優しいかもしれない2人
重いドアの向こうへ消えていく面々を、ゼルクは階段の上から見ていた。
会議室へエドガーが足を踏み入れかけた、その背に声をかける。
「エドガー、ちょっといい?」
「ん?」
すでに他の者たちは会議室の奥へ進んでおり、重いドアもゆっくりと閉まり始めていた。
「王都へ行って」
「急だな……今からか、なんでだ?先に飛ばしたあいつを追うのか?」
「追って。まだ転移門の前か、街道に入ったばかりのはずだ」
「待てよ、リーダーもさっきのを見ただろ。
グレン・ハルヴァードは、ただ立っているだけでランカー達を制した」
「そうだよ。だから僕ら2人が残ったところで、焼け石に水だ。
そして、僕らはグレンさんが厄災級になった理由なら追える。
原因がはっきりしてる、魔髄だ。
昨日の攻略記録と、覇を見れば、王都の連中もそこまではたどり着ける」
「なら、何をそんなに急ぐ?」
「サリーさんだよ」
「先に王都へ行かせたあいつは、夜に1人で来たグレンさんしか見ていない。
グレンさんと一緒に来たサリーさんを見てないんだ!」
ギリッとゼルクの奥歯が割れる音がする。
「覇の中で平気だった子か?」
「グレンさん本人からは、強者の匂いはするし、覇も漏れていた。原因も、魔髄という形で見える」
「……」
「僕が怖いのは、サリーさんからは何も感じなかった。お前だって感じてないだろ」
「……」
「それなのに、グレンさんの腕の中で、普通にいたんだ。
ただ単に鈍いとかそういう話じゃない、そういう話じゃないんだ!」
ゼルクは、胸から取り出したハンカチに吐き出し、自分の口の中に残る強い不快感と白い布の上に広がる
欠けた歯、滲んだ血、瓦礫の中に転がる骨と、血に濡れた大地に重なった。
まだ起きていないはずの未来なのに……
このままでは、王都の役人やギルドに説明しても半分も理解されない。
だが、泣くのは住人だ、そこに住んでる罪もない弱者や子供だ。
「深淵関係者か?」
「あぁ、絶対にそうだ。最悪は深淵そのものかもね
どうやって門をくぐったのかは不明。
何をしに地上に来たのかも不明。
何をしたいのかも不明。
全部不明なのに……判るんだ、最悪の結果だけは見えるんだよ」
「王都の連中がやりそうなことは、まず囲い込みと値踏み。
Sランカーに認定はするとして、魔髄献上か?
最悪なのは拘束をし……無理やりは、どの道できないから
あぁ、そこでサリーさんに行くのか、子供か、従者か、
グレンさんの弱点か、保護対象か、
何かの手掛かりだと決めつけてあいつらは触る」
街が消える映像が簡単に浮かぶ。
「それが一番まずいな」
「うん」
「グレンさんは、サリーさんのことで、一瞬にして覇を強くした。
王都が“保護”のつもりでも彼女に近づけば、グレンさんは反応する
必ず被害が出る。防ぎたいんだ。
だから、エドガーが行かないとダメなんだ。
質問も、調査も、保護も、拘束も、全部本人たちが望んでからだ」
「それで、権力利権大好きな王都が聞くかよ」
「聞かせて。王都も、ギルドも、貴族も、アホなことをする。
だから、深淵を知る者が、正しく説明しないと。それでもやらかす馬鹿が多すぎる。
他国に行かれても、街が無くなることも理解しちゃいない」
(リーダーの言いたいことはわかるけどよ……それでも)
「リーダーを一人にはできねぇよ」
「僕が1人でいても、君と2人でいても何か変わる?
白銀の戦慄は5人チームだよ。
そして、君が行かないで誤報が流れた結果、どっちが被害が大きい?」
「なぁ、でも案外、あの厄災、やさしいかもよ?
サリーって子も可愛いし――」
「……ッ!」
(俺に殺気込みの覇をだすなよ!)
「僕の仲間に馬鹿はいない。
“やさしいかも”は、近づいていい理由にならない」
「……」
「サリーさんは、僕らが理解できないことを知っている。
知らないことを知っている!
しかも説明する気がまったくない!!」
声が抑えられない……これ以上は秘密の話にならないのに
「昨日のアレクさんとの会話でもそれは明らかだ。
そして、グレンさんは、彼女のためなら迷わず剣を抜く。
見せてもらったギルド登録時のカメラでもわかっただろ?
しかも本当に人型と……いや、だめだ、今は憶測も決めつけも検証もなしだ。
とにかく2人が今、僕らに優しいからって、
こちらが勝手に安心して、勝手に踏み込んだら終わる。
エドガー思い出して。
深淵で、笑っている者が安全だったことなんて、あった?」
「……ない」
「だから行って。優しいかもしれない二人を、王都の馬鹿が敵にしないように」
「了解」
エドガーは、ゼルクの目をまっすぐに見据え
「王都に伝え、理解させることは
“グレン・ハルヴァードをSランカーでも厄災でも認定する前後に、
サリーという少女へは一切触れるな”」
「うん」
「わかった。通信機は絶対繋げておけよ。俺も移動しながら聞く、絶対に通信機は切るなよ」
「うん、副リーダー頼んだよ」
「リーダー」
「なに?」
「とりあえずポーション飲め。そして絶対に無茶すんなよ」
「それは、グレンさんにお願いして欲しいな」
2人は苦笑いをし、エドガーはすぐに仲間の後を追った。
(またなとか、帰ったら一緒に何かしようぜとか、そういうのは言わねぇぞ。
あのフリフリドレスが言ってた「フラグ」ってやつだろ。
わざわざ立てる必要なんかねぇ。)
「さて、僕の胃はもつかな……いや、胃ならいいな。
ここの馬鹿どもはましであってくれ。死にたくないし、街に被害が出ないといいな」
ゼルクは、ポーションを飲み込み会議室の扉を見たまま、動きたくなかった。




