世界を三つ壊した最強犬の事情
私は、トコトコと魔王軍へ歩いていく。
「わん、わん。わーん」
(ばい、ばい。王子
大丈夫、大丈夫。君、主人公だから!
主人公補正あるから、たぶん死なないよ)
魔王の口元に、満足げな笑みが浮かんでるから機嫌よし!
上司の機嫌は大事。
「うむ、今日より、おぬしは余の配下だ。まずは忠誠を示せ。王子を殺せ」
「わん?」
(ん?ちょっと待て、そんな話、さっきの労働条件に書いてなかったよね?
食事付き、報酬あり、残業なし。そこまでは聞いたよ。
でも、『王子を殺せ』なんて、一言も聞いてないんだけど!?)
「最低だぁぁぁ!求人票と話が違うなんて、ブラック企業じゃん!!やっぱ辞める」
魔王は、突然辞めると言い出した私を、信じられないようで、
沈黙が空気をじわりじわりと重くする。
「……ぶらっく?やめる?」
ようやく絞り出した魔王の声は、“未知の単語”に戸惑っていたが、
私は、魔王をじーっと見つめ
(さて、と、この魔王ってどれくらい強いんだろ?
一応、魔王だよなぁ、第二封印じゃ足りないかな?ダンジョンより硬いよね?)
ハァ……胸の奥で小さくため息をつき、肩の力を抜く。
「第三封印――解除」
言葉が落ちた瞬間、空気が深く沈み込み、
魔王の黒い外套が揺れ、温度が下がる。音が消える。
「おぬし――」
眩い光が溢れ、黒い犬の姿が消える中、
現れたのは、銀色の長い髪を風になびかせる少女。
世界が止まる。
私はゆっくりと顔を上げ、魔王に対して憎しみはない。
世界の平和や混乱は二人で勝手にやって欲しい。
ただ、労働条件が違うのは駄目だ。ブラックは滅ぶべし!
《天断・零界》
音すらなく衝撃波が走り、世界は白く染まる。
魔王軍は半分以上消え、魔王の身体は跡形もなく静かに光の粒となり、
風に溶けるように消えていく。
「うん!上出来!」
場違いなほどの明るい声に、
王子も騎士も魔族も、誰一人として状況を理解できず、
ただ目の前の現実だけが、遅れて心に届くみたいに揺れていた。
「やっぱ、ブラック企業は長続きしないよね~」
私が欠伸まじりにそう呟いた瞬間、空間がビリッと裂け
『対象者を発見。管理者権限を確認しました。
対象者・サリーを拘束します』
「げっっ!!」
逃げる間もなく、叫び声が響くより早く、無数の鎖が飛び出し、私の身体に絡みつく。
手足を、胴を、瞬く間に縛り上げていき、
第3封印の力をもってしても、その拘束を振りほどくことはできなかった。
「えっ!? ちょっ、嘘!これ反則、管理者チートじゃん!!」
鎖は無情に私を締め上げ、そのまま世界を白く塗り潰した。
◇ ◇ ◇
目を開けると、視界を埋め尽くしたのは無機質な白一面の部屋。
白い机、白い壁、そして視界の果てまで続く白い天井。
過剰なほどに静まり返った空間の真ん中で、
机の向かい側では、黒いスーツ姿の女が静かに腰掛けていた。
机の上に置かれているのは、一冊のぶ厚い本とネームプレート。
そこには『管理者』と書かれていた。
黒いスーツの女性は整然とした文字で《管理者尋問記録》と印字されている本をパラリとめくり
細い指先で眼鏡のブリッジを押し上げると、感情を一切排した声で、
「では、サリーさん。あなたは短期間のうちに、
三つの世界のメインシナリオを徹底的に崩壊させました。
何か申し開きはありますか?」
「全部あっちが悪いです」
私は、白い机にぽんと両肘をつき、小さな顎を乗せて即答した。
銀色の長髪がさらりと肩からこぼれ落ちる、紫の瞳に反省の色など欠片もない。
「確認します。まず1件目、ダンジョン30階層。
本来なら、従魔犬サリーは主人へ回復玉を渡し、パーティーは辛くも勝利する予定でした」
「でも、ご主人は『駄犬』って言ったよ?」
「……」
「契約書には『駄犬で契約解除』なんて書いてないけどさ、
駄犬は犬格否定じゃん。あと明確な違反はミルクが5回以上貰えなかった!!
最後に手のひら返して裏切って約束破るのいっつも人間だよ?」
「2件目、悪役令嬢シナリオ。あなたは攻略対象の王子を埋めようとしましたね」
「埋めようとはした」
「認めるんですね」
「でも途中でやめたし、実質未遂だよ」
「未遂なら良いという問題ではありません。
本来のシナリオでは、お嬢様は冤罪で国外追放、
他国で平民として後の『革命の指導者』となる息子を生むが、流行病で死にます」
「ふんふん」
「一方、お嬢様を追い出した王子は、連れ添ったピンク頭の底なしの浪費癖に呆れて目を覚まし、
革命の指導者と出会い民を慈しむ真の王として覚醒する。これが完璧な成長シナリオです」
「ふーん。王子、自業自得の苦労人じゃん」
「しかし、あなたが介入したせいで、お嬢様は自力でたくましく笑うことを覚え、
自分から婚約破棄を叩きつけました。結果、お嬢様は実家の財産をがっちり防衛。
革命リーダーは生まれず、王子は覚醒の機会を失いました」
「あはは。覚醒失敗?」
「失敗です。現在、エマは『なんで泣いても誰も助けてくれないの?』と混乱しています。
王子は一人で反省文を書かされています。結果、悪役令嬢シナリオ、消滅」
「ふーん。で、それの何がダメなの?」
「物語が成立しません」
「でもさ、お嬢様は病気で死なずに済んだし、誰も殺し合わずに済んでるよ。
王子が反省文書いてるなら、むしろ平和じゃん」
「管理者は、決められた運命を守るのが仕事なんです」
「私は、ミルクも婚約も約束を守る方が好きだけどね」
「では3件目」
「ねぇ、さっきからわざと話進めてるよね?」
「勇者シナリオ」
「無視かよ」
「あなたは魔王を討伐しました」
「ブラック企業だったから、退職しただけ」
「問題はそこではありません。魔王を殺されては困ります」
「なんで?」
「勇者が倒さなければならないからです!
本来の流れでは、あそこで王子は敗北、
しかし、仲間と出会い、修行をし、四天王を討伐しながら、
本物の聖剣を抜き覚醒、そして最終決戦で魔王討伐。
これが勇者シナリオです」
管理者はパンっと本を閉じたが、このレベルで感情を揺らす管理者って
まだ下級か見習い?まぁ、どうでもいいけど。
「王子の話が一番なが!しかもまた覚醒」
「なのに、あなたは開始5分で魔王を消しました」
「だって、ブラック企業だったよ?王子殺せだったよ?」
「そこではありません!」
管理者はまた本の表紙をパンッと叩いた。
「勇者が成長できません!仲間も集まりません!四天王が失業しました!
半分残った魔族軍は指揮官を失って暴走!王国軍は『勝った?』と混乱!
世界の運命そのものが崩壊しています!」
サリーの椅子が、ぎぃ、ぎぃ、と前後に揺れる。
「でもさぁ、王子、生きてるよ?」
「生きてはいます」
「魔王、いないよ?」
「消滅しているので、確かにいません」
「じゃあ平和じゃん」
「平和ではありません!王子が勇者になれないのです!」
「勇者って、魔王がいないとなれない職業なの?」
(管理者の口が、わずかに開き閉じ、開きかけて、やめている。
言いたい事あるなら言えばいいのに)
「……そういう問題ではないんです」
「めんどくさ」
「その『めんどくさ』で世界を三つ壊したんですよ、あなたは!」




