一言症候群
応接室へ移動すると、先ほどまでの会議室とは違い、部屋に入った人数はかなり減っていた。
残っているのは、ギルド長、副ギルド長、ゼルク、グレン、サリー、メリッサ、そして調査団からは一人だけであり、その調査員は、サリーとグレンが壁を百回叩くところまで見届けた人物だった。
「ゼルク殿、この人数でいいのか?」
ギルド長が部屋を見渡しながら尋ねると、ゼルクは頷いた。
「はい、先ほどの状態では、質問する側も答える側も落ち着いて話せません、記録は録画機で取ります、3台置けば人数を増やす必要もありませんし、また、一応機械の故障に備え、メリッサさんと調査員の方も記録をお願いします」
メリッサはすでに記録用の書類を机へ並べ、人数を確認していた。
「記録係、準備できています」
グレンは普通にソファへ座っているが、隣にいるサリーは靴を脱ぎ足をプランプランさせ、退屈オーラを滲ませつつあるが、
先ほどまであれほど張り詰めていた空気は無い。
残された調査員は、グレンとゼルクを交互に見ながら、
(どうして僕が?研究馬鹿や室長からは睨まれるし、僕、王都に戻っても席残ってるかな?
他の研究室の仲間は『頑張れよ』って、今からでも他の優秀なメンバーと変更して欲しい。
僕はただ……数字のキリがいい所までいただけの末席の職員だよ……でも室長、漏らしてたよな……)
彼は、心の中で愚痴りながらも用意された席へ座った。
ゼルクは全員を見渡し、
「では、改めて始めましょう、グレンさん、先ほど何かを伝えたがっていましたよね?」
「はい、有益な情報です、サリーからも許可を貰っているので話します」
グレンはチラッとサリーに視線を移すと、サリーはなぜか眠そうで、たまに欠伸をしている。
(お前寝るなよ?まだ昼前なのに、しかもこの状況で昼寝できるお前が羨ましい……)
現実逃避をしかけたグレンだったが、気を取り直して口を開いた。
「えーと、魔髄は飲む順番が有ります。そして魔髄を飲んでも死にません」
「はっ?」
「えっ?」
「…………えっ?」
「え?」
「はい?」
全員が一言症候群になった。
「もう一度お願いいたします、僕は深淵に潜りましたが、そんな情報は……」
「えぇ、検証は必要です、ただ、サリーが言うには、『死んだって誰が言ったの?』と」
「魔力暴走を起こし、昏睡やら手足の欠損、それこそ死んだ数多くの事例が有ります」
「えぇ、俺も知っています。そして、事例では有るが、サリーが言うには、1の器に10の魔力を押し込めたら、ブチブチ切れて痛いし、そうなると器が破れて酷い事になると。ただ、死ぬ事を前提に作ってない……ちょっと断定過ぎますね、えーと」
言葉を選んでいるグレンを見ていたサリーが、眠そうな顔のまま口を開いた。
「グレン、魔髄を飲んでも死なないよ、器が硬い人程痛いけど、あとさぁ、用量用法を守ろうよ」
それだけ言うと、サリーはソファの上で身体を丸め始めた。
「と、言う事です、目安は一撃で倒した魔物なら痛いで済みます。
あと、器は一度壊した方が良いそうですが、激痛すぎるのでおすすめしません。えーと、壊すって言っても、本当に壊すわけじゃないらしいです。
めちゃくちゃ柔くする事を言ってるが……えーと……」
「俺も上手く説明できないですが、俺の感覚から、魔力器って一つの塊じゃなくて、いくつかの欠片がくっついている感じです。魔髄を飲むと、その欠片が少しずつ離れて、その間を何かが繋いだまま伸びる。で、そこで固まるから器が広がる。
だから、破片同士の糸が伸びる時に痛い。また破片自体も柔らかい方が伸びやすい。逆に硬いままだと、うまく伸びなくて痛いし、本当に壊したら魔力が漏れてしまう。
俺が実際に体験したのと、サリーの説明と言うか、まぁ、そんな感じです。
俺の感覚だと3~5撃で倒したボスの魔髄は器を壊すのに良いかと……激痛と言うかかなりやばいので、これを飲んでも死なないとしっかりとイメージすることは大事です」
誰も発言しなかった。
本当なら、嘘だと叫びたかった。
これまで魔髄を飲んだ者が魔力暴走を起こし、昏睡し、手足を失い、それこそ命を落とした事例など山ほどある。あるのだから、今さら「魔髄を飲んでも死なない」と言われても、簡単に信じられる話ではないから、嘘だと叫びたかったが、
グレン・ハルヴァードは、魔髄を短時間で20本近く飲んでいるにもかかわらず、こうして昨日と同じように普通に生きている。
そして、そのグレン自身が、サリーから聞いた話として、この場で伝えているのだ。
だからこそ、誰もすぐに「デタラメだ」とは言えなかった。
「……確認してもよろしいですか?」
ゼルクがようやく口を開いた。
「はい」
「つまり、魔髄そのものに、飲んだ者を殺す作用があるわけではない、と?」
「サリーの話では、そうです」
「では、これまでの死亡事例への説明は?」
「魔髄を飲んだ際に、伸びる限界以上の魔髄を飲み、その結果、激痛に耐えきれなくて、ショックを受けたと考えられます」
「……なるほど。では、問題は魔髄ではなく、受け入れる側の器と飲む順番ということですか?」
「その認識で合ってます。例えば、10撃以上かかって、しかもチームで倒した魔髄を1番小さいままの状態でしかも硬い器の者が飲めば当然壊れます」
グレンが答えると、また部屋が静かになった。
誰もが今まで知っていた魔髄の常識を思い返している。
魔髄は危険なもの。
飲めば魔力が増える。
だが、魔力暴走を起こせば死ぬ。
それが今までの常識だった。
ところが、その常識の根本にある「魔髄を飲めば死ぬ」という部分が、もし間違っていたのだとしたら。
「……これは、検証が必要ですね」
ゼルクが呟くように言った。
「はい、だから僕も断定はしません、ただ、サリーは断言してます」
「いや、だが、検証するにも魔髄は滅多に出ない」
辛うじて副ギルド長が言葉を出した。
「副ギルド長、そこが検証を遅らせる理由だとは思う。ただ今後は、オークションなどの際には、何階層の魔髄なのかはもちろん、倒した者のランク、出来たらレベル。倒した回数が判明してるだけでも、不幸な事故は減らせるはずだ」
「グレンさん、貴方は昨日魔髄を何本飲んだのですか?そして、深淵にソロで行くつもりですか?」
「いいえ、サリーと一緒にです」
「グレン!いい加減に」と副ギルド長が発言しようとした時、ゼルクは、手で制し、
「サリーさんは深淵に潜れるんですね」
「はい。サリーは深淵に行くのには俺のレベルが足りないと、俺、サリーに弱いって言われまして、一緒に行くには必ず今回のサリー風に言うなら魔髄タイムで魔髄10本は必要だと言われ、結果、魔髄20本です」
「ありえない、深淵に潜るにはダンジョン最終階層のボスを倒し、ダンジョンから証を貰わないと深淵の門は開かない」ギルド長が呟く
「はい、ちなみに、信じて貰えない情報が……多分検証すらできないと思います。
皆さんからしたら、どうして俺が、ここまでサリーの言う事を信じてるか疑問ですよね?」
「えっ……まぁ、正直に言うとそうですね」
「あぁ、小さい少女にしか見えないからな」
「なんでしょうか?僕は信じますよ」
グレンは、いい笑顔で
「サリーは、ダンジョンを破壊出来るんですよ」
「はっ?」
「えっ?」
「…………えっ?」
「え?」
「はい?」
全員が、また一言症候群になった。




