可愛は難しく、挫折は苦い
グレンは、だんだんと駆け足に近い速度で家へ戻り、鍵を差し込む前に一度、深呼吸した。
もしかしたら、この玄関を開けたら、出会った日と同じように玄関で寝ているサリーが居て、
「グレン!おかえり」と元気よく言ってくれるかもと淡い期待が胸を占める。
深呼吸をし玄関を開けるが、サリーの姿もなく、空気も動いていない。
半分諦めながらも、グレンは、
「ただいま」
と声を出し、ベッドへ向かう。
そこには、出掛けた時と何も変わらないサリーが寝ている。
「サリー、ダンジョンが活動を始めたぞ。お前はまだか?」
グレンはその場でサリーを見ていたが、だんだんと思考は、
メリッサの疑念、
上級魔導具のログ、
そして、ダンジョンの異常。
メリッサが何を疑っているのかは分かるし、
『人型』と表示されたと言い張った。
仮に、俺がサリーの事を全く知らない状態なら、やはりギルド長と同じ反応になるよなぁ
そして、直後に起きた、前例のないダンジョンの異変を結び付けるか?いや、しないな。
結局のところメリッサが本当に見たのか見間違えなのかは、ログが正常な以上……
「結局、何も分からないことが、分かった」
そう呟くと、サリーの寝顔をもう一度確認し、グレンは風呂場へ向かう。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛さっぱりするーー」
サリーにこの気持ち良さをわからせたい!
シャワーを浴び終え、ビールを片手にタブレットを開く。
画面には、ダンジョンの入口が開いたニュースが溢れていた。
ダンジョン入口に表示されていた文字も、いつの間にか変化しているようだが、
「読めねぇ」
文字が変わったことは分かるが、
相変わらず読めないし、
警告や危険を訴えている感じではない。
その辺はなんとなく伝わってくる。
「この文字は多分……深淵と関係してるよなぁ」
ビールを飲みながら、ふとソファに目がいき、
「とりあえずベッドでも買いに行くか」と、
呟きながら、2、3枚追加でメモを書き直し、グレンは外に再び出た。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ!」
店に入ると、元気な声とともに工房で働いているらしい少年が駆けてきた。
「前にここで購入したベッドと同じ物が欲しい」
「お名前を教えて頂けますか?」
「グレン・ハルヴァード」
「はい、ハルヴァード様。少々お待ちください」
少年が記録を確認し、顔を上げた。
「えーと親方が作ったベッドですね。
あぁ、材料がダンジョン産結構お使いですね。すいません、今すぐは難しいですね」
「そうか……確かに何点かダンジョン産の使ってたな」
「はい、えーと特注品なので、在庫だけでは足りません」
「ランクを落とすか既存品なら?」
「既存品なら――」
少年が答えかけたところで、店の奥から親方が出てきた
「おっ、ハルヴァードさんじゃないか」
「親方、ハルヴァード様が同じベッドを、購入したいと」
「同じベッドを?ハルヴァードさん、俺の作ったベッドだぞ?
ちょっとやそっとじゃ壊れねぇし、あのベッドはかなりの力作だ。
万一の不具合なら修理の方がいいぞ。どうしたんだ?」
「取られたんですよ」
「……誰に?」
「女の子に」
「女の子にか……」
親方は何とも言えない顔をしながら頷いた。
「だが、同じ物は当分無理だ。
ダンジョンが開いてもどうせ調査だなんだかんだと当分は潜れねーよ」
「ですよねぇ」
グレンは店内を見回した。
(ん?いや、サリー用の新しいベッドを買えばいいのでは?
今のは、俺に合わせた調整済みベッドだから
どの道サリーからしたら普通のベッド)
サリーのベッドを買うにしても……今度は別のことが気になった。
(女の子だしなぁ、あの部屋をそのままサリーの部屋にするとしても
ベッドも可愛い方がいいよな?
肌がすべすべになる付与とか……魔羊の毛もいいな。
あれは安眠効果が高い。ドラゴンの骨で作るのも――いや、今は骨が無理か)
ふと、数日前に女性の必需品を求めてラビリンスを駆け回ったことまで思い出す。
(可愛いって難しいな……)
結局、グレンは色々手伝ってもらいながら、
サリーの目の色に近い、ピンクと淡い紫がメインの可愛らしいベッドと、
それと同じシリーズの布団一式を選んだ。
更に『新米パパの奮闘記』と言う、閉じこもっていた3日間で何気にオススメに出てきた、
『新米パパの、子供はぬいぐるみ大好き!』と言う言葉を思いだし、
ぬいぐるみも必要か、クッションもかと、あれもこれも買い込み、
つい数日前まではラビリンスに迷い込んでいた人物とは思えない勢いだった。
「ハハハ、沢山ありがとうよ。運び賃はサービスだ」
そう言われ、いい買い物が出来たと、ホクホクで店を出て歩くと、
「とても可愛がっていらっしゃっるんですね。随分と付与や効果に悩んでいらっしゃたので」
「ん?いや、寝る場所は大事だからな、可愛がってはいないぞ」
(ハルヴァードさんは、無自覚な親バカタイプなのかな?これで可愛がってないって思ってるの、凄いな)
「それにしても、ポータースキル持ちは、便利でいいな」
ベッドを運ぶ少年へ声をかけると、少年は苦笑しながら、
「そうでもないですよ?僕のは、高さがないから、そんなに運べません。全体量も少ししか入らないですし、本当に人より少し荷物を持てる程度です」
「そうなのか?」
「はい、軍や商隊だと、どうしても小さ過ぎて、使い物にならないですし、時間も進むタイプのスキルなので特に」
「へぇ……それでも便利な事には変わらないし、変な輩には気をつけろよ。ポータースキルは何かと狙われやすい」
「はい!ありがとうございます」
平和な二人とは裏腹に――
◇ ◇ ◇
「どうしてよ!!!!どうして!」
めちゃくちゃに荒れた部屋の中で、メリッサは叫んだ。
「私が間違えるなんて!この私が!」
この歳まで挫折を知らず、全てにおいて優秀な人生を歩んできた。
相手の間違いを指摘することはあっても、
自分が指摘されたことはない。
異例の速さでスタッフリーダーにまで駆け上がり、いつも笑顔で過ごし、出来ない周りのフォローもさりげなくしてきた。
自分は、優しくて完璧な人間。
それなのに今日は、ギルド長から「出ていけ」と言われ、他の職員がいる前で副ギルド長に会議室から連れ出された。
あの視線は、可哀想な人を見るような……
「私は、可哀想じゃない!見たのよ!本当に!」
せっかく嫌な顔せず、出張や頼まれ事でも王都には自発的に行った。
王都にいるSランカーとも仲良くなれた。
このまま行けば、寿退社すら夢ではなく、
全てにおいて順調な未来が待っていたはずなのに。
あの場には、キープしていたAランカーもいたが、彼も苦笑いしながら、「君でも間違えるんだね」と
「ふざけないで!私は間違えていない!あんなヤツ、捨ててやる!」
吐き捨てたところで、怒りは収まらない。
その時、タブレットの通知音が短く鳴った。
ピコン
『お疲れ様です、メリッサさん。体調はどうですか?最近忙しかったから心配です』
受付仲間のミアからの通知だった。
ピコン
『それで、明日の件なんですが!』
ピコン
『国の調査団が来ますよね?』
ピコン
『あと、《白銀の戦慄》の皆さんも来るそうですよ!』
「…………!」
ピコン
『ギルド長から、明日は私が案内役をするように言われました!』
ピコン
『メリッサさんが体調良ければ絶対私になんて回ってこないお仕事なんですが』
もっと要領よく送りなさいよ!
ピコンピコン、うるさい女ね!
ピコン
『私、頑張ってご案内しますね!』
ピコン
『メリッサさん、《白銀の戦慄》の皆さんと仲がいいですよね?
何か気をつけることがあったら教えてください!』
「…………」
そして送られてくるコメントを全部読み終わる頃には、
タブレットがミシっと嫌な音をたてる。
明日は、自分がどのチームが来ても案内するものだと思っていた。
それが王都で何度も顔を合わせ、気さくに話をしてきたSランカーチームが来ると知ったのに、
心が晴れない。
しかも、《白銀の戦慄》からの通知はない。
「……私じゃ、ないの?」
胸の奥が、またざらついた。
なぜ、白銀からもギルド長からも何も通知が来ないの?
違う!きっと早退した、私の体調を心配してくれたのだ。
「……そうよ。きっとそう」
そして、またイライラが、始まる。
今日の会議室で向けられた視線だけは消えてくれない。
私は間違っていない。
「あっ……ログ」
馬鹿にされたあの言葉。
「そんなことも知らん者が、
よくも『上級魔導具を欺いた者がいる』などと口にできたものだ」
知らないことがあるなら知ればいい。
今日、ギルド長やAランカーのハルヴァードが口にしていた言葉を思い出し、
メリッサは上級魔導具の仕様から見直しを始めた。
そして、閲覧権限の箇所まできた。
スタッフリーダーである自分の権限なら、
本来は問題なく閲覧できるはず
もし、既に権限剥奪までされ、通らなかったら……
違う!大丈夫よ
体調不良で帰ってきたのだって、本当に具合が悪いからで……
指が先に進まない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫と何回か唱え、
僅かに震えながら、認証コードを入力する
――承認
「……!」
通った。通った……あぁぁぁ通った。
メリッサは、自分の権限が残っている安心感に包まれた。
「……そうよ、通るのにバカみたい」
メリッサは、すぐにログや上級魔導具について更に深く調べた。
ノイズ、エラー、外部干渉。リライト、オーバーライド。
知らない言葉を調べながら、夜が更けても画面から目を離さなかった。
私はまだ出来る。
こんな所で終わるもんですか。
結局、ほとんど眠らないまま朝を迎えた。




