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絶対に押すなは、押すよね?!


サリーとグレンは二人でダンジョンへ潜った。

サリーの実力は、まったくの未知数。


とはいえ、自分はAランカーで、三十階までならどうとでもなる。

今日は10階までで、様子を見るだけだし、

もし3階あたりで泣き出すようなら、

そのまま引き返せばいい。


……まぁ、泣くようなタマには見えねぇけど。


それにしても、ワンピース一枚で、

ダンジョンへ潜るなんて聞いたことがない。

ダメだと言っても、引かなかった。

一人でもいく!と強硬過ぎて、

反対に危なすぎるので渋々だがきたが、

本当に何者なんだ、こいつは。


「どうだ?このダンジョンは、

洞窟系じゃなくて迷路系なんだ。

壁も全部レンガ造りでな、ダンジョンって面白いだろ?」

「うん。グレンの実力なら何階まで降りれるの?」

「俺はこのダンジョンは踏破済みだ。

だがお前は無理に潜る必要はないぞ」

「踏破済み。グレン強いんだね。私も頑張るよ」


2階を降りた時サリーは、

ふとダンジョンの一角で湧いた魔物を感知した。

(あれ? なんで急に……?おかしいなぁ)


「頑張るのはいいが無理だけは絶対するなよ!」

「うん。ダンジョン無理ダメ、絶対」

「どこの標語だよ、ハハハ」


笑いながら、二人とも歩みを進めたが、

グレンの違和感は、ジワジワと警報を鳴らし始めていた。

3階を歩いているだけだが、1匹も魔物に会わない。

スライムすらいない。

索敵はしているのに、気配すら感じない。


横を通った冒険者が周囲を見回しながら眉をひそめる。

別のパーティも足を止めて耳を澄ませていた。

「……静かすぎないか?」

その小声が、グレンの耳に引っかかった。


(次は4階か……どうする?

スライムやゴブリンで、あいつの反応を見たかったのに。

このまま引き返すか?)


「サリー、次は4階だ。

……まだ1匹も会ってないから、この辺で周回するか?」


「えーーいいよ。下に行こうよ」

「下って……お前わかってるのか?

下に行けば行くほど強い魔物なんだぞ?」

「うん。知ってる」


(初心者かベテランか、全然読めねぇ。

くそ、こんな小さい子連れ回した冒険者を殴りたい。

……いや、今の俺もそう見えてんのか? 違う、違うからな!)


「サリー、5階まで来たけど、変だ。

ここまで魔物と1匹も合わない確率なんて……

嫌な感じがする。一旦引き返すぞ」

グレンは言いながらサリーを見ると、


「グレン、無理〜いるよ」

「いる?なにがだ?」

「あれ」

「あれ?」


指さす先を見た瞬間、グレンの顔から余裕が消えた。

周囲の魔素が死に絶えたような静寂と暗黒。

苔が腐り落ち、空気が凍てつくほどの悪寒。

ただならぬ足音が響く。


――コトッ、カサリ。


乾いた足音。

魂を削るような金属質の擦れ音。


「……嘘だろ。冗談だよな……?」


闇の底で漆黒の影がゆらりと揺れ、黒い靄が這う。

その奥で、大鎌の刃がねっとりと禍々しい光を反射した。


「何故、あんな化け物級が……?

まさか冥影の声《グリムシェイド》か?!

ここは五階だぞ。浅瀬にいていいヤツじゃない!」


サリーは冥影の声を見つめたまま呟く。

「グレン、あれってもっと下だよね?」

「そうだ、40階層を縦に自由徘徊する特殊個体だ!

サリー、とりあえず逃げよう」


「うん!グレン逃げよう!」

(撤退、賛成!私も今は魔力ないから撤退に1票

いいねー命、大事にするご主人は!)


「走れ!!」


その瞬間だった。


「きゃあああぁぁぁぁっ!!」


通路の奥から女冒険者の悲鳴が響く。

冥影の声が、大鎌をゆっくりと振るった。


一閃。


悲鳴は途中で途切れ、冒険者の身体が真っ二つに裂ける。

だが、それだけでは終わらない。

振り抜かれた黒い斬撃が通路を駆け抜け、

他の冒険者たちまでもまとめて呑み込んだ。


「ぐっ――」

「なっ……」


何人もの身体が次々と両断され、鮮血が石壁を赤く染める。

一撃。

それだけで、数人が命を落とした。


「キィィィィィィィィィィッ!!」


耳を裂くような甲高い叫び。

冥影の声が、ゆっくりと首を巡らせる。


そして、紅く光る瞳が、サリーとグレンを捉えた。


「サリー走れ!アイツは追いかける習性はない。

範囲外に出たら大丈夫だ。俺が時間を稼ぐから!いけ!!」

「ん?グレンも走ろう!」

「いいから、とりあえず走れ!お前がいたら、俺は動けないんだよ!!」

「キィィィィィィィィィィッ!!」


冥影の声が叫ぶ。

同時に黒い斬撃が通路を薙ぎ払った。


「くっ!」


グレンはサリーの腕を引き、間一髪で飛び退く。

斬撃は壁を深々と切り裂き、その余波だけで石畳が砕け散った。


「グレンも一緒じゃなきゃだめだよ!」

「何言ってんだ?!クソ、俺のミスか」


グレンは剣を抜き、冥影の声を睨みつける。


「サリー、お前は隠れてろ。

さすがにお前を庇いながら戦える相手じゃねぇ!」

「ん?うん。ねぇ、グレン」

「なんだ!」

「これ」

サリーは足元を指差し、なぜかそのまま


カチッ。


その小さな音だけが、不自然なほど鮮明にグレンの耳に響いた。


「なぜぇぇ、踏むぅぅぅぅぅ」


二人の足元が音もなく崩れ落ちる中、

グレンは咄嗟にサリーの腕を掴み、サリーを抱えた。


「この、バカヤローーーーーー!!」


二人の身体は、そのまま奈落へ投げ出され、

暗闇へ自由落下。


「結構深いぃぃぃぃぃ」

「感想を言ってる場合かぁぁぁぁぁぁ!!」


2人の絶叫が、底の見えない深淵へ吸い込まれていく。

どれほど落ちたのか分からないが、

鈍い衝撃と共に、二人の体は地面へ放り出された。


「ぐっ……!」


咄嗟に魔力を纏わせた事で衝撃は抑えたが、全身には痛みが走る。

だが、すぐさまグレンは身体を起こし、辺りを見回した。

そこは見覚えのない広大な空間だった。

遥か頭上には薄暗い洞窟の天井が広がり、静まり返った空気が肌にまとわりつく。


「ここ……何階だよ……ハッ!サリー!大丈夫か!」

「イタタ……グレンは大丈夫?」


のほほんとした声を聞いた瞬間

ゴンッ!グレンの拳骨が落ちた。


「何やってんだ、お前は!

一歩間違えたら死んでたんだぞ!

次は絶対触るな。いいな?」

「……ごめん。わかった」

「復唱しろ。すぐ触らない!いいな?」

「はい。すぐ触らない!」


(ごめんよぉ、グレン。

でもあの衝動には抗うことが出来なかったんだよ。

【絶対に押すな】非常警報ボタンって赤文字!

触りたくなるよね!!恐ろしいトラップだ)


グレンは、大きく息を吐く。

怒鳴ったところで何も変わらない。

それよりも重要なのは、ここは……


「ねぇ、グレン、お説教は後で聞く」

「は?」

「アレどうするの?」

「アレ?サリー何を言って――」


言った瞬間ゾクリとし、

一瞬で飛び退き、剣を構える。


――いる。


漆黒の靄。

巨大な大鎌。

そして、紅く光る二つの瞳。


「嘘だろ?追いかけてきたのかよ……

冥影の声《グリムシェイド》……が?」


理解が追いつかない。

五階にいたことですら異常だった。

落とし穴を越えて、なお追ってくるなんて。


「なんでだよ……あいつに追いかける習性なんてないぞ?」


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