十二杯目:さっき見せたメニューは古いもので、今は特別料
他人事のように女を眺めていたら、背後にいた干岩が急に「ああ」と声をあげた。
「イダキさんですよね、オレですボーイやってた干岩です。化粧の感じが違うので気がつくのが遅れました。いや生きてたんですね良かったぁ。店の外に飛び出したあと見なかったから……」
どうやら飲み屋での知り合いのようだ。
マリも気がついたみたいだが、顔を伏せるようにして縮こまっている。
あまりいい関係ではないようだな。
というかそうなると、はっと俺は干岩を見る。
まさか干岩が突き飛ばして逃げ……るわけねーか。ドラッグやっててもねーわ。
「いやいやオレじゃないですからね」
「まだなんも言ってないじゃん俺さ」
「目が喋ってました」
は? 全力で、両目をバチバチと瞬かせる。
「なにも考えてない、反射でやっただけ、と言ってますね目が」
正解だ。
悔しいが干岩に三ヤクドウポイントを与えよう。
「ちょっと、なに話題を変えているの。あんたよッ、そこのムカつく美形!」
イダキが俺に指を突きつけ吠えている。
美形、なんだ俺か。つか誰だよお前、人生で関わった記憶もないが。
キャンキャンうるせぇやつだ。犬系なんとかってやつか?
可愛さ対決で足元にも及んでねーぞ、犬に土下座して謝罪しろ。
「すっとぼけた顔してるんじゃないわよ、店の前で会ったでしょ、あの夜」
どこのどの夜だよ。生まれてから過ぎた八千うん回の夜の内のどれ。
あ、いやいやまて。ちょっと思い出してきたかもしれん。
確かタマちゃん狩りに店に乗り込むまえに、飛び出してきた赤いドレスの――
「あーはいはい、当たり屋を頑張られてるキャストの」
「誰がよ! あんたね、アタシのこと放っておいて、あの後どれだけ大変な目にあったのかわかってるの! 死ぬかと思ったのよっ」
やだー奇遇ー。さすがの俺も何回かは死ぬかと思ったよ、牛頭とか目玉腕とかさ。
お前の苦労とか、エスパーで伊東じゃないんだから、俺にわかるわけがないだろ。
とはいえ、一旦飲み込もう。
〝今は〟あえて怒らせる必要もないからだ。
「はは、そら苦労しましたね。最近は売上どうです、こう無景気だと当たる相手も見かけないから大変だろうね」
なだめるように世間話をふるも、なにが気に食わなかったのか、顔を真っ赤にして隣の大男にすがりつく。
「聞いたでしょ猪権さん。こいつは屑よ屑、男の風上にもおけないヤツなの。さっきも言ったけど本当なの。迫るバケモノの前ですがるアタシを振り払って囮にし、自分だけ店に逃げて締め出したの! 扉を閉める瞬間のあの笑み、忘れもしないわ!」
おーおー、尾ひれに背びれに尻尾に網タイツ履いた足まで生えてきたな。ウンババつって。
多様性の塊みたいなバケモノに襲われたのか。
いや、創作意欲がすごいよ君、漫画家になれるんじゃない。
「そう騒ぐなイダキ、まったく世の中ってのは、ずいぶん痛い目みないとわからないやつが増えやがったもんだ」
前に出てくるシシケンとかいう男。距離は二メートル。意外と圧がある。
肌感では二廻になったばかりくらいか、まあ余裕で勝てるという印象だ。
この後のこともある、先に手を出させて成り行きによっては始末するか。
さあ相対するぞと言った所で、何を思ったか干岩が俺とシシケンの間に入った。
「やめましょう、人同士で争ってる場合じゃないでしょ。イダキさんの話、直接見てないので全否定することはできないです。でも薬道さんは店に入って、襲われていたオレをバケモンから助けてくれました。これは事実です」
かー干岩だねー。漫画の主人公かよお前。
「なに、干岩あんた仲間だからって庇って。どうせまた脅されてこき使われてるんでしょ」
後ろでイダキが重ねて文句をいうも、勢いが若干落ちていた。
干岩は真面目な顔で、怯えるでもなくシシケンと顔を見合わせる。
「オレは干岩っていいます。シシケンさんでよかったですよね。後ろの薬道さんはね、もしバケモノがいたら嬉々として突っ込んでいくような人です。知らない女の人に対してドライアイスくらい冷たいのも事実だけど、わざわざ突き飛ばすなんて無駄なことは絶対にしないです。無視したり、助けなかったりなんてことは、その、時と場合が、あります、よね世の中」
大変素直でお前らしいなぁ。
俺はその真っ直ぐな所――ではなく。
もしこのまま争いになったら、殺し合いしても仲間を守る決心をするだろう部分を、一番気に入ってるぜ。
叉月の横で酒を飲みながらうんうんと見守っていると、シシケンが干岩の肩をどけと押した。
が、動かない。その手首をがっちりと掴み止めている。
「干岩といったか、少しはやるようだ。だが退け、本当かどうかは後ろの張本人から聞けばいいだけだ。お前から痛い目をみたいのか」
シシケンの腕に力がこもり、まくられた袖から見える筋肉が膨張した。
押し合い。
干岩が少しずつだが押されていく。
この感じ、やっぱりシシケンは二廻になってるっぽいな。
ごめーん干岩、進化止めてる俺のせいだー。
「ぐ、やってみればいい。脅されて引くなら最初から出てはこないですから」
ひゅーひゅー干岩!
全く仕方ないやつだ。今度二廻がでたら優先してやろうかな。
渡してもまだ差があるし、今日は良い所も見れたし。
でもホシイワーって、進化したらホシネールとかになるのかい。
一回通信交換しないと駄目かな、面倒くさいから嫌なんだけど。
「まあまあ岩さん落ち着いて」
一触即発、という所で俺は干岩の腕をとって、はいはいと横に退かした。
シシケンに会釈した後、その背後のイダキにむかって微笑む。
「なんかごめん俺のせいで。イダキさんだったかな? なんか誤解があるみたいだ。俺は店の中から悲鳴が聞こえてきて、咄嗟にそっちを優先しちゃっただけなんだ」
嘘じゃないよ。助けるつもりは微塵もなかったけど。
じぃっと見つめると、イダキは視線をずらして髪をクルクルといじりはじめた。
「あなた、本当に反省してるのかしら」
「当たり前ですよ、反省してます」
キリッとした顔で言う。
してるよ。嘘じゃない。
どうせ冤罪かぶるくらいなら、実際に蹴り飛ばしときゃよかったって猛烈に反省してる。
「まあ、そこまでいうなら、アタシもこれ以上は大事にはしないけど、感謝してよね」
はい、一件落着ね。
まあいちおう接客業やってた身だ。
トラブルを収めるように話すことも別にできますよそりゃ、普段しねぇだけで。
こういう時は自分の面の良さにメリットを感じるが、ここに付属するデメリットの多さときたら……
女同士の揉め事に巻き込まれて学校を転向すること三回。
社会に出てもストーカーされたり、店で揉められたり、泣かれたり。
あ、イライラしてきた。
顔の造形自体は、圧倒的御母上様似だから文句の付け所がねーのにな。
もういい、昔のことだし考えるのやめよ。
気を取り直し、俺は自分のバッグをゴソゴソと漁った。
「ほら、シシケンさん。彼女も言ってますし今回は手をうってもらえると嬉しいっすね。わびの印じゃないですけど、こういうのもあるんでどうぞ」
「なんだ、ちっ、調子の良いやつめ」
紙タバコのカートンを手渡す。電子だと使えなくなる可能性があるので紙こそ正義だ。
まあ自分でも取ってこれそうだからそんなに価値もないだろうが、別に悪い気分もするまい。
つかこいつよりも、後ろのやつの方が要注意っぽいな。
ちらりと後ろの警官を見る。
強さは一廻くらいで単純にみればシシケンよりは弱い。
だがまじの警官らしく、腰元にはホルスターがあり、いまもしっかり銃へ手をかけている。
目もすわっているな。撃つことに躊躇いがない雰囲気をしている。
でもまだこっちを舐めているようだ。構えきって銃口まで向けてねーと間に合うわけがねーんだよ。
背後のトイレ、壁からこっそり覗いているイバラの姿がみえた。
よしよしもしなにかあったら全員五秒くらいで殺せる。
こいつら全員夜空に赤い星でも見えてるんじゃないか。
「まあいいさ。干岩と薬道だったか、お前らここに何をしに来た。外に鬼がいただろ、どうやってここまできた」
「ああ、鬼っすか。数も少なかったし、うまいこといって倒しましたよ。あれ? 〝見て〟なかったすかね」
どうせ上から覗いてただろ、じゃないとタイミングよく降りてこねぇだろ。
イバラがいないから探ってきているのだろうか。
「ああ、見えなかったぜ。ちょうど移動中で視界に入らなかったんだ。で、もうひとつの質問の答えは、誤魔化すようなら容赦はしないが」
拳を握って脅すようにみせるシシケンに、俺は落ち着いてねと手を開く。
じゃんけんだったらお前の負けだ。
「人探しっすよ。ここにいるって聞いたもんで、ねえ」
後ろに話題をふると、空気を読んでいた叉月が俺の横に並んだ。
「夜平と申します。友人の黄虎陽子とここで落ち合う約束をしています。陽子のお父様は大工をされてらっしゃるのですが、なにか心当たりありますでしょうか」
「なんだ、ずいぶん礼儀正しいんだな」
シシケンの顔がわずかにニヤつく。背後の警官にもほんの僅かだが欲がみえる。
シシケンなど隠す気もないのか、叉月の姿を上から下まで舐めるように確認し、その白い首筋と緩やかに膨らんだ胸元で止めた。
そのままマリの方にも視線をやろうとしたが、干岩バリアーがセコムよりも手厚く阻止した。
まあ、シシケン達の視線は夜ではよく見るやつだ。
美人局のバイトしてた時の相手。
水の女を風呂に沈めようとする若いヤクザの顔。自分の店に好みの女が入ってきた店長の顔。
わかりやすくていいね。俺もやりやすくなる。
イダキという女もそれに気がついているのか、叉月を睨むように見ている。
「いるぜ、黄虎さんらは俺達が保護している。案内してやろう、なぁにここに入っちまったんだ。どうせお前らも簡単には出られない。おれ達の世話になる必要があるんだからな」
「なるほど、陽子たちが無事なのはなによりです。しかし出られないというのはいったい」
と叉月が質問している途中で、
「おい、お前なにをしてっ」
警官の男の言葉を無視、俺は玄関口にさっさと歩き試しにドアをあけて外に出た。
「ん? 上か」
頭上から気配、地面に複数の影が落ちる。
扇状に、俺の前方グラウンドへの階段を塞ぐように十数体の天邪鬼が出現した。
気配は上にも建物の影にもまだある。囲まれているようだ。
なるほど、ぼったくりBAR方式ね。
席料、チャージ料、サービス料は別なんだよ。あー払えないならここから出られないね。
警察、呼べるもんなら呼んでみろよ、グルだから。とか言ってね。
襲いかかってこようとする天邪鬼を前に、即座にバックステップし建物の中に入る。
すると、鬼は俺を追いかけてくることなく足をとめた。
そうなるか。まあさっきのシシケンの物言いからも予測できたことだ。
どうせ、とか世話になる必要がある、とか意味ありげすぎるんだよね。
これは建物ごと鹵獲されているんだな。
そしてシシケン達の余裕は、これに関してなにか強みでも持っているからだろうか。
「わ、びっくりしたな。いきなり鬼が出てきた。これじゃあ出れないっすねー」
とりあえず酒を一口、あー怖い怖いと呟いて戻るとシシケンが俺を睨んでいた。
「勝手なことをするな。殺されたいのかお前?」
誰にかな。鬼かな、それともお前らかな。
「いやぁお騒がせして申し訳ない。簡単に出れないっていうからさ、なにかあるのかなーってめっちゃ気になって確認したくなっただけなんすよ」
あははーと謝るとシシケンが「馬鹿が」と唾を吐き捨てた。
ズカズカとこちらにくると、俺の胸ぐらを掴んで脅しつけるように言った。
「まあいい、これでわかったか? 迂闊に外に出ようとするんじゃない。おれ達の指示に従って動け。もし従えないってんなら、ここから叩き出されるか、おれにひねり殺されるかを選ぶんだな」
「了解、善処するっす。とりあえず出ないっす」
「調子だけの野郎が。次はないぞ」
はい、状況に応じて適切に対処し、できる限り前向きに検討します。
努力はしますが、できないこともあります。今日は外にでませんが、明日はわかりませんですはい。
ドンと突き飛ばされる。
コラコラ、駄目だぞハート、くらいの衝撃にどう反応しようか一瞬困ったが「おわっ」と言うてあげて、後ろにフラつきましたよーみたいな風にみせてあげた。
シシケンは俺のその様子に満足したのか、鼻をならして階段へと向かう。
「行くぞ、着いてこい」
みたか、狙うぜ、次のアカデミー賞。
マリと干岩がジト目で胡散臭そうに、叉月は思案するように顎に手を当て、こちらの意図を真剣に考えている様子だった。
君たち、種は植えねば収穫はできないのだよ。
上にいるだろう農家さんに聞いてみなさい。ついでに田植えの方法や色々なことを聞いておきなさい。
特に干岩君、きみだよ。
いやあえてこう呼ぼうか『ヤンマー干岩』ヤンとマーのホシの三馬力の動かす力に期待しているよ。
ぐっと親指を突き出すと、干岩は警戒心マックスのまま一応親指を立てた。
よかった快諾のようだ。
さて、じゃあ行くか偉人たちにご挨拶へ。
やべえ、なんか緊張してきた。
髪と服装よーし。背筋よーし。
キリッとした顔よーし。




