性格悪い双子のせいです
「あっ、サリー、深淵の7階ってどんな感じなんだ?」
「んー、グレンはどこまで行きたいの?」
「どこまで?」
「うん」
「どこまで、か……サリー、すまない。俺は深淵に潜る事が目標で、その先を映像として見てないんだ」
「んー、今のグレンなら7階ぐらいなら行けるよ」
「7!?……サリーさん、僕が何処まで潜れるかわかりますか?」
「グレン、言ってもいいの?」
「お、おう、大丈夫だぞ」
「無理して3じゃない?」
「なぜですか?根拠を聞いても?」
「めんどい」
「コラ、サリー。みんな真剣なんだぞ」
「でも、タダ働きやなんだよね」
「……報酬を出せば、教えていただけますか?」
「報酬?」
「はい。何がいいですか?」
「ミルク!」
「ダメだ、ミルクは飲みすぎだ。却下」
「えー!なんで?ミルクは飲み物だよ?」
「もうミルクはダメだ」
「報酬だよ?むーじゃあ報酬ないならめんどい」
「それは困ります!グレンさん、ミルクを報酬として認めてください」
「いや、サリーは我慢しないんだ。ミルクをすぐ飲みたがる。んーお菓子とかならいいんじゃないか?」
「お菓子!どんなやつ甘い?それなら教える」
「お前、分かりやすいな……たくさんはダメだぞ?虫歯にもなりやすい」
「お菓子だよね?虫歯?」
「ケーキですか?クッキーですか?すぐに用意します」
そんな暢気なやり取りをしている最中だった。
ピコン、ピコン。
応接室の静寂を破り、電子音が甲高く響き渡る。
「えっ? なんで私の通信機が? 王都危機管理局……? ええっ!?」
慌てふためいたのは、調査員だった。
胸ポケットから端末を取り出し、目を丸くしている。
「どうした?」
不審に思ったギルド長が眉をひそめて尋ねていると、調査員は情けない声を上げた。
「あっ、いえ、王都の危機管理局から通話が……で、出ない方がいいですよね?」
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン。
出ようか切ろうか迷う調査員の手元で、通信機は容赦なく鳴り続けている。
昨日からなり続ける通信機に嫌気がさしていたのか、サリーが不機嫌そうな顔つきで、
「それ、うるさいヤツ」と、
不機嫌なサリーの一言に、調査員は背筋を跳ね上がらせていた。
「ヒッ……す、すいません! 出ます、出ますから!」
半泣きで通信機に飛びつく調査員。
ただ、ゼルクは話を続けようとしていた感じで、口を開こうとしていたが、
「はい、はい、はい……えっ? いや、はい、聞いてみます」
通信機に応答した調査員が、青い顔でオロオロと部屋を見回している。
「あっ、あの! こちら、スピーカーにしてもいいですか? あの、直接話をしたい方がおられまして」
不審な通信機にサリーはまったく興味を示してなく、俺は他人事のように首をかしげる。
ただゼルクさんだけが、
「多分、お2人に聞いてますよ?」
「えっ? 俺? ギルド長とかゼルクさんではなく?」
「はい。グレンさんとサリーさんに聞いてます」
「俺はいいけど、サリーは?」
「ん?」
「スピーカーにして話したいって」
「私もいいよ」
俺たちの了解を得て、調査員は心底ホッとしたように通信機を操作し始めた。
すると、通信機から妙に格式ばった声が響き渡る。
『突然のことで申し訳ありません。こちらは神殿です。先ほどから通信を聞かせていただいておりますが、聖女様や勇者様に対する発言について、少々看過できないものがございましたので』
「ほらー! でた! やっぱり本人達より周りがうるさいパターン!」
『何を――』
「礼儀だ敬意だ聖女さまに近付く――」
瞬間、サリーの脳裏には、踏みつけられたぬいぐるみ、そして真っ赤に染まる視界。
小さな村。
泣きながら怯えながらも手を伸ばしてる少女。
『聖女様に近づくな、汚らわしい』
磨きあげられた輝く甲冑から響く蔑みの声。
少女の手からぬいぐるみが落ち、その小さなぬいぐるみが踏みつけられ――
ドツン、と背骨の奥を重い槌で殴られたような衝撃がゼルクの身体に走った。
部屋の空間が歪むような錯覚。
部屋の中の酸素がすべて燃え尽きたかのように、突如として呼吸が奪われた。
(この覇は反則だ、ろう、や、ばい……)
ゼルクは一瞬で浴びた覇に、冷や汗が全身から噴き出し、内臓がねじ切れるような圧迫感と、
深淵の3階まで潜り抜けた己の経験と矜持、
それらすべてが、目の前の少女が放った一瞬の覇によって惨めに粉砕された。
抵抗など不可能、触れてはならない神の領域に、誤って足を踏み入れた恐怖。
「す、いません……っ!」
ゼルクはもはや立っていることもできず、膝から床へ崩れ落ちた。
猛烈な胃の腑の蠕動に耐えきれず、必死の思いで部屋の隅にあるゴミ箱へ這い寄り、なりふり構わず嘔吐した。
視界の端で、ギルド長と副ギルド長が白目を剥いて床に崩れ落ちるのが見え、
メリッサと調査員に至っては、言葉にならない悲鳴を上げながら、なりふり構わずドアを押し破るようにして逃げ出していく。
「皆さん、えっ?どうなされ……ゼルクさん?」
「……ぼ、僕は、なんとか吐き戻しで耐えましたが」
「サリー?皆さん、大丈夫なのか?お前何した?」
「グレン、ごめん大丈夫?」
「ああ、俺は大丈夫だ」
「ごめんなさい。なんか反応しちゃった。ほら、魔核金融の双子が取った記憶を、あいつら基準で戻してきた」
「ん?あの記憶と交換ってやつか?戻す?」
「うん」
「本当、あの双子性格わる!なんでここまで性格悪いんだよ!」
「あのーサリーさん、ここで急に謎増やすのやめて」
ゼルクは、嵐の去った室内に場違いなほど軽い会話が戻ってくるのを荒い息を吐きながら聞いており、「弟子になりたい」
そう小さく呟くのが、精一杯だった。




