まずは覇をどうにかしてください!
覚悟を決めたゼルクが会議室へ戻ると、会議室の空気は、
5分も経たないうちに異様なほど静かで冷たくなっていた。
ギルド長を始め、他のギルド職員も調査員も、
何を話せばいいのか、なぜ声が出ないのかわからない感じで視線を落として座っている。
ゼルクにはすぐにその理由が判った。
視線をグレン達に向けると、
グレンは普通に、サリーは、退屈そうに椅子の上で足を揺らしている。
(参った。これでは質問どころじゃないな。
グレンさんは覇を抑えたつもりでいる。
昨日と先程、僕から言われたあと、なんとなく抑えてはいるのだろうが、
隣にいる少女がいつもと変わらないため、どんどん甘くなりか……
だから、抑え……いや抑えてはいるんだけど……
そこの少女、おまえ教育きちんとしろよ!)
そばにいる者が問題ないなら、自分の覇はこれで良いと「勘違いするよな……」
薄く漏れているだけでも、深淵を知らない者にとっては、
何が怖いのか分からないまま身体が警戒してしまう。
「グレンさん申し訳ない。さっきよりはずっといいのですが、皆さんにはまだきついようですね」
グレンは会議室を見渡し、ゼルクの言葉で、みんなの青い顔に気づいた。
「あれ?すみません。覇でしたっけ?まだ出てるんですね」
「気配違うな、殺気消す時と同じで、今は外に出しておく必要がないでしょう?」
「殺気ですか?出してるつもりないのですが?」
「言葉が悪かったですね。え~と、気配遮断で!
僕の覇を出しますね。感覚がわかると思うので」
(さぁ、ごめんよ。サリーさん。
いきなりだけど試させてもらうね)
ゼルクは覇を少女に向かって出したが、
反応したのは周りの関係者であり、
ガタっと立ち上がったり、震え始めたりした。
グレンは「あぁぁ。それですか。すいません。今度こそわかりました」と、
一気に力を中に入れ、薄い膜で自分を包み込んだ。
「これで、どうですか?」
「大丈夫です。今なら、皆さんも話ができると思います。
慣れないうちは周りの反応を目安にするとわかりやすいですよ」
(エドガー終わったよ。
サリーさんは僕の覇を受けて顔色一つ変えないんだ。
僕、サリーさんと戦ったら勝てない。エドガー本当に頼んだよ)
ゼルクとグレンの覇がようやく収まり、呼吸もしやすくなって暖かさが戻ってきたところで、
コンコン、とノックの音が響いた。
その瞬間、ゼルク、グレン、サリー以外の全員がビクッと身を震わせ、
一斉に扉を見ると、ワゴンを押したメリッサが入って来た。
すると、誰もがあからさまにホッとした顔を見せ、室内の空気は少しずつ入れ替わり、
ようやく会議室に、いつもの空気が戻ってきた。
「では、質問を始める前に、一つだけお願いします。
分からないことを、理解できないことを、勝手に危険だとも安全だとも決めないでください。
まずは、分からないまま尋ねましょう」
ゼルクはそこまで言って、虚しさが広がった。
(それができるなら、馬鹿なんてこの世にいないよな)
メリッサが押しているワゴンの上には、コーヒーと紅茶、ジュース、
それから小さな瓶に入った二種類のミルクが乗っていた。
カチャカチャとカップが触れ合う音だけは妙に穏やかに響く会議室に、
サリーだけが、ミルクを見つけてからぴたりと動きを止め、ずっっっと目でミルクを追いかける。
「サリーさん、温かいミルクと冷たいミルク、どちらがよろしいですか?」
「両方!」
「だめだ。飲みすぎだろ」
グレンが即座に止めると、
サリーの目は大きく開きそのままグレンを見つめ、
「ケチ!なんで?ミルクは1日何本でもいいんだよ?」
「だめに決まってるだろう。メリッサさん、冷たいのでお願いします」
「私は、冷たいのと温かいの両方好き!飲みたい」
「困らせるな。ここで両方飲むなら、明日の朝の分はないからな」
サリーの肩がガタンと落ち、
しばらくグレンを見つめたまま、唇をきゅっと結ぶ。
顔から元気も消え、とても小さい声で、
「冷たいの飲む」
(ひどいよ、グレン。ひどすぎるよ)
メリッサは、少しだけ口元を緩め、
「かしこまりました。冷たいミルクを注ぎますね」
サリーは返事の代わりに、ワゴンの上の瓶だけをじっと見つめていた。
その間、会議室は静まり返っていた。
実際は覇が消え、暖かくはなっているものの、心で味わった恐怖の残り香が、徹夜してまとめ上げた質問があるのに、それを読み上げようとする者がいない状態にしていた。




