まだまだだな、俺も
ロックグラスを手に、グレンはソファに腰を落とす。
まず、サリーは“絶対起きる”って言ってたからな。
起きるまでこのままってことなんだろうけど……
普通、寝てても栄養とか排泄とか……あれ?
もうそこから常識外なのか?
「はぁぁぁ……」
魂が抜けるようなため息が漏れる。
もういい、次!
起きるまで俺が面倒みる……として、
その他もろもろは、明日ギルドの帰りに
口の硬い医者を呼んで一応見せるか?
明日はギルド……
ギルドの顔ぶれが脳裏に浮かぶ。
ギルドに行ったら質問攻めなのは確定だとして、
本当のことを言っても、いや反対に本当のことを言ったら?
「帰路喰らいと遭遇して、先日登録したばかりのサリーが
徘徊種の魔髄飲みましたが、偽物と怒り捨てました。
その後変身して、
ダンジョンに穴開けたのでそこから脱出しました!」
口に出して言ってみたが、即座に首を振る。
「……無理だな、無理……頭おかしい奴認定大会じゃないんだから……」
非常事態時に、虚偽報告をしたことによる
ギルド業務への支障と混乱を招く悪質な行為で、
……捕まるかライセンスの降格……剥奪まであるか?ないよな?
ってか、人間って変身できるの?
本当は人型なのか、本当はってなんだ?
そうなると医者は不味いのか?
しかも人型だと魔髄ってレベルアップしないのか?
いや、サリー怒ってたよな?
『弱い子』ってなに?
俺の貪婪の焔さん頑張ったのに……
『これ、偽物!』ってポイされてもなぁ。
徘徊種の魔髄も、超レアってことでいいですか?
でも怒られてたよな、『偽物!』って
帰路喰らいの部屋もあった。
あれってどう倒すんだ?
そしてやっぱりサリーが一番非常識!!
基本驚いてない!
起きるから燃やさないでって
お前燃やされた事あんの?
なぁ!燃やされたら死んでるよね?
違う!死んだから燃やされるんだよな?
まさか死霊系?随分と明るい死霊だな。
流行りか、臭くないし!
だから、下着いらないって言ったのか?
でも、運んだ時、暖かったし、呼吸もしてる。
ミルク好きだし、ご飯ご飯とうるさい。
活力たっぷりの死人ってなに?
しかも寝る前に言った、『撃つ分しか借りてない』って
倒れた、起きた、撃つ、寝た。
いつ誰と何を貸し借りしたんだよ!!
「あー、わかんねぇぇぇぇえよ!!
もう、本当にわかんねー
もう無理無理ムリムーリーでーーーす」
考えようと思った思考はあっさりと白旗を上げ、
ブランデーを一気に飲み干し思考を放棄したまま、
グレンはソファに深く沈み込んだ。
四日目。
グレンは、ソファの上でゆっくりと目を覚まし、
「うん、ベッド買おう」
硬く決心をし小さく呟きながら、
グレンは最近の習慣であるベッドへ向かう。
サリーの規則正しい呼吸と穏やかな表情を見れば、
少なくとも苦しんでいる様子はない。
「いつまで寝てるんだよ」
1ヶ月でも、1年でも関係なく、
サリーが起きるまで待つ決めたが、それでも
なぜか2日しか過ごしてないのに
「グレン、ミルク!」の声が懐かしい。
グレンはソファへ戻り、背もたれに身体を預けた。
「……そうなると」
呟きながら、
壁に掛かっているカレンダーの丸印を見る。
サリーに出会わなければ、
何の迷いもなくソロで深淵へ挑む日だった。
だが、サリーと出会ったおかげで、
ダンジョンは穴が開くし
徘徊種も魔髄を落とすし帰路喰らいもいる。
自分が常識だと思っていたものは、
ただ自分が知ってる範囲の常識なだけで、
「うん、俺って成長したよなぁ」
口に出したら可笑しくなったが、
「そうだよ、あのまま深淵に行ってたら……」
死んでたな。
あっけなく終わってたと今なら想像つく。
自分の常識を簡単に壊してくる存在が
深淵では当たり前のように存在し、
歩いているだけで、ダンジョンの法則すら無視するような者が
「サリーみたいなのが、ゴロゴロいるってことか?
うわ!やだ!本当それ嫌だぁぁぁぁ」
何も知らずに挑もうとしていたのかと思うと、
今さらながら背筋が寒くなる。
自分はまだ、知らないことだらけ。
ドラゴンスレイヤーの称号を持ち
ソロでのダンジョン踏破の実績
それだけで深淵へ挑めると、
どこか思い上がっていたのかもしれない。
「……基礎からやり直すか」
ピピピッ。
部屋に電子音が鳴る。
タブレットにギルドからの連絡が表示されていた。
『グレン様、至急ギルドまでご連絡ください』
「そろそろこっちも片付けるか」
グレンはタブレットを操作し、ギルドの文字をタップ、
数回の呼び出し音の後、通信が繋がった。
『はい、冒険者ギルドです』
「グレン・ハルヴァードです」
『……グレン様!』
「はい」
『ご無事で何よりです』
その言葉に、グレンは一瞬だけ黙るが、
「心配かけました」
『心配どころではありません』
「ですよね」
『至急、お話を伺いたいことがあります』
「はい」
『本日中に来ていただけますか?』
「行きます」
『それでは――』
通話を切ったあと、
グレンは小さく息を吐きながら、もう一度サリーを見る。
ギルドで聞かれることは分かっているが、
「言えねぇし、答えなんてない。とりあえず出たとこ勝負か」
1時間後
「……よし」
これなら大丈夫だろうと
そう思って眺めた壁やベッド、
冷蔵庫、玄関には、
前回以上にメモが貼り尽くされていた。
「帰ってくるまで、ちゃんと寝てろよ」
もちろん返事はないが、それでも声をかけてしまう。
「行ってくる」




