やっちまったな!管理者!
やがて二人は、冒険者ギルドの大きな扉の前へ辿り着く。
(おおぉ、ギルド到着!)
広いホールでは、受付嬢たちが忙しそうに冒険者の対応をし、その奥では依頼書を手にした冒険者たちが思い思いに談笑していた。
グレンは慣れた足取りで受付の一つへ向かう。
「副ギルド長はいるか?この子の冒険者登録をしに来た」
(登録か……ギルドでもめる系イベント発生するのかな?
『おいおい、ここはいつから保育園になったんだ?』とか言われて、絡まれるパターン?いや、絡まれたあとにも何パターンか……ま、なるようになるか)
奥から副ギルド長が現れ、
「おっ、その子か?」
「あぁ」
「よし、上級版を使う。こっちだ」
案内されたのは、通常の受付とは少し離れた普段はあまり使わない区画だった。
背の低いパーテーションで仕切られたその一角には、受付嬢たちをまとめるスタッフリーダーが待機していた。
「こちらへどうぞ」
案内され、サリーは登録用紙へさらさらと文字を書き始める。
その文字は、年齢からは想像もできないほど整っていて美しい。
「……綺麗な字ですね」
スタッフリーダーが呟く。
サリーは首を傾げるだけだったが
(管理者がくれた役に立たないチートだけど、綺麗な字は標準装備なのかな?)
記入を終えると、スタッフリーダーは、副ギルド長とグレンに聞こえるように、
「起動させます」と告げた。
魔道具は、重厚で黒い板状に金色のルーン文字がびっしり刻まれており、
起動後六つの透明な水晶は、青白い光を淡く放った。
「では、指先をこちらへ。突起に触れてください。血を数滴採取しますが、痛みはありません」
サリーが真ん中の突起に触れるとそれ以上何もしていないのに、
血が溝に沿いながら各水晶へ流れていく。
板の上に、文字がゆっくりと浮かび上がる。
名前。
年齢。
そして――
種族:人型
スタッフリーダーの表情が凍り付いた。
上級登録魔道具は、人族、獣人族、エルフ族など、登録対象の種族を正確に表示する魔道具だ。
『人型』という曖昧な分類が表示されるのは、極めて例外的な――擬態型魔物を検知した時だけ。
「っ――!!」
スタッフリーダーは、反射的に机の下にある起動スイッチへと手を伸ばし、叫んだ!!
「緊急警報っ!!擬態型!」
鳴り響く甲高い警報音と、禍々しい赤色の回転灯がギルド中へ響き渡る。
穏やかだった館内の空気は、一瞬にして殺伐とした緊急態勢へ移行した。
ガタンッ!!
あちこちで椅子が倒れる音と共に、屈強な冒険者たちが臨戦態勢で武器に手をかける。
「擬態型!!敵襲――っ!!」
剣が抜かれる。
槍が構えられる。
詠唱が始まり、魔法陣が幾重にも展開される。
「囲め!」
「逃がすな!」
殺気立った怒号が飛び交う中、グレンは一歩前へ出た。
昨日出会ったばかりの少女。
水をかけられ濡れていたが、
『へーき、そのうち乾く』とあっけらかんとし、
玄関で寝るし風呂も歯磨きも嫌がる。
下着も知らない、『布スライムが分裂した』と騒ぐ。
ご飯は満面の笑で食べ、ミルクは何より大事。
……今まで出会った誰よりも、変わった子だ。
変わり過ぎて本当に頭が痛いし泣けてくる。
もしかしたら魔物なのかもしれない。
それだけの不思議さはある。
だからなんだ!
サリーは守る!
何の迷いもなく、怯えるように(に見える)佇むサリーを、その頑丈な背中へしっかりと隠す。
一方のサリーだけは、背後で冷や汗を流しながら内心で盛大に絶叫していた。
(レアイベントのほうかよ!!!
ギルド内戦闘イベントとかクソゲーじゃん……!
身分証作るのに、人間の格好して従魔ギルド行くなんて思わねぇよ!どうすんだよ!
管理者ぁぁぁ!!ガチで仕事できねぇ!!)
そんな心の叫びとは裏腹に、現場は一触即発の状態。
副ギルド長は、魔道具が正常を示す青白い光を保ったままを横目に
カウンターを飛び越え、
「見せろ!」
視線の先は種族:人族
(誤報!!)
副ギルド長は肺いっぱいに息を吸い込む。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!誤報だぁぁぁぁぁ!!」
怒号がギルド中へ響き渡った。
しかしスタッフリーダーは叫び返す。
「副ギルド長!!危険です!!」
「違う!」
「ま、まさか!魅了を受けたんですか!?」
スタッフリーダーの顔がみるみる青ざめる。
「全員、警戒を継続してください!!副ギルド長が魅了されています!!」
「なっ!?」
「副ギルド長までやられたのか!?」
「高位種だ!!」
「精神防壁を展開しろ!!」
「魔術師、前へ!」
「違えぇぇぇぇぇ!!人の話を聞けぇぇ!!」
副ギルド長は登録魔道具を指さしながら
「よく見ろ!!魔道具を見ろ!!」
「……え?」
「お前は何を見て、擬態型と判断した」
「そ、それは……種族が――」
スタッフリーダーは、表示へ視線を戻す。
そこに浮かんでいた文字は。
種族:人族
「…………え??さ、さっきまで……『人型』って……」
副ギルド長が深く頭を下げる。
「申し訳ない。こちらの不手際だ」
そう言いながら権限を使い、ギルド内の警告音と赤灯を止める。
そして、ギルド中へ響く声で告げる。
「警戒解除!全員、持ち場へ戻ってくれ!」
「ふぅ……」
「なんだったんだよ」
「寿命縮んだわ……」
冒険者たちは武器を納め、魔術師たちは魔法陣を消していく。
そんな中、サリーだけは。
(管・理・者ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
お前さぁぁぁぁぁ!!
犬の私には、『私は運命を守るのが仕事です』とかなんとか、偉そうに言っといて、自分はいいんか?受付嬢の運命変わってないか?!)
(しかも『人型』って何!?雑っ!!
仕事雑っすぎ!!笑いの草生やすか?
私は笑えるけどさぁ……見てみなよ……)
サリーは、スタッフリーダーへ視線を向ける。
真っ青な顔で固まっている。
(あぁぁぁぁ……だよね!!固まるよね!受付嬢さん、めっちゃかわいそうじゃんかよ!)
(絶対、『私やらかした!』って泣きそうじゃん!
違うからね!?見間違いじゃないからね!ちゃんと『人型』って出てたんだよ!
全部ぅぅぅぅぅ!!!!
管理者のせいだからぁぁぁ!!!!)
心の中で、管理者を罵倒するが
(でもなぁ、ここで私が「あなた悪くないですよ!私、人型です」なんて言ったら、『何だお前案件』だしなぁ……
犬だったら、もふもふを見せつけつつ
「わふっ!」で終わるんだけど、
……まぁ、そのあと高確率で顔うずめられるんだけどさぁ、涙はいいんだよ?
涙はね?
でも鼻水は勘弁な
あれだけはマジでノーセンキュー)
サリーが、心の中で色々考えてる中、
副ギルド長は、ギルド内をゆっくりと見渡し、
全員を確認すると、副ギルド長は静かに口を開いた。
「……聞いてくれ」
騒がしかったギルド内が静まり返る。
「登録魔道具は終始、正常を示す青白いままで、種族は人族。
現時点で擬態型を示す反応は確認できない」
スタッフリーダーへ視線を向ける。
「ヒューマンエラーか、魔道具の故障か。その両方を含めて後ほど徹底的に調べる。
だが、現時点ではヒューマンエラーとして処理する!」
そう告げると、副ギルド長はグレンとサリーへ向き直り、深々と頭を下げた。
「申し訳ない、こちらの不手際だった」
混沌とした場を収めたのは、奥から出てきたギルド長だった。
「問題は解決したか?」
低く響く一言だけで、場の空気が引き締まる。
スタッフリーダーは青ざめたまま一歩前へ出た。
「ギ、ギルド長……! わ、私は本当に――」
「黙れ」
短い一言。
だが、その声には威圧が乗っていた。
スタッフリーダーの肩がびくりと震え、言葉が喉で止まる。
(うわっ!そのタイミングで威圧はダメでしょ!あぁぁぁ……もう青通り越して顔真っ白じゃん……
管理者ぁぁぁ!!
お前、マジなんとかしろよ!!)
もちろん、その声が管理者へ届くことはない。
ギルド長はグレンへ視線を向ける。
「グレン、その殺気やめてくれないか?」
「あぁ、俺たちは登録をしに来ただけだ。
手続きが進むなら……頼めるか」
「副長」
「はい」
「手続きは俺がやる」
そう言うと、副ギルド長へ軽く顎をしゃくる。
その視線の先には、今にも倒れそうなスタッフリーダー。
副ギルド長もすぐに意図を察し、スタッフリーダーに
「一緒に少し休むぞ。ほら行くぞ」
「で、ですが……!」
「ギルド長が手続きを進める。問題ない」
その一言で、スタッフリーダーは深く頭を下げ、
「申し訳ございませんでした」と、奥に下がった。
ギルド長は改めてサリーへ視線を向ける。
「さて、どれどれ……お前さんか……」
ギルド長は上級登録魔道具へ視線を落とした。
青白く輝く水晶は、文字が浮かび上がったまま
情報
氏名 :サリー
年齢 :十二歳
種族 :人族
筋力 :C
体力 :B
敏捷 :B
魔力 :C
耐久 :C
器用 :B
スキル:機敏
加護 :なし
ユニークスキル:なし
ギルド長は一通り目を通すと、小さく頷いた。
「……ふむ、至って普通だな」
戻ってきた副ギルド長も横から覗き込む。
「スキルも機敏。レアスキル所持も無し。
CとBで構成されて、年齢を考えれば十分だな」
(いやいやいや!さっきギルド中が真っ赤になって大騒ぎだったじゃん!
『擬態型!』って剣まで抜いてたじゃん!
結果、普通って何なの!?
管理者ぁ!!お前のせいで私の第一印象めちゃくちゃじゃん!!受付嬢さんにも、私にもほんと謝罪しろよ!)
サリーが心の中で管理者へ文句を飛ばしていると、
ギルド長が
「名字はないのか?」
「名字?知らない」
サリーの返答に加え、ギルド長はグレンへ視線を向ける。
「何か知っているか?」
「俺も知らないし、その手の手がかりになるものは……何もない……」
「あぁ、そうか報告にあった子か。ふむ、状態異常にもなってない。契約者や奴隷登録等も無し……至って普通だな……
名字が無いのは、孤児や身寄りのない子には珍しくない。
ひとまず登録名は『サリー』でいいだろう」
そういうと、何やら操作を始めた。しばらくすると、カランと乾いた金属音がし、
ギルド長は1枚の金属板を取り出した。
それをトレーの上に置いた。
「これがお前のギルドタグだ」
「サリーって名前書いてる」
「あぁ、あとで名字が判明すれば、その時に更新できるし、結婚したら相手のでも名乗れ。それと、……グレン」
「ん?」
「見てみるか?」
「サリー見てもいいか?」
「いいよーー」
「どうだ?」ギルド長が尋ねる。
「なんと言うかその、普通だな……」
その一言には、拍子抜けした響きが混じっていた。
(変な子なのは間違いないんだが……普通だ)
(えっ?何そのガッカリした顔。
普通で落ち込まれても困るんですけどぉお!?
どんな結果を期待してたんだょぉおお)




