する。なんだよ、見てないでさっさとやれよ、わかんねーだろ見本がないと。
「ひー、オジサンにはきついぜこれ、やっくんさぁちょっとこれも頼むよー。君なんか元気そうだし、オジサンのもお願いだよー」
情けねぇなおい。近づいて袋をとり、おらっと放り投げる。今度は肉をうったような鈍い音が響く。
A班の男二人と目が合ったが、顔をさっと青くして視線を外した。
どうも教えてくれる雰囲気でもないので、勝手に自分の袋を開けていく。
まあいろんな要素から予想していた通り、中にはバケモノの死体がいっぱいに詰まっていた。子鬼、毛だらけの目玉、犬の頭の人形、緑色の小人、種類は様々だが、一廻の下の方のやつばかりであった。
とりあえず子鬼を一匹取り出して、首を掴んで金錠に見せる。
「どうするんだこれ、食えるように捌くのか」
「うげ、きっしょ。やっくん生まれはアマゾンの奥地系かい。まあいいや、捌くはあってるけど食わないからね。なんというか餌なんだよそれ。だから汚い部分を洗って、骨と内臓を全部わけて、なんか変な珠っころがあるから探して、それぞれ袋に入れるこれだけさ」
食うには変わらないじゃん。人がって話じゃないだけでさ。でもどうしようも無くなったらきっと、皆なんでも食うんじゃないか。
「ふぅん、口うるせぇのを飼ってるんだな。ウチのやつはなんでもウマイウマイいって食うできた子だってのに」
「んーペットじゃないんだけど、後でわかるよ。やっくんも動物飼ってるのかい、意外だね。癒されていいよねぇ」
「まあ飼ってるとも言えるな。もう少ししたら猫を二匹増やす予定だ」
「羨ましいなぁ。まあここでは難しいかもしれないけど。でも心配だろ、家に置いてきてるんじゃないかいペット」
「いや問題ない、放し飼いみたいなもんだから」
「そ、そうかい?」
いまもいるよ。ベランダの方で忍者ごっこしてる。オールイズ天誅できるって寸法だ。でもとりあえずこっちは安全そうだし、一旦は干岩達のほうにでもいかせようかな。夜にまたきてもらうか。
うし、とりあえずやるって言ったからには、さっさと仕事を終わらせるか。
一升瓶をドンと横に置き、バックから愛用の餓鬼包丁と消防斧を取り出す。色々道具もあるが、この二本で十分だろう。なんか使い方うまくなってきたのかなんなのか、最近切れ味全然おちねーんだよな。
隣接したテーブルを使っている金錠に、一応声をかけてみる。
「金さんは、個々でやるのと、協力するのどっちがいい。分前はきっかり頭割りだ」
「んー、人数って作業人数かい?」
「当然」
「じゃあ協力で、いやー助かるぅ嫌気がさすんだよね一人で黙々とやるのさ、大分慣れたけどさ、八割方おれがくるしここ」
押し付けられてる、というよりはこの様子だと自分から来てるだろ。
金錠の班は中間より少し上だったか、調整してそうだな。世渡りは上手そうだ。
分担はどうしようか。見る限り死んでから時間経ってるし血も固まっているだろう。きっと肉も皮も固い。となれば……
「わかった。じゃあ提案だ。並びもいいし俺、金さんの順番で、俺が四肢を落とし、尻から頭まで縦に裂くから、金さんは内蔵を破かないように取って別の袋にいれてくれ。空いてるテーブルに水ため、四肢と開きは水につけて後でやろう。どうだ」
「どうだじゃないよ。全然いいけど、なんでそんなやる気あるわけやっくん。普通の作業じゃないんだけど」
「昔、金に困って山のバイトしたことあるから。つか仕事受けるっていって自分から来てるのに、やる気も糞もないし。面倒だから早く終わらせちまおう。作業しながら他の話も訊けて都合もいいしな」
「んー、正しいのにおかしい! もういいや日が暮れちまう、よしやろう」
いいね、切り替え早くて。終わらせてから考えようぜ。どうせやるんだからな。
子鬼を一体おいて、斧でバンバンバンとだるまにする。手足を空の袋に一旦放り込み、包丁を深く刺さないように尻から腹、頭へ向かって縦に裂く。切れ味良すぎて、カッターで紙切ってるみたいな感覚だ。終わったら冷凍マグロを渡すように横にずずっとすべらせ渡す。
はい、次、次ぃ。
血臭と腐敗臭はするが、内蔵ぶち破らなきゃ我慢できる範囲だ。
さすがに身体能力の差があるので後ろが詰まってくるが、それでもかなり器用なのか金錠の手際がいい。
とはいえ、もう少し後ろに人数ほしい所だなー、みたいな。
ちらっと周囲を見る。A班二人は作業が進む分には、見てみぬふりといった様子。
他の班の男たちは、全員手が止まっていた。視線が詰まっている。
それはもう視線が合った。
あれれー、あまり作業が捗っていない様子ですねー。わかりますわかります。作業スペースが少ない中で、全部やろうとすると大変ですものね。あ、ご存知かとは思うんですけど、ライン作業って、なんと人数が増えれば増えるほど楽になるんですよ。ねえ?
ふらっと、一人が誘蛾灯に釣られる虫のように俺へと近づいてきた。
「あの、すいません、その、よかったらなんだが……」
はいはい、御要件のようで……私ですか? 工場長の薬道という者です。
◆
釜掃いだきは、四階理科室へと上機嫌で向かっていた。
(あれからもう六時間は作業しているはず、あの生意気な薬道とかって男も、いまごろ後悔しているに違いないわ。ふふ、ざまあないって話よ。天罰だわ。まあいまならあたしの優しさに、涙ながらにすがりつくでしょうね)
胸元の空いたボルドーのニットワンピースに、黒いパンプス。洗ったばかりの髪はあの悪臭が詰まった部屋では天使の香りだろう。
まず反省したかを尋ね、そして恩赦の話をして甘い蜜を少しすすらせる。
徐々に戻れなくし、あとは言わずとも足を舐る極上の犬に仕上げる。
見目麗しい、自分だけの犬。考えただけで胸が高鳴る。
最近ではシシケンも他の女ばかりを相手にしているし、自分にもストレスのはけ口が必要なのだ。
ああ、なんて楽しみだろう。
理科室の前まできた。中から作業音と話声がもごもごと聞こえる。
溶けた蝋のように艶めかしい赤のマニキュアを塗った指で、理科室のドアに手をかける。
開けた。さあ、支配階級がきたわ、挨拶しなさい。
「お前ら、手を遅らせるんじゃないぞ、あと一袋で大方が終わりだ。そのあとに換気と休憩を挟み、片付け、ゆっったりと英気を養い明日には完了させ、部屋の片付けまで行うぞ」
「「了解です」」
……なにが、どういう。
教台側に取り残されるように立っている男どもに目をやるが、知りませんと言わんばかりに首を振って返される。
「ちょっと、貴方た――」
「なお今日予定通りにいった暁には、俺からの特別慰安品もある。みんなでやるぞーー」
「やっくんの事だ絶対に酒だぞおおお」
「勤務中は工場長とよべぇい」
「「うおー工場長、うおおおおーーー」」
……無視するんじゃああない!
沸騰した怒りのまま中に入り、
「このッ、手を一度止めなさいッ」
八つ当たりに横に積み上がっている布袋を蹴りつけ叫ぶ。
さすがに気がついたのか、薬道がおやっとした顔でこちらを見た。
「おお、みんな手を止めて整列しろ、取引相手のイダキさんだ――」
とそこまでいった直後、横からバツンと音が聞こえた。はっと横を見ると、先ほど蹴りつけた布袋の一つが口をひらいてこちらに倒れこんできていた。
「ああ、なんてこったい、腸袋が!」
理解と同時に、眼の前がどす黒い茶色に染まった。




