300回入力はクソゲー
壁を叩いていると時折、失笑や罵声が聞こえてくるが、
実際にグレンやサリーを力づくで止めようとする者はいない。
ただ、グレンの耳には、雑音というBGMだった。
サリーは魔髄を欲しがっていたが、
壁を叩いたところで出てこないんだけどなぁ
たぶん、何かを勘違いしたんだろう。
あまりに真剣なサリーの様子を見て、グレンはそう結論づけた。
ま、いっか、このまま遊んで、
帰りにでも美味いミルクを買って慰めてやろう。
グレンにとっては、その程度のことだった。
「278!」
サリーの声が響いたところで、メリッサの声が後ろから飛んできた。
「ハルヴァードさん、何をしているのですか!」
「壁叩いてます」
グレンは、壁を叩く手を止めずに答える。
「やめてください!噂になってます!ギルドの品位も落ちます!
貴方はAランカーなのですよ。先に進むべき方です!」
「迷惑かけてないので、先にどうぞ」
「そういう事ではありません!
既に10階のボスは6回も討伐されています。
あなたは、私たちギルドの看板冒険者であり、
ドラゴンスレイヤーの称号をなんだと思ってるのですか!!
ふざけないでください!」
メリッサの中では、許せない行動であり
自分たちをバカにする行為だと本気で思っている。
しかも、メリッサの後ろには国の調査団もいる。
メリッサとしては、これ以上グレンに醜態を晒してほしくなかった。
ギルドの沽券にも関わってくる問題であり、
ギルド評価や査定など様々な事でマイナスにしかならないと本気で思っている。
だが、グレンはやめない。
メリッサは、グレンの隣にいるサリーに目を移し、
やっぱりこの子!なんなの?疫病神なの?!
先日の件もあり、カッとなったメリッサは、
サリーを止めようと、サリーの方へ近付こうとしたが、
「メリッサさん、サリーの邪魔するのは、だめですよ」
声は優しい。
だが、その言葉には明確な威圧が込められていた。
「……っ」
メリッサが威圧を受け固まったのを見た調査員達は、
慌てて口を挟んだ。
「メリッサさん、こんな人たちに構わず、私たちも下に行きましょう!」
「そうです、私たちの時間も限られています」
「話によると、10階までは弱い魔物で固定です。
まずは10階まで調査を進めましょう」
「……はい。ただ、最後にグレン・ハルヴァード、
貴方を見損ないました!
貴方は我がギルドの恥です。
この事は必ず詰問委員会にかけます!
覚悟してください。私は貴方を許さない」
メリッサはそう言い残し、震えながらもその場を離れていったが、
一人の調査員だけが、足を止めたまま壁とサリーを注視していた。
「285」
「んー300まで見ておこうかな、
なんか途中で離れるのも収まりが悪いし」
調査員は数字のキリがいい所までと、自分の休憩も兼ねて何となく残りながら、
(300までずっと叩いている? ある意味すごいな……)
メリッサの怒りの残響が残る中、彼は呑気にそんなことを考え、
サリーとグレンは何も気にせず、ひたすら壁を叩き続けている。
調査員は、なんでだろ?と眺めているうちに
まるで……『何かある』って、本当に信じてるみたいな回数だよな。
文献で『壁を殴る』で、なんかあったかな?
「289」
「290」
サリーの声だけが響く。
「296」
(おっ?そろそろだな、何が起きるのかな?
バカだな、起きないに決まってるのに……)
「298」
「299」
調査員は壁とサリーを苦笑いしながら交互に見ていた。
さて泣かないといいなあの子、泣いたら飴でもあげようかな。
「300!」
サリーの声が響いた、次の瞬間――
『おめでとうございます!』
『300回も殴り続けた貴方には、頑張ったご褒美です!』
壁に文字が浮かび、続けて声が響く。
『好きな階層を選んでください』
「…………」
調査員とグレンは固まるが、サリーだけは、
「300も入力させやがって……クソが」と呟く
その言葉でグレンは固まりから解けたものの
混乱のまま、壁とサリーを高速で何度も見比べていた。
「えっ?えっ?」
「グレン!どこ行く?」
「え?え、え、え、え、なに?」
「早くグレン!40階が良いと思うよ!」
「えっ、あっ?お、おう!40だ!40階にしよう」
「グレン押して!」
「どれだよ!40階、わからん!」
「ここだよ」っと少し背伸びをしたサリー
「これか?」
「そう、それ!」
言われるまま壁の数字を押した。
『40階層で決定します。名前を教えてください』
「名前言って」
「えっ、俺の名前?グレンです」
『かしこまりました。では、ご案内いたします』
その言葉のあと、スっと消えた。
シーンと静まり返る空間に、
「……今のなに?消えた?壁殴ると人は消えるの?」
残されたのは、調査員1人の声が虚しく響く
そして、その一部始終を記録していた録画機だけが、静かに回り続けていた。
◇◇◇
到着したのは、壁に大きく『40階・ボス部屋』と書かれた場所だった。
「……えっ?40階……ボス部屋?」
「グレン!クソ入力だったけど!」
言いながら、サリーが振り返る。
「魔髄10本取るぞぉおおお」
「……は?」
「ここはボーナスタイム中のボーナスタイム!」
サリーは嬉しそうに笑う。
「ARTだからね!いや、TRでもいいよ!」
「…………」
グレンは、もう黙るしかなかった。
一生、非常識と絶句にぶん殴られてこれからの人生を歩むんだろうな……
数日前の自分が、妙に懐かしく思えた。




